(公社)地盤工学会東北支部では、東北地域地盤災害研究委員会を2011年(平成23年)から行っています。さらにこの委員会の小委員会として地盤リスク検討小委員会が2016年(平成28年)から始まりました。小生は、この地盤リスク検討小委員会の委員として2016年8月より地盤災害のリスクに関する研究会に参加して、諸先生方の講演を聞いたり、勉強会に参加したりしています。ここでは、この地盤リスク検討小委員会の委員として地盤災害のリスクに関して得られた知見と令和元年10月12日に東日本を縦断した台風19号による福島県内の被害状況について若干紹介します。
1・はじめに
2.地球温暖化に伴う問題点
(1) 地球温暖化の影響
2018年10月に開催されたIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)第48回総会において「気候変動の脅威への世界的な対応の強化,持続可能な発展及び貧困撲滅の文脈において工業化以前の水準から1.5℃の気温上昇にかかる影響や関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関する特別報告書」が承認・受諾され、公表されました。これには、世界の平均気温が2017年時点で工業化以前と比較して約1℃上昇し、この状況のまま上昇し続けると2040年~2050年くらいに1.5℃に達する可能性が高いこと、平均気温上昇を1.5℃を超えないような排出経路は、2050年前後には世界のCO2排出量が正味ゼロになっている必要があることを示しています(図-11))。
特に地球温暖化は、海面上昇・高潮の増加・異常気象の増加(豪雨・洪水)・感染病の増加・熱中症の増加・動植物の絶滅の増加・食糧不足・水不足などのリスクが増えることが懸念されています。
また、令和元年7月に気象庁より刊行された「気候変動監視レポート2018(世界と日本の気候変動および温室効果ガスとオゾン層等の状況)」2)では、世界各地で、大雨や干ばつ、異常高温など極端な気象・気候現象が発生しております。このような、気象・気候現象の長期的な増加傾向には、地球温暖化の影響があると考えられています。このことを裏付けるのが図-2と図-3です。図-2には1898年~2018年間の年平均気温偏差の経年変化を示しました。この図によると100年間で1.21℃気温が上昇しています。また、図-3には1901年~2018年間の日降水量100mm以上の年間日数の経年変化を示しました。この図によると100年間で日降水量100mm以上の日数が0.29日増加しています。
(2) 近年の自然災害について
日本においては気温が上昇し、100mm以上の降水量を示す日数が増加すると豪雨・洪水が多発するようになってきています。このことは地球温暖化による異常気象の増加と考えることができます。平成30年の7月には西日本から東海地方を中心に広い範囲で数日間大雨が続き、全国の降水量の総和は、1982年以降の豪雨災害時の降水量の中で最も多い値でした。この豪雨は、「平成30年7月豪雨」と命名され、2018年6月下旬から7月上旬に西日本を中心として大雨となり、6月28日から7月8日までの総降水量が四国地方で1,800mm、東開地方で1,200mmを超えるところがあるなど、7月の月降水量年平均値の2倍~4倍となる豪雨となり、死者237人,行方不明者8人,住宅全壊6,767棟,住宅半壊11,243棟,床上浸水7,173棟,床下浸水21,296棟など甚大な被害が発生しました3)。
また、日本各地において夏(6月~8月)の平均気温が統計開始以降で最も高くなりました。
令和元年10月12日~13日にかけて台風19号が東日本を縦断しました。12日19時前に伊豆半島に上陸しました。このときの気圧は955hPa,最大風速は40m/sでした。13日12時には岩手県の三陸沖にぬけて行きました。この台風では神奈川県の箱根で942.5mmの日降水量が記録され,宮城県丸森町でも607mmの日降水量が観測されました。この豪雨により死者98人,行方不明者3人,住宅全壊2,419棟,住宅半壊16,331棟,床上浸水19,897棟,床下浸水30,121棟など甚大な被害が発生しました4)。特に,決壊した河川は,71河川であり,そのうちの9割が県管理の河川であったとのことです。これは,堤防決壊の他にバックウォーター現象や内水氾濫が多かったことによると考えられています。福島県内の河川氾濫は、23河川と一番多くありました。
