福島県の湧水シリーズ(その9)
安達太良山東山麓―二本松市熊ノ穴第1水源の湧水
五月女 玲子※(地質調査技士)

所在地
地図
(図-1) 熊ノ穴第1水源の湧水 案内図
国土地理院発行5万分の1地形図 「二本松」を使用
 二本松市永田長坂国有林地内

はじめに
 今回は、原瀬川(安達太良山に源を発し、阿武隈川の一支流 杉田川に合流する)の支流、烏川上流部にある奥岳の湯から下流へ1.5kmほど下った、二本松市の水道水源の一部として利用されている安達太良山東山麓の湧水を紹介します。


位置
写真
写真1 熊ノ穴第1水源の湧泉
 「熊ノ穴第1水源の湧泉」は二本松市街より北西方向約10km地点の安達太良山東山麓に位置しており(図1)、烏川に流入する枝沢の源流部にあります。
 東北自動車道・二本松ICで降り、岳温泉方面へ2km程進みますとY字路があります。ここで、岳温泉方面ではなく、グリーンピア二本松方面へと右折し、7kmほど行きますと丁字路(南方面があだたら高原スキー場、北方面が土湯温泉)があります。この丁字路を左折し、あだたら高原方面へと350mほど進みますと交差点(林間学校の案内)が見えます。この交差点を右折し、林間学校方面へ600mほど上がったところで左カーブになりますが、ここに車を駐車します。ここからは徒歩となり、右手の「二本松市上水道管理者」と書いてある白い標柱のある林道へと入っていきます。ここは、「熊ノ穴」という名前が示すように熊もいるところなので、熊除け鈴などを携行していくとよいでしょう。また、川を横断するため、長靴の準備が必要です。
 林道を100m入ったところで「集合井」と書いてある水道施設が見えてきます。ここの左手を上って行くと幅50cmほどの山道に出ます。白い標柱をたどりながら山道を1km程度歩けば烏川にでます。途中、オオルリ(かん高い声で「ピョッ、ピョッ」と鳴く)、ミソサザヰ(かん高い声で「チチ・チョッチョッ」と鳴く)、ウグイス(警戒した鋭い声で「キキキキキー・ケッキョ」と鳴いていた)などの鳴き声が響きわたり、1人歩きの心細さを忘れさせてくれます。川には、安山岩質溶岩が露出しており、この川を渡ると右手に沢水(表紙写真)が流れ落ちているのがみえます。烏川とこの沢水の水温、pH、電気伝導度を測定してみますと、烏川では、水温12.1℃、pH7.52、電気伝導度51.5μS/cm、沢水は、水温13.1℃、pH7.41、電気伝導度78.7μS/cmでした(2000年6月22日測定)。沢水の方が水温、電気伝導度とも高い値を示していました。沢水の流量は、およそ500/min(ドラム缶2.5本/分)ほどと推定できました。
 この沢水の源流をたどると50mほどで沢の分流点に出ました。左手を(白い標柱がある)180mほど上ると歩きますと谷頭に「熊ノ穴第1水源施設」があり、湧水がオーバーフローし、沢水として流下していました(写真1)。


熊ノ穴第1水源の湧水
 「熊ノ穴第1水源の湧泉」は、水道施設があるため、湧出口を直接見ることはできません。しかし、これより上流には谷が無く、尾根へと続き、水が流れていないことから、地下水であることが容易にわかります。この水源施設の下方より、湧水がオーバーフローし、VP管をとおり、沢水として流下しています。
 湧水の水温、pH、電気伝導度を測ってみますと、水温13.4℃、pH=7.83、Ec=95.7μS/cmでした(2000年6月22日測定)。標高約750mの安山岩溶岩からの地下水にしては、水温・電気伝導度とも高い値であると感じました。
 オーバーフロー流量は、およそ200〜300リットル/min(ドラム缶1本強)ほど流れていましたので、沢全体の流量の5〜6割はここからの湧水ということになります。

