福島県の湧水シリーズ(その19)
南会津郡の湧水(1)−下郷町観音沼 消える湧水−

谷藤 允彦※1・阿部恵美※2


所在地
 南会津郡下郷町野際新田地内

1.はじめに
 今回は、郡山より少し足を伸ばして、南会津郡下郷町観音沼を訪ねました。  南会津郡下郷町は、会津若松と日光今市を結ぶ「会津西街道」の宿場町として古くから栄えた地域であります。宿場町の雰囲気を現代に伝えているのが「大内宿」であることは周知のとおりです。  現在は温泉やスキーの観光地として、県内外から多くの観光客が訪れます。また、国内屈指の観光名所である栃木県日光からも近いことから、関東方面から足を運ぶ方も少なくありません。


2.湧水までのアクセス

図1 観音沼森林公園全体図(※3)

 鳳坂峠を経由したルートを紹介します。郡山市からは県道郡山矢吹線で長沼町に向かい、国道118号線と合流します。国道118号を田島方面に進み、天栄村の鳳坂峠を越え、羽鳥湖・湯本温泉を過ぎると下郷町田代で国道121号線に合流します。そこから田島・宇都宮方面へと車を走らせ、下郷・田島町境付近で左手に砕石プラントが集まる地域が見えてきたら、国道121号を左折し、下郷町落合とを結ぶ「八幡橋」を渡ります。そこから会津鉄道養鱒公園駅方向に進み、踏切(かなり大きな標識があるので、遠くからでも分かります)を越すと、正面に「観音沼右折8k」という看板が見えてきます。看板に従い右折します。途中、道の両側には白樺の木が並ぶ絵葉書になるような美しい風景に出会うことが出来ます。さらに車を走らせミニモアイ美術館や窯元が並ぶ集落を過ぎ、少し標高が高くなってきたと感じてきたところで、観音沼がある「観音沼森林公園」が左手に見えてきます。  公園には駐車場・トイレが完備され、展望台(案内板は「天望台」となっている)や散策路があるので、気軽に立ち寄ることができます。  また、観音沼自然公園から、車で15分ほど那須岳の方向へ進むと「日暮の滝」(写真1)を見ることが出来ます。「日暮の滝」という名称は参勤交代でこの地に立ち寄った会津の殿様が、あまりの美しさに一日中見ていたという逸話から名づけられたそうです。  ただし、観音沼から日暮の滝に向かう道は道幅が狭いため、大型車同士のすれ違いは少し難しいと思われます。


3.地形・地質概要
写真1 日暮の滝

【観音沼は岩屑雪崩の凹地に現れた地下水面】
 観音沼の南側には砂岩・火砕岩から成る安定した地層が分布し、加藤谷川の谷を隔てる高まりをなしています。東〜北の山地は玄武岩溶岩・同質火砕岩、及び石英安山岩質火砕流の巨大な岩塊によって構成され、西側は低い尾根(観音沼の水面より数m高い)を隔てて加藤谷川に繋がる浅い谷が刻まれています。西側の尾根も巨大岩塊を中心とする土砂で構成されています。
 この巨大な岩塊を主とする土砂は、「観音沼岩屑雪崩堆積物」と呼ばれ、観音沼は岩屑雪崩堆積物の凹地に形成された沼地ということが言えます。観音沼の東や北側には、現在水が溜まっていないいくつかの凹地が見られます。この付近に降った雨水は、凹地に流れ込み、岩塊の隙間を通って地下水として観音沼に流入していると推測されます。観音沼自体には日量数100m3の表流水が流入しているのですが、普段は沼からの流出水はありません。
 では、「観音沼の水がどこに流出するのか」ということが問題になります。これについては、観音沼に流入する表流水や地下水の大部分が、再び地下水として岩塊の隙間を通って加藤谷川や観音川に流出していると推測されます。すなわち観音沼の水面は、この地域の地下水面を示すものであると考えられます。

【岩屑雪崩は観音山の山体崩壊の産物】
 観音山の西側に伸びる尾根は、馬蹄形の急斜面で切り取られています。この急斜面の西側が山体崩壊により岩屑雪崩となって、大部分は観音川の方に、一部は加藤谷川の方に崩壊したと考えられます。山体崩壊は高さ500m、南北1000m、東西2000mに達する巨大なものであり、岩屑雪崩の先端は観音川と阿賀川の合流点まで約10kmの間、谷を埋めて流れ下っています。
 この山体崩壊が発生したのは、今から約17,000年前頃であることが、最近の研究で明らかにされています。山体崩壊の原因は良くわかっていませんが、もし今このような崩壊が生じたならば、観音川・加藤谷川・阿賀川沿いに生活する数千人以上の住民があっという間に岩屑雪崩に飲み込まれてしまうことは間違いないでしょう。逆らうことの出来ない自然の巨大な力をあらためて感じさせられます。



