1. はじめに
本稿は、地下水学会誌第44巻第3号(2002年)に掲載されたものに、一部加筆修正を加えたものである。
「土と水」では、福島県の湧水シリーズと銘打って、福島県内の自然湧水を取り上げてきた。単なる湧水の紹介ではなく、地質と湧水の関係や水質の特徴などから湧出機構に踏み込んでの調査・分析・検討を行ってきた。
地下水学会誌への寄稿は、2001年までに取材した福島県の湧水のうち、郡山市付近を中心とする中通中部の湧水について整理し、まとめたものである。
福島県は47都道府県のうち、北海道・岩手県に次ぐ第三位の面積を有し、地形・地質・風土から、浜通、中通、会津の3地域に分けられる。浜通と中通を隔てる阿武隈山地は、中生代以前に形成された古い山地で、花崗岩類を中心とする地層で構成される。中通と会津を隔てるのは奥羽山脈であり、新生代第三紀中新世の火山噴出物を起源とするグリーンタフを主とする地層と、その上を覆う鮮新世~:現世の新しい火山噴出物が分布する。奥羽山脈の新規火山には、吾妻・磐梯・安達太良・那須甲子の活火山があり、更に県南地方に広く分布する「白河層火砕流堆積物」も第四紀更新世の火山活動に伴うものである。
阿武隈川沿いの低地帯には、白河、矢吹須賀川、郡山、福島の盆地が断続的に連なり、盆地は阿武隈川とその支流が運搬堆積した土砂によって埋め立てられている。
本稿で取り上げる中通の湧水は、こうした地質の違いを反映して、水質的には阿武隈山地の花崗岩からの湧水、安達太良火山からの湧水、白河火砕流堆積物の湧水、棚倉破砕帯付近の湧水に区分できる。
2. 安達太良山周辺の湧水
福島県のシンボルの一つである安達太良山は、安山岩溶岩が積み重なった成層火山で、標高は1,700mで あり、現在でも活動が見られる活火山である。
一般に、火山山麓には、大規模な湧水が分布するこ とが多い。この理由として、火山体を構成する溶岩は冷却時の収縮亀裂や脱ガス気孔が発達しており、その部分を水ミチとして地下水が流動している場合が多い上、火山体の山麓は、背後に広い集水面積を持っていること、降雨量(降雪を含む)が多いことが挙げられる。実際に、安達太良山の山麓には、水量の豊富な湧水が点在している(図2)。
2.1 二本松市熊ノ穴水源の湧水
安達太良山の東山麓に位置する二本松市では、市水道の水源の一部として安達太良東山麓の湧水を使用している。市の湧水水源は「熊ノ穴」と呼ばれ、「第1水源」から「第4水源」で合計8,700m3/日( 約6,000L/分)程度を取水しており、滅菌のみで市水道に供用されている。二本松市は、4箇所の「熊ノ穴」湧水水源で市水道の4割程度をまかなっている。
二本松市街から、北西に10km、岳温泉から北に3kmほどの地点に「熊ノ穴」湧水水源の一つである(写真A)「熊ノ穴第1水源」を訪ねるには、二本松市街からあだたら高原スキー場に向かう県道に車を停め、標柱をたどりながら歩かなければならない。
山道を徒歩で1km強歩き、烏川を渡って、烏川に流れ込んでいる沢水をたどってゆくと、沢の行き止まりに「熊ノ穴第1水源施設」がある。水源施設からオーバーフローした水が沢水となっている。オーバーフロー水量は200〜300L/分程度であった。
水源地付近の地形(図2)を見ると、勢至平から続くなだらかな東傾斜の溶岩台地から一段下がった緩斜面に湧水地点は位置している。阪口(1995)によれば、勢至平に分布する「勢至平溶岩」の下位には「僧悟台溶岩」が分布しているとされ、この溶岩の末端部から湧出した湧水が表層部の崖錐を通過して、水源地に湧出しているものと考えられる。
2.2 大玉村県民の森南側の湧水および安達太良山西麓の湧水
