1.アルファウイングパイルの技術史的位置づけ
(1)はじめに
アルファウイングパイル工法は、2008年5月15日に国土交通大臣の認定を受けた最新の回転式埋設鋼管杭工法である。
基礎杭は太古から人類の知恵の一つとして、荷重を支える手段として適用されてきた重要な技術である。アルファウイングパイルは数千年の基礎杭の歴史の中でどのような位置に、達しているかを省みたいと思う。
(2)長年にわたって生きてきた木杭の歴史
人類が基礎杭を発見し、建物を支える技術として活用したのは何年前かよく分らないが、最初の杭はおそらく「木杭」であったと想像することができる。その木杭は、現在においても使用されている。
構造物が重量化するにつれ、基礎杭としての適用範囲がおのずと狭くなり、杭として三つの大きな問題に直面した。その一つは、木材の宿命的な腐食による耐久性である。二つは、堅固な支持地盤における杭先端部の破損に伴う耐力不足である。三つは、長尺杭とするには限度がある。などである。長年にわたって、この問題を克服するため、さまざまな工夫と研究が積み重ねられてきたこと自体が、杭の技術的発展の歴史でもあった。
(3)鉄杭による画期的な開発
鉄杭(SteelPile)は、イギリスの技師ミチェル(Mitchell)が、1838年に木杭の先端部に螺旋状の鉄沓を装着したことから始まる。その後、杭本体を鉄材にし、先端部に平板を取り付けた杭(Disk Pile)や、先端部に螺旋状の羽を取り付けた杭(Blade PileまたはScrew Pile)が開発された。杭本体を中空にした鋼管杭へと発展した。
これらの杭は、イギリスやアメリカで、19世紀末まで多く使用された。この杭の打設方法は、杭先端部からの射水(Water Jet)によるものが一般的であった。また、当時の鋼材と杭製作費が高価なものであり、主として重要な橋梁基礎にしか用いられなかったようである。
(4)コンクリート杭の登場
コンクリート杭には、既製杭と場所打ち杭とに分けられるが、この違った杭はほぼ同時に開発され、並行して普及した杭であることに注目される。
1894年にフランスのアンネビーク(Hennebique)が角を落とした四角断面の鉄筋コンクリートを試験杭として作成したのが始まりである。そしてアメリカにおいてレイモンド式場所打ちコンクリート杭が開発された。その後、杭の打設機械の発達に伴い、コンクリート杭は世界的に普及した。場所打ち杭のひとつにわが国の田中式コンクリート杭(田中工業会社)なども開発されている。
スチームハンマーと、遠心力鉄筋コンクリートの開発によって基礎杭は飛躍的に発達した。さらに戦後、プレストレスコンクリート杭の導入によって基礎杭の状況が一変した。
(5)「鉄は国家なり」の国策による長尺鋼杭
わが国の戦後復興における建設業界の働きは、港湾、道路、鉄道、電力など多方面にわたった。この中で軟弱層の厚い地盤に発達した大都市においては、長尺鋼杭とスチームハンマーの活躍は欠かせない技術であったといえる。
(6)低公害として登場した「新場所打ち杭」
1970年代になると、高度成長経済がもたらした公害に対する国民の反対運動が高揚し、どこでもスチームハンマーで基礎杭を打設できる時代が終焉を迎えた。ここに登場したのが、低騒音、低振動の「新場所打ち杭工法」である。なぜ新場所打ち杭かといえば、戦前に諸外国で開発された場所打ち杭の殆んどが、地中にコンクリートを押し込んで造成する無筋コンクリート杭であるのに対し、新場所打ち杭は、プレボーリングした孔内に鉄筋コンクリートを造成する杭であるからである。
べノト杭は1954年(昭和39年)にフランスから国鉄が、リバース杭は1962年(昭和36年)に西ドイツから国鉄が、アースドリル杭は1960年(昭和35年)にアメリカから三井建設と国土開発が技術導入した。そしてわが国において独自の技術的発展を遂げた。しかし、新場所打ち杭工法には、避けがたい弱点がある。プレボーリングによる孔壁及び孔底地盤の乱れとスライムの堆積によって、杭支持が低下することである。この問題を克服するために、「埋め込み」杭が開発されたが、「新場所打ち杭工法」同様、建設機械が大規模なため敷地によって制限される。したがって、万能な工法とはいいがたい。
(7)時代の頂点を極めた「回転埋設鋼管杭」
現代の世情に望まれる基礎杭工法の条件は、
- (1)必要な支持力を得ること
(2)騒音、振動を発生させないこと
(3)残土や処分物を排出しないこと
(4)杭の品質が良好であること
(5)次工程に影響しないこと、などである。
回転埋設鋼管杭工法は、これらの条件をすべて満足する杭工法である。その意味で、「回転埋設鋼管杭」は、今日の時代要求に即した基礎杭工法であり、時代の頂点を極めた杭工法というべきであろう。
2.アルファウイングパイル工法の技術的特長
(1)柱状改良との比較
木造建物など小規模構造物の基礎の地盤対策として、セメント系材料による地盤改良工法が有益であることは否定できない。その一つの根拠は、地盤改良はあくまで地盤補強であり、沈下量の抑止対策としての複合地盤を形成する工法だからである。
しかし、建築センターによる「深層、浅層地盤改良マニュアル」による「柱状改良コラム(改良体)」を「柱杭」として設計する場合、特に、擁壁基礎のように常時の水平力耐力においては相当の基準強度を必要とし、非現実的なセメントの混合量を必要とする。
また、地盤改良の設計はできたとしても、出来上がった改良コラムの品質が、各場所ですべて異なり、深さ方向の土質の変化によっても異なる。これを確認する方法がない。今のところ抜き打ち検査によって確認しているが、それだけに不安要素が大きい。
さらに、施工中に発生する産業廃棄物の処理が伴い、設計強度が発現するまでの養生期間が必要であり、改良後直ちに次の工程に移行できない。このために工期が延長する。
改良材がセメント系であると、地中において化学反応を起こし六価クロムの発生が懸念される。特に、関東ロームにおいて生じやすいといわれている。
