福島県の湧水シリーズ(その7)
“北会津村イトヨの生息する頭無(かしらなし)沼・白山沼”の湧水を訪ねて
五月女 玲子

イトヨ 所在地
 頭無沼 北会津郡北会津村二方甲地内
 白山沼     〃    下荒井字中里前地内
はじめに
 今回は、内陸部の湧水池に分布が限られており、雄が巣づくりをし、子育てをするユニークな魚「イトヨ」(トゲウオ科イトヨ属、会津での地方名「とげちょ」)が生息しているという湧水を紹介します。
 取材にあたっては、イトヨを守り研究されている山中實先生、北会津村公民館の古田係長から、お話を伺ったり、資料を提供していただきました。
イトヨとは
 陸封型(海域で生息する魚類が、地形その他の環境条件の変化で海に下らずに、湖や川などに留まって繁殖を繰り返すようになったもの)イトヨは、北海道、青森・福島・栃木・福井県の湧水域(年間を通して水温(13〜19℃)が一定に保たれている)とその下流域に生息しています。
 イトヨは大きいもので4〜7cmくらいで、背びれ棘3本、腹棘1対、尻びれ棘1本、鱗板34〜35枚をもち、鱗は鎧のような形状をなしています。
 棘は、ひれが変形したもので、ふだんは倒しておきますが、争いの時には、棘を立てて相手にむかっていきます。
 体色は緑褐色で背面が青黒色、腹面が銀白色を呈し、春になると雄の体は婚姻色(あごから下腹部が赤くなる)を帯びてきます。産卵期になると雄は、嘴で砂や礫を掘って水草の繊維や「藻」を運び巣をつくり、求愛のダンスをし、雌を導いて卵を生ませて育てます(写真1)。卵が孵化した後も、雄は、巣にとどまり子育てをします。
 イトヨのえさは、動物性プランクトンでヨコエビやミズムシなどの甲殻類やユスリカ幼虫などを食べています。
 イトヨの寿命は、1〜2年といわれています。



位置
図1  「頭無沼」は会津若松市街より西方向約5km地点に位置し、阿賀川(大川)と鶴沼川(宮川)に挟まれた河床堆積面の窪地にあります(図1)。
 郡山から、磐越自動車道を新潟方面に向かい、会津若松ICで降り、会津若松方面へ500mほど行きますと国道49号線との交差点があります。この交差点を右折し、会津坂下(新潟)方面へと進み、49号線と252号線の交差点がみえますが、直進し50mほど進みます。そうしますと道路が左方向に直角に曲がり、2つ目の信号(「北会津村」の標識が見える)を右折します。道なりに進んでいき、湯川の橋を渡りますとすぐT字路にあたります。ここを右折し、阿賀川(蟹川橋)を渡ります。橋を渡りましたら会津高田方面へと左へ曲がり、1.3kmで、北会津中学校の交差点に出ます。ここを右に折れホタルの森公園を通り750m程いきますと交差点があり、この交差点の左手前に白山沼の案内板があります。
案内板の写真


沼の写真 この道路下3mほど降りたところに白山沼の谷頭があり、長さ約280m:幅12〜20mという、北会津村では最大の清水沼です(写真2)。白山沼には、イトヨが生息しており、昭和51年には、福島県指定天然記念物となっています。
 頭無沼は、白山沼より南南西方向約1.5kmにあります。周囲は水田で、その中に民家が建っています。その東側に南東から北西方向に伸びた幅7〜10m程度、長さ160m程度の沼「頭無沼の湧水」があります(表紙写真)。南側道路の土手(高さ3m程度)の下にある砂礫より湧水し始め、北西方向へ流れ、道路下にある幅2mほどの水路へ流出していきます。この流出口に「頭無沼」の案内板があります。
案内板の写真


頭無沼の湧水
頭無沼の源流  山中さんからいただいた資料「新編會津風土記 巻之三十 陸奥國會津郡之五  八一」には、次のように記してあります。「昔此村に清水あり。甘冽にして酒を醸するに宜し、これに因り泉村と云、…」とあり、昔から湧き出ていたことを物語っています。1974年頃まで、養魚池として利用されていたそうです。
 沼の中を覗き込むと透明な水に黄緑色と濃緑色の水草が漂っています(写真3)。ところどころ、上流域では、灰白色の7〜8cm大の円礫が観察され、中流域より白色砂泥となり、下流域では、白色泥となっていきます。地元の方に「頭無沼」の名前の由来を聞きますと「付近にはどこも水は流れていないのに突然水が湧き出しているのでこのように呼ばれています」とのことです。
 沼水の水温と電気伝導度を測ってみますと、沼の水は14.1℃と生暖かい感じがします(12月8日測定、蟹川橋下の阿賀川の河川水は10.3℃、鶴沼川の河川水は8.0℃でした)。14.1℃という水温は、若松測候所における気温の平年値(1961〜1990年の30ヵ年の平均)が11.53℃と比べると高くなっています。電気伝導度は、沼の水139.7μS/cm(蟹川橋下の阿賀川の河川水81.6μS/cm、鶴沼川の河川水75.4μS/cm)と沼の水は表流水と比べ高くなっています。
 本湧水の湧出量を沼の出口の水路で、測ってみたところ約10m3/min(1分間に200リットルのドラム缶50本分)を得ました。ここの湧水量は、昔から殆ど変わっていないとのことでした。


