1.1 地質リスク・エンジニアの定義
地質リスク学会において,地質リスク・エンジニア(GRE:Geo Risk Engineer)を以下のように定義1)している。
1.地質リスク・エンジニアとは
この認定技術者は,発注者を支援する立場の技術顧問として最適である。
また,図-1にはGRE認定者の他の資格との位置づけを比較したものを示した2)。GREは,専門知識能力では技術士と同レベルであるが,さらにマネジメント力の高い技術者を想定している。GREの認定は,これまで平成27年度2回と平成28年度1回の計3回の養成講座が行われた。平成28年12月1日現在,43名が認定されている(地質リスク学会HP1)参照)。なお,筆者は,平成28年4月1日にGREに認定された。
講座の内容は,地質リスクマネジメント,地質事象の把握における不確実性と地質リスクの類型化,地質調査業における地質リスクの意義と活用,ジオテクニカル・ベースライン・レポート(GBR),技術顧問の意義と役割,技術顧問の調査・設計・工事・維持管理各段階における技術支援などの講義があり,地質リスク学会で発表を行った事例に関するジオテクニカル・ベースライン・レポート(GBR)の作成を行った。また,後日,技術者倫理に関する論文の提出を行った。
1.2 地質リスク・エンジニアの位置づけ
それでは,GREは,どのような位置づけになっているかを図-22)に示す。GREが最も主となる活躍の場は,発注者の中に入る技術顧問である。また,委託業務の中で,地質リスク調査検討業務,地質調査計画策定業務,地質総合解析業務に加えて,地質リスクに関する通常の地質調査業務においても活躍できる。さらに,建設の段階ごとにGREが活躍できる場面は,表-12)および表-22)に示すようなものとなる。
また,GREは,図-33)に示す平成27年3月に国土交通省から発表された「建設コンサルタント業務等におけるプロポーザル方式及び総合評価落札方式の運用ガイドライン」における地質調査の分類においてプロポーザル方式の中の地質リスク調査検討業務に参加することが可能となる。ただし,実績づくりは今後の課題である。
2.地質リスクとリスク対策
2.1 地質リスクの不確実性
地質調査では,ボーリング,サウンディング,原位置試験・計測,室内試験などの各種調査の種類と量は,有限である。このために地質事象の把握における不確実性が存在し,リスクの要因となる。
地質事象の把握または地盤状況の把握における不確実性は,図-4に示すように無秩序性,不完全性および不明瞭性の3要因に大別される4)。
無秩序性は,地質分布の規則性の欠如を意味する(断層や付加体内部など)。
不完全性は,完全なる地質・地盤データの欠如に由来するものであり,地質リスクの主な要因となる。これらの不確実性は,地質情報に関連するものとされ,不正確なデータや不完全なデータが原因となる。
不明瞭性は,定義または概念の曖昧さとされるが,地質の解釈が進めば,この要因に区分される不確実性は消滅できると考えられ,地質の解釈に起因するリスクである。
一方,長谷川5)は,リスク発生の要因が,地質構造や地質リスクに伴う認識不足を起因として生じた事例と調査数量が不足していたため適切な地質解釈がなかったことに起因して生じた事例が大半を占めることを示した(表-3)。このことは,無秩序(地質分布の規則性の欠如による地質解釈を行えなかったこと)と不明瞭(定義・概念の曖昧さと地質解釈の問題)が認識不足に相当し,不完全(地質・地盤データの欠如)は,調査不足に相当する。
また,地質リスクが顕在化したタイミングは,図-5に示すように施工中が最も多くなっている。このことは,計画から施工直前までに実施された地質調査において,施工に影響を及ぼすだけの地質リスクを把握できなかったことを裏付けるものである。つまり,施工前における調査データが量・質的にも十分でなかったか,あるいは調査データをもとにした地質解釈が適切ではなかったことを示している。
以上のことから地質調査の種類と量を増やすことによって「不完全性」は減少させることが可能となるが,完全なる地質・地盤データを得るためには対象とする地質体を全て掘り起こさなければならない。しかし,この場合でも地質の把握には不確実性が存在することは想像に難しくない。
2.2地質に関連するリスクとリスク対策
地質に関連したリスクには,リスクを発生させる要因,リスクを生じる不確実性の存在する要因,リスクを受ける主体について分類することが出来,その対策についてもある程度のマネジメントが行える。
(1) 自然現象に起因するリスク
自然現象に起因するリスクとしては,火山噴火,地震,津波,豪雨(洪水・土石流),地すべり(斜面災害),天然ガスなどがあり,発生時期,発生場所,規模などが不確実性であり,社会全体,国・自治体・企業および個人がリスクを受ける。さらに,巨大噴火,巨大地震などの場合には,地球環境へのリスクも生じる。また,火山噴火の場合には,噴石,火山ガス,土石流(火山泥流)などのリスクも含まれる。
