福島県の湧水シリーズ
広葉樹の根元の割目から地の恵みが流れ落ちる
天栄村「後藤の清水」

谷藤允彦

 岩瀬郡天栄村は、阿武隈川水系と阿賀野川水系という2つの大河の流域にまたがって東西に細長い村域を持っている。奥羽山脈の鳳坂峠を境に、東側に降った雨は、釈迦堂川から阿武隈川に合流し太平洋に流れ下る。西側の雨水は鶴沼川に流れ込み、阿賀川、阿賀野川を経て日本海に到達する。
 太平洋に流れる水系と日本海に流れる水系の両方にまたがる行政区域を持つ市町村は珍しい。東北地方では、天栄村の他には、太平洋に流れる馬渕川と日本海に流れる米代川にまたがる、岩手県八幡平市しかないのではなかろうか。
 天栄村のほぼ中央に、後藤の清水と呼ばれる湧水があり、福島県中通南部ではおいしい湧水として知られている。
(後藤の清水については本誌第23号-1998年9月-に簡単に取り上げている)
1.後藤の清水への案内

 会津若松市に向かう国道294号線と天栄村役場の前を通る県道289号線の合流点から、国道に沿って更に西に進むと、谷を挟んで北側と南側に似たような小高い山が近づいてくる。北側の山が妙見山(532.1m)、南の山が明神山(548.0m)である。その間を通り抜けると左手釈迦堂川の右岸にやや大きな工場が見え、その手前に信号の無い交差点がある。右折長沼、左折後藤の交通案内板がかかっている。これを見落として直進すると約3kmで国道118号線との分岐点の信号に行き当たるので、引き返さなければならない。
 工場の手前の交差点を左折して釈迦堂川を渡るとすぐに右折する道路があり、ここを右折する。ちょっと目には工場専用道のように見えるが、釈迦堂川右岸の堤防上を通って後藤に続く道路である。
後藤川に沿って3kmほど進むと、右手に崖が迫り、10段ほどのコンクリート石段の上に祠が立っているのが目に入る。祠の左下には、竹のパイプから水が流れ落ちている。これが後藤の清水である。かつては祠の下に駐車スペースがあったのであるが、今は車が入られないように柵が設置され、子供たちが作った木彫りの看板がかけられている。そこには「ゴミと心を捨てないで」、「清水をくむ人みんな清い人」などと書かれ、ゴミ捨てが深刻な問題になっていることが伺われる。




2.湧水の状況

 後藤の清水は、谷底の平坦地より5m程度上がった崖の中段から湧出している。湧出口は直径30cmほどの広葉樹の根元にあり、1箇所から毎分40〜50L程度の水量が湧き出している。湧き出した水は、70度ほどの勾配の崖の表面を浅く削りこみながら3m流れくだり、崖下に設けられた受水桝に落下している。受水桝は崖の凝灰岩と一体のものであり、水の落下地点を中心に直径30cm、深さ10cmほどが人工的に削られて桝になっている。水はこの受水桝から竹製のパイプを伝って水汲み場に誘導されている。


3.湧出機構

 湧出口のある崖は、灰色の塊状の凝灰岩からなっており、軽石や石英安山岩岩片、凝灰岩類の岩片を含む、軟質の凝灰岩である。岩相から、前期更新世に南会津郡下郷町湯野上温泉付近を中心とする火山活動によってもたらされた火砕流堆積物の一部である。この火砕流堆積物は、白河層と呼ばれており、福島県中通南部から栃木県北部、更には猪苗代湖南岸や会津盆地の西縁山地にまでその分布を広げている。
 白河層は多くの火砕流フローユニットで構成されており、硬質の熔結凝灰岩、軟質非熔結凝灰岩、降下火山灰や火山砂からなる軟質凝灰岩、未固結の砂や砂礫などの重なりから成る。後藤の清水の帯水層は降下火山灰の軟質凝灰岩で、この中に浸透した地下水が、下位の弱熔結塊状凝灰岩との地層境界の開口部に集まって、崖の途中から湧出しているものと考えられる。


4.水質

 溶存イオン量は非常に少ないが、その中では炭酸水素イオン濃度が相対的に高いことが特徴である。汚染指標である硝酸・亜硝酸イオンも少ないので非常にきれいな水ということが出来よう。トリリニアダイアグラムでは、循環性地下水を示すIの領域にプロットされるが、停滞性地下水を示すIIの領域の境界に近い。循環型の地下水ではあっても、裂罅型の地下水に比べると流動速度の遅い地下水であることを示唆する。非熔結凝灰岩の中をゆっくり浸透しながら流動しているものであろう。


5.湧水を守る努力

 後藤の清水を守るように、傍らに東藤不動尊の祠が設置されている。白河層の主体をなす石英安山岩質熔結凝灰岩を加工したものであり、木造のお堂とも、平成11年に近隣に住む大工さんが寄贈したものであることが記されている。
 水汲み場の囲いに設置された木彫りの看板は、後藤部落の子供たちが作ったものである。そこには「ゴミと心を捨てないで」、「清水をくむ人みんな清い人」などと書かれていて、地域の人たちの清水を守る思いが伝わってくる。
 湧水はだれかが作ったものでもなく、自然からの贈り物であるが、地元の住民を中心とする多くの善意によって守られて、それによって多くの人が気持ちよく利用できるのである。
 湧水をくむ場合は、名も知らぬ善意の方々の苦労を思いながら、感謝の心をもってありがたく利用させてもらい、ゴミを放置する、付近を踏み荒らすなどの行為は、厳に慎しんで欲しいものである。



※  新協地水(株) 取締役会長 



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