1.はじめに
2011年3月11日14:46に発生した東北地方太平洋沖地震は,三陸沖深さ24kmを震源とするM9.0(気象庁)の巨大地震であった。この地震動の継続時間は約5分間(主要動でも約2分強)にも及ぶものであった。最大加速度(三成分合成値)上位10観測点を表-1に示す。福島県においては,西郷村の記録が本地震の6番目に大きい三成分合成値の加速度1,335galであった。表-2には,福島県内において観測された加速度を示した。1,000galを超えた観測地点は,白河,西郷,広野,郡山および船引の5地点である。
図-1に郡山市(FKS018)の加速度波形を示す。
気象庁の震度発表地点において震度6強とされた福島県内の地点は,新白河,岩瀬支所,須賀川市八幡町,二本松市針道,鏡石不時沼,楢葉町北田,富岡町本岡,大熊町下野上,双葉町新山,浪江町幾世橋,新地町谷地小屋の11地点である。この11地点中5地点に中通りが含まれており,加速度および震度の大きい箇所が中通りの県中・県南地区であることがわかる。
地震後に,「東日本大震災に関する東北支部学術合同調査委員会」の委員として公益社団法人地盤工学会東北支部福島部会のメンバーとともに福島県内陸部の災害調査を行った(地盤工学会誌6月号1)参照)。
また,(社)福島県地質調査業協会が福島県土木部と結んでいる災害協定による災害調査も行った。
本報は,これらの災害調査から谷埋め盛土の被害状況と被害を軽減するための課題について,その方向性を記すものである。
2.福島県中通りの地震動被害について
表-3に福島県中通りの被害状況と地盤分類を示す。この表に示した場所は,全て被害調査を行った地点であり,※印の箇所は,実際にボーリング等の調査を行った地点である。この表から,今回の地震においては,盛土とりわけ谷埋め盛土箇所の被害が45箇所中21箇所と突出していることがわかる。
写真-1〜写真-14に今回の地震による主な変状写真を示した。

これらの写真のうち写真-3の伏拝については,谷藤会長がNHKのインタビューを受けたものが配信された。谷埋め盛土の被害状況の例として,写真-6〜写真-9に小野町運動公園と準用河川荒川を示した。
これらの被害箇所では,地震後においても図-2に示すようにすべり変状が継続して進行していることから抑制工や抑止工の提案を行った。

3.土構造物の耐震設計のための要素技術
1995年の阪神・淡路大震災後においては,既設構造物の耐震診断・耐震補強が進み,耐震設計は,レベル2地震動による性能設計が一般的となった。
しかし,土構造物においては,これらの耐震診断・耐震補強や耐震設計の高度化は,まだ行われていないのが現状である。特に,盛土構造物においては,「安価であること」から大量に建設されてきた。また,盛土構造物は,豪雨・地震に対する耐力は低いものの「壊れたら作り直せる→現状復旧が早く行えること」などの観点から耐震設計や性能設計が置き去りにされてきた。しかし,2004年10月の新潟県中越地震,2005年3月の能登半島地震,2007年7月の新潟県中越沖地震,2008年6月の岩手・宮城内陸地震等において斜面崩壊や切土のり面崩壊も多かったが盛土(沢埋め,谷埋め)も多数崩壊したこと,2009年8月11日の駿河湾を震源とする地震によって,東名高速道路牧之原SA付近の盛土斜面が崩壊してお盆中の8/11〜8/15の5日間に亘り通行止めとなり,社会的に多大な影響が生じたこと,今回の東日本大震災においても福島県中通りの被害状況だけでも盛土構造物,特に谷埋め盛土の被害が著しいことなどから地震・豪雨に対する耐力の強い土構造物を構築する必要性が望まれるようになってきている。
土構造物は,RC構造物などと比べて地震に対する耐力に差が開いてきたことである。このことは,地震時に橋梁等の構造物は壊れていないのに土構造物が壊れたことにより道路や鉄道などのライフラインは機能不全となる。
以上のことから,地震に強い土構造物を経済的に築造するための要素技術が望まれている。
例えば,
(1)締固めの管理基準の見直し
(2)盛土構造体の築造方法
(3)盛土内からの排水方法
(4)地盤改良方法
(5)地盤補強方法
などの開発,既存工法の活用と進歩が必要であるとともに経済的であることが必然である。
また,RC構造物等と同じように「耐震診断」,「耐震補強」,「耐震設計」を進めて行かなくてはならず,これらを進めるための調査・試験方法,設計手法,維持管理方法などの開発を行っていく必要がある。
また,日本における住宅地は,高度成長期から切土・盛土のバランスを考えて谷や沢を埋めて住宅地を造ってきた。このような谷埋め盛土を施した住宅団地においても地震によって被害が発生した。古くは,1968年十勝沖地震による札幌市清田団地や1978年宮城県沖地震の仙台市緑ヶ丘団地,白石市寿山団地(筆者が修士課程の時に調査),新しくは2004年新潟県中越地震の高町団地,2007年新潟県中越沖地震の池の峰団地などでのり面崩壊や液状化などが生じた。今回の大震災でも数多くの住宅団地で被害2)が発生している。
このため,新規に造成される宅地については,土構造物の耐震設計を適用していくことが必要であるが,既存の造成宅地についても耐震調査・検討を行わなくてはならず,現在その手法が整備されつつある。また,対策工についても行われつつある。
4.谷埋め盛土の安定性評価手法の開発
地震に強い土構造物を築造するための要素技術の開発項目については,前述した。しかし,今回の東日本大震災の谷埋め盛土の被害からは,過去に築造され,現在,家屋等の構造物が建っている谷埋め盛土の安全性評価(安定性評価)手法の必要性が望まれており,評価手法の開発に用いるための要素技術の開発が急務である。
今回の地震における加速度は,表-1および表-2に示すように200galを超え,1,000gal以上のものが観測されている。この加速度の作用により,谷埋め盛土の表面付近の隅各部にはバルクウェーブ(容積波)が増幅し,図-3に示すような加速度が作用した可能性が考えられる。
このような地震動が繰り返し盛土に作用すると,地下水が無くとも一時的にせん断抵抗力および有効応力がゼロに近くなるサイクリックモビリティー(cyclic mobility:液状化とは異なり一時的にせん断抵抗力および有効応力がゼロになっても引き続く繰り返し地震動に対して小さな歪しか生じない現象)あるいはサイクリック ストレイン ソフトニング(cyclic strain softening:繰り返し載荷によるひずみ軟化)となり,谷埋め盛土に変形やすべり(図-4)が発生する。
このような谷埋め盛土の安定解析を行う場合には,図-5に示すような三次元解析モデルを用いる方法がある。この方法を用いて2010年11月には平田村の工業団地において安定解析を実施した。その結果,水平震度kh=0.25で谷埋め盛土が崩壊することが予測された。しかし,今回の地震において,KiK-net平田では三成分合成の加速度が507galであったものの,道路のアスファルト舗装に段差開口亀裂が見られた程度であった(写真-15)。
このような結果から,調査・試験方法,三次元解析手法を更に進めていく必要性を痛感している。