このように,自然災害リスクについては,発生時期,発生場所(リスクを受ける場所),規模などに不確実性があるものの,各種ハザードマップの作成が行われ,リスクマネジメントとして避難命令等が発令されるなどのソフト的なリスク対策が行われるようになってきている。
なお,自然現象に起因するリスクの大半は,リスク発生の誘因が火山噴火,地震,津波,豪雨,地すべり,天然ガスであり,リスクの素因としては,地形を含む地質が関係することから,GREが有している知識とマネジメント力が役立つことになる。
(2) 人間の活動に起因するリスク
人間の活動に起因するリスクには,人間の生活環境に及ぼすリスク(地質環境リスク)と事業が及ぼすリスク(地質リスク)とがある。
i) 人間の活動に起因する地質環境リスク
地盤沈下や土壌・地下水汚染は,いずれも人間活動に伴い発生したリスクである。この発生場所やその要因に地質・地盤・地下水などの地質体が含まれる。
地下水のくみ上げや天然ガスの採取による地盤沈下は,広域的な社会的影響を及ぼす。このリスク対策としては地下水くみ上げ量の制限,天然ガス採取の制限などのマネジメントが行われた。地下水の流れについては,シミュレーションにより把握することが可能であり,不確実性の要因を低くすることができる。
土壌汚染は,地下水等への溶出の危険性があるが,比較的汚染源に近い限られた範囲であり,汚染土壌の浄化等のリスクマネジメントが行われる。リスクの主体は汚染の排出側を含め,その土地に直接関係した個人や企業であるが,地下水汚染は,土壌汚染より広範囲に影響が現れるため,リスクの主体は,個人を含め,広く社会となる。
ii) 事業が及ぼす地質リスク
建設工事や資源開発における地質リスクは,事業の進行に伴う地質リスクの顕在化であり,予見できない好ましくない地質状況の場所に開発が進むことによってリスクとなる。この地質リスクは,発生時期の不確実性がリスクの要因ではなく,地質状況の把握における不確実性が要因である。
建設工事における地質リスクは,施工中に望ましくない地質事象が存在する場所と規模に関する不確実性を要因とする。リスクの主体は,工事の契約内容に依存し,発注者または受注者となる。
建設工事は,様々な地盤条件の影響を受ける。地盤条件としては狭い意味での地盤である土壌・岩盤等の状況,地下水状況,地質汚染状況,人工構造物などが含まれる。地盤リスクとしてはこれらの要因を含み,狭い意味での地質リスクは,人工構造物のリスクを除いて考えるが,都市部においては,既存の人工構造物の存在がリスクとなる場合が多くなってきている。
金属鉱物資源,工業原料鉱物資源,石油資源,地熱資源などの開発におけるリスクの主体はいずれも開発を行う企業である。資源探査結果の経済性評価における地質状況の把握の不確実性がリスクとなる。つまり,地質学的確実性と経済性がベースラインとしての指標となる。このためのリスク対策としては,三次元的な資源量の把握が行われる。
以上のリスクの起因,発生要因,不確実性およびリスクを受ける主体を表-4に示した。
2.3 リスク処理 6)7)
地質リスク,地盤リスクの処理については,リスクをコントロールすることと,リスクを転嫁することの2つに大別される。
また,このリスクの処理の手段としては,
などがあり,図-6に示すように損害が小さく,発生頻度が低いものについては,リスクを「保有」することが考えられ,損害が大きく,発生頻度が高いものについては,リスクを「回避,予防,防護・軽減,転嫁」することが考えられる。
3.ジオテクニカル・ベースライン・レポート(GBR)について
3.1 リスクマネジメントの原則・枠組み・プロセスについて
JISQ31000においてリスクマネジメントは,「リスクについて,組織を指揮統制するための調整された活動」と定義されている。つまり,リスクマネジメントを組織活動あるいは経営そのものと位置づけている。また,JISQ31000において,リスクマネジメントの原則,枠組みおよびプロセス関係は,図-78)のように示されている。
ここで,リスクマネジメントの原則は,組織を指揮統制するためのガバナンスとしての意味合いを持つものである。
リスクマネジメントの枠組みは,PDCA(Plan,Do,Check,Action)サイクルと同じである。
リスクマネジメントのプロセスは,リスクの具体的な対処方法を示したものであり,まず,組織の状況を把握し(事業主体の置かれた状況の確定),リスクマネジメントの目的・範囲・リスクの基準を明確にする。つぎに,リスク特定・リスク分析・リスク評価からなるリスクアセスメントを行う。そして,リスクアセスメントの結果に基づき,リスク対応を行う。さらに,結果を監視・レビューして維持改善につなげるというものである。
3.2 ジオテクニカル・ベースライン・レポート(GBR)9)について
一方,地質リスクを対象としたリスクマネジメントは,建設コストを縮減するという明確な目的がある。
