対談
『変動する気象−地球環境と人間について考える』
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福島大学教育学部教授 渡邊明氏
ゲスト 渡邊 明(わたなべ あきら)氏
福島大学教育学部教授
インタビュアー 谷藤 允彦 (弊社代表取締役社長)
場所 福島大学教育学部渡邊研究室

撮影/五月女玲子・文/三星美知江



 近年、異常気象という言葉を良く聞きます。異常気象はすぐに温暖化と結びつけられがちです。
 私たちも「猛暑」「冷夏」「暖冬」「集中豪雨」「激しい雷雨」などが頻繁に発生し、従来と違った気象パターンになっていると感じることが多いと思います。
 これらの現象が温暖化に結びつけられ「大変だ、大変だ」とか「温暖化は仕方がない」とかいわれていますが、本当に異常気象といってもよいのでしょうか。異常気象は地球温暖化が原因になっているのでしょうか。現状を放置すれば将来どのような影響があるのでしょうか。今、私たちは何をなすべきなのでしょうか。
 このようなことを聞いてみようと今回は、気象の専門家である福島大学教育学部渡邊明教授にお話を伺いました。


 緑に囲まれた福島大学のキャンパスは、夏休みというのにゼミやサークルのためか、多くの学生達で賑わっていました。
 谷藤社長と私たち編集員(二名)が研究室を訪ねると、今にも崩れそうな本の山の向うから先生が現われ、私たちを快く迎えてくださいました。
 そして、先生御自慢の美味しい無農薬茶を頂きながら、お話を伺いました。

異常気象と地球温暖化
谷藤
今日は、異常気象と環境問題についていろいろと伺いたいと思いますので、よろしくお願いします。
 まず初めに、最近の気象は従来とは違ってきていると感じているのですが、「異常気象」と「温暖化」を結びつけて考えても良いのでしょうか。

渡邊
結びついているかどうかというのは難しいです。
 「異常気象」とはunusuallなことで30年に1〜2度おこる現象のことを言います。現在の場合1961〜1990年までの30年間のデータとどの程度異常かを比較しています。統計学的問題としては、昔の気温は低いので比べると今の気温は高温異常値となる可能性が高くなります。

集中豪雨
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谷藤
平成10年8月26〜31日に県南地方におきた集中豪雨は、今もその後遺症を残し、記憶に新しいですが、近年の豪雨は、1度に降る降水量(8.27豪雨災害のときで総降水量1268mm)あるいは降雨強度が増えている傾向はあるのでしょうか。

渡邊
1995年に出された「気候変動に関する政府間パネル」の第一作業部会では、地球温暖化に伴い、世界的な降水面積が減少し、降水強度が強くなるという予測がだされていますが、世界的にはあまり明瞭な変動はありません。
 福島気象台の気温変動を見てみますと、全体として温暖化の傾向が続いています(図-1)。その中で年降水量(福島気象台)は、ここ100年で150mmほど減少していますが(図-2)、夏季の日降水量の最大は、近年10年間に200mm以上を越すような降水が出現しており、やや降水強度が強くなっている傾向が見られます。1998年の豪雨を含め、この大きな原因は近年の海水面温度の上昇にあると私は考えています。


谷藤
そうした地域的な偏りがあるのも、温暖化の影響でしょうか。
渡邊
その通りです。温暖化する場合、地球は一様に温暖化するのではありません。高緯度(北極、南極)ほど上昇温度が大きく、熱帯地域ではそれほどではありません。北極での温暖化は南北の温度差を小さくし、偏西風に影響を与え、安定だった流れ(蛇行しない偏西風)が蛇行の変動幅が大きくなり、暖域と寒冷域がつくられやすくなり、異常な高温や異常な低温となるのです。

グラフ
(図-1)福島気象台における年平均気温の経年変動(1891〜1997)

グラフ
(図-2)福島気象台における年合計降水量の経年変動(1891〜1998)


ヒートアイランド現象と雪
谷藤
冬の降雪量が少なくなり、特に若松や喜多方地域の積雪期間が短くなってきたように感じるのですが、雪として降っていたものが雨となったのでしょうか。

