寄稿
鹿沼土とマサ土は魔法の土
東北ポール株式会社 代表取締役会長 
阿部 壽(技術士 建設部門)

私の趣味はサツキの盆栽作り
 私の趣味の一つにサツキの栽培があります。いま40鉢ほど愛培していますが、いずれも6月の始めに開かれる鹿沼市のサツキ祭で購入して、友人の車で運んで貰ったものです。
地図  そのために昭和48年ころから約10年間、連続して6月の第一土曜日の8時半には鹿沼市の会場にいて、開会を知らせる花火が上がるのを見続けていました。
 最初の年はまだ高速道路がなかったので、仙台から片道5時間以上の時間がかかったのですが、夜の9時過ぎに漸くサツキを積んだ車が我が家の前に停ったと思ったら、バイクに乗った警官が車の後についてきていたのでした。
 何事かと思っている私に
「このサツキはどこから運んできたのですか」
 と聞いてきたのです。
「鹿沼のサツキ祭で買ってきたんですよ」
 と言って私は胸を張りました。
 ところがよく聞いてみると、この日仙台で大きなサツキの盗難事件があって、パトロール中だということで、我々は泥棒と疑われたのでした。


サツキとツツジを見分けられますか
 サツキを栽培していると、よく「サツキとツツジはどこが違うんですか」と聞かれます。しかし残念なことには、一言で区分を説明できるキーワードがないのです。
 主な項目をあげますと、花の時期が一方が5月中旬から6月中旬であるのに対して4月中旬から5月中旬であること、冬は落葉しないのに対して落葉すること、花の色が一つ一つ違ったり、一つの花でも違った色の花びらがある(咲き分けといいます)のに対して、花も花びらも同じ色であること、葉の裏側に細かい毛が生えていないものといるものという違いがあり、前者がサツキで後者がツツジなのです。しかしこれも例外が多くて決定的とは言えないようです。
 言葉があって定義が曖昧だということは、一見おかしいように感じますが、植物は神様が作ったものであり、定義は人間が生活に便利なように自然を当てはめたものですから、実は当たり前のことなのです。このような例はモミジとカエデなどにも見られます。
 近年は環境の整備でサツキやツツジがどこででも見られますので、今まで関心がなかった人でも、どちらの種類であるか注意して周りを見渡して頂くと、生活が少し楽しくなるでしょう。

サツキは何種類あるでしょうか
イラスト  つぎに多いのは「サツキは何種類あるんですか」という質問です。後で理由を説明しますが、実はこの質問には誰も正確には答えられないのです。
 しかし一般には二千五百種か三千種ぐらいというのが正確らしいのです。なぜ正確に判らないかと言いますと、サツキは大変他の品種と交配しやすく、種をまくと親株と同じ品種になることが珍しいので、まいた種の数だけの品種ができるからです。
 それではどうやって品種の数を決めるかといいますと、もっとも権威があるとされているのが、日本皐月(さつき)協会に新しい品種として認めて貰って登録することです。
 登録するには新しい品種が今まで登録した品種とまったく異なること、新しい品種から作った苗も新しい品種としての性質を持っていること、サツキとして花や葉がきれいであることなどの条件を満たしていることが必要です。
 しかしサツキも一つの立派な産業ですから、一般の園芸店が新種を育成して、自分で勝手に名前をつけたり販売したりすることは自由で、事実登録されない沢山の新種のサツキが生産されますから、今サツキが何種類あるかは誰にも判らないのです。
 ついでのことながら、バラの世界では黒いバラ作りが悲願のようですが、サツキ界では黄色いサツキ作りが大きな課題になっています。
 かつては白いサツキに黄色い水を吸わせて、あたかも黄色い品種を作りだしたように見せて、売り歩いていた夫婦がいたが、人々が気が付いたときにはどこかに姿を消していたというエピソードが伝えられています。


