福島県の湧水シリーズ(その10)
“吾妻火山―鎌沼の湧水”
所在地
 福島市浄土平国有林地内

はじめに
 今回は、秋のコースにふさわしく紅葉の美しい磐梯朝日国立公園内の鎌沼を訪ねてみました。

位置
地図
(図1) 鎌沼 案内図
国土地理院発行5万分の1地形図「吾妻山」「福島」を使用
 鎌沼(標高1770m)は、福島市街より南南西方向約9.4 km地点に位置し、周囲を一切経山(標高1948.8m)、前大巓(標高1911m)、東吾妻山(標高1974.7m)、蓬莱山(標高1802m)に囲まれた凹地にあります(図1)。形が鎌に似ていることから「鎌沼」の名がついたといわれています。
 車で東北自動車道・福島西ICより、磐梯吾妻スカイライン経由で30.6km、約40分ほどで浄土平(標高1580m)に到着し、そこから鎌沼までは徒歩で90分ほどです。
 山歩きは、足元が石でゴロゴロしていたり、急な階段もあるので軽登山靴の装備は必要でしょう。また、山の天候は急変しやすく、気温が低いので、雨具、アノラックやセーターも携行しましょう。
 東北自動車道・福島西ICで降りると115号線にでます。ここを左折し、猪苗代方面へ進み、3.5km程行くとフルーツラインとの交差点があります。この交差点を右折し、スカイライン方面へ進み、3.6km程行きますと左手にガソリンスタンドがみえてきます。この交差点を左折します。
 地形は、これまでの平坦面から扇状地となり、果樹園が多くなってきます。扇状地をすぎると道路が右カーブとなり山へはいり、道路が急になってきます。この地形の変換点は、姥堂から南の西原へと直線状に追跡され「土湯断層」と呼ばれる活断層です。ここから、約6kmで高湯温泉に、さらに約1km進むと高湯ゲートにはいります。
 高湯ゲートより約6.7kmくらい進んだところに不動沢大橋があり、「つばくろ谷」の高さ約85mほど、薄茶〜白色に変質した岩がみえます。
 不動沢大橋をすぎ、連続したヘアピンを登ると、左手に「天狗の庭」と呼ばれる溶岩流でできた緩やかな斜面が広がって見えます。
 しばらく道路は直線になりますがヘアピンをすぎ、道路がなだらかになったころで前方に白色の山が見えます。さらに進み、吾妻小富士の山腹のつづら折りに登りはじめる手前で、右手に白や黄色に変質した岩石の崖(浄土平爆裂カルデラの壁)がみえてきます。周辺には「火山ガス注意」の看板があり、ガスを吸い込まないよう窓を閉め、一気に通り過ぎます。
 最後のヘアピンを進むと、左手に吾妻小富士、右手に浄土平のビジターセンターと天文台がみえてきます。右手の有料駐車場に入り、ここから徒歩となります。


