福島県の湧水シリーズ(その5)
不動清水(ビャッコイの自生する湧水)を訪ねて
五月女 玲子

所在地
 西白河郡表郷村大字金山字上谷地
位置
写真1  東北新幹線新白河駅とJR水郡線棚倉駅の間を結ぶバス専用道路があります。ここを走る棚倉行きバスに乗って新白河駅を出発し、約20分ほどで「磐城金山駅」のバス停に着きます(表郷村には鉄道はないはずなのに「駅」とは変に思うかも知れません。それもそのはず、かつてこの道路は昭和20年まで鉄道だったのです)。バス停を降りて、棚倉方面をみると右側に「JA表郷」の建物が見え、信号があります。信号を左に入りしばらく進むと、国道289号線と交差します。道が狭くなっていきますがこれを横断し500mほど行くとY字路になり、右側を進みます。右手の表郷小学校の前を通り、200m程で、こんもりとした杉林の入口右手に「ビャッコイ」の看板が見えます。湧水は、この杉林に守られながらこの看板の左側にある階段を数m降りた窪地の中にあります。


図1



「ビャッコイ」とは…
 「ビャッコイ」と聞いても何のことかわかる人はまずいないと思います。これは不動清水に生えている水生植物の名前なのです。さきほどの看板には『ビャッコイは「かやつり草科」に属し、……スウェーデンの一部と日本での自生地は当所のみと云われ、水温が常時10〜12℃の清冽な清水の湧水口に自生する珍しい多年草である』と記され、県指定記念物となっています。しかし、湧水の減少など環境条件の変化にともない、この貴重な植物が減少傾向にあるということです。ちなみに「ビャッコイ」という名前は,発見された当時、これを鑑定した東京帝国大学の牧野富太郎博士が採取地を岩代国戸の口原(現会津若松市湊町赤井)と勘違いをして、会津の「白虎隊」と「い草」をくみあわせて命名したといわれています。

ビャッコイ
日本では、ここだけに自生する「ビャッコイ」


不動清水(ビャッコイの自生する湧水)
写真2  階段を数m降りると、幅3〜4mの水溜りのような窪みが2ヶ所あり、「ビャッコイ自生地」の標柱が建てられています(表紙写真)。水底や源流の谷壁をちょっと見ただけでは、湧水の湧出口を確認できませんでしたが、ここが谷頭となっており、下流への水流がみられたので、ここが湧水地であることがわかります。この2ヶ所の湧水地のうち、上流をみて右側の湧水地は、まわりを石垣で囲い水底には豆砂利が敷き詰められています。全体に新しいので最近、整備されたようです。水底からの湧出は、肉眼では認められず、周囲に張り合わせた石垣と石垣の隙間から僅かに水流が認められました(石垣は地下水が湧出しやすいように周囲をセメントを使わず自然の石だけで組みあげたようです)。


写真3 水に触れると外気が寒かったせいか生暖かい感じがしました(水温13.8℃、電気伝導度108.5μS/cm、pH5.98、4月8日測定、水質検査用採水)。他方、左側の湧水池は、右に比べ大きさが多少小さく、谷頭からじわじわとしみだしているようでした。湧水地から数m下流の水中には、黄緑色した長さ15〜20cm程度の細長い水草「ビャッコイ」(写真1)が繁茂し始め、下流約250mにわたってみられました。これより下流には、わずかですが雑排水が合流したためか、ビャッコイはみられなくなりました。



写真4  話を上流に戻して湧水地の合流点から20mほど下ったところから、別の水流(上流へ行くと小さな水溜りがあり、ここも地下水が浸みだしているようでした)と合流し、川幅が広く(幅15m程度)なっています。ここは、平成8年の報告書からビャッコイが最も多く繁茂していると見当をつけていました。しかし、流水がおそく水深が浅いためか、雑草が茂っている部分が多く、ビャッコイは、水深のあるところにわずかに生育しているだけでした。さらに下流へいくと、川幅が狭くなり、小川の間に幅30cmくらいの細長い中州が形成されています。その両脇の流れの深く(0.1mくらい)流れの速い(0.2〜0.3m/秒)箇所では、ビャッコイが自生していました。そこの水底は、豆砂利(10〜20mmの礫)の間にシルト分が充填し、ビャッコイが根を張るにはちょうどよい環境なのかも知れません。川の両脇は、2m程度の段丘崖になっており、崖の砂礫からもジワジワ湧水していました。最上部の湧水地から下流に100mほどいったところに人が渡れるほどの板が渡してあり、そこで流量を測ってみたところ、約450/分(1分間当り、200のドラム缶約2杯分強)ありました。近所の方の話しによると、雪解けの今の時期が最も流量が多いそうです。ビャッコイは夏(8月ごろ)に小さな白い花を付けるそうですが、この花も湧水量の減少とともに最近はみられなくなってきているとのことでした。