建設工事における地質リスクマネジメントでは,工事の構想段階において地質技術者の積極的な係わりが重要であると考えられている。つまり,地質技術者が構想段階において地質リスクの洗い出しを行うことによって,リスクの回避あるいはリスクの低減が可能となるからである。この段階における工事対象地域の既存の地質地盤情報は重要であり,不確実性の低減に役立つものである。
海外の建設工事のプロジェクトでは,GBR(Geotechnical Baseline Report)を用いるケースが出てきている。
(1) GBRとは
このGBR(ジオテクニカル・ベースライン・レポート)とは,欧米の工事契約において,発注者と請負者が責任を負うべき地質・地盤条件を明示する契約図書の一つである。
欧米で用いられている工事契約では,地質・地盤条件の相違による設計変更についてDiffering Site Condition条項(DSC条項)で想定外の現場条件の出現に対する発注者の責任を規定しており,アメリカでは1921年より適用されている。
しかし,地盤条件が曖昧,つまり,地盤に関するリスク分担が曖昧で係争が絶えなかった。さらに,応札者が入札価格を検討する際に必要となる地盤情報を提供する必要があったにもかかわらず提供されなかったりした。このような状況で1997年に米国土木学会(ASCE:American Society of Civil Engineers)の技術委員会がGER作成のガイドライン第1版を作成し,2007年には第1版の適用経験を踏まえ,適用範囲や事例を拡張した第2版10)を発行した。ただし,このガイドラインは地下工事に関連したプロジェクトを対象としている。
(2) ベースラインとは
また,GBRにおけるベースラインとは,発注者と請負者が共有するリスク分担の基準値を指すものであり,実際の地盤条件がGBRに明記されたベースライン(基準値)を超過した場合,発注者は設計変更を認めて追加工事費を支払うことになる。逆に,ベースラインを越えない場合には請負者がすべてのリスクを負担することになる。
それでは,GBRにおけるベースラインをどのように決定するのかというと,地盤工学データ報告書(GDR:Geotechnical Data Report)を基本としてプロジェクトサイトの地質・地盤条件に関する調査や試験の結果に対する発注者の契約上の解釈を具体的・定量的に示し,発注者が責任を負う地質・地盤条件の範囲を明記するものである。
(3) ベースライン項目
具体的には,ベースラインの項目を施工法,施工の作業ごとに選出する。ベースライン項目の例(開削パイプラインと掘削および土工事)を表-5に示す。
(4) ベースラインの設定
ベースラインの設定が厳しいか緩いかによって,入札額の高低,請負者からのクレームの多寡,コスト変動量については,表-6に示すような影響が予想される。
終わりに,今回はGRE(地質リスク・エンジニア)の位置づけと業務内容,主に米国で行われている地質リスクマネジメントのGBR(ジオテクニカル・ベースライン・レポート)を紹介した。次回は,英国内外の実務者の解説書として用いられている「ジオリスクマネジメント」を紹介する。
< 参考資料・文献 >
1) 地質リスク学会ホームページ,http://georisk.jp/
2) 地質リスク・エンジニア(GRE)養成講座講義テキスト集:地質リスク学会,特定非営利活動法人地質情報整備活用機構,平成27年6月
3) 地質リスク調査検討業務発注ガイド:一般社団法人全国地質調査業協会連合会,平成28年10 月
4) Van Staveren,M.:Uncertainty and ground condition:a risk management approach.p.321,Elsevier,2006
5) 長谷川怜思:事例収集に基づく土木地質分野における現状と課題,日本応用地質学会平成25年度研究発表会講演論文集,pp.99~100.
6) 実践リスクマネジメント[第四版]-事例に学ぶ企業リスクのすべて-:インターリスク総研編,(株)経済法令研究会,2010 年10月28日
7) 役立つ!地盤リスクの知識:公益社団法人地盤工学会,p.53,2013.4.26
8) ISO/EC Guide 73 : Risk management – Vocabulary – Guidelines for use in standards,2002.
9) 建設工事におけるジオテクニカル・ベースライン・レポート-推奨ガイドライン-(日本語版):地質リスク学会編,(社)全国地質調査連合会,平成22年4月
10) The Technical Committee on Geotechnical Report of the Uderground Technology Research Cuncil:Geotechnical Baseline Reports for Construction,
Suggested Guidelines, ASCE, 2007.