会長就任のご挨拶にかえて一筆
釜の中に友を追う魚
小松田 精吉
(技術士 建設部門)(工学博士)

 42年間も同じ業界で同じ様な仕事をしていると、ついつい自分が保守的になっていることにも気がつかない。信じて疑わない自分の世界は、とうの昔の事であって今の世情に通用しない。こうなっては、賢明な人から見れば、私の姿がまるで幽霊のようにしか見えないであろう。無駄なあがきとなるかもしれないが、現実の世界に少しでも近づいて見ようと、思い立ったところである。
 かつて、軍国主義が大正デモクラシーを軍靴で乱暴に踏み荒らし、野火のように他国を侵略することに夢中になったおかげで、戦前わずかに芽生えた土質調査の技術が、戦火の灰となって、時代の彼方に消え去った。この間に、欧米諸国では近代土質力学が培われた。
 戦後、昭和25年頃になって建設省、運輸省、農水省、そして国鉄各機関の新進気鋭の技術者達によって、土質調査技術が諸外国から盛んに取り入れられるようになった。大学で土質力学や、土木地質学の講座が開設されるようになった。こうした学問、技術の礎が確実に築かれる一方で、経済社会が戦後の復興から高度成長の時代へと大きく動いた。この学問・技術と社会の発展という二つの要因から、地質調査が民間でも行われるようになり、業界が生成した。この二つの要因こそが、地質調査業が存立しうる不動の条件であると考える。したがって、学問・技術の発展に無関心だったり、社会に貢献しない企業は、自滅の運命を辿らざるを得ないと、自分自身に言い聞かせている。
 その後の地質調査業界は、大きく変貌した。地質調査の機軸ともいうべきボーリング調査が、下請負化され、ハードとソフト業務が分離した。専門性と総合性、地域性と広域性、知識と経験とが正しく統一されてこそ、地質調査の本質的な発展があるはずである。しかし、地質調査業界は二つの相対する課題の深い谷間を埋め尽くせないで苦悩している。
 地質調査業もまた、コンサルタント企業の一つであることに変わりがない。コンサルタント企業経営には、二つの要素がある。それは、企業の持つ一般性と特殊性である。
 企業の一般性とは何か。企業としての安定性、安全性の確保、そのための利益の追求、社員の生活の向上、納税を通じての社会的義務の遂行、等々である。しかし、これだけではコンサルタント企業としての社会的存在条件を充足しているとは言えない。
 もう一つ、コンサルタント企業としての特殊性が要求される。特殊性とは何か。専門的知識と経験、技術の集積を土台にして企業が成り立っていることである。企業の一般性を下部構造とするならば、特殊性はその上に構築される上部構造の関係にある。しかし、企業の特殊性の発展は企業の体質をより堅固にする。
 バブル崩壊後の深刻な不況が、地質調査業界にも大きく影響していることは、日常の体験からも明らかである。企業の土台を浸食していることも事実である。そのために、業界内はもちろん、他業界とのルール無き戦いを強いられていることも見逃せない。地質調査業界の独自性、存続性が危ぶまれる。このような時代にこそ、地質調査業界は、正しく相互に技術競争を行い、より安く、正確なデータと有益な判断を市民に提供して、社会的貢献を果たすべきであろう。
 ひとり、明日の利益のみを追っていたのでは、将来、同時に、煮られる"釜の中に友を追う魚"の運命となってしまうのである。

 弊社、取締役・小松田精吉はこの4月より代表取締役会長に就任いたしました。

代表取締役会長 小松田精吉 略歴
昭和9年秋田県に生まれる
昭和32年芝浦工業大学土木工学科卒業
財団法人深田地質研究所、応用地質(株)、大成基礎設計(株)などを経て
平成6年アートスペース工学(株)設立、代表取締役。
同年、新協地水(株)取締役に就任
平成11年新協地水(株)代表取締役会長に就任
また
平成5年
日本地下水学会評議委員、現在に至る
資 格技術士(建設部門)工学博士
著 書
昭和59年「土質調査の基礎知識」 鹿島出版会
平成8年「恐い地盤災害」 NTT出版社
Yong著・共訳
平成7年「地盤と地下水汚染の原理」 東海大学出版会
等、多数あり。

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