~ 執筆者紹介* ~
石幡 信:福島県出身、岩手県紫波町在住。34年間岩手県の高校教員として花巻農業、岩谷堂農林、盛岡工業に勤務。その間、岩手県教職員組合の技術教育部会の方々と20年交流があり、全国の技術教育研究会にも所属。現在は地域のNPOの理事長として小学生の学童保育や学習支援を行う。
~ 執筆者紹介* ~
石幡 信:福島県出身、岩手県紫波町在住。34年間岩手県の高校教員として花巻農業、岩谷堂農林、盛岡工業に勤務。その間、岩手県教職員組合の技術教育部会の方々と20年交流があり、全国の技術教育研究会にも所属。現在は地域のNPOの理事長として小学生の学童保育や学習支援を行う。
新協地水では、社内行事に合わせて年間平均3回ほど外部から講師をお招きして特別研修・講演会を行っています。2023年度は、社員のお父様であり、長年岩手県で教職に就いてこられた石幡信氏に土と水の通年シリーズの執筆をお願い致しました。少子化の日本において、すべての企業が少なからず頭を抱えている若手の人材獲得と育成ですが、とりわけ私たちの建設・土木業界においては最重要事項ともいえる課題となっています。今号では、現在でも教育現場に身を置く石幡氏の視点で執筆して頂きました。
最近、少子高齢化に伴って、様々な産業で若年労働者の不足が問題になっています。私の住む岩手県でも、3月に「いわて建設業振興中期プラン2023」が策定され、課題のひとつとして「若者や女性等の担い手の確保・育成」があげられていますが、その対策はいつもながら教育現場には踏み込まない、本質的問題解決にはほど遠い内容に思われます。私はオイルショックの時、農業高校の新設間もない農業土木科の教員として出発しました。以来農業高校や工業高校の教員として34年間携わってまいりました。その間、オイルショックによる建設不況の中で卒業生の就職先確保に苦労したり、バブル期には一転して異常な求人増となりつつも生徒は建設業離れ状態、少子化による学校再編による建設系学科縮小の波、そして東日本大震災による建設技術者の需要拡大。このような波にもまれながら、岩手県の建設系学科の卒業生は建設業界や技術系公務員への就職や理工系大学への進学とそれなりの成果を上げてきました。
一方、文部科学省は少子化の中で、農業・工業・商業・水産等の学校を統廃合し、総合学科へ改変するなどの動きを強めてきました。つまり教育現場はますます建設系技術者養成から遠ざかる方向にあります。所謂縦割り行政の中にあって、古くて新しい課題でもある建設産業の後継者養成がなぜ進まないのか考える材料として、問題提起したいと思います。
(1)小学校における技術教育
小学校における技術教育は主として工作や理科実験などで行われています。我々団塊の世代が小学生だった頃はどの家にも金槌やのこぎりがあり、身近に大工さんや板金屋さんといった職人が居て、まねをして道具の使い方を学び、小学校でもモーターを作ったり、彫刻刀で版画を彫ったり、結構道具を使った記憶があります。現在、私は放課後学童保育に携わっており、その中で小学生と接触する機会が多くあります。主に使われる道具はどうかというと糊(接着剤)とハサミやキットを組み立てるドライバー程度、コロナ禍にあって調理実習も実施できない状態状況で刃物は皆無です。反面タブレットを持たされ、英語やローマ字学習に力が注がれています。遊びにおいても現在私の住む紫波町においても危険な場所が多く外で遊ぶところは制限され、小学校のグランド程度といった状況で、ご多分に漏れずネット・ゲーム依存が問題視されています。
では、子ども達が物作りに興味がないのかというと全く違います。竹とんぼグライダー作りを教えると夢中になって遊び、私たちの小さい頃と何ら変わりません。違っているのは道具の存在、使い方を知らないということにつきます。はんだ付けをしてボールを転がす軌道を作製したり、のこぎりとドリルを使って竹で鹿威しを作った小学校5年生達もいます。竹ひごと紙でゴム動力の飛行機を作った4年生もいます。教えれば興味を持ち、5年生で化学の元素の周期律表を覚える子どももいます。要は、道具を知らない事につきます。
文部科学省は一貫して物作りに携わる職業を軽んじ、英・数・国・社・理・情報の6教科と重視する姿勢が見えます。この傾向は現在小学生の親世代や若い小学校教員が義務教育を受けたあたりからすでに始まっています。
