連 載
地盤工学古書独白 第22回
戦後期(1946〜1960年)編(その10)

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小松田 精吉
(工学博士、技術士 建設部門)


C-32 土質力学
   河上 房義 著
昭和31年 4月 1日 第1版発行
森北出版 480円  


著作のねらい
 戦後、新しい体系でまとめられた「土質力学」の本は少なく、わが国においては唯一最上武雄の著書(岩波全書土質力学:すでに紹介してある)のみだったと思う。河上房義の「土質力学」が発行された昭和31年4月、私が大学3年の前期から土質力学の講義を受けた時期と重なる。大学での講義は、他の殆どの講義と同様に「教科書」は使われていなかった。学生向きの土質力学教科書がなかった時代である。
 著者は、東北大学で教鞭をとられていたが、著書の序文の書き出しに「ここ数年来、新制大学の教育にたずさわってみると、教えたいことがらは多々ありながら、専門教育に充てられる時間が少ないことを感ぜしめられる。その一つの対策として、教科書を用いることが良いと思っていた折から、森北出版のお勧めがあったので、土質力学の執筆を思いたった。」と、著作の意図が記されている。
 その意図が達成されただけでなく、この本は広く読まれ、土質力学の普及に大きく貢献した教科書であったと思う。


変化する時代を超越した基本知識
 土質力学は、時代とともに進化し続けていることは間違いない。その最先端の現在、この著書を通読して感じたことは、初心者の土質力学への近道はこの教科書を学習することだと思ったことである。現代にその基本的な知識として生きている。
 本は、第1章 序論、第2章 土の分類、第3章 土中の水分とアッターベルグ限界、第4章 圧密、第5章 せん断抵抗、第6章 土圧、第7章 ノリ面(斜面)の安定、第8章 基礎、第9章 土中の透水と排水、第10章 土の凍害、第11章 土の締固め、第12章 路床・路盤、第13章 土質調査と試験、の組み立てになっている。


幾つかの特徴
 一つは、各章ごとに、章末に「問題」とその答えが解説され、土質力学が身近な問題として具体的に理解できるよう配慮されていることである。これは学生をはじめ初心者には自信と勇気を与えてくれる。
 二つは、第1章の序論で、土質力学と土質工学を論じ、土質力学の歴史を記述されている。たった4ページであるが、それだけに要点が明確である。土質力学の原理を応用した構造物は古の過去から経験していたわけであるが、「土質力学」という用語が用いられるようになったのは、1925年のTerzaghiの著書が出てからである。そして、土質力学は「主として土体に働く力の作用を取り扱う科学の一部門、すなわち土の工学的問題に力学的ならびに水理学的法則を適用する一つの学問であり、広くいえば、動力学・静力学・空気力学・水理学・熱力学などと並んで応用力学の一分野を形成するものといえる。」最近は、土質力学は応用力学から完全に独立した学問体系であるといわれるようになったが、時代の間隔を痛感する。
 さらに著者は、「土質工学の内容は、・・・土質力学上の原則を、実際の土木・建築・農業工学・鉱山その他の分野へ応用することについて研究する学問を指すのである。」と述べている。最近はさらに、「地盤工学」へと内容が進展している。
 土質力学の歴史は、17世紀にアムステルダムで70mのボーリングが行われ、土の安息角や土圧に対する経験側があったこと、18世紀にクーロン(1773)の土クサビの理論や摩擦法則、19世紀にランキン(1856)の土圧論やブーシネスク(1885)の地中応力伝播理論、ダルシー(1856)の法則が土質力学の基礎を築き上げた。20世になって、アッターベルグ、テルツアーギ、プロクターの功績を位置づけている。この歴史の要点から何を学びとるかは、われわれに課せられた宿題である。



C-33 杭と井筒の設計と施工
   (前編・後編)
   後藤 清 著
昭和31年 5月10日 初版発行
工学出版社 前編360円 後編420円  

旺盛な著作活動
 前に、後藤清著:橋梁下部構造の設計と施工(昭和28年12月3日初版発行)を紹介した。ここに紹介する著書は、この続編の意味を持つ本であると思う。前編が「杭」の設計施工、後編が「井筒」の設計施工を扱った2分冊である。
 著者は、上部構造は華やかであるが、「杭にしても井筒にしても所謂縁の下の力持ちをするもので余り見栄えがせず、設計者としてもいささか疎略に扱われる嫌いはないだろうか、」と懸念し、「とに角この外形的には簡単な杭と井筒に取り組んで調べてみると、余りにも問題が多く、又判らないことが多いのに驚くほかはない。」と、心配する。こうした実感が著作へと駆り立てたのであろう。責務感の強い人であると感じる。



「杭」について
 前編「杭」の本で感じることは、前に紹介した「ブルネッケ・ローマイヤー原著:基礎工」の影響を受けていること、杭の静的支持力計算式を解析的に考察していること、水平耐力は結果的にChangの弾性理論の形に近いこと、杭周面の負の摩擦力について取り上げていることなどは、他に見られない斬新さである。
 最近わが国において「回転式埋設鋼管杭」が数種類開発され、認定杭工法として流行しているが、鋼管の先端に鋳鉄鍔や螺旋羽を取り付けた鋼管杭が、1838年にイギリスのミシェル氏の創意によるものであることを記述している。これはおそらくブルネッケらの著書から得た知識であろうと思う。
 負の摩擦力については、明かにテルツアーギの著書によるものであろう。このころから、主として当時の国鉄などで杭の負の摩擦力を研究し始められており、私が鉄道技術研究所で負の摩擦力に関する模型実験を行ったのも昭和31年