「熊ノ穴水源」付近から南下し、大玉村にある「県 民の森」を過ぎて、約1km南の地点にいくつかの湧水がある。湧水はそれぞれ、水量数100L/分の規模を持ち、湧水が集まって沢を形成している。図2では「火山性砕屑物」の分布域とされているが、周辺の状況を見ると、これらの湧水も、溶岩流の末端から湧出していると考えられる。
なお、安達太良山の山頂を挟んで西側にある猪苗代町でも、「中ノ沢簡易水道」などとして、一部の地区で水道水源として安達太良山西山麓の湧水を利用 している。
このように安達太良山は地域のシンボルというだけ でなく、「水がめ」として広く利用されており、湧水・地下水を合わせた水資源としては高い能力を持っていると評価される。
3. 白河層溶結凝灰岩から湧出する湧水
白河市と会津若松市を結ぶ国道294号線は、古くは 会津五街道の一つであった。ここでは白河と会津若 松の中間付近にある天栄村・長沼町の湧水をとりあげる(図3)。
3.1 湧井の清水
国道294号線を白河から会津若松方面に向かい、「湧井の清水」という小さな看板が出ている地点を左折して、舗装道を1km弱進み、砂利道に入ってしばらく進んだ地点に「湧井の清水」がある(写真B)。
湧井の清水周辺には、駐車場あり遊歩道や湿性植物園が整備されている。湧水池は窪地になっており、池(20m×20m程度)の底にある湧水点には白い砂が堆積し、時折、地下水に含まれる泡が地中から湧き上がっている。水温は13.2℃で、湧出量は池からの流出口で測定したろころ3,600L/分であった(看板では2,200L/分という説明がある)。
湧水池は、標高400m程度のなだらかな丘陵地の谷頭にあり、湧水池周辺は「白河層」の凝灰岩が分布している(図3)。「白河層」は火砕流によって形成された、石英安山岩質凝灰岩からなり難透水層であるが、溶結凝灰岩の一部は亀裂が発達し、亀裂中を地下水が流動している状態と考えられる。本地点では、湧水池周辺の溶結灰岩中を流動する地下水が谷部に湧出して「湧井の清水」となっているものと考えられる。
3.2 湧井の清水
国道294号線を、会津若松方面に向って長沼町に入り、勢至堂トンネル入り口直前から右折して旧道沿いに300m程度上ると「殿様清水」がある(図3)。
「殿様清水」の由来は、会津若松と江戸を参勤交代で行き来する殿様が、ここでかごを停め、水を飲んだことからと言われている。湧水は大変冷たく、水温は年間を通して9℃台を示している。湧水は、簡易水道水源としても利用されていて、湧水点は取水のためのコンクリート枠で覆われており、直接見ることはできないが、コンクリート枠から塩ビ管で数10L/分程度がオーバーフローして沢に放流されており湧水は容易に確認できる。
湧水点背後には縦方向に柱状節理の発達した石英安山岩質溶結凝灰岩が分布しており、湧水は溶結凝灰岩の亀裂から湧出しているものと考えられる。湧水周辺の状況を見ると、湧水点付近に、難透水層の新第三紀層と、亀裂が発達し地下水が流動している溶結凝灰岩の境界面があるものと考えられる(図3)。白河層溶結凝灰岩堆積以前のかつての谷を埋める溶結凝灰岩中を流動する地下水がこの地点で湧出しているものと推定さ れる。
これまでは、旧道に沿って湧水地点から引き水した水場が設置されており、休日には郡山や須賀川から水汲みに来る人が行列をつくるほどであった。しかし、2002年6月時点では、旧道入口の門は閉じられて鍵がかけてあり、水場は撤去され、有刺鉄線が張られていた。付近には、「ゴミ投棄がいっこうに無くならないので、湧水地を所有・管理する行政地区で話し合った結果、閉鎖することにしました。」という内容の張り紙があるのみであった。
4. 阿武隈山地の湧水
