福島県の湧水シリーズ
三春町に名水を訪ねる。その1

谷藤允彦

 田村郡三春町は、三春藩秋田氏5万石の城下町として栄えた古い町である。三春城跡、国指定重要美術品の銅製松喰鶴鏡を奉納する田村大元神社や秋田氏祈願寺の真照寺(真言宗)など、多くの旧跡・神社・仏閣がある。中でも著名なのは、滝桜であり、紅枝垂桜の巨木で、推定樹齢1000年以上とも言われ、国の天然記念物に指定されている。

 三春町域の大部分は、白亜紀前期に貫入した阿武隈花崗岩類からなる、古い丘陵地の山地である。起伏の少ないうねるような山地を削って大滝根川と桜川の支流が、大局的には東から西に流れている。谷沿いに平坦地が少ないのが特徴で、水田よりもタバコや養蚕の畑作農業が中心の農村風景が広がっている。
 三春町中心市街地と郡山市境の新興住宅団地を除けば、大きな集落はなく、小さな集落が各地に散在している。古い集落には神社やお寺があり、それらは湧水のある場所に作られていることが多い。
 三春町にある湧水の規模は概して小さい。湧水は主に飲用などの生活用水になっていて、湧水にまつわる伝承も多く、水道普及前は貴重な水源として大切に守られていたことが伺われる。伝承とともに三春町の湧水を訪ねてみよう。



1.史跡 化粧清水(けわいしみず)

1)案内
 三春町役場の前を主要地方道飯野・三春・石川線で東に200m〜300mほど進むと、左側に三春城(舞鶴城)跡の城山公園に上るお城坂入口とその先に田村大元神社の参道がある。参道入口のすぐ先に信号機の付いたT字路があり、そこを右折し300m進むと真照寺の下に達し、道は化粧坂と呼ばれる少し急な上り坂になる。道の左側にはすらりと伸びた常楽院の紅枝垂桜が見え、更に上ると東屋風の屋根に覆われた水場が左手に見える。後には江戸彼岸桜があり、その奥には地蔵堂がひっそりと佇んでいる。
 水場の屋根を支える柱に化粧清水の看板が、井戸と桜の間には、花崗岩製の標識が立っていて、化粧坂と記されている。旧岩城街道は、化粧清水の少し手前で左折して込木(くぐりき)の金比羅宮・庚申堂に通じていた。 

2)井戸の様子といわれ
 井戸は直径90cmのコンクリート製井側が設置され、2つ折の木の蓋が設置されている。井側の上端にオーバーフロー用のVP短管が設置され、そこから溢れる水がポリバケツで受けられている。井戸の中に幾本かのVP管が入っていて、近隣の家庭に引かれているものと思われる。井戸からバケツにあふれ出している水量は毎分1〜2L程度でわずかなものであったが、直接近隣に引かれている水量もあるので、湧水量についてはよくわからないが、水面の動きなどから、それほど多くはないと推測された。
 かつてこの井戸は岩城街道を行き交う旅人ののどを潤し、桜と地蔵菩薩は木陰と安らぎを与えてくれた場所であり、交通の要衝に当たっていたものであろう。化粧坂のいわれははっきりしないようであるが、この付近に湧き出した温泉を利用して繁盛していた妓楼の女性達がこの井戸水で化粧をしていたことにちなんでいる、とも、また、岩城街道を通って三春城下に入る武士達が、ここで旅の汚れを落とし身なりを整える慣わしであったことから、化粧清水と名づけられたとも言う。(三春町歴史民族博物館員のお話)

3)湧出機構
 化粧清水は、桜川の最上流部の谷頭の一つに湧出しており、湧水の南〜南東側に50m〜100mほど高い尾根が北東 南西方向に連なっている。この尾根は現在農地や一部住宅団地になっているが、かつては雑木林に覆われていたと思われる。この尾根と斜面に降った雨が花崗岩類の風化土に浸透し、花崗岩中に形成された割れ目に沿って移動して、化粧坂の下に湧出したものであろう。


2.込木(くぐりき)の清水

1)清水への案内
 三春町役場から主要地方道飯野・三春・石川線を東に進み、信号機を右折し化粧坂を登って国道288号線バイパスを横切り、磐越道の下をくぐると400mほどでT字路に突き当たる。道なりは右折方向であるが、ここを左折し500mほど北東に進むと左手に集会所らしい平屋の建物が見える。これが込木集会所で、清水は入口の右側にある。高さ1m、幅2m、奥行き1mのコンクリートブロック積みの前面開放の小屋の中に、径60cmの井側が2つ並んでおかれている。ふたを開けると上面から40cm付近に水面があり、床面よりわずかに低い位置にある。
 込木の清水右側にあすなろと椿の木があり、根方に古い井戸の後が見られる。すぐ北側に見渡神社への石段があり、奥に鳥居と大きなイチョウの木があり、石段の先に社殿を臨むことが出来る。ここは旧岩城街道沿いの楽内金比羅宮と庚申堂に程近く、旅人の休憩地になっていたものと思われる。

2)井戸の様子
 コンクリートブロックに覆われた低い屋根の下に、向かって左側が径60cm右が径75cmの井戸が2つつながったような状態で並んでいる。コンクリート製の井側は床のコンクリートよりも20cm程度抜け出して設置されており、井戸の水面は井側上端から30〜40cm下がった位置にある。地下水が井側からあふれ出すことはないが、床コンクリートの下に排水管が設置されていると見え、2mほど手前(道路寄り)にある池に水が溜まっていて、そこから毎分数リットルの水が流れ出している。
 この井戸から直接近隣の家に水が引かれている様子はないので、池から流れ出している水量が込木の清水からの湧水量と思われる。井戸から送られた水をためている池は、幅1m、長さ2.5mほどの、コンクリートと玉石に囲まれた小さな池であり、池は一面の水草に覆われていた。
 井戸のふたは軽いので簡単に開けることが出来、そばにおいてあるひしゃくで水をくみ出すことが出来る。

3)湧出機構
 込木の清水は、国道288号線バイパスと磐越自動車道が走る尾根の南東斜面に湧出している。化粧清水とは尾根を隔てた反対側に当たっている。湧水は山の斜面が谷底の平坦地に接する付近に湧出している。井戸のすぐ脇のあすなろと椿の根方に今は使われていない古い井戸がある。湧出口は一箇所だけでなく、幾つかに分かれている可能性がある。
付近は花崗岩類が風化したマサ土が斜面一帯に分布するが、表面は植生に覆われている上、湧出口が井戸側で覆われているため、湧出の状況を確認することが出来ない。
 化粧清水と同様、尾根と斜面に降った雨が花崗岩類の風化土に浸透し、花崗岩中に形成された割れ目に沿って移動して、地形の変換点で湧出したものであろう。



※  新協地水(株) 取締役会長 



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