福島県の湧水シリーズ(その6)
“会津高田町ワサビ沢”の湧水を訪ねて
五月女 玲子

所在地
 大沼郡会津高田町東尾岐入桧和田地内
はじめに
 今回は、これまで本や新聞などで紹介されたこともなく、山深くに湧出している湧水を紹介します。
 渓流釣りを趣味にしている人から東尾岐川にはイワナも棲めないほど冷たい湧水があると聞き、訪ねてみました。
 ここを訪れるためには、やぶこぎとなるため、長袖、長靴、帽子などの装備が必要となります。
位置
地図1  磐越自動車道を会津若松ICから国道401号線を会津高田方面へ走ります。やがて、阿賀川を渡り、JR只見線会津高田駅の東わきを通り、会津総鎮守で有名な伊佐須美神社を過ぎると、左手に宮川(鶴沼川とも呼ばれ、北流し会津板下町の宮古橋で阿賀川に合流する川です)が見えてきます。さらに上流に向かって進んでいきますと、宮川は本流と東尾岐川に分流します。道路標識に、「東尾岐、昭和村」のY字路がみえてきましたら国道401号線から別れ東尾岐へと進みます。宮川、東尾岐川を渡り、約2kmほど行きますと右手に東尾又小学校が見え、さらに200m程で地頭方のY字路に当たります。Y字路を右に進み、入桧和田まで約2.5km程で着きます。
 ここからは人家が無くなり、道路もこれまでの舗装道から砂利道になり、1台通るのがやっとの道幅しかなくなります。道なりに500mほど進みますと左カーブとなり右手に砂防ダム(1)がみえてきます。ここからは、道路の起伏が激しくなるので、自信のない方や車を大事に乗っていたい方は、車を置いて歩いて行った方が良いかもしれません。250mほど歩きますと、右手に沢(2)が見えてきますが、さらに進んで150mほど歩きますと、右手に高さ5m、幅3m程度の滝(3)(表紙写真)が見えてきました。東尾岐川の本流に左岸から分流するこの滝から流れてくる水量は、毎分数トン(200リットルのドラム缶十数本分)と豊富で、本流の水量の倍以上です。
 この滝をこえて、沢づたいに登ると約1km(約1時間)ほどで湧水帯(1)につきます(図1)。

 この沢は地元の人たちから「ワサビ沢」と名前がつけられているそうです。
 沢の両岸は急傾斜面で、しばらくは杉の巨木の中を流れていますが、所々にホオの木やサワグルミ、シイ、ブナなどの巨老木が混じって、昼なお暗い森林が続きます。セミの声と水音以外には物音が全くなく、この中を歩いていると、自分の体が静寂の中に吸い込まれそうな恐怖感を感じました。


ワサビ沢湧水
写真1  はじめに、この滝の水が湧水か否かを調べるため、滝から流れた水と東尾岐川の水の水温と電気伝導度を測って比較してみます。本流の水温が16.0度に対し、滝の水は11.8度と低く、手がしびれそうです(外気温24.0度)。本流の電気伝導度が30μS /cmに対し、滝の水のそれは24μS/cmとわずかに低くなっています。水温では、滝の水が低く、はっきり違いがでています。訪れたのが夏季ということを考えると、この結果は滝の水の方がより近くに温度の低い湧水が存在することを推測させます。
 さて、この滝を登り、沢を進み、湧出点へと行ってみましょう。1時間ほど歩きますと沢の左手から水が流れ込んでくるのが見えます。沢に水が流れ込んでいるところの源流をたどっていきますと(沢の上流をみて)左手斜面、沢から6mほど登ったところの岩と岩とのすきまから地下水が湧出しています(写真(1)、毎分100リットル程度)。
写真2 水温は、8.6度で滝の水より冷たく、飲んでみますとくせのないすっきりした飲みごこちです。まわりを見てみると、このように沢へ流れ込んでくる箇所が沢の両脇に数ヶ所、長さ50mほど続いています。これより上流には、沢水はほとんど流れなくなっています(写真(2))。つまり、これらの湧水が川の始まりになっているのです。滝の水は、これらの湧水が沢を流れていく間に、少しだけ温められていったのでしょう。右手(沢の上流をみて)斜面からは、沢のすぐそばの低い位置で崖錐から湧出していました。左手に比べ標高が低くなっているようです。



湧水機構について
 湧出している岩をハンマーで割って調べてみますと「石英安山岩質溶結凝灰岩」から成っていることがわかります。この岩石は「若松地域の地質」(1992)によると「桧和田層」と呼ばれ、今から264万年前(新第三紀鮮新世後期)の火砕流堆積物の一部であると考えられています。また、この岩石は、強く溶結し、非常に硬く、クーリングジョイント(冷却節理ともいい、溶結凝灰岩や溶岩などの火成岩体が冷却時に体積が収縮し、そのとき発生する応力によってできる割れ目)という柱状の割れ目ができやすい性質をもっています。地下水は、この割れ目の中を流れ、溶結凝灰岩の下に分布する凝灰岩が不透水層となり、この境から湧出したものと考えられます。沢の右手の崖錐からの湧水は、左手と同じく岩の割れ目からの湧出点が崖錐に覆われて、地下水がその中を通ってきたものと考えられます。左右岸の湧水はもとをただせば、溶結凝灰岩の亀裂から流れ出た水なのです。

参考資料
地学団体研究会編(1996):「新版地学事典」、平凡社
山本孝広・吉岡敏和(1992):若松地域の地質。地域地質研究報告(5万分の1地質図幅)、地質調査所

  [次ページへ]