福島県の湧水シリーズ(その4)
“湧井の清水”とその周辺の湧水を訪ねて
水源開発課  五月女玲子

写真 1)“湧井の清水”岩瀬郡天栄村牧之内京谷原地内
 白河方面から、国道294号線(茨城街道)を北に向かい、天栄村に入ると、道は釈迦堂川に沿うようになります。やがて国道294号線は羽鳥湖方面に向かう国道118号線と分岐しますが、この手前およそ1.2kmの十字路左手に「湧井の清水1.4km」という看板があります。そこを折れて800mほどいくと、変形十字路から狭い砂利敷きの農道に入ります。このときは赤く色づいたすももや桃畑の脇を通っていきました。道がせまいのでこの道で良いのかちょっと心細くなりますがもう少しがんばっていきましょう。赤松林そばの送電線の真下が駐車場で、20台ほど停められます。
 駐車場前の小さな森にかこまれた窪んだところにある周囲約100m程度の泉が湧井の清水です(表紙写真)。水はきれいに澄んでおり、泉の底をみると湧水のあるところは白い砂になっていて、時折、地下水に含まれる泡が地中から湧き上がっています。泉に手を触れると心地よい冷たさが伝わってきます。その清澄な水の中には体長20〜50pのニジマスと思われる魚が群れながら泳いでいます。しかし、まちがってもこの魚を捕ろうなどとしてはいけません。なぜなら、泉の脇にある看板には「魚を釣ると洪水が襲来し、また沼をかきまわすと大雨が降ると言い伝えられている神秘的な霊地である。」と記されていまして、泉とそこに住む魚は土地の人に畏敬の念をもって守られているからです。水深は、1m前後でしょうか。水量は毎分2200リットルといわれていましたが、泉の排水口にて水量を実測したところ毎分3600リットル(1秒間に20リットルのポリ容器3本分に相当)もありました。梅雨の影響で増えていたのかもしれません。ここの湧水は農業用水に一部使用されています。周辺には、遊歩道が整備され、水芭蕉、アヤメなどの湿原植物や山ユリの中を散策することができます。遊歩道をちょっと登った小高い丘の頂には金比刀羅神社が祭ってあります。


“湧井の清水”の取材した際の写真を見る

“殿様清水”長沼町勢至堂地内
 国道118号線との分岐点より、国道294号線を猪苗代湖方面へさらに約6kmほど進むと勢至堂トンネルの入口がみえてきます。殿様清水の水汲み場は、ここを通らず右手に分岐する旧道の道路を300mほど進んだカーブのところの駐車場にあります。水を汲む人を見かけることが多いので、ここが湧水かと思ってしまうかも知れません。ここでは2ヶ所の取水口が取り付けられています。水の勢いが強く、20リットルのポリタンクもたちまち一杯になってしまうほどです(それぞれの取水口より毎分35リットル、毎分67リットルの水が出ていました)。たしかにこの水は湧水の水にまちがいないのですが、実際の湧水点は、ここの水汲み場脇の沢を約200mのぼった所の岩盤の崖にあります。水汲み場からさらに車道をしばらく登った所に殿様清水の標柱があり、そこから湧水点に降りられます。ここは、標高約680mにあり、湧水の水温は真夏日にもかかわらず、9.6℃でした。さきほどのカーブの水はここからの引水というわけです。ここでもφ40mmの塩ビパイプから沢へ放水されており、水を汲むことができます。湧出点はコンクリートに覆われ直接みることができませんが、背後に白河層の石英安山岩質溶結凝灰岩がブロック状にたち並び、まるで屏風のようです。その隙間には、りっぱなブナや楓の根がはり、上を見上げるとこれらの葉っぱから日ざしがすけて幻想的な情景をかもし出していました。きっと秋にはきれいな紅葉が見られることでしょう。近くには、簡易水道水源施設があり、湧水の一部が生活用水として利用されています。水汲みに来ている人に伺ったところ、「郡山、須賀川などからここのおいしい水を求めてやってくる人が多く、顔なじみの人も増えました」という話です。