バブル景気が盛んな1986年(昭和61年)頃、3Kといわれた建設産業従事者は、小学生を持つ若い母親から、「勉強しないとあんな風に外で働くよ」と言われたり、「㈱○○組」との看板をみてヤクザの会社と言われたりといった話が学校にも伝わってきました。このような感覚がどのくらい払拭されてきているでしょうか。「いわて建設業振興中期プラン2023」にはこの辺の視点が全く欠けているように思います。
岩手県建設業協会では、毎年いくつかの小中学校で建設機械の体験乗車などのイベントを実施しています。地道な活動ではありますが、体験を行った中学校から農業・工業の建設系学科への応募者が増加します。なかなか継続しないという難点はあるものの、学校現場と直接交流することが大切だと思われます。
(2)中学校における技術教育
①教科「技術・家庭」科の課題
~授業数削減による授業内容の低下
1950年(昭和25年)生まれの私は中学校の技術の授業がとても楽しみでした。母校の福島市立信稜中学校は技術の授業が斬新でした。合併間もない学校であったためか技術の教室は大きく、設備も新しいものでした。製図・木工・金工・電気(ラジオ・蛍光灯スタンド)そして内燃機関・自動車の運転といまでは考えられないくらいの実習をしました。高校入試も9教科受験で「技術」もありました。ここで学んだことは大学に入り、実験装置を作ることにかなり役立ちました。いま考えてみても素晴らしい授業でした。
1990年(平成2年)、中学校の技術科に情報処理教育が導入される事に対する助言者として、岩手県高等学校教職員組合(高教組)から岩手県教職員組合(岩教組)へ派遣され、技術科の中学校教員との交流が始まります。その当時「技術」と「家庭」の男女共修が進められることによって、「技術」科の実質授業数が半減する中で、科目「情報」によりますます授業時数が少なくなる事が大きな課題でした。それでも少ない時間でありながらかろうじて物作りの授業が行われていました。ところが最近はさらに授業時間が削減され、1-1-0.5単位つまり1、2年生は1単位(週2時間/半年)、3年生は0.5単位(週1時間/半年)まで減らされ、様々な道具を使った実習は経験できなくなりました。そのため、高校3年生になっても、金槌やのこぎりを触ったこともない生徒が普通になってしまいました。現在ほとんどの生徒は高校へ進学しますが、義務教育だけで就職する生徒にとっては大きな問題です。高校入試の受験対策を重視し『働く』事の大切さを教える教育が疎かになっていると思われます。中卒や高校を退学した若年労働者にほとんど目が向けられておらず、彼らは野放しのまま、社会に出ているのが現状ではないでしょうか。
②縦割り教育の弊害~普通科を目指す中学生
令和5年度の岩手県立高等学校の志願者倍率をみると盛岡第一高等学校など偏差値の高い普通科に比べ工業・農業系高等学校は軒並み定員割れを起こしました。土木系学科だけをみれば、盛岡工業0.61、黒沢尻工業0.32、一関工業0.52、久慈工業0.13、種市0.21、花巻農業0.44といった状態です。現在岩手県には単独の建築科、林業科はありません。併設学科それぞれ1校あるだけです。以前からいわれている普通科志向は技術教育の時間数削減に伴ってますます増大しています。また、頻発する災害について学ぶ科目はありません。高校入試を意識した授業の中で、防災や地域の歴史などを意識した横断的な学習の機会はほとんどありません。理科や社会の中に断片的に出てくるだけです。このような教育体系の中にあって建設業に興味を持つということは稀なことであり、建設系学科に第一希望で来る生徒は限られているのが現状です。前述の建設機械体験乗車などを継続的に進めつつ、工業・農業高校からの出前授業(高校生が小中学校へ出向いて体験授業をする)など地道な交流を続けながら中学校教員の意識を変える試みが必要と思われます。義務教育の中で物づくりの教育が縮小される中にあって、建設産業にいかに興味を持たせるかが大きな課題となっています。
(3)選択肢が少なく、創造性に欠ける遊びの環境
現在、小学生の遊び環境はどうなっているでしょうか。地方の街である紫波町でさえ、小学生が自由に遊べる自然環境がほとんどありません。子ども達が群れをなして河川や林で遊ぶ姿はほとんど見られず、田舎でさえ家にこもってゲーム依存症が問題視されています。小学校ではタブレットを渡し、正しい情報メディアとの付き合い方を教えようと教員の多忙化を促進しています。しかし、本来子ども達は安全で自由に活動できる場所を提供するだけで、その場にある物を利用して遊びを工夫します。その中で危険予知能力を磨いたり、遊びのルールも独自に考案します。喧嘩もしますが、そこから新しい人間関係を作ることもできます。その中で問題解決の話し合いもできますし、大人顔負けです。ここ数年、放課後学童保育に携わって、子ども達から多くのことを学びました。水路や畑での虫取り、グランドでの石拾い、段ボールハウスの製作などを通じて生物や地質、構造力学などへと興味が広がるものと思われます。学校教育では及ばない様々な体験を保障することが、子ども達の豊かな想像力を育むことになります。私たち大人は、そのような環境をどのようにして保障するかが大切なのではないでしょうか。