鎌 沼
写真
登山口の沢にみられる温泉の湧出
 鎌沼へ行くには姥ヶ原方面経由と酸ヶ平経由の登山道があります。比較的登りやすいといわれる酸ヶ平経由で歩いてみました(図2)。
 登山口には、一切経山の浄土平爆裂カルデラから流れてくる沢があり、橋の上流の沢水の底には、周囲とは異なる白色〜黄色の砂がみえます。よくみると砂が舞い上がっており、湧水しているのがわかります。この湧水に手の指をいれてみるとわずかに暖かく、温泉が湧出していることがわかります。
 登山口周辺は湿地となっており、ススキやコケ類、リンドウなどがみられます。また、池塘(ちとう)が点在しています。登山口を130mほど進むと桶沼方面と鎌沼方面の案内標識があり、鎌沼方面へ歩きます。さらに湿原を70m程行くと標識があり、左が「一切経」方面で、前方が「鎌沼」です。このあたりから緩やかな沢地形となり、大小さまざまな角のとれた安山岩の礫が分布します。このあたりの岩石は、大雨が降るたびに上流から土石流として堆積したことが想像されます。紫色の花をつける「エゾオオリンドウ」、白の「ヤマハハコ」、黄の「アキノキリンソウ」といった秋の高山植物を眺めながら、160m程歩くと、左手が「姥ヶ平」、右手が「酸ヶ平」と書いてある標識があります。右手の「酸ヶ平」方面へと登り進むと、数10cmから大きいもので5mほどあるパン皮状火山弾(火山噴出物で、表面に割れ目が入り、パンの皮や焼いた餅のような外形をもつ火山弾)が分布してきます。これらの火山弾は一切経南西斜面から沢沿いに細長く、谷を埋めるように分布しており、明治の一切経火山噴火(1893〜1896年)のときの噴出物であるといわれています。
 先ほどの「酸ヶ平」の分岐点から200m程歩きますと登り道がきつくなり木の階段となります。高さ20m程の階段を登ると緩やかになり、230mほど歩くと再び木の階段となります。今度は高さ60m程登りますので、かなりきついです。途中、後ろを振り返ると左手に吾妻小富士の火口、右手に桶沼の水面が見え、新旧2つの火山をつくるすばらしい景色に疲れも癒されていきます。
 この階段を登り終え、しばらく歩くと前方に前大巓、右手に酸ヶ平小屋がみえてきます。ここからは木道となり、周囲の湿原地に入り込まないよう注意しましょう。
 酸ヶ平湿原を歩いていくと雄大な景色の中に池塘が分布し、間もなく左手に鎌沼が見えてきます。


鎌沼の湧水
地図
(図2) 鎌沼周辺水質測定位置図
国土地理院発行2.5万分の1地形図 「吾妻山」「土湯温泉」を使用
 鎌沼は周囲約1400mあり、透明度が高い沼で、その水深は、沼の周囲付近で20〜50cm、深いところで約1mと浅いようです。
 鎌沼の周囲を歩いてみるとこの沼に流入する大きな河川はなく、酸ヶ平の湿原からジワジワ水が流れ込んだり、前大巓の山麓や姥ヶ原から数/minの流れがチョロチョロと注いでいことがわかります。これら鎌沼に流入する水の水温、pHや電気伝導度を測定してみると、前大巓の山麓(No4)で12.7℃、pH=4.9、Ec=17.05μS/cm、姥ヶ原(No3)で12.8℃、pH=5.1、Ec=12.22μS/cmでした(2000年9月29日測定)。
 鎌沼の水についても、水温、pHや電気伝導度を測定してみると、酸ヶ平付近(No5)で12.8℃、pH=5.1、Ec=12.04μS/cm、姥ヶ原南西付近(No2)で10.1℃、pH=4.7、Ec=11.86μS/cmでした(2000年9月29日測定)。
 また、鎌沼の流出口(帰りの姥ヶ原の案内板を250mほどいったところに川があり、ここで測定しました)を見てみますとかなりの水量(約2m3/min程度)が流れています。周囲からの流入量がごくわずかであることから考えて、この水量の大部分が、鎌沼で湧出した湧水量であると推定されます。ここで採水し、水温、pH,電気伝導度を測定したところ10.5℃、pH=5.5、Ec=11.94μS/cmでした。
 鎌沼に流入する水、鎌沼の水および鎌沼から流出する水の水質は、pH4.7〜5.5と低く、電気伝導度も12〜17μS/cmと似ていることがわかります。湖水の透明度が高いのはpHが小さく(上水道の基準ではpH5.6〜8.6となっており、飲用には不適です)かなり酸性なので生物が繁殖しにくいことが大きな要因になっているものと思われます。