阿武隈山地は、福島県東部に位置し県面積の約1/3を占めている。山地は主に花崗岩類から構成されており、大部分の地域では、表層部に花崗岩類が著しい風化を受け砂状となった「マサ」が分布し、なだらかな地形となっている。阿武隈山地の南部では、棚倉破砕帯に沿って変成岩や圧砕岩が分布している 。
阿武隈山地は、昔から水に乏しい地域と言われてお り、生活用水の確保には苦労が多かったようだ。確かに、阿武隈山地の湧水を見ると、ほとんどが、数L/分の規模で、火山地帯の湧水とは比べものにならないほど小さい。
ここでは、阿武隈山地の湧水として、北から南に向 って「岩代町の御前清水」「船引町永畑の湧水」「玉川村の長命清水」「鮫川村の湯壺」の4箇所を紹介したい。
4.1 岩代町の御膳清水
岩代町には、400年以上前の戦国時代の末、伊達政宗の父である伊達輝宗の居城であった宮森城跡がある。現在の岩代町中心部の「小浜」地区から国道 349号線を約1.5kmほど南に下って宮森橋を渡り、小高い山を登ると宮森城跡がある。城の麓にある「御膳清水」は城主御用の井戸として使われていた。湧出地には井側が取り付けてあり、井側の切り欠きから、チョロチョロとごくわずかな量が流れ出している。
「御膳清水」周辺の地形(図4)を見ると、小さな尾根(比高約20m程度)からなる山地と谷地の境界部に湧水は位置しており、砂状のマサからなる山地に浸透した雨水が地下水となって地形勾配の変換点付近で湧出していると考えられる。
戦国武将たちの生活と休息の地となっていたであろ う「御膳清水」であるが、現在は農家の人達が、時折訪れて水を飲む程度で、普段は静まりかえっている。
4.2 船引町永畑の湧水
船引町役場から国道288号を約3km郡山方面に向かい、「安倍文殊堂」方面に右折し400mほど進んだ地点に「永畑の湧水」がある。
湧水地には井側が設置され、さらに井側には半円形 の屋根が取り付けてある(写真C)。井側の深さは1.7mほどで、底には玉砂利が敷き詰められ、日光を受けて水に青緑色がついて美しい。井側の切り欠きから5L/分程度の水が流れ出しており、水温は12.1℃、電気伝導度は35.0mS/mで高い電気伝導度を示す。
湧水地は東西に山がある谷に位置しており、東西に 延びる小分水嶺の南側にある(図5)。湧水は、分水嶺より南側に降った雨水が浅層地下水となって、花崗岩の風化したマサや谷底堆積物中を伝わって湧出しているものと推定される。一方、湧水付近は文殊山のはんれい岩体と花崗岩類の境界部付近に位置しているため、岩体境界部の亀裂中を流動する地下水が湧出している可能性もありえる。
永畑の湧水は、かつて周辺住民の生活用水として利用されていた。湧水地から水を高台にある家々に運んで利用していたとのことである。昭和33年に文殊山中腹の湧水点から延長約800mの「引き水」が完成して水運びから解放されたとのことである。
文殊山中腹の湧水点は地形勾配の変換点に位置しており、山に降った雨水が地下水となって、地形勾配の変換点で湧出しているものと考えられる。
4.3 玉川村の長命清水
郡山市の南東、阿武隈川の東岸に位置する玉川村にある福島空港から東北東に7km、玉川村と平田村との境界付近に「長命清水」がある(写真D)。周辺は「東野の清 流」として遊歩道が整備されている。
湧水地には、1m四方、深さ30cmの井側が据え付けられており、井側の底には花崗岩のプレートが敷き詰められ、その隙間から気泡と一緒に湧水がわき出してきている。井側から流出する水量は4L/分程度、湧水水量は11.3℃、電気伝導度は3.38mS/mで低い。
湧水周辺は新鮮な花崗岩が分布しており、湧水は花崗岩の割れ目から湧出しているようである。
4.4 鮫川村の湯壺