サツキの名木の産地はどこだろうか
 このように我々に身近なサツキですが、今はどこが主産地なのかご存じでしょうか。福島県にも沢山のサツキ盆栽の愛好家がいますが、少し事情に詳しい方なら「それは鹿沼市ですよ」と答える筈です。最近はどこでもサツキは作られていますが、盆栽の名木となればやはり鹿沼市でしょう。
 しかし昔から鹿沼市がサツキの名産地であった訳ではありません。先進地は170年に近い歴史のある久留米市や兵庫県の宝塚市、埼玉県の安行(あぎょう)市など、そして東北では山形県だったのです。
 三千種に及ぶサツキの中で、葉や枝が密生して盆栽に作りやすいこと、丈夫で太りやすいこと、花や葉がきれいで品があることなどという点で、大正から昭和の初期にかけて作りだされて、いまでも横綱の地位を失わない「華宝(かほう)」は、山形県河北町の出身なのです。
 そして作出者とされている小和田(こわだ)民治氏は、私の高校時代の級友前山形大学教授小和田仁さんの祖父だというのが、私の自慢なのです。
 華宝は人によって好みがありますが、小和田民治氏はいわばサツキ界のべ一トーベンなので、ぜひ町にモニュメントを作ってほしいと、私が河北町の担当者に勝手な申入れをしたのは、いまから15年も前のことでした。

厄介者が黄金の土に変身
 ではなぜサツキの生産地が鹿沼市になったのだろうか。これもサツキに関心を持っている方なら「それは鹿沼土(かぬまつち)ですよ」と答えるでしょう。正にそのとおり鹿沼土という魔法の土の力なのです。
 おそらく鹿沼土を知らない人でも、この言葉を聞いたことのない人はいないのではないでしようか。
 それでは鹿沼土とはどんな土なのだろうか。資料によると赤城山中央火口の噴出物で、第四紀更新世の後期(約3.2万年前)に噴出して、栃木県一帯から茨城県海岸にいたるまで、扇状に堆積した火山軽石であり、とくに鹿沼市近傍では地下2、3mの所に1.5m程の厚さで分布していて、かっては鹿沼軽石と呼ばれていた土です。
 物理特性を見ると体積比では約6割が水分で、空隙が3割、固体部分が僅かに1割という保水率が高い性質を持っており、さらに火成岩であるために雑菌がなくまったく清浄であるばかりでなく、pHが6から6.5という酸性土壌なのです。
 一方のサツキはツツジの仲間でももっとも水分を好むこと、根が非常に細かく酸素不足になりやすいので土壌に空隙が必要なこと、根が密生して根腐れを起こしやすいので清潔な土壌が必要なこと、そして酸性土壌を好むという性質を持っているので、鹿沼土は肥料分がないということを除けば、サツキの培養土としてはうってつけの性質を持っているのです。
 しかしサツキ作りにとってこんなに貴重な鹿沼土も、昔から利用されていたのではなく、長い間の先人の苦労があったのです。
 大正の始めごろには鹿沼地方にはまだ水道がなく掘抜井戸が使われていて、井戸を掘るために掘り出された黄色い土が、どこでもうず高く積まれていて、厄介者となっていたのです。
 そのころまではサツキの栽培に鹿沼付近では田土、赤土、山土あるいはアルカリ性の腐葉土などを用いており、関西地方や山形地方では砂礫などを用いるなど、育苗技術が定着していなかったのです。
 ところが大正3年ごろから、草花や盆栽にこの厄介者を使う人が出始めて、全国にサツキの培養士として宣伝したのですが、盆栽が枯れるのではと恐れられて長い間まったく売れなかったのだそうです。
 それを地元の植木屋が無理に使ってもらって優秀性を確認し、これを聞いた安行の秋元新蔵氏が、この土に始めて「鹿沼土」と命名して全国に広まっていったのだそうです(この他にも諸説があります)。
 サツキの種からは親と同じ品種ができにくいということを前に書きましたが、それならどんな方法で苗を作るのかと言いますと、これは皆さんが知っているとおり「挿し芽」という方法です。
 春に伸びてきた新しい芽が固まってきた6月末に、この芽を掻きとって土に挿せば自然と発根して苗ができるわけです。
 驚いたことには、このときもあのゴロゴロとした隙間だらけの鹿沼土の方が、赤玉土や川砂あるいはバーミキュライトなどより、ずっと発根がよいのです。隙間の空気とその中のほどよい湿気がぴったりで、いくらでも苗が作れるようになったのです。
 このような先人の努力で、厄介者の黄土が黄金の土と変わっていったのです。正に町起こしの手本と言えるでしょう。
 こうしていまや鹿沼市はサツキ盆栽の聖地となり、家ごとにサツキが飾られて、毎年6月の第一土曜日から一週間、町をあげての日本一のサツキ祭が開かれています。植物に関心がないという方も、騙されたと思って一度は足を運んで見てはどうですか。
 ここで鹿沼市を訪れて感心させられた話を、一つだけご紹介しましょう。それは我々のようによそからの訪間者が、サツキを購入して町の中を持って歩きますと、町の人がよく「良いサツキを買ってきましたね」と声をかけて褒めてくれるのです。
 地元の人が評価しないものは、誰も良いとは言わないというのが私の持論ですが、鹿沼の方々のこの態度にはいつも頭が下がったものです。