“殿様清水”の取材した際の写真を見る

3)“東藤不動尊の清水”岩瀬郡天栄村後藤地内
 国道294号線を湧井の清水の方へもどって、湧井の湧水の看板より、約2kmほど白河方面にいくと、児渡というところがあります。ここより釈迦堂川を渡って、後藤川に沿って右手の道路にはいり、約1.5kmほど先の後藤集落へ行く途中に「東藤不動尊」と書いてある水汲み場に着きます。ここでは竹のパイプから水が出ています。この竹をたどってみたら白河層の溶結凝灰岩とその上に分布する降下火砕堆積物との境界の1ヶ所から水が湧出していました。湧水量は、40リットル/min程度で、飲んでみると甘い味がしました。不動尊の脇には、「遠方よりの貰い水誠に有難う御座います」と記してありました。地元の人達に大事にされている水、命の水を守るという気遣いが感じられます。


“東藤不動尊の清水”の取材した際の写真を見る

4)湧水をめぐる地形と地質
 最後に周辺の地形と地質をみてみることにします。図−1に示しましたように湧水地の東方約5kmには北北西−南南東に伸びる棚倉破砕帯があり、西方約1kmには北北東−南南西方向に伸びる江花−虫笠活断層があります。江花−虫笠活断層の西側は、第三紀層の急峻な山地(奥羽山脈)、東側は、今から約96〜130万年前に活動したといわれる白河火砕流によって作られるなだらかな丘陵地よりなっています。一般に溶結凝灰岩は硬質で、岩そのものとしては地下水を通さない難透水層ですが、溶結の程度が高いものほど水を貯える割れ目が発達しています。湧井の清水は、丘陵地の谷にあり、谷には未固結凝灰岩が分布しているものと考えられます。そして、溶結凝灰岩の割れ目を流動してきた地下水が透水性の良い未固結凝灰岩中に蓄えられ、水頭の低い谷に湧出したものと考えられます。
 東藤不動尊清水は、溶結凝灰岩とその上に分布する降下火砕堆積物の境界で、地下水が流れ、水みちとなって、露頭に出現したものと考えられます。
 また、殿様清水は、ちょうど新第三紀層と白河火砕流の境界付近となっており、かつての谷(白河火砕流堆積以前)を流動していた地下水が白河火砕流の溶結凝灰岩の割れ目より湧出してきていることが想像できます。
 また、各湧水の水質を社内の機器によって分析した結果を表1に示します。


引用文献
 活断層研究会編(1991):日本の活断層(新編)−
           分布図と資料、東京大学出版会
 地学団体研究会編(1996):「新版地学事典」、平凡社
 福島県(1987):土地分類基本調査「長沼」


写真 写真 写真
採水年月日 平成9年6月25日(水) 平成9年6月25日(水) 平成9年6月25日(水)
採水場所 涌井の清水 殿様清水 東藤不動尊清水



天気 晴れ 晴れ 晴れ
水温(℃) 13.2 9.6 12.5
pH値 7.6 7.7 7.6
電気伝導度(μs/cm) 66.6 42.4 51.5
試験項目(μs/cm) 測定機器 基準値 測定値 測定値 測定値
亜硝酸性窒素
及び硝酸性窒素
F.S. 10mg/l以下 0.16mg/l 0.43mg/l 0.10mg/l
塩素イオン F.S. 200mg/l以下 2.90mg/l 3.86mg/l 2.64mg/l
pH値 PH計 5.8〜8.6 7.4 7.0 7.4
色度 DR 5度以下 3ユニット 1ユニット 1ユニット
濁度 DR 2度以下 1FTU 0FTU 0FTU
全鉄 DR 0.3mg/l以下 0.10mg/l 0.05mg/l 0.23mg/l
総硬度 DR 300mg/l以下 25mg/l 13mg/l以下 18mg/l以下
カルシウム DR - 6mg/l 4mg/l 6mg/l
マグネシウム DR - 2mg/l 1mg/l 1mg/l
全マンガン DR 0.05mg/l以下 0.01mg/l 検出されない 0.01mg/l
アンモニア性窒素 F.S. - 0.08mg/l 0.06mg/l 0.07mg/l
試験実施日 6/25〜7/10 6/25〜7/10 6/25〜7/10

  [次ページへ]