福島県内の台風19号の災害状況を写真-1~写真-5に示します。
また,図-45)に台風19号による主な被害を示します。
3.豪雨による地盤災害とリスク
(1) 地盤に関連するリスクとその要因
地盤災害に関連したリスクには,リスクを発生させる要因,リスクが生じる不確実性の存在する要因,リスクを受ける主体について分類することが出来ます。これらをまとめたものを表-16)に示しました。
ここでは、主に自然現象に起因する地盤のリスクについて示します。自然現象に起因する地盤のリスクとしては,火山噴火,地震,津波,豪雨(洪水・土石流),地すべり(斜面災害),天然ガスなどが挙げられます。これは,発生時期,発生場所,規模などが不確実であり,社会全体,国・自治体・企業および個人がリスクを受けることになります。さらに,巨大噴火,巨大地震などの場合には,地球環境へのリスクも生じます。また,火山噴火の場合には,噴石,火山ガス,土石流(火山泥流)などのリスクも含まれます。
このように,自然災害による地盤のリスクについては,発生時期,発生場所(リスクを受ける場所),規模などに不確実性があるものの,各種ハザードマップの作成が行われ,リスクマネジメントとしてエリアメール等で避難命令等が発令されるなどのソフト的なリスク対策が行われるようになってきています。
(2) 豪雨による斜面災害について
写真-1~写真-4に示した豪雨による斜面災害では土砂崩落や家屋への土砂流入によって犠牲者が出ることが多々見られます。
表層斜面崩壊の例として、段丘堆積物と凝灰岩からなる斜面の表層崩壊について示します。平成26年8月の広島豪雨の直後の8月27日に表層斜面が崩壊したことから、斜面上部に雨量計を設置し、斜面肩部と斜面中腹部に土壌水分計を設置してモニタリングを実施したところ、平成29年10月22日から23日に通過した台風21号の豪雨によって表層斜面崩壊が発生しました。この時の降水量と土壌水分量を示したものが図-5です。
この図から、10月22日から23日朝9時にかけての総雨量は189.5mmであり、特に23日1時~7時の間の1時間降水量は、10~28mmでした。
また、のり肩に設置した土壌水分計の値は23日3時に59.05%となり、のり中腹に設置した土壌水分計の値は、23日3時に124.72%、4時に107.48%と100%を越える値を記録しました(真水の場合には100%を超えます)。
このことは,斜面が降水により飽和状態となったことが推定され,段丘礫層の見かけの粘着力が0となって湧水圧の作用も加わって表層崩壊に至ったものと考えられます。
また、図-6には降水による斜面崩壊のパターン7)を示しました。
パターン1:
風化土の崩壊は、斜面勾配に関係なく発生する傾向があります。
パターン2:
崖錐の崩壊は、相対的に緩勾配でも発生する傾向があります。これは、崖錐は風化土と比較して堆積勾配が緩い場合が多いためと考えられています。
パターン3:
岩盤上の段丘堆積物の崩壊は、段丘堆積物層内や岩盤と段丘堆積物層の境界付近で発生する傾向があります。これは、透水性の良い段丘堆積物層内に浸透した降水が段丘堆積物層に作用することにより粘着力が低下することと湧水圧が作用することによって崩壊すること、また、透水性と不透水性の境界が弱面となって崩壊すると考えられます。
パターン4:
吹付工の剥落は、背面が土砂化していたり,背面が空洞化していた場合に降水が吹付工背面に水圧と作用することによって崩壊することが考えられます。
当該斜面は、「パターン3」の岩盤上の段丘堆積物の表層崩壊に該当します。図-5に示した雨量計の最大時間雨量28mmの時に土壌水分量の値が急増しており、斜面が降水により飽和状態となったことが推定され,段丘堆積物層の見かけの粘着力が0となって湧水圧の作用も加わって表層崩壊に至ったことが説明できることになります。
4.自然災害に対するリスク指標
(1) 自然災害安全性指標(GNS)について
自然災害に対するリスク指標としては、自然災害安全性指標(GNS:Gross National Safety for natural disasters)があります。これは、自然災害に対するリスク指標のことであり、自然災害リスクを定量的に示す防災減災投資の意志決定者へ向けた指標です。
