特集 岩瀬村温泉工事
非火山地域における温泉調査
代表取締役社長 谷藤 允彦
(技術士 応用理学部門)

はじめに…
 岩瀬郡岩瀬村の発注により施工した「21世紀悠久の里整備事業温泉掘削工事」は、当初の想定を上回る結果を得て成功した。石背(いわせ)源泉と名づけられたこの温泉は、福島県中通り中・南部に数多くある、他の深井戸による温泉に比べると次のような大きな特徴を持っている。
 特徴の第一は付近の既存温泉に比べてきわめて高温であることである。付近の温泉は大部分が40℃〜50℃(一部は40℃以下)であるのに対し、石背源泉は62℃で、際立って高温である。
 特徴の第二は、付近の温泉のほとんどが単純泉であるのに対し、石背源泉はナトリウム−塩化物泉(旧泉名は弱食塩泉)で、温泉中の溶存成分が多いことである。
 特徴の第三は、pH(水素イオン濃度)が8.7と高く、弱アルカリ性を示すことである。
 特徴の第四は、温泉の湯量が豊富なことである。非火山地域の温泉は岩盤の割れ目を流動する、いわゆる湯脈から湧出する例が多いのであるが、石背源泉は貯留された温水が元になっていると思われる。
 こうした特徴は、事前の調査によりほぼ予測されていたものであり、温泉掘削結果が予測通りになったのは、温泉調査の手段と方法が適切であり、調査データーの評価が正しかったことを物語っている。本稿では温泉調査のありかたについて解説を試みるものである。


1.深井戸による温泉開発の増加
 かつて、昭和30年代までは、温泉といえば自然湧出しているものが主流であった。まれに深井戸により温泉をくみあげるというところもあったが、その多くは、他の目的−例えば石油掘削、金属や石炭探鉱のための調査ボーリングなど−に伴って偶然に湧出したものであった。また、既存温泉地で湯量を増加させる目的で温泉深井戸を掘削するという例もあったが、日本中どこでも行われていたわけではない。
 昭和40年代に入ると、温泉開発というと専ら深井戸による温泉掘削を指すようになった。この背景には社会的な要請と技術的な進歩という、要因があった。所得水準の向上と余暇の増大が観光旅行のブームを招き、観光地の目玉施設として温泉に対する需用が増大したのである。このため、既存の温泉地では湯量の増大を求め、観光地では集客のため新たな温泉開発を求めるようになった。すでに自然湧出の温泉は開発し尽くされており、新たな温泉開発といえば温泉深井戸による以外に無かったのである。
 一方、科学技術の進歩により、物理探査や地化学探査の方法が改善・開発され、地下の地質構造について地表からかなり精度良く調べることが出来るようになった。また、地下掘削技術の発展は、深度1000m程度まで、容易に比較的安価に深井戸を掘削することを可能にした。
 このように、社会的な温泉需用の増大と温泉探査技術の向上、安価な掘削費用という条件が噛み合って、日本中どこでも、より深いところから温泉を汲み出すということになったのである。
 こうした深井戸による温泉開発を一層促進したのは、リゾート法の成立と「ふるさと創生資金1億円」ばら撒きや、それに続くバブル経済の発生であった。バブル期を中心とする10年間に新たに掘削された温泉深井戸は、福島県だけでも数100本に達し、1町村1温泉開発とでも言うべき様相を呈した。
 しかしながら、地表から温泉を調査する技術は進歩したといっても、まだ十分に確立されたものではなく、地形や土地利用、人工構造物などの制約もある上に、調査を担当する企業や技術者の力量のバラツキが大きいなど、温泉調査の結論と実際に掘削した結果が一致する確率は低いものにとどまっているのが現状である。
 このため、多くの悲喜劇が生まれ、今でも語り草になっている例に事欠かない。現在でも深井戸による温泉開発を試みることは、一部の地域を除き、相当程度の投機性を持つ事業に変わりが無いのである。


2.高温泉を探すための条件
 深井戸により高温の温泉を得るためにはどのような条件に注目すれば良いであろうか。温泉開発のための調査という観点からは次の2つの条件が重要である。
(1) 計画する深度の範囲で必要な地熱温度を有すること。
(2) その深度に地下水が流動しているかまたは貯留されていること。
 温泉の泉質に注文がある場合は、このほかに、溶存成分が必要量含まれているという条件が必要である。
 温泉調査は地熱の分布と地下水の分布状況を調べ、そのマッチングする地点を選び出すということである。この2つの条件が一致する地点を選び出し、そこに深井戸を掘削すれば所期の温泉開発に成功できることになる。


