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地盤工学古書独白 第23回 戦後期(1946〜1960年)編(その11) |
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今でも使用している参考書 著者の序文に、この本を著した意図を次のように書いている。 「擁壁は、・・・比較的に若い技術者によって担当せしめられる事の多いものでありますから、 簡明平易であって 実際の設計にも便利 な参考書を望まれる技術者も少なくない事と思います。 本書は、擁壁の設計について、上記の二点に特に配慮すべく努力したものであります・・・」 この本が発行された年の4月に就職し、地盤と基礎に関わる実務に携わることになったが、擁壁の設計を行ったのは、就職して10年ぐらい経ってからのことであったと思う。このときに、この本を買い求めた。初心者の私がこの本1冊で鉄筋量計算や配筋まで行うことができた。 この本は、理工文庫の正味72ページの小さなものであるが、初心者には頼もしい実務書であった。それから50年経った今でも頼りにしている参考書である。 著者は、京浜急行の技師である。 設計の基本的な考え方と計算例で実務を伝達 本は、第1章総説、第2章土圧力、第3章重力式擁壁、第4章⊥型擁壁、第5章扶壁式擁壁からなる。第1章と第2章で基本的な事項を解説し、擁壁設計に対する考え方を丁寧に説明している。擁壁の3タイプについて、第3章から第5章で取り扱っているが、それぞれの擁壁設計について基本的な事項を説明した後、具体的な計算例を示して理解を深めるよう配慮されている。この計算例が初心者にとって大変ありがたいものだった。 中でも、擁壁底版における鉛直荷重と地盤反力の関係、その関係を鉄筋計算にどのように反映させればよいか、この本で初めて習得した。実務入門書のひとつの見本といってもよい。
戦後の研究成果を集めた大著
簡潔な参考書 著者の三人は、土質工学における大先輩たちである。著者達の大学を卒業された年次をみてもそのことが実感できる。
この本がどのような読者を対象にして書かれたか、「はしがき」にも触れられていないが、本をめくって見れば、明らかに新制大学の学生を念頭において書かれた本であることがわかる。 その特徴は、第一に110ページのどちらかといえば、少ない字数にまとめていること、第二にそれでいて、組み立てた10章にとりこぼしがないように課題を整理して書いていること、第三に説明が極めて簡潔で、平易であることである。 土質力学から土質工学への移行 本は「土質工学」という書名である。はしがきに、「土質工学は土質力学的見地から、実際に土工、地すべり、築堤、土堰堤、基礎工などの問題を取り扱い、さらに進んで、地盤の安定工法とともに、道路、滑走路の舗装にまでおよんでいる。」と述べている。 第1章は「土の成因」である。ここでは、まだ地質学的な成層論までは言及されていない。土木工学に対する地質学の影響がまだまだ少ない、時代的な背景が感じられる。 第2章に「土質調査法」を挙げている。土質工学において、最初に土に触れるのは「土質調査」によってである。その意味でも、まともに、しかも最初に「土質調査」を取り上げたのは卓見である。 第3章以下は、項目のみを紹介して、本の構成とその論理性を読み取ってもらうことにする。第3章土の分類、第4章土の物理的性質、第5章 土の透水性および毛管現象、第6章 土の圧密、第7章 土の強さ、第8章 土圧、 第9章 法面の安定、第10章地盤の支持力、となっている。
理論と実用 序文を最上武雄が書いているが、どの著書においても最上先生の序文を読むのが大好きである。それぞれの著書において、その時々の土質工学の発展と到達点、この段階における問題や課題、将来の展望が明らかにされているからである。この本の序文も例外ではない。 「今世紀になってから諸種の事情がこの科学の発達を促した。そして殊に最近の約30年の間の発達は大きい。その発達の跡を整理して見ると、地盤そのものの模様を正しく知ろうとする方法、すなわち地盤調査の方法が発達したこと、地盤の崩壊時の実状が研究されたこと、それにより土質試験の方法が実状に合ってきたこと、などがあげられよう。粘土層の圧密現象の研究が粘土の間隙水圧の概念を生み、これが以後の土質力学を推進したことは周知のことであるが、現在では、この指導原理だけでは説明できない事実も沢山発見されて土質力学は次の転換期に来ているように見える。 土質力学は応用力学の他の分野と異なり、単なる“力学の応用”とは考えがたい。地盤調査、土質試験、力学計算、設計、現場管理が一貫して行われなければならないという特色がある。」と指摘し、さらに次の言葉を残している。 「土質試験の方法も設計の方針、現場の状況によって決めなければならないのであり、ただある決まったやり方によって、いくつかの試験をしておけば良いとか、ハンドブックから必要な数値を拾えば良いというのではない。設計室、実験室と現場とが直結していなければならない。これがまた最近の土質力学の実用性を来し、今日の隆盛を招いた原因とも考えられる。」と強調する。 引用が長くなったが、これらの言葉から土質力学における達観した「最上思想」ともいうべき真髄が読み取れる。最近の技術者がハンドブックエンジニアになってきている傾向を嘆いていた先生を思い出す。 第5章からなる骨組み 「応用力学講座」の一分冊としてかかれた本である。講座の中には、剛体力学、構造力学、振動学、流体力学、熱力学、機械力学などが扱われている。こうした力学分野で、土質力学は、「単なる力学の応用」ではないことを、あえて強調しつつ、土質力学の特色を印象強く描き出そうとしたのではないかと、思われる。 第1章 土の一般的性質、第2章 土中の水の動きに関する諸問題、ここでは透水性、毛管現象、圧密理論を取り扱っている。第3章 土の塑性論的諸問題、ここでは土のせん断強度、モールの応力円、土圧、地盤支持力、斜面の安定を論じ、第4章 弾性論的諸問題、ここではBoussinesq問題、Fröhlichの地中応力問題などを扱う。第5章 土質工学における問題、地盤調査計画、方法など、基礎設計や基礎工法との関係を意識しながら記述している。とりわけ、乱さない土の採取方法や、地下水位、間隙水圧、土圧の計測方法を取り上げている点が注目される。 この5章の構成そのものが、土質力学の新しい体系を試みたのではないかと、その意欲的な意図が伝わってくる。 ---以下次号へ--- ※アートスペース工学(株)代表取締役 新協地水(株)技術顧問 |
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