福島の県花ネモトシャクナゲを咲かせよう
図-1  福島県の県花がネモトシャクナゲだということを知っている人でも、シャクナゲがサツキの親戚であるということを知っている人は少ないようです。
 そんなことはどうでもよいと思うかも知れませんが、実はシャクナゲを育てるにはとても大切なことなのです。
 なぜかと言いますと、シャクナゲをよく知らない人は、サツキは簡単に育てられるが、シャクナゲは大変気難しい植物で、素人は簡単には栽培できないと思っているようです。
 しかし実際はサツキの親戚ですから、栽培方法もサツキと同じで決して難しいことはないのです。サツキに詳しい人なら、サツキは丈夫で3、4年毎に植え替えて、水さえかけておけばよいということは知っていますが、シャクナゲもまったく同じなのです。
 植え替えにあたっては、根の回りの土をなめられるほどにきれいに落として、新しい土に植え替え、とくに冬の水切れに注意すれば簡単に成長していきます。
 シャクナゲはサツキと違って、根の回りの土と違う土には決して根を伸ばしませんので、植え替えに当たってはむしろ乱暴のようでも古い士を全部落とす方が、植え替えたあとの成育が良くなるのです。
 それでは培養土は何がよいのかとなると、一般には赤玉土とピートの混合土や鹿沼土などが用いられていますが、ここでもまたシャクナゲが大好きな土があるのです。
 実はシャクナゲはサツキよりもう少し酸性の強い、pHが6から5.5ぐらいの土が好きなのです。それが花崗岩が風化してできるマサ土なのです。しかも福島は花崗岩地帯ですから、マサ土は簡単に手に人ると思います。
 植え替えるときは根をよく洗ってマサ土を使い、水を切らさず、肥料をやり過ぎなければ、誰がやっても見る見る大きく成長します。まさにシャクナゲにとってマサ土は魔法の土なのです。
 しかし実際に使ってみると問題もあります。成育がよいということは、根が早く伸びて詰まりやすいということなので、早く植え替える必要があります。ところがマサ土は空隙が少ない土なので、固まり易く根の周りの土を落としにくいのです。したがって鹿沼土やピート(強酸性)と混合して、空隙の多い軟らかい土にするなどの工夫が必要でしょう。
 興味がある人はまず小さな株で試してみて、成績が良かったら大きな株にも使ってください。そして今までやったことがない人も、この機会に福島県の花、シャクナゲに挑戦してはいかがでしょうか。

以上



阿部 壽 氏  略歴
昭和 7年 山形県寒河江に生まれる。
昭和 30年 東北大学工学部土木工学科卒業
平成 3年 東北電力株式会社取締役土木部長
平成 5年  同常務取締役
平成 7年 東北ポール株式会社取締役社長
平成 11年  同代表取締役会長


公  職
社団法人コンクリートポパ協会東北支部長
社団法人電力土木技術協会顧問
社団法人土木学会東北支部顧問
社団法人地盤工学会東北支部顧問
山形県西川町まちづくり応援団東北代表
宮城県大和町桜里山をつくる会顧問
日本花の会会員

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