3.温泉井戸の深さと泉温
 ある地点の深さH(m)における地温(T)は次の式で求められる。
T=T0 +Δt ×H/100 ……[1]
T0 :その地点の年平均気温(℃)
Δt:地下増温率(℃/100m)
 ある深さの温泉井戸から汲み出される温泉水の温度は経験的に次の式で求められる。
Ta=T0 +(Δt×H/100)β ……[2]
β:冷却等による損失係数
(くみ上げるポンプの位置や水量によって異なるが通常は0.7〜0.9、平均0.8)
[2]式を変更し、Hを求める。
  H=(Ta−T0 )×100/Δt・β ……[3]
 求める温度を50℃、平均気温を14℃とすれば
[3]式より
  H=4500/Δt ……[4]
 となる。(β=0.8)
 地下増温率を5℃、4℃、3℃とした場合、50℃の温泉水を得るに必要な深さはそれぞれ900m、1125m、1500mと計算される。(温泉水は1点からではなくある範囲から取り入れることになるので、実際の深さはこれよりも100m程度深く見込む必要がある)


4.自然放射能探査とその限界
 既存の自然湧出する温泉は、ほとんどの場合岩盤の割れ目から湧出している。この事実から、温泉というのは岩盤の割れ目を通る湯脈から湧き出すもの、というイメージが定着した。温泉調査の技術は、地下深部に達する開口した割れ目(断層破砕帯や亀裂帯など)を探し出すことに主眼を置いた技術開発に力点がおかれてきた。
 地下から放出される放射能の測定と分析により、地下深部に達する開口した割れ目を推定する自然放射能探査が開発され、いくつかの温泉地での探査が画期的な成功を収めると、温泉調査といえば自然放射能探査を指すかのような傾向を生じた。
 ふるさと創生事業資金による温泉開発がブームになるころ、ヘリコプターに自然放射能探査の機械を積み込んで空中から広域的な調査を行うヘリボーンが盛んに行われ、ヘリボーンによる自然放射能探査が、万能の温泉調査法であるかのような宣伝が行われた。
 福島県内でも多くの市町村でヘリボーンによる探査が行われたが、成功した確率は決して高い水準とはいえず、大きな問題を抱えたまま今日に至っている例も多い。
 この原因は様々であるが、最大の要因が自然放射能探査万能論にあったことを指摘しなければならない。本来、自然放射能探査は山地を中心に、岩盤露出地域で開口した割れ目を探査する手段である。この調査方法を、厚い未固結土砂が覆っている平野部や盆地・台地部に使用し、そのデーターだけで深度や泉質まで判断出来るかのように宣伝し、利用してきたのは誤りである。


5.温泉の帯水層
 温泉は断層破砕帯や亀裂帯などに湯脈としてのみ存在するものであろうか。近年、平野部や盆地・台地部て多くの温泉が深井戸により開発されるようになった。そのデーターを見るとこれらの地域では湯脈としてではなく、帯水層の中に温水が貯留されていると考えるべき場所の多いことがわかる。温泉水の貯留構造は、地下水と同じようなものと考えることが出来る。地下水に比較して温泉の場合は、透水性が1桁または2桁低いものでも帯水層になり、地下水開発の対象にはならない固結した岩盤でも温泉の開発対象にはなりうるということである。
 平衡式の考え方によれば、被圧された帯水層に設置した深井戸から汲み出すことの出来る水量は下式によって与えられる。
Q=2・π・k・m・s/ln(R/r) ……[5]
k:透水係数
m:帯水層の厚さ
s:地下水位低下量
R:井戸の影響圏半径
r:井戸半径