見取り図


湧水をめぐる地形と地質の関係
 ここで湧水地付近の地形図を眺めてみます。不動清水の西方は黄金川沿いに等高線が凹凸の少ないきれいな同心円を描く扇状の地形を成していて、この場所は比較的新しい扇状地であると想像できます。ところで黄金川は、栃木県境、八溝山地に源を発し、阿武隈川の1支流社川に注ぐ川で黄金という名は、かつてこの上流の八溝山地で産金したことから名づけられたそうです。湧水地の東側には、鶴子山の第三紀層からなる丘陵地が北東方向に伸びており、さらに丘陵と扇状地に画された台地状の地形が認められます。本湧水地は、新しい扇状地東縁からはじまる台地の谷頭にありますが、この台地は、地形から古い扇状地と思われることから、不動清水はこの古い扇状地の扇端部からの湧水と思われます。黄金川上流部に降った雨などが地下へ浸透し、地下水となり、扇状地を構成している地中の砂礫など浸透性の良い地層(帯水層)を通っていきます。そして地下水は水頭の低いところへと流動していき、最後に地形の変換点で湧水として湧出したものではないでしょうか。
 表流水と地下水の交流関係をみるため、黄金川表流水と不動清水を採水し、主イオン分析を行なってみました。結果は、表1、図3、図4のとおりです。
 地下水中の陽イオン・陰イオンを図3のように、中央の菱形のキーダイヤグラムと両脇の三角図により示した図はトリリニヤダイヤグラムと呼ばれています。キーダイヤグラムは、1〜5の領域に分けられ、下記のように区分されています。

1:アルカリ土類非炭酸塩(温泉水)
2:アルカリ土類炭酸塩(河川水・浅層地下水)
3:アルカリ炭酸塩(深層地下水)
4:アルカリ非炭酸塩(温泉水・油田塩水)
5:中間型
(河川水・伏流水および循環性地下水)
 トリリニヤダイヤグラムに表流水と湧水をプロットすると、表流水は、5に 湧水は2にプロットされ、ともに河川水・浅層地下水の区分にはいります。キーダイヤグラムの下にある両脇の三角図をみますと陽イオンでは、両者はほぼ一致し違いがみられません。しかし、陰イオンをみますと湧水は表流水に比べ塩素はほぼ同率ですが、炭酸水素イオンが十数%増加し、硫酸イオンがその分減少しています。
 また、水質組成とその溶存量を表現する方法として、ヘキサダイヤグラム(図4)があります。これは、縦軸の0を基準に、陽イオン・陰イオンを左右の水平濃度軸(単位:me/)にプロットし、各点を結んで作成した六角形の図です。
 図4をみますと表流水は、不動清水に比べ、小さな形をし、炭酸水素イオンとカルシウムイオンの溶存濃度が少なくなっていることがわかります。
採水場所 不動清水 黄金川(ふかった橋下流)表流水
水温、pH
電気伝導度
13.8℃、pH5.98
108.5μS/cm
10.4℃、pH7.67
57.4μS/cm
検査項目 mg/リットル me/リットル mg/リットル me/リットル
カルシウム(Ca二乗+) 10.0 0.499 48 6.4 2.395 51
マグネシウム(Mg二乗+) 2.9 0.238 23 1.4 1.891 18
ナトリウム(Na+) 5.3 0.231 22 3.6 0.957 25
カリウム(Ka+) 2.9 0.074 7 1.3 0.179 5
陽イオン総量 21.1 1.042 100 12.7 5.422 100
炭酸水素イオン(HCO3-乗 20 0.328 50 6.1 0.100 34
塩素イオン(Cl-) 4.2 0.118 18 2.2 0.062 21
硫酸イオン(SO42-乗 10 0.208 32 6.5 0.135 45
陰イオン総量 34.2 0.654 100 14.8 0.297 100
参考資料
1) 県指定天然記念物ビャッコイ保護調査研究事業調査報告書−「ビャッコイ」を後世に残すために……、
                      平成8年3月、表郷村
2) ふくしま探訪、「表郷ビャッコイ秘話」、平成6年7月9日放送、制作テレビユー福島
3) 「ビャッコイの里を訪ねて」〜表郷村〜、平成10年3月8日放送、制作福島中央テレビ
4) 湧水調査の手びき、1992、高橋一・末永和幸
5) 新版地学辞典、1996、地学団体研究会編、平凡社


[前ページへ] [次ページへ]