連 載
地盤工学古書独白 第14回
戦中期(1946年〜1960年)編(その2)
小松田 精吉
※
(工学博士、技術士 建設部門)
C-3 随道の建設及設計 小野諒兄 著
昭和23年7月20日 初版発行
共立出版 380円
実務経験と研究の略歴
著者の小野諒兄(おのりょうえ)は、明治12年(1879年)、長野県に生まれる。東京帝国大学工科大学土木工学科を卒業した後、逓信省鉄道作業局(後の国鉄)に入り、大正14年(1925年)まで約21年間、鉄道の実務技術者としての道を歩んだ。この期間鉄道事業の研究、鉄道工学研究のため、二度に亘って米国に留学した。大正15年(1926年)北海道帝国大学に創設された工学部教授に任じられた。
昭和5年(1930年)に工学博士の学位を授与された。この時すでに51歳、決して若くはない。それだけに実務経験が豊富であるといえよう。ここに紹介する著書は、数多くの名著のうちの一冊である。
戦後の技術専門書
戦後において、前に紹介した伊藤令二著「堰堤工学」と並びこの本も技術専門書である。国土の殆どが焼け野原と化した戦争の傷跡を1日も早く修復し、美しく、豊かな国土建設を目指した技術者の意気込みが、学術専門書に先駆けて「技術専門書」の多くを出版する事になったのかも知れない。この本にはこうした時代の要求と、著者の経験的蓄積が複合した内容で充満している感がある。
著者の序で、「今日随道の建設方法は莫大な工費と長き工期とを要する故に実行に移すことは仲なか困難なる状態である。故に今後は須らく随道建設方法の研究より進めて経済的に短期に竣成し得るものでなければならない。」と強調する。
さらに、「随道は山地深処に建設せらるる故に不明の処多く、従って強度の如き明確には決定せられず、一方過度のものあると共に他方安全率が確保せられざるものもある。又土圧の如き数多の学者によりて議論せられ算式も発表せられあるも、これが応用極めて困難で実地と相違する処頗る多い。著者はこの問題に就いて数多の実験をなし、これを発表し本書に於いてこれ等の諸家の説を比較批判して、随道の設計に当たって考え置かなければならない事項について述べた。」と、意欲的である。
記述方法でも実務者むけに
本の構成は、大きく3編からなる。第1編 随道建設、第2編 水底随道、第3編 随道覆工の設計である。一般的には、設計、建設施工、特殊工法といった順序で記述される本が多いと思うが、この本は逆の順序で記述されていることにも注目したい。これからは、あくまで実務技術者に理解してもらいたい、という意図が読み取れる。
随道建設の第1章概説は、随道の種類、経済的比較、地質調査、地質調査の方法、と続く。経済性、地質調査を重く見た点に感服する。そして掘削方法のベルギー、フランス、日本、オーストラリア、ドイツ、アメリカ、イギリス、イタリア各国の特徴を紹介し、それぞれの工法は地盤の種類によって適用性が異なるが、軟らかい地盤の掘削は、古くから実績のある日本式が良いとしている。
水底随道で扱っているのは、シールド工法、ルーフ工法、圧気工法、沈埋工法である。わが国においては新工法に近い随道工法であったと思うが、これは著者の研究対象技術でもあった。特に興味を引いた事は、早くも圧気シールドにおける漏気量を決めるHewett Johanessonの経験式が紹介されていることである。この経験式は、シールド外径と2種類の土質によって簡単に算出出来る方法であるが、わが国において昭和40年代から50年代の初期にかけて圧気工法が最盛期だった頃でも多く使われていた。私は、昭和52年土木学会第32回年次学術講演会に、シールド断面積、土質、及び圧気圧の要素を取り入れ、少しでも現実的な漏気量を決定しようとした経験式を発表した事を思い出す。
第3章「随道覆工の設計」では、土の力学的性質、土の圧力に続き、随道内部土圧と進む。随道内部の土圧問題は、今だ未解決の分野である。トンネル(随道)における土圧は、土被り土圧よりも小さい事が知られている。これを摩擦説とアーチ説に分けて論述している。