次に中学生ですが、大きな課題は部活動のあり方です。岩手県の中学校ではほとんどの生徒が放課後は部活動で忙しい状況です。学習に興味を持つ多感な時期に放課後の自由な時間を部活動に費やし、運動部にいたっては祝祭日も練習試合にとられる状況にあります。このような環境の中それぞれの生徒が自分の興味関心に基づいた自由研究は保障されるのでしょうか。また、将来の仕事について体験するために、学校によっては職場体験実習を行っています。しかしこの実習も私の経験からすると、将来の仕事について考えることよりも、礼儀やしつけ指導に重点を置いているように思われます。このような環境下では自分の学力と志望校の偏差値から学校を選ぶことになり、受験に必要な英、数、国、社、理の5教科に重点が置かれ、他の科目は軽視されがちです。かつては数学の比例計算ができなくても製図などで具体的に理解する事ができましたが、現在は間口が狭い学習環境にあるといえます。そのため専門学科の選択もゲームが好きだから電子情報科、バイクが好きだから機械科といった選択になりかねません。建設系学科選択のハードルは高く、したがって選択を先延ばしできる普通科を選ぶことになります。
工業高校への女性の進学率は数%程度で、数年に1度1~2人が入学する程度です。(ただしデザイン科を除く)私も34年間で教えた土木科の女生徒数は6人だけです。最初の1人は現在50代後半で、オイルショックの時期の就職でしたが、測量士補の資格を持っていたので、関東方面の測量会社に就職できました。当時は非常に珍しいことでした。その後バブル期に入学してきた卒業生は、初めて岩手県職員になるなど今でも現場で活躍しています。建設業界への女性の進出が話題となり、家庭科などの学科からも技能職で入社するなど、会社の対応も変わってきました。女性の進出により安全管理が向上したなどの話も聞こえるようになってきました。しかし、このような情報は、土木系教員以外の義務教育を始め教育関係者には届きません。中学校からの応募者は依然として少ない状況でした。全国の技術教育研究会などで韓国の技術科教員との交流があり、いかに日本の女子教育が文系に偏っているか考えさせられました。
では、日本の女子生徒が物作りに興味がないのかと言うとそうではありません。退職後、小学生に物作りのボランテイアをしていると、募集に応じてくるのは女子生徒がほとんどといったことが多いです。本立てなどを作らせると喜々としてのこぎりや金槌を使っています。女子生徒が物作りに向いていないのではなく、体験する機会が少ないだけなのです。
高等学校では、家庭科が男女共修になりましたが、技術教育は行われていません。これは非常に勿体のない事で、大学、高等学校を通して女子生徒の理工系への進学を増加させるべく、教育体系の見直しが必要ではないかと思います。
日本の高等学校の大部分が普通科となっています。そのほとんどは同じような教育体系で授業を行っています。ほとんどが大学進学を目指す学校はともかく、一般の普通科では、体を動かし働く訓練(実習)、安全教育など働くことに必要なことを教えていません。当然、資格取得や技能講習なども行われていません。これといった特技もなく就職できる職種は限られてきます。非正規採用も多くなっていますが、それについての対策はほとんどなされていません。職業教育を受けた生徒達からみれば、無防備で社会に投げ出されたように感じられます。従って余裕のある生徒は大学や専門学校に高い授業料を払って進学せざるを得ません。専門学校の中には工業高校レベルの学校もかなり多く、カタカナ名の情報処理系学科が多いです。機械科(自動車整備科はあるが)や電気科などの学科は皆無です。
しかし、世間の評価は職業教育系学科(農・工・商・水産などの専門学科)より普通科が高いように思います。しかも職業系学科にも商・工・農・水産といった序列があります。これが、生徒の偏差値と比例しています。公務員の世界では一般職に比べ技術職は一段下にみられていますし、このような状況が生徒の進路選択にまで影響しているのでしょうか。不思議な国ニッポンです。
(1)職業教育系学校の統廃合
