連 載
地盤工学古書独白 第6回
戦前期(1940年以前)編(その5)
小松田 精吉※
(工学博士、技術士 建設部門)
A-12 水理学 物部長穂 著
昭和 8年 3月25日 第1刷発行
昭和25年11月20日 第3刷増補改訂発行
岩波書店 950円
物部水理学の経緯
著者物部長穂については、すでにA-7でご紹介した。私の持っている本は、第3刷増補改訂版であるが、この本の冒頭に、初版に書かれた「自序」が再録されている。この自序はたった240文字で、540頁に及ぶ大著の自序にしては驚くほど簡単なものである。著者は、おそらく無駄な事を嫌う合理主義者だったかも知れない。短い自序に本をまとめた経緯が、次のように述べられている。
「本書は、1921年起稿以来十余年の歳月を閲し、その間稿を改むる事三、四回に及び、1931年末迄の各国文献より資料を選択し、その足らざる所は自己の研究を以て之を補い、実用並びに研学上重要なるものは殆ど網羅した積りであり、特に欧州の学理と米国の実用とを兼ねしむる為に少なからぬ労力をついやした。」
文面からは、早くもアメリカの実用主義的気風が濃厚に写し出されているように想像される。
また、増補改訂版に物部門下生であった東大の本間仁が「補遺」を書いている。これには次のように書いている。「1939年に極僅かの書き加えをしたとは云え、この度その後の研究についての紹介を主とした補遺を巻末に付け加えることにした。」つまり、第3増補改訂版は、初版と殆ど内容が変わらないことを示唆している。
1962年7月30日、本間仁、安芸皎一の両氏の編著「物部水理学」が、内容を全面的に改訂して出版された。この編者序を本間が書いているが、物部長穂の功績について次のように讃している。
「物部長穂博士は、大正の末から昭和初期にかけて・・・その間の研究業績は水理学ばかりでなく、広く各方面に亘ったものであった。特に耐震構造や重力ダムに関する研究は、技術界に長くその影響を与えたものであった。著書の点から見ると、昭和8年に出版された”水理学”が最大である。」
なぜこの本を「地盤工学古書」としてとりあげたか
この本は、第24章からなる大著で、補遺を除いても540頁に及ぶ。この中で第22章が「地下水及び井」である。地下水流動を水理学的にまとめられた始めての教科書ではないかと思う。地下水流問題は、地盤工学の大切な部分を構成する事については、おおかたの人が異存ないと思う。
第22章で扱っているテーマを列記すると、次のとおりである。
(1) 地下水の流動
(2) 地下水の流動に関する基本
(3) 不滲透層に達する井及び掘抜井
(4) 井の理論に於ける矛盾及び新理論
(5) 試井及び汲出しに依る地下水面の低下
(6) 浅井
(7) 水際に設けたる井及び井群
(8) 水路及び暗渠に流入する地下水及び地下集水渠
(9) 土堤及び堰基礎下の漏水
これらのテーマは、現在においても重要な課題である。地盤工学における地下水問題の先駆的な内容を持っているといえる。
注目されるいくつかの問題
第22章で記述されている地下水問題で、私が注目した事柄を整理しておく。
Darcy流速と、間隙中を流れる真の流速を区別して説明している。最近の汚染された地下水の移流問題においては、この真の流速が重要である。
透水係数の実験的、経験的な研究者諸家の値を数多く紹介し、技術者の便宜を図っている。
運動方程式と連続の方程式を導入し、地下水流動の理論的な解明を意欲的に試みている。
不定流(非定常流)の説明に、貯留係数の概念がない。おそらく貯留係数を始めて提唱した人はTheisだと思われるが、Theisが発表したのはこの本が出版された2年後の1935年である。
群井理論を展開している。群井を本格的に理論展開したのは、1937年に出版されたMuskatの次の本である。「The flow of homogeneous fluids through porous media」。この本の出版は、「水理学」が出た4年後である。この1件を見ても「水理学」の優れた先見性に驚くばかりである。
「井の理論における矛盾」は、井戸中心からの距離r=∞とすれば、h=∞、h=H,R=∞ とすればQ=0となる事を、井戸理論の矛盾であると考えた。この”矛盾”を新しい微分方程式を立てて解決しようとしているが、本間氏の補遺によれば、この問題は非定常解析でしか解決できない問題であると指摘している。
A-13 耐震構造汎論 佐野利器・谷口忠 共著
昭和 9年 9月15日 第1刷発行
岩波全書、岩波書店 80銭
地震の研究史と構造発達史
世界とわが国における地震の研究史が簡明にまとめられ、それに重ねるように、わが国における主として建築構造発達史が丁寧に書かれている。
とりわけおもしろいのは、明治4年以後、当時外国から導入されて学校、官庁、銀行など公共建築物はすべて木造または煉瓦造であったらしい。ところが、明治24年10月28日の濃尾地震で名古屋市付近の煉瓦造の建物が殆ど瓦解してしまった。
それで鉄骨造が耐震上よいとされ、明治28年秀英舎が東京数寄屋橋脇に鉄骨造の工場を建てた。これがわが国における最初の鉄骨造といわれる。ところが、火災に合って、むき出しの鉄骨柱や梁が飴のように曲がってしまい、火災には何も役に立たなかった。こうした経験を経て鉄筋コンクリート構造が輸入される。こうしたエピソードを交えた記述に、学術書とは思えない魅力を感じる。
免震構造の研究
構造学の発達史において、振動理論の発展で行き着いたのは、免震構造である。本では次のように記述されている。