渡邊
都市部では比較的顕著に積雪期間が減少している傾向がありますが、只見など豪雪地帯では、それほど明瞭に降雪量や積雪期間が減少しているという記録はありません。むしろ、降雪量は多くなっているところもあります。仮に温暖化の世界でも、降雪量が減少するという予測は出ていません。降雪現象は、寒くなれば多くなって、暖かくなれば少なくなるというものではありません。日本は世界一の豪雪国ですが、それは日本海など水蒸気を豊富に供給するシステムが出来ているからです。
 若松や喜多方でおきている現象は、ヒートアイランド現象※1の問題ではないでしょうか。(福島市の場合、ヒートアイランドによる影響温度は1.5℃である)人間が出す排熱量が多く、雪が降っても途中で融けてしまい雨となるので、降雪日数は変わっていませんが、根雪としては残らなくなってきているのです。雨量は夏に少なくなってきていますが、冬は変わっていません。

※1:ヒートアイランド現象
 都市部の気温が、人間が活動することにより排出される熱(冷暖房・工場・自動車等)によって、郊外の気温よりも高くなる現象。



酸性雨と地球温暖化
谷藤
最近、吾妻山など高山の樹木の枯れ木が目立っているように感じられますが、酸性雨と関係があるのでしょうか。福島県内の酸性雨の状況を教えて下さい。

渡邊
私どもの研究室では1986年から酸性雨の観測を開始し、1988年から同じ採取装置を使って、一雨毎の降水(雨・雪)を観測しています。一雨降水の観測地点としては東北唯一の地点だと思います。
 観測開始年からpHが低下し、月平均pHが4以下の月も出現していましたが、1996年頃からpHがやや上昇傾向に変化しています(図-3)。しかし、pHの値やその変動だけで酸性雨被害を論ずることは出来ません。降水を酸性化している物質の含有量とその変動が重要です。
 ヨーロッパの森林被害は硫酸による影響が主体ですが、我々の観測では硫酸より硝酸の影響が大きく出ています。私どもの地点で硝酸の含有量の多い時の大気の流れをレーダー観測で解析すると郡山上空を通過した時に限られています。
 こうした環境問題を現代の科学や技術で解決することは容易ではありません。特に私の分野は実態把握が中心で、科学的な観測事実を伝えることによって政策や対策に反映してもらうことを目的にしています。

谷藤
ヨーロッパは、針葉樹が多く、ドイツのシュバルツバルト(黒い森)など酸性雨の被害があったり、フィンランドの湖ではpHが低く、生物が棲めない湖が増加していますが、日本でも同じ酸性雨が降っているのに被害が目立たないのはなぜでしょうか。また、オオシラビソなど高山の立ち木の枯れが目立っていますが、これは酸性雨の影響でしょうか。

渡邊
日本もヨーロッパと変わらない酸性雨が降っていますが、被害が目立たない理由は、土壌の違いでしょう。ヨーロッパでは、岩石がむき出しになっているのに対し、日本では、ほとんどがカルシウム(Ca)とマグネシウム(Mg)を含む土壌、火山灰土よりなっています。これらは、酸性雨を中性化する働きがあります。土壌の中に中和できる物質があるかないかの違いです。土壌のpHの低下は、アルミニウム(Al)など生物に有害な金属を溶出させ、植物や動物など生態系そのものを破壊します。
 高山の立ち枯れ現象は、酸性雨より、酸性霧の方が問題になっていると思います。雨に比べ霧の方は硝酸濃度が高く、乗鞍では、pH2を観測しています。
 山陰地方や天元台(山形県)、日光(栃木県)・沼田 (群馬県) 間の金精峠付近などで枯死現象を顕著に見ることができます。
 日本もこのままでは、ヨーロッパのようになるのは、時間の問題です。

グラフ
(図-3)福島大学屋上における雨量加重月別平均pH(1888〜1999)


酸性雪で岩魚が棲めなくなる
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谷藤
雪のpHも下がっているようですね。

渡邊
雪のpHも雨と同じで下がっているのですが、雪は雨に比べて飛んでくる空間が長いため、大気中の汚染物質(ゴミ)を多くからんで降りてきます。冬は大気中に中和剤となる汚染物質が多いためpHだけでみると高く、夏は比較的きれいなため低いという年変動を表しています。しかし、中身をみると逆で、冬は化石燃料を多く使用するため硫酸や硝酸の量が非常に多く、雪の方が生態系破壊に対して強いインパクトをもっています。
 酸性雪の影響には、人間に比較的汚染されていないきれいな川で、雪解け時期に酸性物質が一度に溶け出して、pHが下がる現象がよく出ています(アシッドショック)。川魚の中には一時的でもpH6以下になると棲めなくなってしまう種もあり、岩魚などにとって雪解け時期が一番危険なんです。