[5]式を変形して
  k=Q・ln(R/r)/ 2・π・m・s ……[6]
 水井戸では井戸深が小さくて水量の多いことが必要条件であり、温泉の場合は温度を確保するために井戸が深く、湯量もそれほど多くを必要としない。
 水井戸と温泉の深井戸について一般的な数値を入れて、帯水層として評価できる透水係数がどのように異なるか計算してみる。
 表−1から明らかなように、水井戸の場合、帯水層となる条件は、k=10-3乗/sec以上の透水係数を持つことであるのに対し、 温泉の帯水層はk=10-5乗cm/secという低い透水性であっても帯水層(温水の貯留層)として評価できることになる。地下水を扱う場合はk=10-5乗cm/secというオーダーの透水係数は難透水層で地下水はほとんど湧出しない層として扱われる。しかし、温泉井戸のような深い井戸においては温水の帯水層として評価することができるのである。
 砂岩や礫岩であれば、相当硬く固結していても、k=10-5乗cm/sec以上の透水性をしめす地層が多くある。中通り中・南部に分布する新第三紀中新世の堆積物である、堀口層や大久保層は砂岩層を含んでおり、温泉の帯水層となるに十分な透水性を有している。この地域の数多い温泉井戸は岩盤の割れ目の湯脈からではなく帯水層の中に貯留されている温水を汲み出していると考えて良い。


表-1
項目 水井戸 温泉井戸
Q(くみ上げ量) 1000リットル/min 200リットル/min
井戸の深さ 100m 1000m
m(帯水層の厚さ) 40m 100m
s(地下水位低下量) 10m 100m
R(影響圏半径) 300m 1000m
r(井戸半径) 150mm 100mm
k(透水係数) 3.03×10-3乗m/min
=5.05×10-3乗cm/sec
2.94×10-5乗m/min
=4.90×10-5乗cm/sec
6.地下増温率と地下水の流動系
図1  非火山地域での地下増温率が3℃/100mであれば、50℃の温泉を得るのに1500m以上の温泉井戸を掘削しなければならず、工事費用は高価なものになってしまう。地下増温率が5℃/100mの場所では井戸の深さは1000m程度でよく、掘削費用は半分程度ですむことになる。温泉調査の目的の一つは地下増温率の高い場所を探し出すことである。
 中通り中・南部の既存温泉深井戸のデーターを解析すると、新第三系の中では5℃/100m、先第三系基盤岩(花崗岩や変成岩など)では3〜4℃/100mという地下増温率が得られている。新第三系の地下増温率は、非火山地域としては異常に高いものである。この原因について、筆者は次のようなモデル(図2)を考えている。
 To'thは地下水流動について、地下水面に起伏がある場合を検討し、局地流動系、中間流動系、地域流動系を区分している(図1)。




図2  地域流動系においては、分水嶺付近が涵養域で、谷底近くが湧出域となる地下水流動があり、地下深部を通る流線を描いている。これを中通り中・南部に当てはめると、奥羽山脈が涵養域に、中通り低地帯が湧出域に相当する。
 涵養域では冷たい雪解け水や雨水が地下浸透するので、その影響により地下増温率は低くなる。一方、湧出域では地下深部の高温域を通って暖められた地下水が湧き上がることに成るので地下増温率は高くなる。この高くなった地下水が途中の帯水層の中に貯留されてゆっくりと流動していれば、帯水層の地下水温は周辺に比べて相当高くなり、見かけ上、増温率の高い地域が形成されることになる(図2)。



7.中通り中・南部の温泉
 筆者はこれまで、中通り中・南部に掘削された約30本の温泉深井戸のデーターを集め分析を加えてきた。その中から地温・揚湯温度・地質の間に次のような関係が成立することを見い出した。
・地下増温率は、地表部の第四系(沖積層・洪積層・白河層)で3〜4℃/100m、新第三系(仁公儀層・堀口層・大久保層など)では5.0〜5.5℃、基盤岩(花崗岩・変成岩)で3〜4℃である。
・ 温泉井戸の深さと揚湯温度の関係は次式で与えられる。
  T=15+h1×0.039+h2×0.023 ……[7]
  H=h1+h2
H:温泉井戸の深さ(m)
h1 :基盤岩より上の温泉井戸深さ
       (但し h1>200m)
h2 :基盤岩中の温泉井戸深さ
 基盤岩に到達する深度が600m、温泉井戸の深さが800mの場合、揚湯温度は次のようになる。
  T=15+600×0.039+200×0.023=43.0℃
この関係は、汲み出す湯量、ポンプ据付位置、採湯スクリーンの設置範囲などの条件によって多少の変化があり、±2〜3℃の誤差を伴うことは当然である。
 郡山〜泉崎村にかけて、国道4号線西側にある南北約30km、東西5km程度の広い範囲でこのような関係が成り立つということは、この地域の温泉が、割れ目に伴う湯脈ではなく、帯水層に貯留されたものであることを示している。


