当社は2000年頃より小口径鋼管杭の開発と施工に取り組んできている。構造物を支える最も基礎的な部分を担当するものとして、横浜のマンション傾き問題に大きな関心を持たざるを得ない。
この事件によって基礎杭の関連業界が、社会から厳しい目で評価されるようになることを見据え、この事件から必要な教訓を引き出す必要がある。その中からわが社のこれまでの取り組みを点検し、厳しい評価に十分応えられるように、施工管理・技術管理の精度を向上させ、一層の信頼を得られるように努力しなければならない。
取締役 資源開発部長 谷藤 允彦
1. 事件の概要
ニュース報道によれば、これまでわかっている事件の内容は以下のようなことである。
- 今年8月に大型マンション「パークシティLaLa横浜」で4棟あるうちの1棟が傾き、隣の棟とずれが生じていることが確認された。調査によると、約50本の杭のうち計8本が強固な地盤まで届いていないことなどが判明した。問題の杭は、旭化成建材が施工したDYNAWING工法の杭である。
- 建設時に必要な地盤調査の一部をせずに別のデータを転用するなどして基礎工事を行った可能性があることが分かった。
- 横浜市や国土交通省は事前にこの事実を把握し、販売主三井不動産レジデンシャルと工事業者三井住友建設に原因究明を指示していた。
- 横浜のマンションでのデータ偽装が発覚した後、旭化成建材は杭工事をした45都道府県の3040件について、施工報告書を調べて、約300件で杭のデータ偽装の疑いがあり、50人近くの現場責任者の関与が判明した。
2. なぜ問題が発生したか
●なぜ問題が広がっているのか
- 杭は構造物をささえる文字通り土台であり、この土台が揺らげば、その上の構造物は本来の機能を発揮することはできない、という当たり前のことが衝撃的に明らかになった。
- 杭は地中に設置されるため、施工の品質を目で確認する事ができず、施工記録が品質確認のほとんど唯一の手段である(杭載荷試験が望ましいが多大な費用と時間がかかるためめったに行われない)。この記録が改ざん・流用されていたという事実は重い。
- 元請ゼネコンの現場担当者レベルで、地盤や杭に関する専門知識を持っているものは極めて少ないのが現状である。杭の工事業者から提出された施工記録から改ざん・流用を見つけ出すことは困難である。
- 見ただけではわからない。データの改ざん・流用が簡単にできてしまう。杭に精通した専門家が元請にも少ない。施工後に品質の確認ができづらい。こうした杭の特質が、不安が広がる素因であり、マスコミの過剰反応が誘因である。
●杭工事に係る業界の問題
- 旭化成建材のDYNAWING工法は2006年に開発された新しい工法である。近年、国交大臣認定や特許権で保護された杭の種類が急激に増えている。開発者が大きな権限を持ち、その下に2重3重の下請制度が整備されている。指示報告の関係が何段階にもなり、現場の意見が伝わりにくい上に中間ピンハネも激しい。
- 建設業界はこれまでも激しい価格競争と重層下請制度の中にあったが、近年事業者側から一段と厳しいコスト削減と工期短縮の要求が付け加えられている。
- 建設現場では従来、人的な関係を含めた信頼関係と職人の仕事の誇りが品質を維持してきた。
- 元請ゼネコンはインターネット購買に象徴される、価格中心の下請け選抜に傾斜し始め、一次下請けと二次下請けの間も価格がすべての関係に置き換えられるようになった。
- 厳しい工程要求は、建設工事の全工種にわたって、設定工期厳守の圧力になっている。事前に詳細な状況を把握することが困難で不確定要素の大きい地中を相手にする杭工事についても例外ではない。
- 十分な地質データが求められるにもかかわらず、そのための調査さえ省略されている実態も生まれている。不十分な地盤データ、厳しいコスト、ぎりぎりの工期に縛られ、余裕のない状態での杭施工が実態である。
3. データ改ざん・流用
発注者や元請に責任はないのか