阿武隈山地を斜めに縦断している棚倉破砕帯の東側には、幾つかの温泉が湧出している。棚倉破砕帯東側の花崗岩類および変成岩類中の深層部を流動する地下水が、棚倉破砕帯に分布する非透水性の圧砕岩類によって流動を阻まれて地表面に温泉として湧出していると見られる。
福島空港の南南東約20kmに位置する鮫川村役場の南、約500mに「湯壺」と呼ばれている湧水がある。湧出点は見ることができないが、河岸に井側が設置 されており、100L/分のオーバーフローが確認される。水温は23.3℃、pHが9.5で、水温、pHともに高く温泉成分の混入が推定される。湯壺の水は雑用水として利用されているとのことである。
なお、鮫川村の南隣の塙町にもpHの高い温泉成分 の混入した湧水が点在する。これらの湧水は、棚倉破砕帯の東側に分布する、花崗閃緑岩の亀裂から湧出している。
5. 水質について
各湧水を採取し、イオン分析を実施した。データは 表1にまとめ、結果をヘキサダイヤグラムおよびトリリニアダイヤグラムとして図6に図示する。
トリリニアダイヤグラムを見ると、湧水水質は、分布地点の地質を反映して、地域ごとにタイプ分けすることができる。
安達太良火山山麓の湧水(1.2.3)は全体的に溶存 成分が少なく、ダイヤグラム上の分布は分散している。陽イオンの分布を見ると、3つの湧水(1.2.3)ともに、陽イオンではCa2+が多くMg2+が少ない状態である。キーダイヤグラムで3つの湧水を比較すると「大玉村の湧水」は何らかの理由でHCO3-イオンが失われているため分類からはずれてしまうが、「熊ノ穴水源」は「第1水源・第2水源」ともにCa(HCO3)型〜中間型に分類され、循環性地下水と考えられる。
白河層凝灰岩から湧出する湧水(4.5)はHCO3-およびNa+に富み、中間型に分類される類似した水質を示し、循環性地下水と考えられる。
これらの湧水(1.2.3.4.5)は、溶岩や凝灰岩溶結部の亀裂中を流動して湧出しているものと考えられ、降水が地下水となって短期間のうちに湧出しているものと推定れる。
阿武隈山地の湧水(6.7.8.9.10.11)は2種類に分 類される。阿武隈花崗岩中から湧出する湧水(6.7.8.9)は、長命清水(9.)を除いて溶存成分が多く、Ca(HCO3)2型に分類され、Ca2+とHCO3-に富む。これらは、浅層地下水と推定され、マサ層中を流動している地下水と推定され、マサ層中を流動している地下水が湧出したものと考えられる。
一方、棚倉破砕帯東部の湧水(10.11)は、陽イオンはNa++K+溶存量が突出している点に着目すると、湯壺(10.)でHCO3-が失われていることを考慮しても類似した水質と考えられる。長命清水(9.)の溶存成分は少ないが、トリリニアダイヤグラム上では、塙町の湧水(11.)と同じNaHCO3-型に分類される。このことから、棚倉破砕帯東部の湧水(10.11)および長命清水(9.)は停滞的な環境にある比較的深部の地下水が湧出しているものと推定される。

Sp:湧水(湧水水源からのオーバーフローを含む) S:渓流水(湧水下流の沢を含む)
※各湧水の水質試験は、いくつかの分析機関で実施しているため、有効数字や定量下限値が一致していない。
[文献]
阪口圭一(1995):二本松地域の地質、地域地質研究報告(5万分の1地質図幅)、地質調査所、79p
地質調査所(1992):日本地質図体系 東北地方、 朝倉書店、4-5p
福島県(1987):土地分類基本調査「長沼」5万分の1、47p
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※1 新協地水(株) 技術部(執筆当時)
※2 新協地水(株) 取締役会長
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