日下部治を代表とする公益社団法人地盤工学会関東支部の地盤リスクと法訴訟等の社会システムに関する研究委員会は、自然科学や社会学に基づく国家レベルでの自然災害に対する安全性指標が必要であると考え、自然災害に対するリスク指標(GNS)8)の構想を提唱しました。ここでは自然災害に対するリスク指標GNSは、統一的な数量的指標として都道府県別のGNSについてのリスク算定方法を以下のようにしています。
この式の特徴としては、災害を引き起こす物理現象が発生しない場合(H=0),無人島のように物理現象が発生した場所に人が住んでいない場合(E=0),自然災害に対し強い社会を実現している場合(V≒0)のどれか一つが該当すれば、リスクが0となるということを表しています。また、Hの危険事象×Eの暴露は、暴露量指数であり、地震,津波,高潮,土砂災害,火山などの指数が係わってきます。Vの脆弱性は、住宅・公共施設,ライフライン,インフラ,情報・通信などがハード対策(VH)されているか、物資・備蓄,医療サービス,経済と人口構成,保険,条例・自治などのソフト対策(VS)がなされているかという指標が係わってくるものになっています。
(2) 関東地方のGNSの脆弱性推移について
関東地方の1都6県における脆弱性指数を構成するハード対策の脆弱性(VH)とソフト対策の脆弱性(VS)について、2010年,2015年および2017年の推移を調べたものを図-79)に示します。2015年の脆弱性の全国平均値は、VS=42.8%,VH=37.2%です。関東地方の1都6県の脆弱性の値は、いずれの都県においても2010年→2015年→2017年と脆弱性の改善が見られます。ただし、ハード対策とソフト対策の脆弱性の改善状況には差が見られます。つまり、いずれの都県でもソフト対策の脆弱性には顕著な改善が見られる一方で、ハード対策の脆弱性を明瞭に改善しているのは栃木県のみとなっています。
このことは、ハード対策には時間とコストがかかることが考えられます。
したがって、全国においてこの図のような推移を示していくことが災害対策の進捗状況の把握につながるものと考えます。
まとめ
ここでは、(公社)地盤工学会東北支部の東北地域地盤災害研究委員会のなかの地盤リスク検討小委員会の活動から地盤災害のリスクに関して得られた知見を紹介しました。
地盤のリスクを知ることによって、防災のあり方を考える時期にきていると考えます。このことは,とりもなおさずリスクマネジメントに他なりません。
また、自然災害安全性指標(GNS:Gross National Safety for natural disasters)からは、地盤のリスクが、我々の生活の中に様々な形で関わっているものであり、ハード的な側面ばかりではなく、ソフト的なものとしても平易に地域住民等に周知していくことの必要性を感じました。皆様の災害対策や防災意識の向上に繋がれば幸いです。
おわりに、(公社)地盤工学会東北支部の地盤リスク小委員会では,地盤のリスクに関する一般市民向けパンフレット(小冊子)「知っておいてほしい地盤のはなし―地盤リスクとの付き合い方―」を作成しました。地盤工学会東北支部のHPからPDF版のダウンロードが可能となっていますので是非一読していただきたいと思います。
<参考資料・文献 >
1)環境省作成:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)「1.5℃特別報告書」より
2)気象庁:気候変動監視レポート2018(世界と日本の気候変動および温室効果ガスとオゾン層等の状況),令和元年7月
3)内閣府:平成30年7月豪雨による被害状況等について,平成31年1月9日
4)内閣府非常災害対策本部:令和元年台風19号等に係る被害状況等について,令和元年11月20日
5)令和元年10月12日に縦断した台風19号による主な被害:令和元年11月12日朝日新聞デジタル
6)地質リスク・エンジニア(GRE)養成講座講義テキスト集 :地質リスク学会,特定非営利活動法人地質情報整備活用機構,平成27年6月
7)豪雨時における斜面崩壊のメカニズムおよび危険度予測 :地盤工学・実務シリーズ23,社団法人地盤工学会,平成18年7月31日
8)自然災害に対するリスク指標GNS(2015年版) :公益社団法人地盤工学会関東支部,地盤リスクと法訴訟等の社会システムに関する研究委員会,2015年3月21日
9)伊藤和也他10名:自然災害に対するリスク指標GNS[2017年版],2017年12月25日