いじめられた側は決して忘れることができない
“フクシマの農家は人殺しだ”。原発事故発災後数年間、福島県の農業生産者はこういった誹謗中傷やウソ・大げさ・紛らわしい情報に痛めつけられてきました。そして12年たった今でも誰が言ったのかも含めてほぼ全て覚えている、正確に言うと忘れることができません。今はこういった不適切発言はデジタルで保存され消えることはありません。どんなに業績を上げても過去の不適切発言を“忘れることができないいじめられた側”から告発されたら元の木阿弥です。時には人に対して叱咤激励が必要な時もあるでしょう。しかし誹謗中傷や人格否定はいけません。人の恨みは深く刻まれ消えることはないのです。
科学的根拠だけでは人を納得させるには足りない
福島県の食に関する業界の人たちは “失わされた信頼”を徹底的に科学的な検査を行うことによって克服しようと奮闘してきました。コメの全量全袋検査に代表されるような世界にも類を見ないレベルの検査で安全性については十分に証明できたとの自負もあります。
しかし、その情報を伝えるというコミュニケーションの仕方に悔いが残りました。“福島の農産物に不安を抱く人は科学的知識が欠如しているから、こちら側から科学的知識を注入して補ってあげれば理解してもらえるだろう”という、いわば「上から目線」のコミュニケーションを取ってしまったのです。これは大きな反感を呼び、結果的に福島県農林水産業への信頼回復をより困難なものにしました。ではどんなコミュニケーションがうまくいったのでしょうか?それは相手の不安を科学的知識で一蹴するのではなくしっかりと耳を傾け、検査現場を直接訪問してもらい実際に検査をしてもらって実体験として納得してもらう、いわゆる相手の心情に寄り添ったものでした。地熱などの再生可能エネルギーは大きな可能性を秘める一方、温泉街などから泉質に影響が出るのではなどの不安の声もあると聞き及んでいます。そういった方々とのコミュニケーションの際には、ぜひ我々の“失敗”を分析していただき円滑に事が進むように活用していただければと思います。
12年たって、福島県の農産物の海外輸出量が過去最高を記録するなど福島県の農業の復興が大きく進んできています。これはみなさまからの多大なる支援と応援のおかげです。私たちが歩んできたこの12年間で得られた知見をみなさまに活用していただく、これも一つの恩返しかと私は考えております。