福島県の湧水シリーズ
南相馬市原町区運動公園の湧水

谷藤允彦

 南相馬市原町区の市街地中心からやや東の新田川右岸の低い平坦面に、原町運動公園がある。野球場、体育館(スポーツセンター)、プールなどが整備された総合運動公園である。
市街地のある段丘面と、運動公園のある低位平坦面の間の急斜面のそちらこちらから湧水が湧き出ている。湧水のうち、主なものは、山田氏宅に湧出しているもので、山田氏宅および山田氏宅から西側100mにある三嶋神社に至る崖地からも数箇所の湧水が見られる。これらを一括して運動公園の湧水と呼ぶが、このうち3箇所は利用しやすいように整備され、市民に開放されている。ここでも湧水を守り、提供しようとするこの地域の人々の善意と努力が示されている。
運動公園の湧水のそばには、定期的に放射能を測定していると思われる「南相馬市民放射能測定センター(A&S)」という団体の看板が立っていた。自然の恵みの象徴であるこの湧水が、多くの市民の心を癒す場として、末永く守り続けられることを願わずにいられない。

1.湧水の案内

 県道12号線を南相馬市役所から東に向かい、常磐線のオーバーブリッジを渡って2kmくらい進むと前方に国道6号線の交差点が見えてくる。ひとつ手前の運動公園の表示のある交差点を左折すると、道路は下り坂になり、両側はブロック積擁壁が段々になっている。坂道の一番下の擁壁の角に塩ビ管から勢い良く水が吹き出ている。ここが山田氏宅からの湧水である。また、この角を左折して西に少し行くと山田氏宅の駐車場の脇の崖数箇所から少量の湧水があり、それを集めた水路が池につながっていて、わさびなど冷たい湧水を好む植物が繁茂して涼しげな景観を演出している。更に運動公園のフェンスにしたがって西側に進むと、100mほどで三嶋神社の鳥居と参道があり、その先に水汲み場が2箇所整備されている。


2.地下水の湧出機構

 低位平坦地と段丘面を境する崖地には軟質の泥岩が露出している。この泥岩は、仙台層群の大年寺層最上部のものである。仙台層群は、宮城県南部から福島県中部の太平洋岸に広がる丘陵地を形成しているもので、鮮新世(500〜800万年前ころ)の浅い海に堆積したものと考えられている。
 崖の上部の斜面は、砂および砂礫からなる土砂が分布する。斜面上は西から東にゆるく傾斜する平坦な段丘面であり、雲雀ヶ原から原ノ町駅など原町市街地の大部分がこの段丘上に広がっている。「原町及び大甕地域の地質」(地質調査所1990年)では、この段丘面を中位II段丘と呼び、最終間氷期の終わりごろ(今から7〜8万年前)の、海水準が今より高かったころの堆積物としている。
 大年寺層泥岩は水を通さない不透水層であるのに対し、段丘堆積物である砂および砂礫は良く水を通す透水層である。段丘面上に降った降雨や灌漑用水は、砂や砂礫に浸透するが、その下の泥岩には浸透しないため、泥岩の上面の傾斜の方向に従って、低い方向に流れ出すことになる。大局的には段丘面の傾斜方向である、西から東側に流動していると考えられる。この段丘面を新田川が浸食して(一部は道路などの用地造成のため)崖を作ったため、その流れが切断されて崖のところから地下水が湧出するようになったものである。


3.水質について

 山田宅角の湧水(No.1)、山田宅駐車場の湧水(No.2)、運動公園の湧水(No.3)について、主要イオン及び放射性ヨウ素・セシウムの分析結果を表−1に示す。

 主要イオンのデーターをヘキサダイアグラム及びトリリニアダイヤグラムにプロットすると図−2及び図−3のようになる。3箇所の湧水は、いずれも非常に似たイオン組成を示し、湧水の供給源は同一のものとみなすことが出来る。トリリニアダイヤグラムでは、3地点ともVの中間型領域にプロットされ、この湧水が循環型の地下水であることを示している。

 また、放射性物質については、いずれも検出限界(10Bq/kg)以下となっており、放射能による汚染は確認されなかった。循環性地下水と考えられ、地下浸透から湧出までの時間が比較的短時間と推測されるので、原発事故後1年を経過した時点で、汚染が確認されないことから、断定は出来ないが今後放射能に汚染された水が湧出する心配は少ないと思われる。

 なお、陰イオンの中で、硝酸イオンの数値が高くなっているのが気がかりである。20mg/という値は、硝酸態窒素量に換算すると、4.5mg/に相当し、飲料水の水質基準値(10mg/)には達しないが、人工的な水質汚染に注意が必要である。亜硝酸の量が少ないので、生活排水や畜産排水等による汚染ではないと思われるが、水田や畑で使用されている化学肥料や農薬の影響が出ているかもしれない。










※新協地水(株) 代表取締役会長



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