特集 災害 
白河火砕流堆積物分布域における
1998年福島県南部8・27豪雨による斜面崩壊
石井六夢※1・谷藤允彦※2



平成14年度日本応用地質調査学会東北支部シンポジウム
「2002.11」発表論文(一部加筆)


1.はじめに
 1998年8月27日〜30日にかけて福島県南部をおそった集中豪雨によって、福島県南部では「100km2の中に少なくとも千箇所以上」1)といわれる多数の崩壊が発生した。この災害を受けて、福島県在住の研究者、教師、地質コンサルタントの有志が「8・27豪雨による地盤災害調査団」を結成した。調査団は、災害直後から翌年(1999年)にかけて、特に多数の崩壊が発生した1/25000地形図「上小屋」の崩壊地のうち約200箇所を記載した。この結果、調査地に広く分布する白河火砕流堆積物群の4つの地質区分の分布と、崩壊の分布・形態が密接に関連していることがわかった。2)  本発表は、地質区分と崩壊の分布・特徴について改めて述べると共に、崩壊の記載を見直し考察したものである。


2.地質区分に対する崩壊数
写真  調査地に分布する白河火砕流堆積物群は、白河団体研究グループ(1989)3)によれば、表−2のように大きく4つに区分される。  1/25000地形図「上小屋」に分布する各地質区分の面積と、記載崩壊地に見られた白河火砕流堆積物群の4つの地質区分(SH−1〜SH−4)を比較すると、表−1のようにまとめられる。  表−1を見ると、白河火砕流堆積物の地質区分と崩壊数の多少に関連があるように見える。SH−1およびSH−3は、「上小屋」地形図内において、地層の割合に対し、崩壊地の割合が多い。一方、SH−2およびSH−4は、地質の割合に対し、崩壊地の割合が少ない。特にSH−4は、地質の割合が15.7%であるのに対し、崩壊地の割合が4.1%と著しく少ない状態であった。このことは、SH−1およびSH−3分布域では崩壊が起こりやすくSH−2およびSH−4分布域では崩壊が起こりにくかったことを示唆する。  地形的にも、SH−3分布域は侵蝕による傾斜30度以上の急崖が多く分布している一方、SH−3の上位にあるSH−4分布域は侵食に乏しい平坦な地形となっている点も、地質区分による崩壊の多少に関連しているものと考えられる。


表−1 「上小屋」における表層地質の割合と記載崩壊地の地質の割合
地 質 区 分 地質の割合 崩壊地の割合 面積対
崩壊数
面積(m2 割合(%) 崩壊箇所数 割合(%)
全  体 101.66 100 194 100










SH−1 (田ノ沢火砕流) 1.00 1.0 10 5.1
十日市層 0.60 0.6 0 0.0
SH−2 (真名子火砕流) 20.30 20.0 18 9.3
SH−3 (楽翁渓火砕流) 38.03 37.4 92 47.5
SH−4 (剣桂火砕流) 15.99 15.7 8 4.1 極少
(火砕流堆積物の混合) 3 1.5
(火砕流堆積物上の土砂・ローム・黒ボク・崖錐) 32 16.5
その他  新第三系火山岩・堆積岩
     先第三系深成岩・変成岩
14.75 14.4 21 10.8
沖積層他 11.0 10.8 0 0.0
(未区分) 10 5.2


地質図
図−1 白河市北西地域の地質図



表−2 白河市北西地域における白河火砕流堆積物群層序

堆 積 物 名 地質図
凡 例
岩   相 最大層圧












SH−4 剣桂火砕流 剣桂II火砕流 凡例 暗灰色溶結凝灰岩および非溶結部 60m
剣桂I火砕流 凡例 暗灰色溶結凝灰岩および非溶結部
細粒〜粗粒凝灰岩主体、中礫岩、砂岩
60m
4.5m
SH−3 楽翁渓火砕流 上 部 凡例 灰白色溶結凝灰岩および非溶結部
130m
下 部 暗灰色溶結凝灰岩および非溶結部
凝灰岩、砂岩、シルト岩他
80m
5m
SH−2 真名子火砕流 真名子II火砕流 凡例 軽石質凝灰岩(一部非溶結) 150m
  凝灰岩、火山礫凝灰岩
真名子I火砕流 紫灰色〜暗灰色凝灰岩およびその非溶結部
  十日市層   凡例 細粒凝灰岩、軽石質凝灰岩主体
砂岩、シルト岩含む
25m
SH−1 田の沢火砕流   凡例 灰白色溶結凝灰岩およびその溶結部 80m
細粒凝灰岩およびその非溶結部 5m
先第四系基盤岩類 凡例 グリンタフ類、砂岩、礫岩、花崗岩、ミロナイト他  
凡例



