アメリカにおいて行われているジオテクニカル・ベースライン・レポート(GBR)による地質リスクマネジメントを前項において示したが、ここでは、英国における地質リスクマネジメントについて紹介する。
英国土木学会(Institution of Civil Engineers:ICE)では、英国サウザンプトン大学のC.R.I.Clayton教授によるManaging Geotechnical Risk - Improving Productivity in UK Building and Construction - を地質リスクマネジメントに用いている。これは発注者、設計者および施工者の役割が明確に示されている。この本は、英国内外の実務者の間において地質リスクマネジメントに関する最も重要な解説書として2001年から用いられている。日本においては、一般社団法人全国地質調査業協会連合会が翻訳をして「Managing Geotechnical Risk」を簡略化した「ジオリスクマネジメント」1)として2016年12月に発行した。
1.ジオリスクマネジメント(英国土木学会編)1)
1.1 ジオリスクとは
この「ジオリスクマネジメント」では、ジオリスクとは、「現場の地盤状況によって引き起こされる建設工事に対するリスクである。地盤に関連したこの問題は、コスト、工期、利潤、安全衛生、品質ならびに適合性に対して不利益な方向に影響し、また、環境破壊にもつながる。」としている。
また、施工リスクの定義の一つには「リスクは、発生確率とプロジェクトの目的達成にインパクトを与える有害事象」としている。
表-1にISOのリスクマネジメント用語に関する技術的定義を示す。
1.2 ジオリスクマネジメントにおける主要なプロセス
図-1にジオリスクマネジメントにおける主要なプロセスを模式図として示した。この図は、計画、調査・設計、施工の各段階(時間的流れ)における発注者、設計者、ジオアドバイザーおよび施工者毎のプロセスを示している。
1.3 ジオリスクマネジメントの基本的な考え方と建設事業に携わる人々の役割
ジオリスクマネジメントにおけるプロセスにおいては、ジオリスクマネジメントの考え方の他、発注者、設計者、施工者の役割についても言及している。
(1) ジオリスクマネジメントの基本的考え方
表-2にジオリスクマネジメントの基本的な考え方を6項目で示している。
(2) 発注者の役割
ジオリスクマネジメントに対して発注者が取るべき対応を9項目で示している。
(3) 設計者の役割
ジオリスクマネジメントに対して設計者が取るべき対応を9項目で示している。
(4) 施工者の役割
ジオリスクマネジメントあるいはジオリスクに対して施工者が取るべき対応を12項目で示している。
(5) ジオアドバイザーの役割
英国の「ジオリスクマネジメント」では、地質リスク・エンジニア(GRE)としての概念を「ジオアドバイザー」と呼び、建造物の計画、調査・設計、施工のすべての期間(工程)に関わるものとし、その役割を15項目で示している。
(6) リスクコミュニケーション
発注者、設計者、施工者、ジオアドバイザー間各々のコミュニケーションは、リスク管理表が受け持つものであるが、その他、計画段階から調査・設計段階への移行時、調査・設計段階から施工段階への移行時、施工後の維持管理段階への移行時には、公式にリスクコミュニケーションを行う必要があり、このリスクコミュニケーションをとっていくことが重要なプロセスでもある。
計画段階においては、発注者と設計者およびジオアドバイザーの3者においてジオリスクをどのように、いつ、誰が管理するかについてとジオリスクに対するプロジェクトの脆弱性評価等に関するリスクコミュニケーションを行い、調査・設計段階へ移行する。
調査・設計段階においては、施工中の観測およびモニタリングのニーズや残余リスクの受容に対する責任の明確化および契約がどのようにジオリスクを配分するかなどについて発注者、設計者、施工者およびジオアドバイザーの4者においてリスクコミュニケーションを行う。
施工段階においては、適切な施工法の選定とプロジェクト内におけるジオリスクの周知徹底および設計者へのフィードバックなどのリスクコミュニケーションを行う。さらに、施工後には、施工中に特定されたリスクや残余リスクについて施工者と発注者においてリスクコミュニケーションを行い、維持管理段階へ移行する。
1.4 リスク管理表について
リスク管理表は、認識されたリスクとその重要性を文書化し、それらを管理するための措置を記録する手段として用いるものである。
リスク管理表は、非常に簡易な文書であり、特殊な構造物や建設プロジェクトにおいて、情報が各種の組織間あるいは同じ組織内で働く別の部署間で情報を共有する際の強力なコミュニケーションツールである。
まず、リスクが回避できるかどうか、その重大さを推定することが必要であり、このプロセスは、リスク分析と呼ばれる。リスクの程度は、ハザードからの損害、損失または危害の予測されたインパクトであり、以下のように表される。
リスクの程度R=可能性L×影響E
特定のイベントが発生する可能性は、下表の2つの例で示すように、定性的な尺度で判断される。
