福島県の湧水シリーズ
母成グリーンラインに
「八幡清水」と「峠の清水」を訪ねる

谷藤允彦

郡山市磐梯熱海温泉と猪苗代町中ノ沢温泉を結ぶ母成グリーンライン沿いにはいくつかの湧水がある。このうち、母成峠頂上のすぐ北側にある「峠の清水」と、頂上から少し南に下がったところにある「八幡清水」を取り上げてみる。この2つの湧水は、篤志者の御努力により道路わきに水汲みが出来るようにVP管が設置されていて、一般に開放されている。
湧水への案内

 国道49号線の熱海バイパスからグリーンラインを目指す。磐梯熱海IC入り口、石筵部落、ふれあい牧場を過ぎると、かつての有料山岳道路「母成グリーンライン」にはいる。いくつかのヘアピンカーブを過ぎて勾配が少し緩やかになったと思うころ、最後のヘアピンカーブ「水無川」を渡る。このカーブを過ぎて1km程度行くと右手に駐車スペースがありそこに4本のVP管から勢い良く水が吹き出しているのが目に入る。「八幡清水」である。 
 いつも何台かの車が停まっていて、多量のポリタンクを持った人々が水汲みをしているので、見落とすことはない。湧水は水汲み場の奥、4〜5m高い山腹の急斜面から湧き出していた。水量は毎分1000リットル以上あり、湧水口の下は水流によって少し削られ水路になっている。この水路から4本のVP管を通して駐車場脇の水汲み場に引いている。
 「八幡清水」から緩い上り坂を3km登ると母成峠頂上につく。頂上から右手に入ると展望台があり、ここからの磐梯山、猪苗代湖、吾妻連峰の眺望は抜群だ。ぜひ立ち寄って欲しい。展望台には広い駐車場と戊辰戦争の古戦場の碑が立っている。
 峠を中ノ沢方面に500mほど下ると、万葉の庭入り口の看板があり、その脇に高原大根の看板を立てたテント小屋がある。テントのそばのU字溝の上にVPエルボ管から2箇所で水が吹き出ていた。脇には「峠の清水」の手書き看板と水汲み用の柄杓が置かれていた。
 水源を求めてVP管をたどって50mほど下ると、U字溝が途切れぽっかり穴が開いている。穴の上奥にコンクリートの桝が設置されていた。そこにVP管とPE管が差し込まれ、VP管が水汲み場につながっている。桝の上からオーバーフローしている水量は、毎分100リットル以上はありそうだ。穴の左側からは、多量の水が滝になって落ち込んでいる。ここの湧水は合わせると毎分1000リットル近い水量になっていると思われる。
 テント小屋の中では老夫婦が野菜や山菜を販売している。10月はじめに私が訪れた時は、シメジや舞茸、楢モダシ、イクジなど、多くのきのこ類と大根や白菜の高原野菜が並べられていた。

湧水の沿革

 母成グリーンラインは1976年に有料山岳道路として整備され、2006年からは無料開放されている。
 グリーンライン整備以前から、母成峠は福島県中通と会津を結ぶ重要街道として長い歴史を持っている。近くは明治維新のときの戊辰戦争で、官軍と会津藩を中心とする東軍が激戦を交わした場所として歴史に登場する。古くは摺上原の合戦(1589年)のときに、伊達政宗がここを通ったという。伝説によれば、母成峠には「牛つなぎ石」「胎内くぐり」「八幡清水」など、八幡太郎義家にちなむ伝承が残る。郡山市側の石筵集落も、義家の敷いた筵の跡がついたという言い伝えにもとづく。
 1000年以上昔から、「八幡清水」と「峠の清水」は母成峠の水場として大切に守られてきたという。グリーンライン開通後、石筵牧場が八幡清水近くまで拡張され、水源の汚染が心配されるようになった。このため、水のみ場の施設が撤去されていたが、近年になって地元の篤志家が、水場を整備して開放しているということである。
 一方、峠の清水は、長く母成集落の水源として利用されていたが、グリーンライン開通後は展望台休憩所へも送水されていた。休憩所廃止後、母成集落の佐藤氏御夫妻が山菜と高原野菜の売店を開設するに当り、通行人の利便のために水のみ場として整備したものである。