図2〜3観音沼の模式断面図および山体崩壊と岩屑雪崩堆積物
(左:観音沼模式断面図 右:山体崩壊および岩屑雪崩堆積物)



4.水質分析
 観音沼の流入口2ヶ所と湖沼水の計3ヶ所で採取し、イオン分析を実施しました。イオン分析の結果を表1にまとめました。また、イオン濃度をイオン当量に換算し、各イオン成分の溶存状況を表したヘキサダイヤグラムは図4のようになります。
 表1及び図1より、異なる流入口でも水質はほぼ合致していることから、観音沼に流入する地下水は同一帯水層であることが考えられます。しかし、湖沼水になると陰イオンの当量には大きな増減が認められませんが、陽イオン(特にカルシウムイオン)が減少していることがわかりました。
 陽イオンが減少する原因として考えられるのは、「地層中での陽イオン交換」が考えられます。これは地層中で起きる地下水質の変化の一つで、カルシウムイオンの減少に伴いナトリウムイオンが増加する現象です。しかし、観音沼の場合、流入水と湖沼水のナトリウムイオンを比較すると、湖沼水の方が少ないため、この法則に当てはめることが非常に難しいと思われます。
 また、各イオン成分の溶存状況により、地下水の性質を5つのグループに分類したトリリニアダイヤグラムは図5のようになりました。
 今回採水した観音沼の流入水および湖沼水はすべてT型(重炭酸カルシウム型)に分類されました。これは循環性地下水の典型的なパターンであり、観音沼の場合は、凹地から地中に染みこんだ雨水や降雪が地下水化してから、短時間で地表に現れているためと考えられます。
 最後に、観音沼の地下水質も湧出機構と同じ謎の多い水質であったため、謎の解明にはまだ時間がかかりそうです。



表1 水質分析結果(2003年10月31日採水)
測定場所

流入口(1)
(10/31 10時30分)

流入口(2)
(10/31 12時25分)
流入口(3)
(10/31 12時40分)
水温(℃) 8.3 10.5 13
pH 7.29 6.78 7.13
電気伝導度(μS/cm) 47.3 47.1 40.4
硝酸(NO3-)イオン 1.5 0.024 0.9 0.015 0.1未満 0.001
塩素(Cl-)イオン 1.2 0.034 1.3 0.037 1.1 0.031
硝酸(SO42-)イオン 1.6 0.033 1.4 0.029 0.7 0.015
炭素水素(HCO3-)イオン 27 0.443 27 0.443 22 0.361
ナトリウムイオン(Na+2 0.087 2.1 0.091 1.7 0.074
カリウムイオン(K+1未満 0.013 1未満 0.013 1 0.026
マグネシウムイオン(Mg2+0.4 0.033 0.6 0.049 2.2 0.020
カルシウムイオン(Ca2+3.2 0.160 3.3 0.165 0.4 0.181
※水温・pH・電気伝導度は現地での簡易分析
※イオン当量はイオン濃度を原子量で除したもの




図4 ヘキサダイヤグラム
(上:流入口@ 中:流入口A 下:湖沼水)





領域 組成による分類 水の種類
I 重炭酸カルシウム型
Ca(HCO3)2
Ca(HCO3)2 Mg(HCO3)2型の水質組成で、わが国の循環性地下水の大半がこの型に属する。石灰岩地域の地下水は典型的にこの型を示す。
II 重炭酸ナトリウム型
NaHCO3
NaHCO2型の水質組成で、停滞的な環境にある地下水がこの型に属する。したがって、地表から比較的深い地下水の型といえる。
III 非重炭酸カルシウム型
CaSO4又はCaCl2
CaCl2又はCaSO4型の水質組成で温泉水・鉱泉水および化石塩水等がこの型に属し、一般の河川水・地下水では特殊なものであり、温泉水や工業排水等の混入が考えられる。
IV 非重炭酸ナトリウム型
Na2SO4又はNaCl型
Na2SO4又はNaCl型の水質組成で、海水および海水が混入した地下水・温泉水等がこの型に属する。
V 中間型 I〜IVの中間的な型で、河川水・伏流水および循環性地下水の多くがこの型に属する。
図5および表2トリリニアダイヤグラムと水質区分

※1  新協地水(株) 代表取締役社長
※2  新協地水(株) 技術部
※3:下郷町役場企画観光課発行「観音沼森林公園」リーフレットより転載

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