柱状改良が実施されてから20年以上経過している。この期間、柱状改良基礎の建物が傾いたという事例が相当数あると聞く。とりわけ、広域地盤沈下が生じている地域に見られる。この原因は、強度不足か、改良体の劣化などによるものが多いと思うが、いずれにしても半永久的な基礎杭としての役割が果たせていないことを物語っている。
筆者は、改良した地盤の劣化した事例として、岡山県児島湾の締め切り堤防において遭遇した経験がある。
こうした改良工法の欠点は、回転埋設鋼管杭には何一つ伴わない。回転埋設鋼管杭工法は、単純に1断面で単価比較すると、柱状改良工法と比べて確かに高価である。しかし、杭の品質と耐用年数(50〜70年)、工事におけるトータルコストを考えると、埋設鋼管杭工法は決して高価な工法ではない。
ほかの杭工法においてもいえることであるが、最近、土地を一定期間借地して建物を建築し、目的が達成したら、基礎杭を撤去した上更地にして返却しなければならないことが多くなっている。回転埋設鋼管杭には、将来、杭を簡単に撤去できる条件が備わっている。この点においても他の杭工法と大いに異なる特徴である。
(2)改正された建築基準法の設計条件を満足する杭工法
基礎杭は、建物の構造体の重要な一部である。基礎杭を設計する場合、次の条件を満足することを前提にする。
- (1)設計した支持層に杭の先端が十分に定着すること。
(2)打設した各杭のすべてが、設計した支持力を満たしていること。
(3)打設する杭が鉛直であり、芯ずれが許容値内に収まっていること。
これらの設計条件は、次のことを厳守することによって達成される。
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第1、 |
設計は正確な地盤調査結果に基づいて行われなければならない。そのために、スウェーデン式サウンディング試験データによって支持力計算は行わず、機械ボーリング調査による地層構成と、標準貫入試験結果に基づいて設計する。
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第2、 |
アルファウイングパイルの施工に当たって、ボーリング調査を行った地点で必ず「杭の試験打ち」を行って、標準貫入試験のN値と「杭の貫入抵抗値」を比較して地層構成と設計支持層を確認する。
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第3、 |
特に、打ち止め管理の基準値として、「杭の試験打ち」の際、(1)杭頭の押圧力(kN)(2)杭頭の回転トルクカ(kN.m)、(3)1回転あたりの貫入量の3要素を測定し、次の式で貫入抵抗値(=先端支持力)Pα値を求める。
Pα=√[(P・M)/S]
Pα値によって、打ち止め管理を行う。この方法は、「技術審査委員会」で認定されたアルファウイング工法の独特の管理方法である。この点が、他の回転埋設鋼管杭工法と大きく違う優位性である。
また、アルファウイングパイルは、鉛直に貫入し芯ずれを起こし難い。それは、先端部翼の構造と変形を起こさない材料強度に理由がある。翼が複雑な形になり、鋳鋼にしたのはこれを保証するためである。鋳鋼はJIS製品である。
「技術審査」中に昨年(平成19年)6月20日に建築基準法が改定されたが、新基準法に対応できる杭工法として、いくつかの条件が新しく付帯要求があり、それに対して必要な実験を行った結果として認定された杭工法なのである。 |
(3)優れた施工性
杭先端の形と構造は、施工の貫入速度が速く、硬い支持層に達しても貫入速度を余り低下させることなく貫入させることができる。このことは、「技術審査委員会」の立会い施工実験において確認された。
また施工実績においても、沖縄の「島尻層」や相模原の「関東ローム層(N値10内外)」やN値40以上を示す砂磯層などでも確かめられている。この施工性(硬い地層への貫入、貫入速度の速さ)は、他の回転埋設鋼管杭と比べて、画然と優れた点である。このことは、1日あたりの杭施工の能率を向上させる結果となる。
3.アルファウイングパイルの将来展望
開発商品にこれで完全であるというものは存在しない。常に、改良と改善を注意深く行わなければならない宿命を持っている。ここで、さらにより完全な商品に近づけるため、次のような課題が残されている。これは将来を展望する事項とも一致するものである。
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第1、 |
粘性土層における打設長さの増大を認証されること。
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第2、 |
鋼管杭で腐食、とりわけピンホールといわれる腐食が、杭の寿命を短くする要素の一つである。この腐食防止方策を開発して、付加価値をたかめること。
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第3、 |
杭の引き抜き抵抗力の実験及び設計方法を確立すること。
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第4、 |
斜め杭工法を可能にする技術を研究すること。
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第5、 |
狭小な土地(過密な市街地)においても施工可能な条件を追求すること。
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第6、 |
打ち止め管理基準値Pαの値は、N値、土質によって変化する数値であると考えるが、実績によって経験式を確立し、将来、アルファウイングパイルの支持力で打ち止め管理ができるようにすること。 |
以上の課題についてさらに研究を推進する所存がある。
(以上)
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