摩擦説はBierbaumerにより、アーチ説は Terzaghi、Willmannの説で解説している。特に著者はWillmann説について実験を試み、より実際的な値を提案している。そして実際のトンネル設計に適用した事例を具体的に示している。
最後まで実務者への配慮
今まで述べたように、この本は実務者に対する愛情のこもった名著だと思う。その最たる事は、丁寧な付録が付けられていることである。付録の表題だけでも紹介しておきたい。
付録第1号 試錐機(註・ボーリング機の事)種類及び特徴、付録第2号 国有鉄道費額調(註・歩掛と単価が各線ごとにまとめたもの)、付録第3号 Rankineの土圧理論説明、付録第4号 撓角法説明(註・部材のモーメントなどを求める方法)、付録第5号 土圧曲線説明(註・トンネルにおけるアーチ説土圧の計算、図解が多く示されている)
この付録は実際に設計を試みる実務者にとって、どんなに有益な手助けになったかはかりしれない。
C-4 基礎の支持力論 星埜 和 著
昭和23年12月30日 初版発行
コロナ社 280円
良くぞ出された独自の理論書
戦後間もないこの時期に良くぞ出版された理論書、という感が強い。先進国の文献が思うように手に入らない事もあったであろうし、戦時の中、独自の研究も自由に出来なかったであろうと推察される。こうした環境と悪条件を乗り越え、戦後3年目にして早くも、この理論書が世に出現したことに深い感銘を覚えるのである。なによりも著者に敬意を表したい。
早くも、著者は土質力学に対しての深い造詣と、科学進歩に対する思想を持っていたことが「自序」の文面から学び取ることが出来る。
「研究を山登りに例えて見ると、土質力学の分野に聳え立つ山々は未だ全く神秘の雪に覆われていて、我々はようやくその麓と覚しいあたりにたどり着いたに過ぎない。
他方弾性力学の分野は古くから知られ、一応くまなく開拓の鍬が入れられている有様であるから、土質力学の分野に分け入るにはこのあたりから進むのが常道であって、これまでもそこに足場が築かれて来た。
然しながら奥へすすめばすすむほど弾性力学とは異なる土質力学独特の分野が開けてくるので、粉体や塑性体の力学なども併せて、全く新たな登山術を考案して行かなければならない。」
「土質力学に関する実験的研究の成果はむしろ今後に期待される所が極めて大きく、この理論的研究もそれらの成果を説明するには全く無力となる時がやがて来るであろう。新たな事実によって古い理論が修正され、時には否定されてこそ初めて科学は進歩して行く。」これこそ科学進歩の弁証法的とらえ方であり、同感であるというだけでなく、ただただ感服するのみである。
優れた論理性に学ぶ
まず地盤の力学的性質として、地盤内の応力分布の理論から始まる。地盤内応力問題は古くからBoussinesqの解として知られているが、著者は1934年に出されたTimoshenkoの”Theory of Elasticity”を参考に記述されている。その後に、自然地盤、特に砂質地盤においては地盤内応力が、実験値が計算値より大きいことを、Fröiche によって確認された。Fröiche がこの事実に基づき地盤内応力分布を修正した内容を説明する。この方法がより自然地盤への適用性が高いと考えたからである。
Köler とSeheidigは載荷板の撓み性と反力の実験的研究を行った。これを紹介している。これらの地盤内応力分布によって生じる沈下問題に論を進める。総ページ175のうち、この第1章に半分以上の97ページを費やしている。
第2章は基礎の降伏荷重論である。地盤の降伏現象は従来の弾性的地中応力分布では説明出来ない事が、実験的、理論的研究で明らかになりつつあった。
はじめにTerzaghiの載荷によって起こる砂粒子の移動状態から仮定して、降伏荷重を式で表示した。さらに粘性土地盤の降伏荷重式では、粘着力が含まれていない欠点を指摘している。
Kurdjumoffは載荷面の底部に接した地盤内に楔形の部分を形成され側方に押し出されて地盤が破壊する事を説明し、Kreyは滑り面に沿って破壊する荷重を求めた。
