3.これまでの経緯
①会社創設期
筆者は、2月号で記載した通り、我が国の上下水道事業における技術継承問題の解決の一助にするべく、水処理としての親和性が高い陸上養殖事業と上下水道インフラ管理のワークシェアリングを通じて、技術者を確保し、地域の人が地域の水を守るというモデル事業を実施したいと考えてきました。
そこで、筆者は、前職等での関係を通じて懇意にしてきた企業に、上記のコンセプトとモデル事業を創出することを提案し、そして、我が国の食料自給率向上、食料安全保障に関する課題解決に取り組んでいただける企業に共同出資の提案を行い、合弁会社を設立することに至りました。
一方で、筆者らは、水処理に関する知見はあるものの、陸上養殖に関しては全くの素人であり、エビを育てることについては全くの無知であったことから、長年陸上養殖に関する研究を行い、専門的な知識を豊富に有する元大学教授を招聘することで、陸上養殖に関する技術的な指導を仰ぐことにしました。
また、葛尾村において、バナメイエビの陸上養殖を行うことが可能な地下水が得られるのかという懸念がありました。
そこで、新協地水様のご協力を得て、葛尾村産業団地における深井戸の試掘を実施し、地下水の水質と水量の調査を行ったところ、共に陸上養殖を行うことに全く問題がない地下水であることが確認できたことから、葛尾村での陸上養殖を実施することを決定しました。
そのような流れを経て、2022年(令和4年)1月31日に、株式会社HANERU葛尾を設立し、バナメイエビ陸上養殖の試験飼育を実施することとなりました。
②飼育試験開始と苦難
2022年2月より、小規模プラント(フィールド1)の建設を着工し、小さい水槽を用いて、まずはしっかりエビを育てることができるのかを検証することにしました。
そして、2022年3月30日、ついに待望の稚エビ5万尾がタイ国より到着し、いよいよ葛尾村でのエビの養殖をスタートさせる日が訪れました。
稚エビを受け入れる際には、移送されてきた水と葛尾村で準備した飼育水の水温やpH、塩分濃度など、水質を均一化させることで、エビにとっての初期のストレスを低減して、順調な飼育が開始できます。
筆者らは、水質を万全にし、慎重を期して、稚エビを飼育する水槽に投入しました。
しかしながら、稚エビを投入してから、わずか2時間後、はじめは気持ちよさそうに泳いでいたエビの姿が水槽内に見当たらず、底をさらってみると、5万尾のエビが全滅してしまっていました。すぐに、専門の水質分析機関に飼育水の分析を依頼するとともに、同時期に輸入したエビを一部購入し、様々な飼育水を調整して飼育試験を実施したところ、人工海水の成分に問題があり、それによってエビが全滅したことが判明しました。
筆者らは、その後、人工海水の調整方法を見直し、改めて2022年4月30日に5万尾の稚エビを受け入れ、飼育試験を開始したところ、順調にエビを成長させることに成功しました。
しかし、6月下旬になり、エビの死亡個体が増加し始め、ついには再びエビが全滅してしまいました。
この時、飼育水の水質は、アンモニア性窒素、濁度及び色度共に、非常に高い数値を示しており、水質の悪化がエビ全滅の要因と結論付けました。
③初出荷
2度のエビ全滅を受け、やはり生き物を育ててビジネスをすることの難しさを痛感した筆者らは、事業を撤退することも考え始めたところ、これまで多大なる協力をいただいた葛尾村役場の方々の弊社への期待、株主からの温かい後押しをいただいたことで、今一度だけ飼育試験を実施することに至りました。もちろん、陸上養殖の技術を有していると思っていた元大学教授には、撤退いただいたことは言うまでもありません(笑)
2022年9月に、人工海水の調整方法、水処理方式を見直し、稚エビ2万尾を受け入れて、飼育試験を開始したところ、ついに出荷できるサイズ(15㎝、20g)のエビを飼育することに成功し、2023年1月4日に、取り上げたエビを葛尾村役場で振舞い、葛尾村の学校給食として提供し、試食会を実施しました。
食べてもらった子供たちや役場の方々からは、非常に美味しい、身がプリプリしている、村の名産品になることを期待する、といった声が多く聞かれ、これまでの苦労が報われた瞬間でした。
④施設拡大
3度目の飼育試験でエビを出荷サイズまで生育することができたことを受け、福島県の実用化開発等促進事業補助金を活用し、段階的に施設の拡大を図ることとしました。
2022年12月に、フィールド2が完成し、再び飼育試験を開始。2023年4月には、葛尾村制100周年行事において、村民の方々にもエビを試食していただきました。
さらに、2024年2月には、中規模プラントであるフィールド3が完成して、年間6tほどのエビを生産できる施設が整いました。