【左下り観音堂】
1.ふたたび会津へ
場所は大沼郡会津美里町、磐越自動車道の新鶴スマートインターから車で南へ向かって約35分走らせたところに、左下り観音堂(さくだりかんのん)があります。こちらも日本遺産会津三十三観音のひとつで、二十一札所となっています。ちなみに前回訪れた、三重塔と虎の尾桜が美しい法用寺観音堂は二十九札所。会津ころり三観音のひとつ、中田観音堂は三十札所。同じく会津ころり三観音のひとつで、本尊の身丈が8m50cmある立木観音堂は三十一札所です。会津三十三観音は今回で4箇所目となります。そのすべてを制覇した長谷川さんからすると、三十三箇所はまだまだ遠い道のりです。
さて、桜の季節もあっという間に通り過ぎて、新緑の季節。
寒くて長い会津の冬もすっかり身をひそめ、青々とした山々に見とれながら、会津へと磐越道を移動。前回、今回とも訪れる会津美里町は、2005年(平成17年)に 大沼郡会津高田町・会津本郷町・新鶴村が合併して発足しました。今回は、会津本郷分庁舎(旧会津本郷町役場)で長谷川さんと待ち合わせ。その日は生憎の雨。天気は、晴れの日ばかりではないのだからと思いつつも、やはり少し残念な気持ち。分庁舎から車で10分程度さらに南下すると、道路沿いに現れた左下観?音入口の立派な看板。観と音の間の漢字はなに?後日調べると、どうやら‘世’と同じ意味で、古い漢字のようです。ここでは、つまり観世音。観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)が正式名称です。
左下観音というのは通称で、本来は臨済宗左下山観音寺です。看板を敷地内へと入ると、普通車を10台は停められる程度の舗装された駐車場となっています。ここで車とはしばしお別れです。
車内で撮影用カメラの準備していると、パラついていた雨がちょうどやみました。前情報で、駐車場から観音堂までは歩いて15分ほど移動しなければならないとのことでしたので、靴は選んできたつもりでしたが、『長靴じゃないと草で濡れるよ』と、長谷川さんが長靴を親切にも貸してくれました。さすが行き慣れてるだけありますね。恐縮して履き替えると、いよいよ参道へ。『これより600m山道を登ります』の立て看板。600m登るのか。『隣が旧山道だよ。整備されたんだなぁ』南側には細くてなんとも険しい道とは言い難いミゾが。こっちよりはまだマシか。傘を杖代わりに、ふたりで坂道を踏みしめていきます。
2.参道はなかなかの坂道
緩いカーブを描いて坂道を進んでいくと、やがて舗装された道路とぶつかりました。しだいに言葉少なになり、荒い息づかいを隠せずにいると、視界が開けました。舗装された広場と案内所と書かれた建物が。今回の道程の半分は車で行けることにここで気づきました。足腰に自信のない方は、こちらまで車でお上りください。その先からは車止めがあり、完全に徒歩のみのルートとなります。最近整備したのか途中に階段もあります。くの字に折れた山道を200mくらい登りますといよいよ今回の目的地、左下り観音堂です。
3.御堂へ
それは人影もない山の中腹に突然現れます。
ただただ見上げて、感動です。建長7年、西暦830年に徳一大師というお坊さんが修験道に入る前に籠もる為に建てたそうです。
高さはおよそ14.5m。大きな岩にくっつくように建っています。現在は、福島県指定文化財となっています。その存在感の大きさに驚き、福島県に生まれ育ったにも関わらず、知らなかったことに恥ずかしさを感じました。感心して見上げていると、長谷川さんが三層階の最上階にあるお堂へどんどん進んでいるので、慌てて後ろについていきます。
御堂内に入ると、やはり歴史のある木造建築。少し足元が不安です。外側の回廊は老朽化のため、進入できません。先ほど下から見上げた回廊のあたりまで進むと、なんと眺めのいいこと。会津美里町が見渡せ、はるか北の、雪が残る飯豊連峰も見えます。この日は重そうな雲が広がっていましたので、晴れた日にはさらに美しい眺めが広がるでしょう。人間は展望台や高層ビルに上ったり、高いところが大好きですが、確かに清々しい気持ちになります。三階の中心には本尊が祀られておりますので、私たちはお詣りをしました。ぐるりと廊下を回ると、西手奥に洞窟のような岩が空洞になっているところに続いており、そこに首無観音が祀られているようです。一周はできず、反対側から周ると、階下へおりる階段があります。
そこを長谷川さんはすいすい下りていきます。高所恐怖症のわたしは、一段一段が高くて手すりもない階段にひいひい言いながら二階へ。
二階は広間のようになっていて、さらに老朽化が激しく、床板と床板の間が覗けて、足がすくみます。二階からも階段があり、観音堂に来た時とは別な方向から外へ出ることができます。帰りの道は下りですので、あっという間に戻ることができます。
なにがすごいって、清水寺かのような珍しい建築物にも関わらず、私たち以外に参拝客はいなかったことです。そのギャップが異次元に来たような感覚で、心の凝りもほぐれる思いでした。車いすでの訪問は難しいかもしれませんが、若い方だけが来るようなハードな道でもありません。運動がてら、ぜひおいでください。期待以上に観る価値はありますよ。
4.これを知るとさらに興味深い
左下り観音にはいくつかの逸話があるそうです。左下り観音は別名首無観音とも呼ばれています。なんとも不気味な呼び名ですが。その所以は、延長年間(923~929年)頃、越後からの追手から逃れてきた者が、この観音堂に身を潜め、助かることを一心に観音に念じましたが、やがて追手に捉まり岩上で首を切り落とされてしまいました。しかし、追ってはその首を持ち帰り主人の前に差し出すと、その者の首ではなく観音の石頸でした。首を切り落とされた観音は、その後「無頸(くびなし)観音」といわれ秘仏として今もなお安置されているそうです。
また、堂内の柱の中から一番短い柱(三寸)を見つけると幸福がもたらされるという言い伝えもあるそうです。取材当時はこの言い伝えを知らず、がっかりしましたが、今後の再訪のきっかけになりました。御詠歌「左下りは 岩に聳えて懸造り いつも絶えせぬ 峯の松風」。