福島県の湧水シリーズ(その8)
“阿武隈山地―船引町の湧泉(春山字永畑・文殊清涼寺)”
五月女 玲子

所在地
 田村郡船引町春山字永畑(ながばたけ)地内(永畑の湧水)
    〃   文殊(もんじゅ)地内(清涼寺の湧水)

はじめに
 今回は、郡山より東方約15kmにある中部阿武隈山地船引町の湧泉を紹介します。
 取材にあたっては、湧水と長年かかわってこられた西尾要蔵さんと冨塚かつ子さんから、湧水についてお話を伺いました。

位置
 「永畑・清涼寺の湧水」は郡山市街より東方向約15km地点の中部阿武隈山地に位置しています(図-1)。「永畑の湧水」は、文殊山の西側で谷地形にあり、「清涼寺の湧水」は、文殊山北側の山裾部にあります。
 郡山から、磐越自動車道をいわき方面に向かいます。船引三春ICで降り、北へ1kmほど行きますと国道288号線との交差点があります。この交差点を右折し、船引方面へ1.5kmほど進みます。「永畑の湧水」は、右手の「ファミリーマート」、花崗岩の切り通しを過ぎ、「安倍文殊堂これより1.5 km先」の看板が見えてきましたら、看板の前にある「ローソン」の手前で左折し、400mほど坂道を上がった右手にあります(写真(1))。
 「清涼寺の湧水」は、「永畑の湧水」の道路をさらにみちなりに900mほど進みますと磐越東線に出ますが、この踏切を渡らず右折し、125mほど進むと「安倍菩薩堂」と書いてある看板がありますので、そこを右折し、300m進んだ左手にあります。

1.永畑の湧水
図-1  田んぼの窪地にあるコンクリートの井戸から、水がチョロチョロと流れ、そこにはコケやクレソンといった湿地特有の植物があります。井戸は、直径1.38m、深さ1.68mほどです。井戸の底には、飴玉大(径2〜3cm)の黒い玉砂利が敷き詰められており、コンクリート製の井がわの上部には1/4円球状の蓋がかぶせられています(写真(1))。
 井戸の水温、pH、電気伝導度を測ってみますと、水温12.1℃、pH=6.49、Ec=350μS/cmでした(2000年3月3日測定)。阿武隈の花崗岩地域からの一般的な地下水と比べ、電気伝導度が非常に高い値であると感じました。
 本湧水の湧出量を井戸の流出口で、測ってみたところ約5リットル/min(1人当たりの使用水量を300リットル/日とすると24人分、一世帯当たり、5人とすれば約5軒分まかなえます)を得ました。ここの湧水は、旱魃でほかの井戸が枯れてもここだけは、枯れずに湧き出ているそうです。
 西尾さんの話によりますと、昔の井戸は、樽桶を用いて作られていましたが、上の方が朽ちてきたため、現在のようなコンクリートになったということです。「工事の時は、手押しポンプで夜通し排水しながらコンクリートを打ちました。」と当時の苦労話を聞かせていただきました。
 現在でも1年に1度は、水払いをして清掃し、井戸の湧泉を守っておられます。


1-1 「水道」の建設
写真(1)  この井戸の湧水は、水道ができる前まで、生活用水として共同で使われていたそうです。家は大抵高いところにあるので、水を運ぶことは大変なことでした。
 井戸の東側には、樹齢40年以上のヒノキが植えられており、井戸のすぐ脇には小さな水道記念碑が建立されています。この記念碑には、「昭和33年3月起工、総延長808m、総工費28万5千円、昭和33年4月竣工、・・・・・、水源地文殊山麓」と記されております。文殊山の水源地から、総延長808mの導水工事がおこなわれたことがわかります。この記念碑には、水道工事に携わった人の名前が記され、その中に湧水と水道建設のいきさつについて伺った西尾要蔵さんの名前も入っていました。
 西尾さんの小さい頃は、この井戸から水を汲み上げていましたが、水量が間に合わず「水道」を作る話しがもちあがったそうです。ちょうどそのころ井戸堀りがはやり、各方部で1ヶ所づつ掘るようになりました。この地域でも希望を募り、5軒(その後、分家も加わって7軒となった)で、「水道」をつくることとなりました。「水道」を作るにあたっては、水源に水利権があって、その地域の集水域であることが条件です。永畑では、山頂に文珠堂のある山(標高約520m、以下文殊山と記述する)西麓の中腹を水源地として水道を引くことにしました。その費用は、水道使用者が負担し、お金を借りて、年賦で払ったということです。この「水道」の完成によって、井戸の湧泉はひっそりとその役割を終えましたが、今でも、生活用水としてほそぼそと使用されています。


