福島県の湧水シリーズ(その28)
-旧岩瀬村大久保の不動清水−

谷藤允彦※1・阿部睦美※2

1. 大久保の不動清水

 旧岩瀬村大久保地区と旧長沼町木之崎地区(現須賀川市大久保及び須賀川市木之崎)を隔てる低い丘陵の北側、旧村道(現須賀川市道)の脇の凹地に、不動清水はひっそりと湧き出していた。
 南側は丘陵斜面で数本の杉の木が陰を作っており、東側・北側は村道の盛土、西側は農道の盛土になっている。これらに囲まれた凹地の底に、コンクリートで固められた玉石の縁取りの中央に湧水があった。
 湧水は径200mm*150mmのVPの異径ソケットの一端が垂直に上を向き、そこから周囲にあふれ出す形で湧き出している。VPソケットの下端はエルボにつながって150mmVP管が南に延びており、杉の根元のほうから湧出していることがわかる。



 湧水の南西部に、不動清水と刻印された自然石の石碑が立っている。大久保区の住民が村の助成を受けて湧水の周辺を整備したことを記念して2000年にこの石碑を建てたことが記されている。
 石碑、湧水とその縁取り、村道から降りる大谷石の階段などは、湧水の地主である阿保利雄氏の奉仕によるものであろうか、よく手入れされており、湧水のそばには小さなアルミの柄杓が2本備え付けられてあった。多くの村人がこの湧水を利用していると思われるが、きれいで気持ちのよい空間が保たれている。素朴で人情味あふれるこの地域住民の心のあり方を物語っているようである。
 湧水はごく少量の細かい気泡が混じっているが無色透明で、気泡の白さが水のきれいさを際立たせている。夏は冷たいが冬の朝は少し暖かく感じられる水温で、甘味とコクがあっておいしい。
 湧水はすぐ北東で農業用水路に合流し、下流一帯の水田を潤おしている。水路の中には、ところどころにクレソンが生えていて、水質がきれいであることを物語っている。
 湧水量は12月8日の測定では毎分80リットル程度であったが、春から夏にかけてはもっと水量が多いようである。
 石碑建立時に大久保区区長であった、相楽嘉数氏(大久保在住)は不動清水と住民のかかわりについて次のように語ってくれた。
 旧岩瀬村白江から長沼町木之崎を通って南に延びる街道は、古くからの主要な街道であった。鹿島神社から不動清水を通って木之崎に抜ける道路がそれにあたり、現在の県道55号線は、近年新しく付け替えられたものである。
 この地区には桜清水など多くの湧水があるが、中でも不動清水はこの街道脇にあって、往来する人々の一息入れる休み場として多くの人に愛されていた。
 農業用水としての利用のほかに、村の水道が整備される前は、大久保の宿部落の飲料水の水源としての利用も検討されたことも有り、不動清水は地区住民の共有財産的なものであった。地主である阿保寿雄氏の申請と費用負担の協力を受けて、10年ほど前に岩瀬村の「清水整備事業」の一つとして「不動清水」を整備することができた。以前は雑草に囲まれて、湧水のたまった小さな池であったものが、大久保地区の象徴として誇れるようなきれいな憩いの場所になった。
 清水の上には、悪霊の進入を防ぐ守り神であるお不動様(不動明王)の石像がある。湧水があったのでそのそばに不動明王を祭ったものであろうが、ずっと昔から恐ろしい顔をしたお不動様は鎮座していた。現在のお不動様石像は2代目で、開田に伴う造成工事の際に昔からの石像が破損してしまったため、新しいものを元よりも一段高い位置に移転している。


2. 不動清水への案内

 不動清水のある大久保へは、郡山方面からは、県道55号線(郡山矢吹線)を南下し、白江小学校前を通過して1.5kmほどのところにある市道との十字路を左折(東へ)、約1kmで右に杉林に囲まれた鹿島神社が見えたらその交差点を右折して500mで到達する。
 須賀川方面からは国道118号線を西に進み、城之崎の県道55号線との交差点の信号を右折し、北へ1kmで市道との交差点に出る。後は郡山方面と同じ道をたどることになる。
 訪ねる場合、大久保の鹿島神社が良い目印になる。旧岩瀬村白江地区に入ったらこの神社は誰でもよく知っているので、尋ねると親切に教えてくれることでしょう。



3. 鹿島神社について

 鹿島神社は市道十字路の脇のこんもりと茂った杉林の中にあり、入り口鳥居の右側にある大杉は幹の直径が2m近い巨木で、一際目立っている。100年近い昔に落雷により大杉が2つに割れて、1方が枯れてしまい、高さ10m程度の中がうつろになった切り株が残されている。生残った方が現在見られる大杉であるという。
 神社の社殿は古びているが立派なものである。境内にある石碑には神社の縁起が記されている。近衛天皇の久安元年(1145年)に鹿島大神宮(茨城県鹿島市)を勧請してこの地に祭ったということである。
 祭神は天孫降臨に先立ち国譲りの交渉をしたといわれる武甕槌神(たけみかづちのかみ)。現在の社殿は正徳2年(1712年)に建設されたとある。