地下水の湧出機構

(1)八幡清水
 湧出口では、不透水性の岩屑雪崩堆積物の上面から纏まって湧出している。岩屑雪崩の上は安山岩の岩塊に覆われているが、これは安山岩溶岩から崩落したものである。
 岩屑雪崩の上を新しい溶岩が流れ、割れ目を通って溶岩流に浸透した地下水は、不透水性基盤である岩屑雪崩堆積物表面に沿って下方に流動する。地下水は岩屑雪崩表面の地形的凹所に集まって流動することになり、地下水チャンネルが形成されていた。石筵川の下刻によって、溶岩流とその下の岩屑雪崩堆積物が削られて、地下水チャンネルが崖の中段に露出して、そこが湧出口になったものと考えられる。
 安山岩は緻密硬質な普通輝石紫蘇輝石安山岩であり、近くの露頭で見ると縦方向亀裂が発達している。岩質と産状から、安達太良火山の後期の噴火活動に伴って流された、赤滝溶岩と思われる。


(2)峠の清水
 湧出口は巨大な安山岩の岩塊がゴロゴロしている中に形成されている。岩塊の中から水の流れる音が聞こえているので、それを辿ると、ところどころに水面を覗くことができる。水音を頼りに東側に進むと急斜面にぶつかり、崖から崩落した岩塊が厚く堆積し水音はそこで途絶えている。岩塊は普通輝石紫蘇輝石安山岩から成っている。
 湧出口の北側にある樽川の谷底には、安山岩質の溶結火砕流堆積物が分布し、その上に普通輝石紫蘇輝石安山岩が乗っている。
 湧出口の上流の地形から、地下水は安山岩溶岩の末端部で、安山岩と火砕流堆積物の境界から湧出し、火砕流表面に刻まれた凹所にそって岩塊の間を流れて、地形の変換点で湧出しているものと考えられる。


地下水の水質

 どちらの湧水も溶存イオン量が非常に少ないことが特徴であり、汚染指標である硝酸・亜硝酸イオンも少ない。非常にきれいな水ということが出来よう。
 トリリニアダイアグラムでは、峠の清水はIの領域、八幡清水はVの領域にプロットされる。いずれも循環型の地下水であることを示し、流動速度の速い地下水であることを示唆する。ヘキサダイアグラムでは大きな差があるように見えるが、これは八幡清水のマグネシウム・カルシウムイオンが特に少ないことによる。その原因については良くわからない。






湧水を守る努力

 峠の清水を守っているのは、テントの売店を経営する佐藤石江さん(75歳)ご夫妻である。佐藤さんは、水源から水汲み場までの配管を春に設置し、冬前に撤去して、水汲み場を守っている。営林署から水源地と売店の土地を借用するため、年額9000円を負担するだけでなく、天然水を求める人たちのために、飲料水の水質検査を毎年行っているということである。ご夫妻は定年退職後、山菜とりと高原野菜栽培をはじめ、売店を開設してから8年目になる。お2人の穏やかな風貌の中に、自然とともに、自然の中で自然を守りながら生きている、という人間力の強さを感じさせられました。
 八幡清水には、水汲み場を再開した当初は、八幡清水の看板と、ご自由に水を汲んでくださいという掲示があったそうです。水汲みに訪れる人が余り多く、交通渋滞になることもあったとか。また、ペットボトルやゴミが捨てられるため、付近の汚れが目立ってきたため、看板と掲示を撤去したところ、立ち寄る人が少なくなり、汚れも目立たなくなってきたという。私が訪れたときは、水戸ナンバーの軽トラックに、ポリタンクとペットボトルを一杯に積み込んで水汲みをしているご夫妻がいた。お伺いすると、冬季間を除き、毎月1回水汲みに来ている、ということでした。かつては谷川岳の大清水まで水汲みに行っていたこともあるが、ここの水が一番自分たちの好みにあっている、と言っていた。
 自然の湧水は貴重な大地の恵みであり、多くの人の共有財産です。水汲み場を整備し維持するために、人知れず無償の奉仕を提供する佐藤さんのような人たちの努力によって守られているのです。
 これまで多くの湧水を取材してきたが、通りがかりに湧水を利用する人のマナーの悪さが共通の問題になっているように感じられる。湧水を守るため無償の奉仕を続けてきた地域の人たちが、ゴミ捨てや持ち去り、破損など、心無い行為のため、水汲み場の閉鎖を決めた、という実例も多い。
 湧水を守る名も無い人たちの無償の努力に報いるには、最大の敬意と礼儀をもって利用させていただく、ということではないでしょうか。



※  新協地水(株) 取締役会長 



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