図-6には谷埋め盛土破壊の危険度評価を行うために必要な解析手法と解析に必要な特性および特性を求めるための要素技術の項目を示した。
まず,谷埋め盛土破壊の危険度評価は,谷埋め盛土が二次元的なモデル化を行うことが出来ないため,当然のこととして図-3や図-5に示すような三次元でのモデル化や解析を行わなくてはならない。←評価手法の開発
つぎに,評価手法を行うためには地形,地盤構造,地下水位,地下水流動,物理・力学・動力学特性および振動特性などを把握する必要がある。←解析に必要な特性
そして,これらの特性を把握するためには,地盤調査技術,土質試験技術および地盤探査技術それぞれの要素技術の開発が必要である。←特性を求めるための要素技術
しかし,これらの要素技術の開発を待たずして谷埋め盛土破壊の評価は,行わなくてはならない。このため,表-4に谷埋め盛土地盤の性能評価ランクを示した。
また,図-7には谷埋め盛土破壊の危険度評価の流れを示した。この流れに則り,性能評価が可能となる。さらに,このフローは,今回の震災で被害を生じた谷埋め盛土地盤にも適用できるものである。
なお,耐震化を行うことにより豪雨に対しても耐力が上がる。
これらの谷埋め盛土地盤の耐震調査・検討,土構造物の耐震設計は,我が社の事業とも密接に関係しており,これらの調査・試験方法・検討・設計だけではなく,対策工としての地盤補強にも携わっていけるものである。
5.おわりに
2008年の技術研究発表会において「地盤リスクマネジメントの提案について」を発表した。その内容としては,ビジネスモデルのキーワードとして「防災・減災」,「環境」および「維持管理」であった。
「防災・減災」としては,地震防災,斜面防災(豪雨災害)に,「環境」としては,地盤環境工学(地盤と地下水)に,そして「維持管理」としては,事前対策(予防保全)に方向性を示したものであった。
さらに,地震防災・減災のためのビジネスモデルの提案として,地盤情報「宅地地盤安全・安心」を振動測定からアプローチしたものであったが,この要素技術が確立する前に今回の大震災が発生してしまったことは不遜の致すところである。
また,谷埋め盛土の地震時変動の予測,安定性の検討,対策工の選定問題に対して,2009年に東京電気大学の安田先生には,1978年宮城沖地震の白石市寿山団地の測定例6)を用いることの重要性を再認識させていただきながら漫然と日々を過ごしてしまい,今回の谷埋め盛土の被害に際し,要素技術の開発を行えなかったことを反省するものである。
今後の方向性として,2010年4月改訂の道路土工盛土工指針においては,重要度1の道路盛土のうち大きな被害が想定される盛土については,地震動の作用に対する盛土の安定性の照査を行うようになってきた。このことは,道路盛土でなくとも盛土構造物の耐震性の照査が行われるようになることを示唆するものである。
参考文献
中村晋:福島県中通り地区およびいわき地区の地盤災害,地盤工学会誌,vol.59,No.6,Ser.No.641,pp.44〜47,2011年6月。
例えば 木村他:宅地造成地盤の被害,東日本大震災調査報告,pp.86-88,2011年6月。
山本他:谷埋め盛土の3次元地震応答特性が斜面安定に及ぼす影響,全地連「技術フォーラム2010」那覇
浅田他:宮城県沖地震により特に顕著な被害を被った宅地造成地における被害調査結果について(白石市寿山団地),1978年宮城県沖地震調査報告書,土木学会東北支部,p.445,1980年4月。
大規模盛土造成地の変動予測調査ガイドラインの解説,pp.86〜87,2008年2月。
原,大塚,森:白石市寿山第四団地の常時微動特性について,第6回日本地震工学シンポジウム論文集,pp.2001〜2007,1982.12。
※1 新協地水(株) 技術部長
|