湧出機構について
地図
(図3)東部吾妻火山の地質概略図
新エネルギー・産業技術総合開発機構(1991)
「磐梯地域火山地質図」に加筆

写真
(図4)湧水付近の推定地質断面図
 ここで鎌沼周辺の地質図(図3)をみてみます。  最も古い吾妻火山群基底火山岩類(Bv)が一切経山と前大巓の西側に分布しています。次に古いのが東吾妻溶岩(Ha)で東吾妻山や蓬莱山を構成しています。最も新しい前大巓溶岩(Ma)と一切経溶岩(I)が前大巓山、一切経山を構成しています。鎌沼周辺は、一切経溶岩によってほとんど占められ、南東の流出口周辺で東吾妻溶岩が分布しています。  東西方向の推定地質断面図(図4)を見ると鎌沼の沿岸及び底には一切経溶岩が分布しています。ここから湧出した湧水が鎌沼を満たし、塩ノ川の源流になっているものと考えられます。


主イオン水質分析結果について
 本湧水がどのような成分の特徴をもつかを調べるため、鎌沼および流入出口より水を採水し、主イオン分析を行ないました(表1)。
 鎌沼の水(No.1〜No.4)とその平均値を見ると、一番多いイオンは、硫酸イオン(2.68mg/リットル)、次にナトリウムイオン(0.73mg/リットル)、塩素イオン(0.72mg/リットル)、カルシウムイオン(0.70mg/リットル)、マグネシウムイオン(0.18mg/リットル)、カリウムイオン(0.15mg/リットル)の順となっています。溶存物質が非常に少ないようです。雨水起源であるか調べるため、福島大学屋上の雨水成分(福島大学渡邊明教授提供)と比較してみます。雨水と比べ、鎌沼の水の組成は硝酸イオンが欠如しているほかは、よく似ていることがわかります。
 以上のことから、鎌沼の湧水は、降水を起源とした水が、岩石との反応がほとんど行なわれないほどはやく湧出してきたものであると推定されます。また、猪苗代湖の水と比較しても非常に溶存物質の少ない水といえます。
(取材 五月女玲子)



採水位置 No.1 No.2 No.3 No.4 平均 雨水※1 雨水※2 猪苗代湖
水温(℃) 10.50 10.10 12.80 12.70 11.53      
pH 5.50 4.70 5.10 4.90 5.05      
Ec(μS/cm) 11.94 11.86 12.22 17.05 13.27 12.02 34.02  
Ca(mg/リットル) 0.66 0.59 0.59 0.94 0.70 0.49 0.78 2.71
Mg(mg/リットル) 0.22 0.19 0.13 0.17 0.18 0.00 0.12 1.02
Na(mg/リットル) 0.56 0.50 0.95 0.91 0.73 0.06 0.93 3.10
K(mg/リットル) 0.20 0.19 0.14 0.08 0.15 0.04 0.20 0.74
Cl(mg/リットル) 0.76 0.6 0.75 0.78 0.72 0.36 1.66 3.09
SO4(mg/リットル) 2.89 2.73 2.36 2.75 2.68 0.61 2.08 4.18
NO3(mg/リットル) 0.24 0.00 0.00 0.00 0.06 0.73 2.11  

雨水*1は1999年9月の平均値で、雨水*2は1999年1〜12月の平均値である。
猪苗代湖は千葉茂・赤井由美子・高橋勝(1982)による。


写真 写真
パン皮状火山弾

新旧の火山、左が吾妻小富士、右が桶沼

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酸ヶ平の池塘

鎌沼北西岸
湿地の下、厚さ10cm程度の
火山灰質泥炭より成っており、
その下位には径3〜5m程度の
火山礫より成っている。

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前大巓の山麓からの湧水
(水質測定位置No.4)

鎌沼西部
姥ヶ原からの湧水
(水質測定位置NO.3)

写真 写真
鎌沼北東部
(水質測定位置No.5)

鎌沼南東部
安山岩の亜角礫が多い
(水質測定位置No.2)



引用文献
  1. 新エネルギー・産業技術総合開発機構(1991):磐梯地域火山地質図。
  2. 高橋正樹+小林哲夫[編](1999):「東北の火山」、6.吾妻火山、P89-104。
  3. 地学団体研究会福島支部 半澤 敏(2000):「吾妻火山案内マニュアル」
  4. 千葉茂・赤井由美子高橋勝(1982)猪苗代湖への流入河川の水質、福島大学特定研究[猪苗代湖の自然]3:173-181





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