特 集
新潟県中越地震の現地を訪ねて
代表取締役会長 谷藤 允彦
(技術士 応用理学部門)


 10月23日午後5時56分に新潟県北魚沼郡川口町付近を震源とする、マグニチュード6.8の直下型地震が発生し、川口町、山古志村、堀之内町、小千谷市、長岡市、十日町市など、中越地方の市町村を中心に甚大な災害が発生した。主震による震度は川口町で震度7と発表された。中越地方の広い範囲で震度6強〜6弱の揺れを記録し、福島県では只見町で震度5強を観測している。
 主震が1575ガルという観測史上最大の加速度に示される、強烈な地震動が襲い、震度6、マグニチュード6.0以上の余震が3回発生するなど、余震の大きさと余震活動の長期化が被災者に過度の困難をもたらしている。
 地震直後の10月末に、被災地周辺を訪れる機会を得たので、地震災害の状況について思いつくままに報告する。




写真1 路面の凹凸(長岡付近)


写真2 路体盛土の崩壊(小千谷I.C.付近)
(1)高速道路
 長岡ジャンクションから関越自動車道に入ると、路面の凹凸が目に付くようになる。凸部はボックスカルバートや橋台などの構造物、凹部は盛土区間である。山谷PA付近から南ではコンクリート構造物との間に数10cmの段差が見られるようになり、道路面の亀裂・陥没や路肩部の崩壊、遮音壁の倒壊などが目立つようになる。また、水田の表面に、液状化によると思われる小さな墳砂丘が多数並んでいるのが見られた。
  小千谷ICから堀之内IC間が最もひどい状態で、いたるところで路面の食い違い・陥没・崩壊・舗装の破損が生じていた。遮音壁や道路標識、照明塔が多くのところで傾いたり倒れたり壊れたりしていた。



(2)一般道路
 小千谷市など震源付近だけでなく、守門村や栃尾市など、震源からかなり離れたところでも、道路の損壊が非常に多く見られた。損壊の主なものは、

(3)下水道マンホール

写真9 抜けあがったマンホール
(小千谷IC付近)


写真10 抜けあがった
マンホールと
沈下した管路
(小千谷IC付近)
 小千谷市の小千谷IC付近では、下水道のマンホールがいたるところで抜けあがっていた。最大で路面から1m以上も抜け上がっているものがあり、歩道に設置されたマンホールは抜け上がって、管路沿いは沈下している場所もある。地盤液状化により、マンホールは浮き上がり、下水道管が沈下したか、管路に土砂が流入して管路埋め戻し土が沈下したか、いずれかである。

(4)高架橋梁下の液状化


写真11 小さな墳砂孔
【左写真】
(小千谷IC付近)



写真12 橋脚に残る噴砂の痕跡
【右写真】
(小千谷IC付近)

 高架橋の橋脚の周辺に小さな墳砂孔が多数あいて、そこから極微細な砂粒を含んだ地下水が噴出した痕跡が数多く見られた。橋脚コンクリートの汚れから、噴出水は1mの高さまで達したと推定された。地震による地盤の液状化のすさまじさを示すものである。

(5)住宅被害は全壊が少なく内部メチャメチャ型が多い

写真13 めちゃめちゃになった住宅内部
(小千谷IC付近)


写真14 基礎から1.5m移動した住宅
(小千谷IC付近)


写真15 ひっくり返った住宅
(小千谷IC付近)
 震度7を記録した川口町に入ることは出来なかったが、震度6強とされた小千谷市等で見る限り、全壊家屋や大きく破損したビルディングは非常に少ない感じがした。阪神淡路震災で、住宅やビルのすさまじい破壊を見ていたので、建物を見る限りでは被害はたいしたことがない、という第一印象であった。
 しかし、家の中をのぞいてみると、柱や外壁・屋根はしっかりしているのに、雨戸や窓、間仕切りが吹き飛び、家具や電化製品・書籍などが天地をひっくり返したような状態になっているのが目に飛び込んできた。外見はしっかりした状態で、基礎から建物が外れて移動していたり、建物自体がひっくり返った住宅も見られた。
 豪雪地帯であり、雪荷重を考慮した設計になっていたこと、雪の重みに耐えられる頑丈な柱や梁が使われていること、雪対策のため、瓦屋根が少なくほとんどが軽量の長尺屋根であったことなどが幸いしたのではないかと感じた。



(6)山地の地盤災害

写真16 地すべり土塊末端の崩壊
(栃尾市栗山沢地区)