Fröiche は応力集中係数を導き入れ、自然地盤について多くの実験を行って、基礎地盤の支持力式を提案した。著者は、このFr嗟iche の考え方をさらに発展させる事こそが有意義であると認識するに至った。ここで初めて、現在我々が使用している形の支持力式が提案されるのである。
国際交流が途絶えた中での研究
同じような形で表示された支持力式は、1943年(昭和18年)、TerzaghiのTheoretical Soil Mechanicsの中に始めて現れる。この本は理論書であるが故に、土質力学問題が構造力学と同じように計算で解決されるかのような誤解を与えてしまったとTerzaghiは後悔し、1948年にPeckと共著でSoil Mechanics in Engineerinng Practice を著す。これが、最上武雄先生が言う48年型教科書なのである。この本によって、いわゆるTerzaghiの一般化された地盤支持力式が定着する事になる。同じ年に出されたのが、この星埜の「基礎の支持力論」である。そして、支持力式が同じ形(内容は当然異なる)で表されたわけである。支持力式の発表された時間のずれに、研究成果の国際的な交流の断絶を感じる。
さらに、第3章基礎の破壊荷重論に突き進む。ここではReissnerやCaquotの支持力式の欠陥を指摘し、土木学会誌に発表された水野高明教授の破壊荷重は計算が相当に複雑であるため、著者が独自に支持力式を組み立てた。形は降伏荷重論の式と同じである。
独自の支持力式を導き出すのに、従来の研究成果を徹底して批判的に捉え、止揚、改善するという論理性に学ぶことが多い。
C-5 岩石変形学 槇山次郎 著
昭和24年2月20日 発行
星野書店 230円
結構とは何か
著者の槇山次郎は、当時京都大学教授、理学博士である。「岩石変形学」という用語について、「岩石変形学という語は シュミッドの著述の表題に有る他にはまだ前例がない。」と言っている。著述した本というのは1932年の著書ではないかと思われる。
「半ば岩石結構学を、半ば結構学を土台とする構造地質学の要約を以て此の著書を作り上げた。しかし材料力学や野外地質学上の経験を織り込んで独創した部分もあり、最後に地殻変動新説を付録した。」とある。
ここで言う結構学とは何だろうか。著者によると「構造と組織とは此の様に区別が判然たる如くあるけれど実はさにあらず」「それ故近頃は此の様な区別を止め単に結構という事になった。」
近代の地質学に扉を開いた本か
近年、地質学的現象をプレートテクトニクスで説明しようとする傾向が強まっていると言われる。門外漢の私には事情をよく理解していないが、その傾向の良し悪しはさておいて、地質現象を岩石の変形理論、つまり岩石の応力とひずみで説明しようとした意欲は、先駆的であったと思われる。狭い範囲では現在の岩石力学や岩盤力学につながっているようにも感じる。
また此の本の面白いところは、いろいろな場面で、SanderとSchmidtとの間で論争が展開されている事である。二人は1930年代に活躍された学者である。従って此の本は、まるで両者の「論争史」であると言う一面を持っている。
シュミットネットの有効性と使用方法の紹介
本の最後に付録図として、シュミットネット図が添付されている。地層の割れ目や節理の走向、傾斜の頻度を表すのにシュミットネットは不可欠の手法であることは、ここで強調するまでもない。此の手法を戦後いち早く紹介した事は時代的にも価値ある仕事であったと思われる。
最後に、「地殻変動新説」としてアルプスや環太平洋を例にとって、造山運動や地殻下の対流説などで地質現象を説明する新しい説を紹介している。これが戦後のプレートテクトニクスにどのように関連したかは、私の立ち入る領域ではない。
---次号へ続く---
※アートスペース工学(株)代表取締役
新協地水(株)技術顧問
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