3.地質区分および崩壊地の傾度による崩壊の特徴
 各崩壊地の崩壊部規模(長さ・幅・深さ)・形状(横断形状・滑落崖やパイピングの有無)・崩壊地の斜度に関する記載データを、地質区分毎に集計した結果を表−3のようにまとめた。
 特に崩壊地の斜度に関して、30度以下の比較的緩い斜面で発生した崩壊と、30度以上の急傾斜面で発生した崩壊に分離して集計を行った。
 表−3から、地質区分毎の崩壊について、以下のような考察を行った。
(1)SH−1分布域の崩壊
 記載された崩壊は、全てが30°以上の斜面で発生している。滑落崖をもつ崩壊が少なく、横断形状が平皿状のものが多く、最大崩壊深度は0.3〜1.5mで、凝灰岩を薄く覆う表面風化帯が表層崩壊したものと考えられる。

(2)SH−2分布域の崩壊
 SH−1,SH−3,SH−4と異なり、30°以下の斜面で発生している割合が大きい(40%)。30°以下の斜面で発生した崩壊は、ロームや黒ボク土が認められる滑落崖を持ち、大部分でパイピング跡が認められる。ロームや黒ボク土は、凝灰岩の表層部にある微小な谷を埋めているように見える。崩壊地の横断形状はU字型で、崩壊幅も10m以下と狭いものが多いことからも、崩壊地は微小な谷地形となっていることが裏付けられる。
 豪雨によって表層の土砂中に大量の水が浸透し、透水性の低いSH−2凝灰岩に浸透することなく、埋設谷に向って一気に流動したことから、埋設谷を埋めていた土砂が水と共に流れ出して崩壊が生じたものと考えられる。このような崩壊は13〜16°程度の緩い斜面で起こっており、崩壊が起こる前は埋設谷の存在も不明瞭であったことから、崩壊の発生を予測することは極めて困難であると考えられる。
 一方、30°以上の斜面で発生した崩壊は、30°以下の斜面で発生した崩壊に比べ、滑落崖が無いものがあり、パイピングは認められない。また、崩壊幅は平均20m程度で大きく、崩壊地の横断形状は平皿状のものが多い。このため、大部分は斜面を薄く覆う表面風化帯が幅広く崩壊した表層崩壊と考えられる。

(3)SH−3分布域の崩壊
 SH−3分布域では最も多くの崩壊が記載されている。30°以下の斜面で発生した崩壊はわずか(2箇所)で、大部分(59箇所)は30°以上の斜面で発生している。30°以下の斜面で発生した崩壊は、崩壊長・崩壊幅は小さく、崩壊地の横断形状がU字型で、埋設谷を埋めるローム・黒ボクが流れ出した崩壊である。
 一方、30°以上の崩壊は、横断面がU字型のものが多く、滑落崖およびパイピングをもつものが半数以下で、最大崩壊深度平均も1.0m以下となっており、0.3〜0.5m程度のものが特に多い。このため、比較的急傾斜の斜面で、凝灰岩上の厚さ数十cm程度の表面風化帯が表層崩壊したものと考えられる。なお、崩壊長・崩壊幅平均はSH−1・SH−2に比べ幾分小さい。

(4)SH−4分布域の崩壊
 崩壊数は全体に少なく、崩壊規模もSH−1〜SH−3に比べ小さい。さらに30°以下と30°以上の斜面で発生した崩壊に大きな差は認められない。全ての崩壊は滑落崖を持ち、パイピングを持つ崩壊が多く、最大崩壊深も1.5m以上と深く、崩壊幅も10m程度である。30°以上の斜面で起きた崩壊も横断形状がU字型であるものが多い。このことから、SH−4分布域で発生した崩壊は、大部分が豪雨による浸透水が埋設谷に集中したことによって、谷を埋めていた土砂が流れ出して崩壊となったものと考えられる。
 SH−4の凝灰岩は冷却節理が発達しており、亀裂が多く、SH−1〜SH−3に比べ透水性が高いものと見られる。豪雨による浸透水が表層部に集中しなかった分、全体的に崩壊数が少なく、崩壊規模も小さかった可能性がある。

(5)土砂の崩壊
 ここで言う「土砂」とは、白河火砕流堆積物を不整合に覆うロームや、白河火砕流堆積物起源の角礫からなる崖錐、黒ボクからなる。崩壊地に凝灰岩が出現せず、土砂が観察されたものを「土砂の崩壊」とした。
 SHの崩壊と異なり、30°以下の斜面での発生数が多い。滑落崖・パイピングをもつものが大部分で、平均崩壊深は2.1mと最も深い。横断形状が平皿型のものもあるが、半数はU字・V字・箱型で、埋設谷地形が示唆される。緩い斜面で、比較的規模の大きい埋設谷に堆積した崖錐などの土砂が、豪雨による浸透水の集中により流れ出して崩壊が発生したものと考えられる。
 また、平均崩壊長・崩壊幅とも比較的大きく、崩壊深も大きいことから、崩壊土砂量は多い。
 30°以上の斜面で発生した崩壊も、30°以下の斜面で発生した崩壊と同様と見られるが、幾分、規模が小さい傾向にある。また、滑落崖を持たない崩壊があることから、一部は表層崩壊であると考えられる。