 写真17 地すべり再活動による
水田の地割れと浪打現象
(栃尾市栗山沢地区)


写真18 崩壊土砂による塞き止めで
水田を流れる小川
(小千谷市二俣地区)
 災害地を訪れて感じた、中越地震災害の特徴は、山地の地盤災害が非常に目立ったことである。
 震源から20キロメートル以上離れた守門村、栃尾市、見附市など、魚沼丘陵のいたるところで、斜面崩壊に行き当たった。崩壊は、地すべりの再活動、地すべり土塊末端の崩壊、地すべり滑落崖のさらに奥までの崩壊、道路などの盛土崩壊、急傾斜切土斜面の崩壊など、さまざまなタイプが見られた。崩壊土砂によって川がせき止められ、新たな水路ができたところもあった。
 しばらく降雨がないにもかかわらず、小さな枝沢を含め、ほとんどの流水が濁った状態になっていたのは、地震による崩壊や地割れのすさまじさの傍証である。
 こうした地盤の変状に伴って、道路・水田・水路・溜池・養魚場など、この地域に生活する人々の生活と生産の基盤が、見るも無残なほど破壊された実情を見せ付けられた。



(7)極限状況の中で発揮された連帯 
 現地を訪れた数日間に、電気・ガス・水道・電話など、インフラ復旧のために、全国から多くの専門家が駆けつけているのに出会った。大勢のボランティアの方々が救援のために被災地に入ろうとしていたが、道路事情の悪さ、受け入れ態勢の不備、余震の続く危険などにより、十分な活動の場が与えられていない様子であった。小千谷市の中心部で、とん汁の炊き出しを行なっている町内会とボランティア、壊れた店舗をそのままに、店の外で生活物資を供給している商店街の人たちを見ることが出来た。
 報道によると、避難生活を余儀なくされた人々の間で、極限状態での助け合いと連帯が大きく広がっていることを確認することが出来た。また、全国からの支援の輪が広がり、マスコミの報道姿勢も、人間の連帯する美しさと力強さを肯定的に扱う例が多くなったように感じた。人間の持つ弱さに迎合して、視聴率稼ぎの覗き見的な露悪路線に傾いていた姿勢を、少しでも転換する動機になってほしいと願うものである。


(8)地震予知よりも災害予防を
 中越地方は、日本有数の豪雪地帯で、全域が地すべり地域であり、大都会ではなく、山間盆地と里山的な山地からなる農林業が産業基盤となっている地域である。
 このような自然条件と産業・生活基盤の特徴は、地震災害について、従来体験した他地域の地震災害とは著しく異なる特徴をもたらした。
 時間の経過と共に、この地域では地震災害に対する備えをほとんど行なっていなかったことが問題にされ始めている。
 国の地震対策は、東海地震を典型にして、大都会を対象に、人的被害を最小にするための地震予知に大きく傾斜している。地形的な特徴から活断層と認定された断層については、発掘調査により時間的な発生予想確立を向上させる取組が様々な機関で試みられている。前者は直前の予知を目指し、後者はやや長期的な予報を目指したもので、いずれも予知をテーマにしたものである。
 中越地震は、未知の3本の断層が活動したことが明らかになった。予知という武器では中越地震に対抗することが出来なかったのである。阪神淡路・鳥取西部・芸予・宮城県北部・新潟県中越と、この10年間に多くの直下型地震が発生し、大きな人的経済的損失を生み出したが、地震に備えた対策が効果を発揮したという例を知らない。
 日本列島はどこであっても、地震から安全だという地域はないと言わなければならない。地震の被害に遭うかどうかは、地域によって、出会う時間に差があるに過ぎないとも言える。
 大きな地震がおきた場合、どのような被害が出るかは、その地域の自然条件と産業と生活基盤の特性によって大きく異なる。地震による災害は極めて地域的な特徴を示すのであり、従ってそれに備えた対策は地域ごとに立てなければならないことは自明のことである。
 地震予知の重要性は論を待たないが、予知によって地震による災害を防止することはほとんど不可能で、地震予知を以って地震対策に代えることは出来ない。
 地域ごとに、地震が起きた場合、重大な災害にならないために必要な対策を研究する必要がある。長期的な視点に立って、計画的に都市計画や砂防計画を策定し、建築基準や土木設計基準を見直すなど、予防的な対策を真剣に追求すべき時期にきているのではないだろうか。




[前ページへ] [次ページへ]