「井筒」について
 後編「井筒」の本で注目されるのは、井筒の側壁に加わる土圧と、地盤支持力の算定方法についてである。
 側壁の土圧は、テルツアーギの方法を主に取り上げており、式の意味を解明し、使い易い形に研究されている。また、支持力式はプランドル、フエレニュース、テルツアーギ、星埜の最新式を紹介して実用化に努めている。
 著者は、多くの文献を調べながら最新の理論を解読して実設計に適用方法を積み重ねた努力が、本の随所に反映している。
 二冊の本は、著者が理論と実務経験を統一した優れた技術者であったことを裏付ける。


C-34 鉄筋コンクリート
   パイル橋台、橋脚の設計と施工
   中川 英憲 著
昭和31年 12月 20日 初版発行
理工図書  280円

遠心鉄筋コンクリート中空パイルの登場
 本のはしがきに、「上部構造の軽量化に対応して、下部構造に於いても、従来のマッシブな現場打ちコンクリート構造に変わって、遠心力応用の鉄筋コンクリート中空パイル構造が採用されてきた。」と、当時の遠心鉄筋コンクリート杭が出はじめた事情について述べられている。昭和31年はまだこのような時代であったとは少しも知らなかった。それだけに驚きも大きい。


遠心鉄筋コンクリートパイルの小さなハンドブック
 内容を一覧すると、パイルとしての支持力、パイルの製造、継ぎ手の構造、橋脚の設計、橋脚設計計算例、橋台の設計、橋台設計計算例、パイルの試験、パイル橋台、橋脚の施工、特論などの項目について記述されている。このほかに27ページにわたって付録、付表、付図が添付されている。
 131ページの薄い本であるが、内容的には遠心鉄筋コンクリート杭のハンドブックといった様相を呈する本である。



独特の水平耐力の計算方法
 杭に加わる土圧や地震力などの水平耐力について、岡部博士式を紹介し、それを基礎に著者が独自に展開した式で設計計算した幾つかの事例を説明している。
 著者独自の式は、水平力と鉛直荷重による曲げモーメントに対して満足する条件を解いたものである。これは一種の杭材料強度論である。この当時、杭の強度に対する計算も行わずに無造作に遠心鉄筋コンクリート杭を採用していた時代的な背景の中で、この計算方法は画期的な役割を果たしたのではないかと思われる。
 しかし、最近、私が経験する例では、材料の強度よりも、杭の水平変位で決まる場合が多いが、さすがに杭の水平変位に関する領域までは踏み込んでいない。昭和34年ごろ、私は杭の水平耐力に関する研究資料を集約して整理したことがあるが、現在、一般的に使用されているChangの式は、1937年に発表されていることがわかった。しかし、この著書では取り扱われていない。そういう段階の時代であったと思う。



C-35 土木地質
   小貫 義男 著
昭和32年 1月 1日 第1版発行森北出版
出版 550円

著者の略歴
 本の裏付けに書かれている著者略歴をそのまま転載して、ご紹介に代える。
昭和2年 満州教育専門学校理科1部卒業
昭和2〜9年 満州公主嶺農業学校、
撫順中学校教諭
昭和12年 東北大学理学部
地質学古生物学教室卒業
昭和21〜27年
農林省農地局農林技官
昭和27年 東北大学理学部地質学古生物学教室
助教授・理学博士


土木地質の状況
 昭和32年ごろになると、財団法人深田地質研究所などの活動によって、「土木地質」とか、「応用地質」という分野の領域が広まり、固有名詞としても定着し始めた頃である。しかし、土木界ではまだまだ地質学の知識を駆使できるほどには至っていなかったと思う。このような時代を著者は、どのように認識していたのであろうか。序文から垣間見ることができる。
 「最近土木事業の進展に伴って土木工学部門の研究が盛んになってきたことは誠に喜ばしいことであるが、その基礎となる地質に対してはいまだ一般に軽視する傾向が認められ、一方また地質学専攻の者も理学的専門の色彩を脱し得ず、その応用部門と関連する研究が余り行われていないうらみがある。」こういう時代状況の中でこの本が出版されたわけである。



地質学の側面から見た地盤問題の総括
 内容は相当多岐にわたっている。目次を拾ってみよう。
 第1章 土木事業の基礎となる地質調査法、第2章 岩石地層の分類、第3章 岩石の風化、第4章 地質の改善、第5章 ダムの地質、第6章 隧道の地質、第7章 地盤沈下、第8章 地すべり論、からなる目次構成である。
 著者は、昭和48年に「応用地質学概論」という本を同じ出版社から出しているが、その内容は、この本の第8章から第19章に大幅に項目を増強している。いずれにせよ、この本が出版されるまでは、過去に渡邊貫氏の大著「地質工学(昭和10年)」しかなかったわけであるから、戦後この本の土木界に果たした役割はきわめて大きいと考える。
 地盤を地質学的側面から見ることの大切さは、テルツアーギが以前から終始強調されたことであるが、土質工学を専門とする技術者にとっては、貴重な本であり、その後に出された「応用地質学概論」のどちらでもチャンスがあったら丁寧に読んでみる価値があると思う。


---以下次号へ---

※アートスペース工学(株)代表取締役
 新協地水(株)技術顧問



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