「大地震に耐える構造方法としては、之を剛に剛に進むより、寧ろ柔に退いて震力を上部になるべく伝えない方法を講じる方が得策であると主張され・・・・建物の最下柱の脚部或いは頭部は之を剛なる接合とせず・・・・建物の周期を延長して地震との共鳴を免れしむ事を唱えられた。」提唱者は、真島博士。関東大地震による建築物の被害調査の結果によって提唱したとされている。免震構造は、阪神・神戸地震以来、今日盛んに云われてきているが、なんと今から77年前に考えられていた事実には、驚きをとおり越している。
設計震度の提唱
構造物の耐震設計に「震度」を用いる。これを震度法設計といい、現在に生きている。この震度の概念は、この本の著者の一人、佐野利器が大正年間に提唱したものである。
地震加速度α、重力の加速度gとすると、震度kは、k=α/gで表される。地震時に発生(または増加)する地震時の力は、地震力=k×(構造物の重量)である。
東大教授で我が国で始めて地震計を作成した事でも有名な大森房吉と関東大地震の予知を巡って大論争した今村博士は、関東大地震の観測結果をまとめて、震度分布図を示した。(この図を次頁に示したので参考にされたい)この図でも明らかなように、地盤の地質と震度が深い関係にある。
木造家屋耐震上の根本策(優れた構造論)
今日においても木造の耐震性についての研究が少ないように思うが、この本ではすでに木造の耐震について優れた見解が主張されている。著者のまとめた文章を直接ご紹介しよう。この部分はゴシックで強調されている。
「第1は、震力を軽減する最も有効な手法として、屋根の重量を軽減することである。第2は、家屋の撓みを減ずる最も有効な手法として縦横架材の間になるべく多くの斜材を挿入することである。」
「以上の2大要目は、一般素人に推薦しても誤りのない安価な、そして時と所と家屋の種類とを問わず有効な根本方策である。」
関西・神戸地震で重い瓦屋根の木造建築の多くが倒壊したことを思うと、70年前のこの学者達の声がなおさら重く、鋭く響いてくる。私は、「市民のための地盤工学」を目指して日常業務に携わっている積もりであるが、こうした先輩達にこそ深く学ぶ必要が有ることを痛感する。
『 関東大地震 』 震度分布図(耐震構造汎論より転載)
A-14 地質工学 渡辺 貫 著
昭和10年3月18日 発行
昭和14年8月15日 増補6版
古今書院 7円80銭
わが国「土木地質学」の草分け
手元に有る本は、増補6版であるが、本文627頁、増補93頁の大著である。おそらく我が国における初の本格的な「土木地質学」教科書であろうと思う。土木地質学の歴史の上でこの本の果たした役割は、筆舌に表し得ないほど大きいと考える。そうして重厚な大系を成し遂げている。
この本が出版されたのは、わが国の土木工事史上、特筆されなければならない難工事だった丹那トンネルが完成した翌年の昭和10年であった。
本の構成
重厚な大系と云ったのは、次の目次構成を一見してもうなずける。大きく、第一部地質概論と、第二部地質工学の二部構成となっている。この各章立ては、次のとおりである。
第一部 地質概論
第一章 地球及び地殻(第1節~第2節)
第二章 地殻の変動(第3節~第5節)
第三章 地面の起伏(第6節~第9節)
第四章 地殻の構造(第10節~第13節)
第五章 地殻の歴史(第14節~第16節)
第二部 地質工学
第一章 地質調査(第1節~第2節)
第二章 地下水調査(第3節~第5節)
第三章 工事位置選定(第6節~第8節)
第四章 工事施行法(第9節~第10節)
第五章 堰堤施行法(第11節~第15節)
第六章 地下探査法(第16節~第17節)
第七章 地盤調査法(第18節~第21節)
第八章 土質試験法(第22節~第26節)
第九章 基礎調査法(第27節~第29節)
第十章 地盤の力学(第30節~第34節)
この中に書かれている内容は、極めて豊富で、例えば、第二章の地殻変動では、最近の地球物理学における「プレートテクトニクス」の基礎となったWegenerの”大陸漂移説”が紹介されている。地形学、岩石学、構造地質、古生物学的地史にわたっている。
特に、第二部の地質工学では、それぞれの”調査方法”の視点から、実務と学理の両面を統合しようと努められている。
著書を志した技術的背景
-土木技術者と地質学者の狭間-
緒言にこんな事が書かれている。
「(土木技術者が)地質学についての知識の乏しい事が、地質調査の価値に対する正当な批判を欠くということになるのは、勿論己むを得ないことであろうが、一面地質学者にも亦罪がある。」そして、大要、次のようなエピソードを紹介している。
アルプス越えの大隧道サンプロンの工事の際、工事着工前に地質調査がPasel大学のAlbert Heim教授に委嘱された。トンネル坑内の地圧をめぐって土木技術者と大論争となった。トンネル技術者は地質学者の書いた地質断面図は当てになるかと云い、勝手に工事を進めて行ったところ、全区間に亘って地質断面図が的中していた。そして、アルプス山脈の大褶曲の研究に非常に大事な資料を提供することになった。
最後に著者は、土木技術者と地質学者の関係について、強い願望を次のように述べている。
「唯地質学者と土木技術者とが密接な交渉と正しい理解とを持つようになればよいのである。両者の完全な提携が欲しいのである。云えばその仲介者の役目を果たすものが、我が土木地質学で有ると行っても差し支えない。」
今日、応用地質学会や地盤工学会を通じて土木技術者と地質学者との交流が深まっているように見えるが、先達の苦労に少しでも報いる結果になっているであろうか。
◆◇◆ 次号に続く ◇◆◇
※ 新協地水(株) 代表取締役会長
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