8.石背源泉を成功させた調査方法
 「21世紀悠久の里整備事業」に伴う温泉開発に当っては、中通り中・南部における地質状況、帯水層の状態、地下の温度分布など、手に入るあらゆるデーターを整理分析して、この地域の温泉開発にあたっての地質的問題を明らかにすることを第一の課題として追求した。この地域で明らかにすべき問題点は次の2点である。
・ 基盤岩である花崗岩または変成岩がどの深度に出現するか。
・ 帯水層となる堀口層や大久保層の砂岩層がどの深度にどの程度厚く分布するか。
 この点を解明するために、垂直方向の地質分布を把握する上で最も合理的と考えられ、コストも安い、CSA-MT法電磁探査および比抵抗法垂直電気探査を実施した。
 探査結果から次のような結論を得た。
1)探査した5つの地点の間では地層状況に大きな差はなく、最も利用しやすい場所に温泉掘削することが可能である。
2)基盤岩に到達する深度は、少なくともGL-1100mよりも深い。
3)深度300m以深は、電気的にはほぼ一様な地層であり、堀口層と大久保層に対比される。
4)比抵抗の値から見て、堀口層と大久保層に対比される地層は、大部分は泥岩であるが、10%〜20%程度砂岩を含んでいると考えられる。
 この結論を基に、温泉の目標を、温度55℃、量200 l/minとして、次のような温泉井戸掘削を計画した。
掘削深度……1100m
採湯区間……GL-800〜-1100m
 この計画はA式、D式、F式を基に計算し、多少の安全率を見込んだものである。
 温泉掘削結果は、湯温62.0℃、湯量280 l/min(水位降下100m時)というもので、想定を上回る成果を得た。石背源泉の開発が成功した要因は次の通りである。
1)温泉は地質現象の一つであり、地域の地質特性に規定されている。従って、地域の地質特性を良く知るために、既存データーを丹念に収集し、分析し、温泉の湧出機構について想定することが出来た。
2)地域の地質特性の把握を基に、問題点を明確に抉り出し、ねらいをはっきり定めた物理探査の方法を選定したこと。
3)探査データーの解析にあたって、これまで積み上げてきた地域地質の解明と理論化の実績が大きな力になったこと。


9.地域の地質特性を理解した探査方法の採用が必要
 地質現象はきわめて地域的特徴が大きいものであり、複雑な要素を持っている。温泉開発に限らず、地下の調査においては、何らかの物理的量を測定すれば、全部のことがわかるという万能の物理探査はありえない。
 このことは考えてみるまでも無く自明のことであるが、こと温泉探査については自然放射能探査が万能の調査手段であるかのように宣伝され、多額の調査費用が投入され続けてきた。その結果があまり良い成果にならず、今日まで問題を引きずっている例があることは冒頭述べた通りである。事実、岩瀬村においてもヘリボーンによる探査が実施され、石背源泉地区が温泉開発不適地域に区分されてきた経緯がある。
 筆者は、自然放射能探査を否定するものではなく、その有効性を評価した上で、その限界を指摘しているのである。繰り返し強調したいのは、地下の調査には万能の調査方法はありえず、地域の地質特性を良く理解することが最も大事であり、その上に立っていくつかの探査手段を組み合わせるなど、目的と特性に応じて適切な調査を実施すべきであるということである。
図3 図4

揚湯式 岩瀬村温泉揚湯式
 平成11年3月18日に伊藤岩瀬村長・佐藤村議会議長ならび村議会議員の皆様・川田県議会議員をはじめ、たくさんの方にご出席いただき盛大に執り行いました。
岩瀬地域の古名にちなんで石背(いわせ)源泉と命名されたこの温泉の泉質はナトリウム−塩化物温泉(旧泉質名 弱食塩温泉)、pH 8.7です。
効能は一般的適応症(神経痛等あたためると効果がある症状)のほか、慢性皮膚病、きりきず、やけど、動脈硬化症、虚弱児童があげられています。




図3
新聞各誌での報道(福島民報、あぶくま時報、マメタイムス、福島民友)

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