写真(B) 写真B 永畑集落の湧泉と水道工事記念碑
水道ができるまで集落の生活を支えてきた湧泉に敬意を表すように、水道の記念碑が置かれている。湧泉は水道が完成した後、約40年を経過した今もきれいに保全されている。


1-2 永畑水道水源地の湧水
写真(2)  文殊山の沢水はほとんど流れておらず、谷はちょっとした湿地となっているだけです。水道の水源は山の中腹にある、沢の源頭部に大きな穴を掘り、集めた水を配管で各家庭に送水しているようです(写真(2))。ここの水温、pH、電気伝導度を測ってみますと、水温11.0℃、pH=6.52、Ec=104.0μS/cmでした(2000年3月3日測定)。ここの水源地は、風化層と上流側の岩盤との境界部になっていることから(地形勾配の変換点ともなっている)、地下水が集まりやすいと考えられます。


2.清涼寺の湧水
写真(3)  文殊山の頂上には、安倍文殊菩薩堂があり、「合格祈願」の神様として祀られている「安倍菩薩」が奉納されています。その文珠山の北西のふもとにある清涼寺入口に、湧泉があり、生活用水や参拝者の飲料水として利用されています。大きな桜の木(樹齢200年以上)の根元にある湧出点には井戸をかたどった囲いに屋根がつけられ、竹を縄でとおして作った蓋がかけてあります。湧水は、φ50mmの塩化ビニールパイプで配管され、一部は側溝へと流れ、井戸とまちがえてしまいそうです(写真(3))。
 この湧水を利用されている冨塚さんに聞いたところ、かつては、この湧水で野菜を洗ったり、米をといだりしていました。また、夏には、仕事の合間にここで休んで話しもはずんだそうです。今は、そのような光景をみることはなくなりました。
 井戸の水温、pH、電気伝導度を測ってみますと、水温10.1℃、pH=6.94、Ec=138.8μS/cmでした(2000年3月3日測定)。水を飲んでみますとくせのないスッキリした味でした。水量は、約14リットル/min(2000年3月3日測定)ありましたが、降雨によって増減があるそうで、1998年の日照りの際には枯れたそうです。文殊山の頂上には、108mのボーリング井戸が1998年に掘削され、今では、その水とあわせて、利用しているということです。
 表紙の写真は、その深井戸の地下水を撮影したものです。飲んでみますとくせのないさわやかな味がします。これを汲みに来られる方もいるそうで、きっと御利益が得られることでしょう。


写真(C) 写真C 文殊堂の麓、清涼寺の湧泉
近年、整備され井戸を思わせるような風情になっているが、もともと自然の湧出点である。湧泉の周りには、樹齢百年をゆうに超えていると思われる大樹が囲み、太古から守られてきたことをうかがわせる。


写真(D) 写真D 文殊堂の彫刻
船引文殊堂は日本3文殊堂の一つとされ、由緒ある古刹(こさつ)である。建築は細部に至るまで見事であり、写真のような贅を尽くした彫刻が目をひく。全体が芸術作品といえ、木を知り尽くした名工が携わったに違いない。


写真(E) 写真E 文殊堂の絵馬
船引文殊堂は安産、家内安全など様々なご利益がある社であるが、その名から想像されるように学問成就の神様として、つとに名が知れている。自分自身の高校、大学の合格を祈願する絵馬が所狭しと吊るされている中に、生徒全員の目標達成を祈念する教師の絵馬もあった。


湧水をめぐる地形と地質の関係について
図-2  ここで湧水地付近の地形図を眺めてみます。
 この地域の地形は、山頂の標高が450〜460mとよくそろった小起伏山地(谷との標高差約30〜50m)からなっており、その中に文殊山(標高約520m)が小さな孤立山峰としてそびえています。この地形に大きな風呂敷きをかぶせたら平坦面の中に文殊山のちょっとした突起がでている感じです。
 この地域の地質は、花崗岩類の分布地域で、今から9000万年前〜1億1千万年前に形成されたと考えられています(図-2)。文殊山は、近くの片曽根山(標高718.6m)と同様、斑レイ岩(苦鉄質マグマが地下深部でゆっくり冷え固まりできた岩石、「黒みかげ石」として利用されている)よりなっています。かつては、文殊山においても、良質な石材が産出(自形した角閃石の結晶が3〜5mmくらいあり、大きいのが特徴)されたそうです。
 花崗岩類は、長い年月をかけ風化作用(岩石が地表にさらされてルーズな含水物質に変化する過程)によって、真砂となっています。
 それに比べ、斑レイ岩は、風化に対する抵抗力が強いため、孤立山峰として残ったものと思われます。