(6)SH+土砂の崩壊
 崩壊地で凝灰岩と崖錐などの土砂が観察された崩壊である。30°以下の斜面での崩壊は土砂の崩壊と似た傾向を示し、埋設谷を埋める土砂が崩壊したものと考えられる。30°以上の斜面での崩壊は、滑落崖を持つ崩壊が少ないことと、横断形状が平皿状のものが多いことから、大部分が表層崩壊の形状を示している。

図



表−3 白河火砕流堆積物群の地質区分と崩壊地の形態
地質区分 崩壊地
斜度
崩壊数 崩壊地の平均規模(m) 特徴(%) 崩壊地の横断形状(%)※「その他」のものは表示していない
崩壊長 崩壊幅 最大
崩壊深
滑落崖
あり
パイピン
グあり
平 皿 U 字 V 字 箱 型
SH−1 30°> 0
30°≦ 7 27.9 18.9 1.0 42.9 42.9 57.1 14.3 0.0 28.6
SH−2 30°> 4 21.5 9.8 1.1 100.0 75.0 50.0 50.0 0.0 0.0
30°≦ 6 32.1 18.6 1.1 66.7 0.0 83.3 16.7 0.0 0.0
SH−3 30°> 2 8.0 6.0 1.5 100.0 50.0 0.0 100.0 0.0 0.0
30°≦ 59 22.2 11.5 0.9 49.2 42.4 66.1 13.6 6.8 5.1
SH−4 30°> 1 20.0 12.0 2.0 100.0 100.0 100.0 0.0 0.0 0.0
30°≦ 5 10.5 5.2 1.7 100.0 60.0 20.0 80.0 0.0 0.0
土 砂 30°> 24 23.0 11.0 2.1 95.8 70.8 50.0 37.5 4.2 12.5
30°≦ 16 14.2 9.0 1.5 75.0 37.5 56.3 25.0 6.3 6.3
SH+土砂 30°> 9 35.6 14.2 1.9 77.8 44.4 33.3 55.6 11.1 0.0
30°≦ 36 24.8 11.5 1.4 44.4 52.8 80.6 16.7 0.0 5.6
※集計にあたっては、SH+土砂の項目を設けたことと、未記載の部分や極端な値を除外していることから、地質区分毎の崩壊数は表−1と一致しない。



写真 写真
崩壊土砂が谷沿いの杉林と土を削って流れた
「大信村北ノ入」


土砂と共に流出した杉の残骸



4.まとめ
 「上小屋」図幅内で、1998年福島県南部8・27豪雨によって発生した崩壊は、大きく2つの種類に分類され、白河火砕流堆積物群の地層区分と密接に関連している。
 1つは、凝灰岩を薄く覆う表土および表面風化帯の表層崩壊で、最大崩壊深は0.3〜1.0m程度で、SH−3分布域に特に多い。特に、SH−3分布域に見られる傾斜30°以上の急崖の表層部が、10〜20m程度の幅で滑落しているものが目立つ。SH−4分布域では認められない。
 もう一つは、表層崩壊に比べると数は少ないものの、凝灰岩のくぼみや谷地形を埋めるローム・黒ボク・崖錐が崩壊しているものである。10〜20°程度の斜面でも崩壊が発生していることが特徴的である。豪雨による浸透水が微小な谷部に集中して、水により土砂が押し流された様相を示している。明瞭な滑落崖を持ち、横断形状がU字・箱型のものが多く、崩壊深度が深いことと、崩壊地に水が噴き出したことを示すパイピングの存在を特徴とする。凝灰岩の谷部を埋める土砂の分布域で多く見られ、SH−2、SH−4分布域では、崩壊数は少ないものの、崩壊前は埋設谷の存在を把握し難い部分で崩壊が発生している。表層崩壊に比べ、崩壊土砂量が多く、水の吹き出しによって崩壊土砂に与えられた運動量も大きかったものと推定される。
 本調査結果は、火砕流堆積物が分布する山地における防災を考える上で基礎資料となるものと考える。特に、地質区分と崩壊の特徴の間には密接な関連が認められることから、崩壊の要素としての地質を把握することが重要であると言える。
 また、透水性の低い凝灰岩上面の微細な谷地形に分布する土砂が、30°以下の低い傾斜角でも大きな崩壊を引き起こしていることから、ロームや崖錐、黒ボクに覆われた中から、微細な谷を見つだす手法の開発が必要である。


【引用文献】
  1. 京都大学防災研究所(1999):土砂の流動化に関する研究共同研究 10G−3
  2. 石井六夢・五月女寛 8・27豪雨による地盤災害調査団(2000):1998年福島県南部8・27豪雨災害による斜面崩壊地の地質と形態 日本応用地質学会東北支部第8回研究発表会講演会論文集 pp23−28
  3. 白河団体研究グループ(1989):地学団体研究会第43回総会巡検案内書 pp17−31

※1:新協地水(株)技術部 主任
※2:新協地水(株)代表取締役 社長


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