4. 不動清水の湧出機構

 旧岩瀬村と旧長沼町を境する丘陵地は、白河層と呼ばれている石英安山岩質火砕流堆積物を中心とする地層からなっている。白河層は200万年〜100万年前の火山活動に伴うもので、南は栃木県北部、東は郡山市安積町から南の中通地方一帯、北は猪苗代湖南岸、西は会津盆地西縁山地まで、広い範囲に分布している。
 本地域に分布する白河層は、火山活動の比較的後期のもので、降下火山灰と溶結度の低い火砕流が数枚、複雑に重なり合っている。
 不動清水は石英粒を多量に含む軟質の石英安山岩質凝灰岩の中から湧出している。この軟質凝灰岩はほとんど溶結していない火砕流で、下位の火砕流や降下火山灰の凹地を流れ下ったものと考えられる。粗粒の石英を多量に含み、マトリックスが砂質で固結していない状態なので、この軟質凝灰岩はかなりの透水性を持っている。降雨や融雪水が浸透し、この火砕流軟質凝灰岩の中をゆっくり流れ下って、地形変換点である不動清水やその付近に湧出しているものと思われる。


5. 不動清水の水質

 不動清水の東側100mの水田の下から斜めに突き出たVP管から毎分40リットルの湧水が溢れていた。水田の基盤整備事業に伴う造成工事の際に、この付近にあった湧水を整備後も利用できるように、工夫したものであろう。不動清水から流下した水路の上に足場が組まれ、野菜などを洗えるようにしてある。(写真−5)
水質分析は、不動清水とこのVP管から溢れ出している水の2つについて、主要イオン分析を行い、ヘキサダイヤグラムとトリリニアダイヤグラムに表示してみた。










表-1 主要イオン分析値
項目 単位 不動清水 付近の湧水
硝酸イオン
mg/l 0.6 0.6
亜硝酸イオン
mg/l 0.1未満 0.1未満
塩素イオン
mg/l 3.4 2.9
硫酸イオン
mg/l 3.0 3.1
炭酸水素イオン
mg/l 58 58
ナトリウムイオン
mg/l 6.6 5.8
カリウムイオン
mg/l 1.2 1.2
カルシウムイオン
mg/l 8.8 8.6
マグネシウムイオン
mg/l 1.4 1.7
電気伝導率 mS/m 7.9 7.9
pH値
7.4 7.3


表-2 トリリニアダイヤグラムの領域による水質区分
領域 組成による分類 水の種類
I 重炭酸カルシウム型
Ca(HCO32
Ca(HCO32、Mg(HCO32型の水質組成で、浸透から湧出までの時間が短く、浅層に帯水する地下水(循環性地下水)の大半がこの型に属する。
石灰岩地域の地下水は典型的にこの型を示す。
II 重炭酸ナトリウム型
Na(HCO3) 型
NaHCO3型の水質組成で、地表から比較的深い位置にあり、岩盤中の亀裂に存在する地下水のように浸透から湧出までの時間が長い地下水がこの型に属する。
III 非重炭酸カルシウム型
CaSO4またはCaCl2
CaSO4またはCaCl2型の水質組成で、温泉水・鉱泉水および化石塩水等がこの型に属する。一般の河川水・地下水では特殊なものであり、温泉水や工業排水等の混入が考えられる。
IV 非重炭酸ナトリウム型
Na2SO4またはNaCl 型
Na2SO4またはNaCl 型の水質組成で、海水および海水が混入した地下水・温泉水等がこの型に属する。
V 中間型 I〜IVの中間的な型で、河川水・伏流水(河川と河床下にある透水層が交わる場所を流れる水で、極めて浅い位置にある地下水といえる)流れ、および循環性地下水の多くがこの型に属する。


図-2 トリリニアダイヤグラム
図-3 ヘキサダイヤグラム


 この2つの湧水は水質的にほとんど同一のものといってよいほど似ている。ヘキサダイヤグラムではほぼ重なり、トリリニアダイヤグラムでも同一領域(?)にプロットされる。涵養機構、湧出機構とも同一のもので、涵養源が比較的近いところにある循環性の地下水であろう。
 全体として溶存成分が少なく、特に硬度が低い軟水である。人為的な汚染の指標のひとつである、硝酸イオン・亜硝酸イオンの濃度が非常に小さいことは、湧水が水田や畑などからの浸透水ではなく、開発行為の影響を受けない森林等に涵養源を持っていることを示唆する。



※1  新協地水(株) 取締役会長 
※2  新協地水(株) 技術部



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