谷藤
温暖化より、短期、中期的にみると酸性雨のほうが生態系に与える影響が大きいということでしょうか。

渡邊
短期的に考えると酸性雨の被害の方が顕著に出ていますが、根本的には同じ問題なのです。温暖化も酸性雨も、化石燃料を燃やすという所に原因があるのです。温暖化した地球では植物乾性物※2生産量増大などの好影響もありますが、水資源の不足や海岸侵食の激化、土壌の劣化、生態系の破壊などの悪影響も多く指摘されています。また、積雪期間の減少などは、場所や季節やその人の立場によって異なる評価になるような影響もいくつかあげられます。詳細は気候変動政府間パネルの第2次報告(環境庁監修,IPCC地球温暖化第二次レポート、1996,中央法規出版)をお読みください。

※2:植物乾性物
 植物を乾燥させたもの。気温が、上昇すると植物の成長がよくなり植物を乾燥させたときの重量が増加する。



私たちは何をすべきか
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谷藤
最後に、酸性雨や温暖化を防止するために、私たちに今できること、やるべきことはなんでしょうか。

渡邊
大気の3大問題として、温暖化、酸性雨、オゾン層の破壊(オゾンホール)があります。オゾン層の破壊についてはフロンの生産が中止され解決されつつありますが、温暖化や酸性雨の原因は、化石燃料の膨大な消費にあり、これを解決しなければなりません。我々は原始生活には戻れないので、今の生活レベルで省エネルギー化することです。
 ドイツの資源の回収システム・リサイクルシステム・自然エネルギーの開発は手本であると思います。自然エネルギーの開発・活用が環境問題として重要であり、循環型システムをつくれるよう国民的合意が求められています。
 今、経済優先の社会で何が起こっているのか、豊かさとはなにか、人間的生活とは何か、企業も含めて改めて考える時期に来ているように思います。
 現代の人類が否応なしに人類そのものを破壊する力を有し、滅亡への道へ進むかどうかの判断をさせられている重要な分岐点にいることを私達はもっと自覚すべきだと思います。その上で、省エネと自然エネルギー活用のための科学と技術を進歩させるために人類の英知を注ぐことだと思います。
 私たちは、負の遺産を子供たちに残してはいけないのです。



 渡邊教授には、お忙しい中インタビューにお応えいただきましてありがとうございました。編集委員一同より心から御礼申し上げます。

 私たちは、これまで人間を中心として考えた楽な生活を送り続けてきました。そのために、多くの物を与えてくれた自然を、今破壊しようとしているのです。
 自然が有りのままの姿でいられなくなった原因に、人間の傲慢さが含まれているのではないでしょうか。先生がおっしゃられた通り、本当の豊かさとは何かを考え、真剣に環境問題に取り組まなくてはいけないぎりぎりの所にいるのだと思います。
 私たち一人一人が、便利さだけを追求せず、物を大切にする心を取り戻し、社会に対して訴えていけば、企業も必ず応えてくれると思います。
 弊社も、自然エネルギーを活用した『風力ポンプ』(土と水 29号掲載)の施工をしましたが、自然環境を守るために、土と水に関する仕事に携わる私たちにできることは何かを考え、実行することが任務であることを、このインタビューによって強く感じました。【編集委員長】

渡邊 明 氏 略歴
1948年11月4日 栃木県大田原市に生まれる
1978年3月 東京都立大学大学院理学研究科
修士課程修了
(1991年2月東京都立大学理学博士)
1967年4月 気象庁採用
1978年4月 福島大学教育学部に転任
1996年4月 福島大学教授 現在に至る


<所属学会>
日本気象学会(1997年〜東北支部理事)
日本大気環境学会(旧名称:大気汚染研究協会)
日本環境学会(1996年〜運営委員)
日本農業気象学会(1996年〜東北支部理事)
日本雪氷学会(1993年〜東北支部理事)
日本自然災害学会
日本流体力学学会
日本環境教育学会


<主な著書>
汚れた空気,1987年, 新草出版
福島県植物誌,1987年,笹氣出版
磐梯火山と湖の生いたち,1988年, 文化書房博文社
新汚れた空気,1992年, 新草出版
地球サミットへの提言,1992年, 青木書店
気象と生活,1995年,東海大学出版会
基礎情報リテラシー,2000年,弘学出版


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ウインドプロファイラー(レーダー観測装置)
(福島大学屋上にて撮影)
●電波の発信・受信により、風の三次元的分布を調べる
●高度300mから3000m間の風向・風速を測定する


雨水採水器
(福島大学屋上にて撮影)
●中にろ過装置がついており、ホコリが除去できる

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イオンクロマトグラフ(雨水分析装置)
(福島大学にて撮影)
●雨水採水器で採水された雨水に含まれる硫酸イオン、硝酸イオン等を測定する

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