- 今回の事件は二次下請けである旭化成建材の現場管理者がデータの改ざん・流用に係っており、この社員は多くの現場で常習的に行っていたといわれる。また、全工事の10%近くでデータの改ざん・流用の疑いがあり、50人程度が係っているとされる旭化成建材の経営体質に問題があることは明らかで、改ざん・流用が常態化している中で悪質なでっち上げが行われ、重大事件に発展したものであろう。
- 杭の現場では、地質調査をもとに支持層の深さを設定し、一定の余裕を見込んだ長さの杭材を準備する。余裕の範囲を超えて支持層が深いと、継杭の材料調達、溶接などの工程が追加発生する。場合によっては元請や発注者との変更協議が必要となるなど、工期が遅れ予算オーバーが発生する。工期遅延はペナルティーの対象になる。追い詰められたときに、担当者の耳に「今回も大丈夫」という悪魔のささやきが届いたのではないかと想像する。
- 事件の最大の責任は、件の現場を担当した旭化成建材の社員と直接作業に携わったものにあることは明かであるが、改ざん・流用が常態化していた企業体質を放置していた旭化成建材(株)の経営責任は免れない。
- 少しでも安く、少しでも早く、ということが前面に出て、土台の安全という、品質上の最大要素を軽視することはなかったか、発注者・元請の対応もしっかり点検・評価しなければならない。地盤の中の不確定性に起因する現場からの変更要求に対し、柔軟に対応できていたであろうか。とてもそんなことは言い出せないとあきらめさせるような運営になっていなかったのか、検証が必要である。
- 問題となったマンションは、「まず売る」ということが先にあり、見た目の豪華さや価格の安さが優先されてはいなかったであろうか。新聞報道によると、杭工事の前の地質調査において、一部改ざんや加筆、流用があったといわれている。もしこれが事実とすれば、結果的に安全を損なうことになった萌芽が、計画時点から有ったのではないかと考えざるを得ない。
4. 地盤の複雑さと事前調査の限界
- 日本の地質は世界一複雑であるといわれる。構造物の基礎地盤の複雑さ、場所による変化の激しさも世界有数といってよい。
- 大きな構造物をつくる場合は、地質調査が義務付けられ、そのデータにより地質断面を想定し、杭基礎の場合は先端を設置する支持層を決定する。支持層の想定深さと実際の深さに相当の誤差が生じることは避けられない。
- 想定する誤差量を大きく設定すれば、準備する杭長は長くなり、コストアップに直結する。経済性を考え、ぎりぎりの設計になりがちで、継杭などの設計変更せざるを得ないケースが生じる。地質調査と基礎設計担当者を悩ませる要因であり、最大の不確定要素である。
5. 外から見えない「基礎」には十分な配慮が必要
- 当社は、直接開発し、あるいは開発に加わって商品化した小口径の回転埋設鋼管杭事業を営んでいる。施工にあたる場合は、一次下請けとして、地質調査と設計にかかわる場合が多い。杭の設置工事は直接社員が作業を行うか、作業を外注する場合でも、管理技術者が現場に常駐し、施工記録を取っている。杭の工事に関しては、材料から施工記録の確認まで、トレーサビリティーの確保・保存に特段の配慮が必要である。
- 調査データから設計した杭の深度には誤差があることをよく理解し、支持層の確認は埋設時の施工記録を確実にとることを徹底している。現場でその時に記録しなければ、目に見ることのできない地下の状態を確認する事ができないからである。
- 横浜のマンション傾き事件から、私ども地質調査と杭の事業に係るものは大きな衝撃を受けている。目に見えない地中に潜む様々なリスクをよく理解し、元請や発注者に対し、そのリスクを説明し理解してもらう取り組みを一層強めなければならない。
より安く・より早くは、社会的な要請であるが、安全を軽視した対応は許されないことを基本に、技術開発・製品開発・熟練によってこの要請にこたえられるよう、さらに努力を続ける決意である。
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