11月某日、快晴。
車が古殿町に入ると両側を山に挟まれたどこか懐かしさを感じる風景。紅葉はまさに見ごろで、道路に舞い降りる落ち葉がノスタルジーを増幅させている。
実は造り酒屋へ単独訪問するのは今回が初めてで、年甲斐もなく緊張している。昔気質の職人さんに失礼が無いようにしなければ。国道349号に出ると町役場もある古殿の中心部へ。
「御免下さい。」お酒を買いに来こられた先客がいらっしゃったので、しばしお店の隅で店内を眺めて待つ。スーパーやコンビニでも日本酒は売っているけれど、ここで並んでいるお酒はやはり趣あるなぁ。伝統に触れると日本人に生まれて良かったとしみじみ感じる。
お話を伺ったのは、豊國酒造9代目矢内賢征さん。若く溌剌とされている。今回訪れるきっかけとなった一歩己を造られた方で、訪問当時で33歳。懐かしさがある古殿町と洗練された矢内さんとの組み合わせが対極にあって(失礼)、それでいて頼もしい。進学で古殿町を離れていた矢内さんは卒業と同時に酒造りの道へ。「新しい酒を造りたい」そこからほどなくして一歩己は完成する。こちらで造られる日本酒はとにかく古殿町に根付いている。「古殿町の喜怒哀楽に寄り添いたい。」日本酒の地酒・ブランド化が進む時代に、古殿町では、酒と言えば豊國酒造である。原料は古殿町で育った米、水、そして働く蔵人もすべて古殿町民だという。
地域の誇りでありたいと言う矢内さんがなんだか羨ましくなる。純・古殿町の酒、地域との深いつながり。造る側も呑む側も両方が同じ愛情で結びついている。今回は、仕込みの真っ最中ということで、製造工程を垣間見ることはできなかったが、12月に出来上がる今年の新酒が楽しみだ。