湧水をめぐる地形と地質の関係について
写真
(図2) 安達太良火山の地質概略図
「東北の火山」(1999)、p107に加筆
 ここで湧水地付近の地形図と地質図(図2・図3)を眺めてみましょう。
 地形を見ると、勢至平から続く溶岩台地の東端部の急崖地の下に緩い傾斜地があり、この中にある小さな丘の谷頭にあたっています。この付近を空中写真で見ると、勢至平は、階段状に緩やかに傾斜した溶岩のつくる平坦面よりなっており、東端は急斜面を形成し、ここが溶岩(勢至平溶岩)の末端部(溶岩末端崖)であると想像されます。この急崖の東側は、緩やかな斜面が続き、標高789mと804mのピークを有する小丘へと続きます。本湧水地は、後者の小丘の東斜面の谷頭にあります。
 この付近の地質は、勢至平溶岩の下位に分布する僧悟台溶岩の分布域となっています。形成時期は、勢至平溶岩も僧悟台溶岩も共に今から約20万年前に噴出したと考えられています。


湧出機構について
写真
写真2 熊ノ穴第2水源の付近の表流水

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(図3) 湧水付近の推定地質断面図
「二本松地域の地質」(1995)を基に加筆
 本湧泉は、付近の地形・地質より、崖錐に覆われた僧悟台溶岩末端部から湧出したものと推定されます(図3)。
 本湧水がどのような成分の特徴をもつものかを調べるため、本湧水を採水し、主イオン分析を行ない(表1)、トリリニアダイヤグラム(図4)とヘキサダイヤグラム(図5)を作成してみました。比較のために、本湧水が烏川へ合流する地点から下流150mに合流している枝沢(熊ノ穴第2水源付近)の表流水(pH=7.1、Ec=50.3μS/cm 、水温10.5℃、2000年6月22日測定、おそらく湧水と思われる)も調べてみました。
 図4を見ると、熊ノ穴第1水源の湧水は、「地下水V(中間型)」、熊ノ穴第2水源付近の表流水は「地下水I(Ca-HCO3型)」に分類されます。
 図5を見ると、熊ノ穴第1水源の湧水の方が熊ノ穴第2水源付近の表流水に比べ、SO4は、約2.7倍と多くなっていますが、他の成分は、ほぼ等しくなっています。熊ノ穴第1水源の湧水はその電気伝導度や水温が熊ノ穴第2水源付近の表流水に比べ高いことや、さらに上流1km程には奥岳の湯があることなどから温泉の影響をうけているのかもしれません。


表-1 水質分析結果表(2000年6月22日 採水)
採水場所 熊ノ穴第1水源の湧水 熊ノ穴第2水源付近の表流水
水温、pH
電気伝導度
13.4℃、pH=7.83
95.7μS/cm
10.5℃、pH=7.10
50.3μS/cm
検査項目 mg/リットル me/リットル mg/リットル me/リットル
カルシウム(Ca 8.4 0.419 62 5.4 0.269 43
マグネシウム(Mg 1.4 0.115 17 0.8 0.066 10
ナトリウム(Na 0.117 0.117 17 5.6 0.244 39
カリウム(Ka 1.1 0.028 4 2.0 0.051 8
陽イオン総量 13.6 0.679 100 13.8 0.629 100


ダイヤグラム1 ダイヤグラム2

水質区分
領域 組成による分類 水の種類
I 重炭酸カルシウム型
Ca(HCO3)2
Ca(HCO3)2 Mg(HCO3)2型の水質組成で、わが国の循環性地下水の大半がこの型に属する。石灰岩地域の地下水は典型的にこの型を示す。
II 重炭酸ナトリウム型
NaHCO2
NaHCO2型の水質組成で、停滞的な環境にある地下水がこの型に属する。したがって、地表から比較的深い地下水の型といえる。
III 非重炭酸カルシウム型
CaSO4又はCaCl2
CaCl2又はCaSO4型の水質組成で温泉水・鉱泉水および化石塩水等がこの型に属し、一般の河川水・地下水では特殊なものであり、温泉水や工業排水等の混入が考えられる。
IV 非重炭酸ナトリウム型
Na2SO4又はNaCl型
Na2SO4又はNaCl型の水質組成で、海水および海水が混入した地下水・温泉水等がこの型に属する。
V 中間型 I〜IVの中間的な型で、河川水・伏流水および循環性地下水の多くがこの型に属する。


引用文献
  1. 高橋 一・末永和幸 共著(1992):「湧泉調査の手びき」、地学団体研究会
  2. 地学団体研究会編(1996):「新版地学事典」。
  3. 高橋正樹+小林哲夫[編](1999):「東北の火山」、7.安達太良火山、p105-121。
  4. 坂口圭一(1995):「二本松地域の地質」、地質調査所。




※新協地水(株) 役員室勤務
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