トリリニアダイアグラム  ここで湧水地付近の地形図を眺めてみます。湧水地の西側には宮川(鶴沼川)、東側には阿賀川(大川)が北流しています。湧水地付近の地形は、空中写真でみますと、河床堆積面が侵食してつくられた細長い窪地のように見えます。
 頭無沼湧水が、阿賀川の伏流水なのか宮川の伏流水であるのかを調べるため、それぞれの水を採水し、主イオン分析を行ない、トリリニアダイヤグラム(図2)、ヘキサダイヤグラム(図3)を作成してみました。



ヘキサダイヤグラム  図3をみますと、頭無沼湧水は、宮川表流水に形が似ています。また、図2をみましても頭無沼湧水は、宮川表流水に近い位置にプロットされています。以上の結果より、頭無沼湧水は、宮川表流水を起源としている可能性が大きいようです。
 硝酸イオンが、表流水では、2.4〜2.8mg/リットルと基準値以内(10mg/リットル)ですが、頭無沼では、10mg/リットルと多く汚染が懸念されます(図3)。




採水場所 頭無沼の湧水(1) 宮川表流水(2) 阿賀川表流水(3)
水温、pH
電気伝導度
14,1℃、pH=6.2
139.7μS/cm
10.4℃、pH=7.0
75.4μS/cm
10.3℃、pH=6.9
81.6μS/cm
検査項目 mg/リットル me/リットル mg/リットル me/リットル mg/リットル me/リットル
カルシウム(Ca二乗+ 10.0 0.499 48 6.3 0.314 48 4.8 0.240 40.5
マグネシウム(Mg二乗+ 2.6 0.214 21 1.3 0.107 16 1.1 0.090 15
ナトリウム(Na+乗 6.6 0.287 28 5.1 0.222 34 5.5 0.240 40.5
カリウム(Ka+乗 1.3 0.033 3 0.6 0.015 2 0.9 0.023 4
陽イオン総量 20.5 1.033 100 13.3 0.658 100 12.7 0.593 100
 
炭酸水素イオン(HCO3二乗- 25 0.410 48 18 0.295 53 19 0.312 49
塩素イオン(Cl-乗 5.0 0.141 16 4.0 0.113 21 4.0 0.113 18
硫酸イオン(SO4二乗- 15 0.312 36 7.0 0.146 26 10 0.208 33
陰イオン総量 45.0 0.863 100 29.0 0.554 100 24.0 0.633 100
硝酸イオン(NO3乗- 10 0.161   2.8 0.045   2.4 0.039  
白山沼のイトヨを守る試み
 かつては、白山沼を流れ出る水路にも多くのイトヨがみられ、イトヨを団子状にして食べたこともあると近所の年配の方が話してくれたほどです。しかし、東北農政局計画部資源課(平成10年)の報告書によれば、昭和40年代に行われた農地整備や道路改良により、地下水の湧水部であった白山沼上流部分が埋め立てられたため、急速に沼の水量が減少しました。今では、深井戸による補給水なしでは以前に水深30cmほどあった沼も15cmほどに浅くなってしまうそうです。
 近年、絶滅に瀕していたイトヨを保存しようと周囲の整備や沼の浚渫、実態調査の実施、深井戸地下水補給による水質の改善など取り組みが行われてきました。その結果、現在、イトヨの数は6000〜7000匹と推定されています。
 しかし、現在も湧水量が回復せず、源流部に深井戸(2本)から水中ポンプによって、地下水補給をしているということは、浅層あるいは伏流水の地下水位自体が低下してきている可能性を示しています。
 白山沼湧水の回復のためには、地下水利用実態調査や地下水位の観測などを行い、地下水位の低下の原因を調査する必要があるのではないかと思いました。
 イトヨを守る試みは、まだ始まったばかりですが、多くの方に関心をもっていただき、ご協力いただければ幸いと存じます。


引用文献
  1. 高橋 一・末永和幸 共著(1992):「湧泉調査の手びき」、地学団体研究会
  2. イトヨの生活史、生態記録写真、山中 實
  3. 県営水環境整備事業 白山沼地区・福島県会津農地事務所 (平成11年):イトヨのふるさとづくり
  4. 東北農政局計画部資源課(平成10年3月):白山沼のイトヨ

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