少子化に伴い、高等学校の再編が岩手県でも行われています。中学生の応募者が少なければ統廃合の対象になります。しかし、面積の広い岩手県では市町村の関わりや通学の関係から田舎の普通科高校は潰すことができません。統廃合の大部分は職業教育系学校です。岩手県の建設系学科は工業高校に8校、農業高校に2校ありました。沿岸部の工業高校2校が統合によって建設系学科がなくなり、直後に震災に遭遇しました。農業は1校が総合学科に統合し、残りの1校は造園科との併設となり環境科学科となりました。背景にはバブル期後の建設不況やリーマンショックの影響による求人数の低下がありました。応募者も少なく、進路先も少ないといった理由で統廃合が進められましたが、そこには建設産業の社会的必要性など全く考慮されていませんし、応募者確保のための各校の努力も顧みられることはありませんでした。そのため震災後、県職員を始め建設系公務員の求人が増加し、各校とも対応に苦労しました。
(2)応募者を増加させるための対策
職業系学科の応募者が少ない理由として進路が限られてしまうことが挙げられます。しかし推薦入学で農・工学部へ進学する生徒は毎年数人おりました。中には成績優秀で特待生になったり、国立大学へ編入した卒業生もいます。2000年(平成12年)頃から、大学の推薦入試枠の拡大やAO入試等の増加によって大学進学が容易になってきました。農業土木科からも奈良大学考古学科や岩手県立大学総合政策科など建設系ではない学部学科へも進学できるようになってきました。建設系学科は公務員になれる確率が他学科よりも高く、卒業生の1割ほどが公務員になっています。転職しても建設系のキャリアを積むことができます。兼業農家には適した勤務形態など、建設系ならではの特徴や卒業後の進路選択の広がりを中学校訪問で説明しますがあまり効果があったとは思えません。中学3年生での職業選択は難しいといった概念を崩せません。
(3)安上がりな職業教育~総合学科とデュアルシステム科
バブル景気が崩壊のころ、産業教育に新しい動きが出てきました。当初普通科への職業教育といった名目で英、数、国以外が自分でカリキュラムが組める総合学科の創設です。岩手県においては職業学科併設校や農業高校が軒並み総合学科になってしまい、結果的に職業教育系学科の取り潰しに利用されたところがあります。総合学科は自習費などの予算措置や教員の配置などで従来の職業系学科にはおよばず、多くの卒業生が専門学校などに進学しています。東京都では、企業での労働(インターンシップ)を実習の単位として認めるデュアルシステム科の工業高校が出現・拡大し、安上がりな職業教育と実習という名の無給労働を認める危険性があります。
(1)離職率調査の問題点
「いわて建設業振興中期プラン2023」(以後「中期プラン」)の基礎資料として離職率の調査が報告されています。この類いの調査の大部分は年齢別や男女別の調査がほとんどで、出身学科別(大学も含めて)の統計はほとんどありません。東京大学教授の本田由紀さんが著書の中で、職業系学科出身者の定着率が高く、社会の基盤を支えていると述べています。現場にいた私たちも同様な感触を持っていました。しかし統計上このような事実は反映されていないのが現状です。
(2)何度も繰り返される改善策
中期プランでは、①担い手の確保・育成施策として「若者・女性などの入職促進・定着」と「建設業の魅力伝播・イメージアップ」、②働き方改革の推進として「働きやすい現場環境の実現」と「現場の後方支援体制の整備」などをあげています。(施策は全部で6項目ありますが今回は省略します)建設系学科は工業系学科の中でも女子生徒の入学率が高い傾向にあります。私自身も2人担任しています。『友愛』という女性だけの舗装会社が大きな話題を呼んだことがあります。残念ながらその後の建設不況で倒産しましたが、岩手県の先駆的存在で、モデルはできています。働き方改革もこれまで常々言われてきたことで今更目新しさはありません。大切なことは建設系学科に生徒が集まらない状況に、どうやったら他の生徒が目を向けるだろうかという所にあるのではないでしょうか。問題の本質は教育制度にあるのではないかと考えています。
(3)実情がわからない審議員メンバー
今回の中期プランの審議委員メンバーで、教職で加わっているのは岩手大学の准教授だけで建設系学科の教員はひとりも含まれておらず、義務教育の教員も含まれていません。このようなメンバーで本質的な改善案が出せるのでしょうか。日々現場で奮闘している工業・農業の建設系学科教員の意見を反映してほしいと願っています。