不利な事象が実際に発生するリスクの影響は、一貫した枠組みの中で専門家の意見を使用することにより質的にも評価される。
リスクの許容度は、それぞれの個人や組織に依存するため、各企業や主要なリスクタイプ、個々のプロジェクトに対してのスケール(程度)を確立する必要がある。
表-101)にリスク管理表の例を示す。
2.GRE(地質リスク・エンジニア)としての業務と要求事項
2.1 GRE(地質リスク・エンジニア)を必要とする業務
GREは、GREの位置づけにおいて示したように、技術顧問、ジオ・アドバイザー、CM、地質リスク検討業務・調査計画立案業務、一般地質調査業務および受注後の調査計画の変更提案などの業務に従事することにより、地質リスクを考慮した業務を遂行することにより建設コストの低減に寄与できる。
(1)技術顧問(発注者の技術顧問としてプロジェクトあるいは発注業務全般に加わる)
(2)ジオ・アドバイザー(一般市民を対象としたリスクコミュニケーションに専門家として参加するものであり、英国ジオリスクマネジメントのジオアドバイザーとは異なる)
(3)CM(Construction Management)に地質リスクの専門家として加わる
(4)地質リスク調査検討業務・調査計画立案業務(構造物が立地される地域・地点の地質リスク抽出、評価とその回避、予防、低減を対象とした調査計画の立案、地質リスクに関する課題を実務的に展開)
(5)一般地質調査業務(地質調査結果において明らかに出来なかった事項を明確にすること、今後の課題をコメントすること、これらを設計・施工・維持管理に引き継ぐこと)
(6)受注後の調査計画の変更提案(セカンドベストとして技術的、経済的に優れた代替方法その他改良事項を発見または発案した場合)
2.2 GRE(地質リスク・エンジニア)への要求事項
GREは、地質に関する知力、構想力、応用力だけではなく、国の政策動向とその展開に関する知識、公共調達市場に関する知識、公共調達市場におけるコミュニケーションのとり方などが要求される。特に、地中の不可視部分を対象に業務を行うこと、成果が技術情報という無体物であるため、成果の検証が困難である場合が多いことなどから、厳しい倫理観の技術者倫理が必要である。
2.3 地質リスク調査検討業務の内容について
地質リスク調査検討業務の具体的な作業項目は、地質リスク検討の対象分野やプロジェクト毎に適宜設定するものであるが、既存文献収集・とりまとめ、地形地質解析、地質リスク解析、地質リスク調査検討、地質調査計画策定、リスク対策の検討の大きく6項目が挙げられる。その内容について表-11に示す。
3.自然災害安全性指標(GNS)4)について
自然災害安全性指標(GNS:Gross National Safety for natural disasters)とは、自然災害に対するリスク指標のことであり、自然災害リスクを定量的に示す防災減災投資の意志決定者へ向けた指標である。
日下部治を代表とする公益社団法人地盤工学会関東支部の地盤リスクと法訴訟等の社会システムに関する研究委員会は、自然科学や社会学に基づく国家レベルでの自然災害に対する安全性指標が必要であると考え、自然災害に対するリスク指標(GNS)4)の構想を提唱した。ここでは自然災害に対するリスク指標GNSは、統一的な数量的指標として都道府県別のGNSについてのリスク算定方法を以下のようにしている。
この式の特徴としては、災害を引き起こす物理現象が発生しない場合(H=0)、無人島のように物理現象が発生した場所に人が住んでいない場合(E=0)、自然災害に対し強い社会を実現している場合(V≒0)のどれか一つが該当すれば、リスクが0となるということを表している。また、Hの危険事象?Eの暴露は、暴露量指数であり、地震、津波、高潮、土砂災害、火山などの指数が係わってくる。Vの脆弱生は、住宅・公共施設、ライフライン、インフラ、情報・通信などがハード対策されているか、物資・備蓄、医療サービス、経済と人口構成、保険、条例・自治などのソフト対策がなされているかという指標が係わってくるものになっている。
おわりに、今回は、英国内外で実務者の解説書として用いられているジオリスクマネジメント、GRE(地質リスク・エンジニア)としての業務と要求事項および自然災害安全性指標(GNS:Gross National Safety for natural disasters)について紹介した。
地質リスクあるいは地盤リスクは、我々の生活の中に様々な形で係わっているものであり、ハード的な側面ばかりではなく、ソフト的なものとしても平易に地域住民等に周知していくことが必要であると思われる。
< 参考資料・文献 >
1) ジオリスクマネジメント~地質リスクマネジメントによる建設工事の生産性向上とコスト縮減~
:C.R.I.Clayton、英国土木学会編、一般社団法 人全国地質調査業協会連合会訳、平成28年12月
2) リスクマネジメント用語に関するISO/TMBワーキンググループの定義
3) 地質リスク調査検討業務発注ガイド:一般社団法人全国地質調査業協会連合会、平成28年10月
4) 自然災害に対するリスク指標GNS(2015年版)
:公益社団法人地盤工学会関東支部、地盤リスクと法訴訟等の社会システムに関する研究委員会、2015年3月21日