湧出機構について
 永畑の湧泉は、付近の地形・地質より、湧出機構として次の2つが考えられます。
  1. 花崗岩類の風化物と谷底埋積物(砂・シルト等)の浅い地下水が、湧出した。
  2. 花崗岩類の割れ目を通って、地下深部にある地下水が湧出した。
 水源地や井戸の湧水が浅層のものか、地下深部のものかを調べるため、永畑の湧水と水源地の湧水を採水し、主イオン分析を行ない(表-1)、トリリニアダイヤグラム(図-3)、ヘキサダイヤグラム(図-4)を作成してみました。なぜ、主イオンの含有量を調べるのでしょうか。一般に、岩盤の場合ですと、地下水が岩石と接触している(滞留)時間が長いほど、岩石の成分が水に溶け出し、その分溶け込む物質の量が多くなるからです。溶け込んでいる物質が多いものほど、地下深部で、長い時間にわたって岩石と接触してきたものと考えられます。また、pH値が高くなる(高アルカリ性)特徴があります。
 図-3をみますと、両方とも「地下水I(Ca-HCO3型)」に分類され、浅層の地下水の循環したものと考えられます。永畑の湧水は、「地下水I」の中でも「地下水V(Cl-SO4型)」との境界付近にあり、Ca-HCO3型とCl-SO4型の中間型であることがわかります。
図-4をみますと、「永畑の湧水」の方が「水源地の湧水」に比べ、各成分とも多く(2倍以上)なっていることがわかります。特に、SO42-で、約12倍、NO3-水質組成は、33倍となっており、付近の状況より、畑作等における人間活動の影響と思われます。



表-1 水質分析結果表
2000年3月3日 採水
採水場所 永畑の湧水 永畑の水道水源地の湧水
水温、pH
電気伝導度
12.1℃、pH=6.49
350μS/cm
10.4℃、pH=6.52
104μS/cm
検査項目 mg/リットル me/リットル % mg/リットル me/リットル %
カルシウム(Ca2+ 38 1.90 59 8.7 0.43 47
マグネシウム(Mg2+ 7.8 0.64 20 2.1 0.17 19
ナトリウム(Na2+ 14 0.61 19 6.5 0.28 31
カリウム(Ka2+ 2.4 0.06 2 1.2 0.03 3
陽イオン総量 62.2 3.21 100 18.5 0.91 100
 
炭酸水素イオン(HCO3- 85 1.39 53 45 0.74 80
塩素イオン(Cl- 8 0.23 9 4 0.11 12
硫酸イオン(SO42- 47 0.98 38 4 0.08 8
陰イオン総量 140 2.60 100 53 0.93 100
硝酸イオン(NO3- 41 0.66   1.2 0.02  


図-3図-4


水質区分
領域 組成による分類 水の種類
I 重炭酸カルシウム型
Ca(HCO3)2
Ca(HCO3)2 Mg(HCO3)2型の水質組成で、わが国の循環性地下水の大半がこの型に属する。石灰岩地域の地下水は典型的にこの型を示す。
II 重炭酸ナトリウム型
NaHCO2
NaHCO2型の水質組成で、停滞的な環境にある地下水がこの型に属する。したがって、地表から比較的深い地下水の型といえる。
III 非重炭酸カルシウム型
CaSO4又はCaCl2
CaCl2又はCaSO4型の水質組成で温泉水・鉱泉水および化石塩水等がこの型に属し、一般の河川水・地下水では特殊なものであり、温泉水や工業排水等の混入が考えられる。
IV 非重炭酸ナトリウム型
Na2SO4又はNaCl型
Na2SO4又はNaCl型の水質組成で、海水および海水が混入した地下水・温泉水等がこの型に属する。
V 中間型 1〜5の中間的な型で、河川水・伏流水および循環性地下水の多くがこの型に属する。


引用文献
  1. 高橋 一・末永和幸 共著(1992):「湧泉調査の手びき」、地学団体研究会
  2. 地学団体研究会編(1996):「新版地学事典」。
  3. 富塚玲子・八島隆一・門沢康成(1991):中部阿武隈山地における花崗岩類のK-Ar年代、福島大学理科報告、48、19-23。
  4. 平田健正 編著(1998):「土壌・地下水汚染と対策」、134-135

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