シリーズ

私の山紀行 第13回『晩秋の至仏山』

代表取締役社長 佐藤 正基
(RCCM 土質及び基礎)

 年間に何度か訪れる尾瀬、御池を拠点に尾瀬ヶ原そして燧ガ岳には幾度となく登ってきたものの、まだ尾瀬ヶ原の南西にそびえる至仏山(標高2,228m)の頂には立つことが出来ません。今回は、10月9日〜11日の2泊3日で山小屋を利用して尾瀬ヶ原全体を満喫する山行とし、その二日目に念願だった至仏山に登る計画としました。尾瀬ヶ原の西と東にそびえる至仏山と燧ガ岳の二つの山は、ガイドブック等にも対照的な山として記述がされています。尾瀬の形成になくてはならない存在の二つの山ですが、至仏山が1億7000万年前のものといわれる蛇紋岩からなっているのに対し、燧ガ岳(2,356m)はわずか1〜2万年前に形成された安山岩からなる火山です。この対照的な時間の差が至仏山のたおやかな山容を作り出しています。さらに蛇紋岩といった特殊な土壌に珍しい花々が生育し、岩手県の早池峰山と同じく蛇紋岩残存種と呼ばれています。花の時期は次回の楽しみとし、山ノ鼻から鳩待峠にいたる晩秋の至仏山を紹介します。

 尾瀬二日目、山ノ鼻の尾瀬ロッジで目覚める。昨日は一日中雨の中、福島県側の登山基地となっている御池を午前7時30分にスタートして、燧裏林道から東電小屋前を経由して竜宮十字路そして山ノ鼻まで7時間45分かけて歩いてきた。雨で木道は滑りやすく慎重に歩いてきたにもかかわらず2度ほど足を滑らせ転倒した相棒はよほど疲れたのか夕食後、即効で眠ってしまった。ついつい監視役不在の中、山小屋泊まりにしては予定より多めに晩酌をして、ほろ酔い気分となったことから、食堂でのにぎやかな宴会を気にすることなく8時前にはぐっすり眠ってしまった。標高1,400mの尾瀬ヶ原、晩秋の早朝は大変寒く、まだまだ布団の中でゆっくりしたい気分であったが、両隣の物音に目覚め身支度を整えつつ窓を開けると、朝霧の中小雨に湿原が濡れている。 朝食は混雑を避け一番乗りの6時にすませ、シトシト降る小雨の中を元気いっぱい6時39分にロッジをスタート。この地での晩秋の雨は、実際の気温より朝霧に覆われた湿原の風景からかいっそう体感的な寒さを感じる。 山ノ鼻から続く木道を南西方向に行くと約8分で至仏山への登山道となる。最初から木道の急な階段状の登山道がオオシラビソの樹林帯の中を縫うように整備されている。木道は昨日からの雨を大量に含み、大変滑りやすい上に傾斜をしていることから、相棒は昨日以上に慎重に歩を進めている。以前このルートは、多くの登山者により登山道が荒れ始め通行禁止となっていたが、至仏山の植生を守る人たちの手により手厚く整備され、最近山ノ鼻からは登りのみが可能となった。地面に落ちた雨は、水流となり容赦なく地盤を削っていく。登山道が蛇籠に保護された階段状になると歩き始めて38分の7時17分に標高1,659mの森林限界を通過する。
 至仏山の森林限界は、同じ蛇紋岩からなる岩手の早池峰山同様岩塊が土壌の発達を遅らせ、針葉樹の侵入を妨げており、尾瀬ヶ原周辺のハイマツの下限が2,400m前後となっているのに対し750m近くもハイマツ下限が低下をしていることになる。森林限界を超えると、蛇紋岩の岩塊がゴロゴロしている間を縫って登山道が設置してある。
 ここから大展望となるはずであったが、朝霧からガス状となり依然として展望はまったくなし、蛇紋岩が作る岩塊の造形を興味深く鑑賞しながらの登山となる。ここから先の登山道も土砂流出用の簡易土留柵が設置されており整備が行きとどいている。よくよく付近を観察すると、ところどころ裸地化が進んでいる箇所があり、自然のままの状態で山を守ることに対し登山の行為そのものがダメージを与えていることを痛感しルールを厳守した登山に徹することが重要であることをあらためて知る。
 標高1,920m付近から再び木道となり歩き始めて1時間51分の8時30分に高天ヶ原を通過、ガスで周辺の特定はなかなかしにくいものの、地形図から山頂が目前であることを知る。依然として尾瀬ヶ原はガスに覆われているものの雨はやみ、尾瀬に来て今回はじめて暖かい日が差し西に青空が広がり始めると、徐々にガスが消え周辺の山々が見渡せるようになる。
 先に頂に到達した人々から大きな歓声が聞こえ、2時間7分の8時46分に至福の時となる至仏山の頂に立つことが出来た。標高2,228mの三角点が置かれている山頂には、鳩待峠そして山ノ鼻から来た10数名が周辺の山々に目を奪われていた。天気予報では、降水確率が90%だったことを思えば気分最高と、大パノラマの風景となっている尾瀬ヶ原と燧ガ岳、会津駒ヶ岳、さらには平ヶ岳や谷川連邦などの眺望を堪能する。
 感動が体全体に行き渡ると、急に今まで気づかなかった寒さを感じるようになり雨と汗に濡れた体をコーヒーで温め、足早に21分で感動の頂を後にする。小至仏山までは、滑りやすい露岩帯そして砂礫状の道を緩やかに下る。先に山頂を下山した中高年10数名のグループに追いついてしまったが、露岩そして礫状の下山路はまだまだ滑りやすい。譲れるスペースがあるところまで少し談笑しながら、そして岩尾根を少し登り返すと至仏山から34分の9時42分に小至仏山を通過、鳩待峠からの多くの登山者が休んでいることから、滑りやすい岩尾根を慎重に下る。
 青空そして日差しが暖かく、尾瀬ヶ原全体が見渡せるようになる。まだまだ大展望の尾根歩きをしていたい気持ちであったが、登山道が階段状の木道になると程なく樹林帯に入り緩やかに高度を下げていく。
 笠ヶ岳への分岐そしてオヤマ沢田代の小さな地塘を過ぎ、オオシラビソの針葉樹林帯からブナ・ミズナラの広葉樹林帯まで緩やかに下ってくると11時7分に鳩待峠に到着する。スタートした山ノ鼻の尾瀬ロッジから4時間28分の道のりだった。
 鳩待峠は、尾瀬へのハイカーの半数が利用する一大拠点であり売店や食堂などがあり、多くの観光客で賑わいを見せていた。
 本日午後の行動予定は、アヤメ平から富士見小屋までの「鳩待通り」、ガイドブックによるコースタイムが2時間5分程。時間的にはまだまだ余裕があることから、ベンチに腰掛け出来立てのきのこ汁と生ビールでゆっくり休むことにする。

 

 


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