写真
福島県の湧水シリーズ(その11)
“玉川村四辻新田―長命の清水”

所在地
 石川郡玉川村四辻新田(東野とうのの清流左岸)

はじめに
 今回は、秋のコースにふさわしく紅葉の美しい磐梯朝日国立公園内の鎌沼を訪ねてみました。

はじめに
今回は、玉川村の北東部で平田村との境界付近に「花崗岩の割れ目からコンコンと湧き出る湧水があり、この清水を飲むと長生きができる」と聞いたので訪ねてみました。

位置
 「長命の清水」は、須賀川市街より東南東方向約14km地点の中部阿武隈山地に位置しています(図1)。
 本湧水地には、車で須賀川から福島空港東アクセス道路を経由し、玉川村南須釜から四辻新田方面へ行き、約30km、約40分で着くことができます。
 四辻新田の集落にはいる手前で、右手道路の入り口に「東野の清流」と書いてある標柱が見え、ここを右折します。道路が狭くなり、800m程進みますとY字路があり、左の道路に「東野の清流2.2km左折」と書いた標柱があります。案内に従って約1.6km進みますと、「東野の清流 0.6km」と書いた入り口があり、ここを左折し進みます。道路は舗装から砂利道の林道となり、600m程で「東野の清流の遊歩道」に着きます。広い路側帯があり、ここに車を駐車し、遊歩道を歩いていきます。車を降りてすぐ前方に「東野の清流」の碑があり、遊歩道に沿って、60m程進みますと橋があり、その先には広場と東屋があります。「長命の清水」は、この広場の北東端の岩の割れ目から湧き出ており、屋根がかけられています。

長命の清水
地図
(図1)長寿の清水  案内図
国土地理院発行5万分の1 「須賀川」「小野新町」を使用
 花崗岩の岩塊のブロックに囲まれた深さ30cm程度、約1m四方の井側の右隅から清冽な地下水がチョロチョロと流れています。水底には、板状の花崗岩の石が敷き詰められ、隙間から木炭が2本ほど並べられているのが見え、その下から「ボコ・ボコボコ」とかすかな音を出しながら気泡がみえ、地下水が湧出していることがわかります。  この湧出点は、花崗岩の東北東―西南西方向と西北西−東南東方向の2本の斜交したほぼ垂直の割れ目の交点にあたっています。  湧水の水温は11.3℃、電気伝導度がEc=33.8μS/cm、pH=5.85でした(2000年11月21日測定)。河川についても同様に測ってみたところ水温8.4℃、pH=7.52、Ec=44.1μS/cmでした。上流では人家や田畑がまったくないせいでしょうか。水に溶け込んだ成分量の目安とする電気伝導度が非常に低いと感じました。飲んでみますと、甘みのあるまろやかな飲みごこちでした。  本湧水の湧水量を井側の流出口でビニール袋をあてて測ってみますと約4リットル/分(1分間あたり、2のペットボトル2本分が汲める量)を得ました。


湧水をめぐる地形と地質の関係について
 ここで湧水地付近の地形と地質を見てみましょう。湧水が流出している東野の清流は、北方約1kmにある標高845.8m、867m、794mの3つの山に源を発しています。谷地形をみてみますと、北東−南西方向と北西−南東方向の直線的な谷の組み合わせからなっており、本湧水地は、この2つの谷方向の交点に位置しています。清流の流量を管の直径と水面の高さ及び流速から概略的に求めてみますと約2m/分(1分あたりの水量が200リットルのドラム缶10本分)でした。  本地点付近の地質は、地質図に示されるように論田花崗岩と呼ばれる灰色黒雲母花崗岩が分布しています。この花崗岩は、今から約9000万年前(白亜紀後期)に地下深部で形成されたものと考えられています。  本地域の西側と東側には、2本のマイロナイト(岩石が著しい圧砕作用をうけ、すべての原鉱物が破砕されつくして、微粒集合体に変わったもの)帯が分布しています。1本は三春町過足(三春ダム付近)から南北方向に伸び、他の1本は郡山市田母神・平田村蓬田を通って国道49号線沿いに南東方向に伸びています。  また、山に分布する花崗岩には、直径1〜5mの大きな岩塊が、多数見られます。これらの成因は、次のように考えられます。(1)箱型の割れ目→(2)割れ目への地下水浸入と風化→(3)風化したマサの流出。山は、地下水の涵養という重要な役割を果たしています。

湧出機構について
地図
(図2)宇津峰―千五沢構造帯の地質図※1)より抜粋
 本湧水の湧出機構を推定するため、主イオン分析を行い、ヘキサダイアグラム(図3)、トリリニアダイアグラム(図4)を作成してみました。本湧水の特徴を明らかにするため、同じ阿武隈山地に分布する石川花崗岩の割れ目から湧出している石川町小和清水(日本地下水学会、1999、「続名水を科学する」、p241)と比較してみました。
 図3をみますと、長命の清水は小和清水と比較し、カルシウムとマグネシウムが抜けた形で炭酸水素イオンが半分となった他は同じ形となっています。
 図4をみますと本湧水は、「地下水U(重炭酸ナトリウム型)」に分類され、停滞的な環境にある地下水で地表から比較的深い地下水の型と考えられます。他方、小和清水は「地下水T(重炭酸カルシウム型)」に分類され、循環性の地下水と考えられます。
 人為的汚染の指標にも使われる硝酸イオンをみますと両方ともほとんど含有せず、非常にきれいな地下水といえましょう。
 以上の結果より、本湧水は、花崗岩の割れ目を通って、地下深部まで浸透した地下水がゆっくり上昇して、湧出しているもので、人為的な汚染をほとんど受けていないものということができます。そうした意味で確かに「長命の」清水ということなのかも知れません。


表1 水質分析結果表
採水場所(採水日) 長命の清水
(2000年11月21日)
小和清水※2)
(1996年5月3日)
水温、pH
電気伝導度
11.3℃、pH=5.9
33.8μ/cm
11.0℃、pH=6.0
75.2μ/cm
検査項目 mg/リットル me/リットル mg/リットル me/リットル
カルシウム(Ca 0.48 0.024 10.7 7.1 0.35 55.9
マグネシウム(Mg 0.25 0.021 9.2 1.3 0.11 16.9
ナトリウム(Na 3.82 0.166 74.1 3.8 0.17 26.6
カリウム(Ka 0.52 0.013 5.8 0.3 0.01 1.6
陽イオン総量 5.07 0.224 100 12.5 0.64 100
 
炭酸水素イオン(HCO3 18 0.30 74.9 35.3 0.58 83.1
塩素イオン(Cl 2.19 0.06 15.7 2.7 0.08 10.9
硫酸イオン(SO4 1.78 0.04 9.4 2.0 0.04 6.0
陰イオン総量 21.97 0.4 100 40.0 0.70 100
硝酸イオン(NO3 0.09 0.001   0.3 0.005  


トリリニアダイヤグラム 水質区分
領域 組成による分類 水の種類
I 重炭酸カルシウム型
Ca(HCO3)2
Ca(HCO3)2 Mg(HCO3)2型の水質組成で、わが国の循環性地下水の大半がこの型に属する。石灰岩地域の地下水は典型的にこの型を示す。
II 重炭酸ナトリウム型
NaHCO2
NaHCO2型の水質組成で、停滞的な環境にある地下水がこの型に属する。したがって、地表から比較的深い地下水の型といえる。
III 非重炭酸カルシウム型
CaSO4又はCaCl2
CaCl2又はCaSO4型の水質組成で温泉水・鉱泉水および化石塩水等がこの型に属し、一般の河川水・地下水では特殊なものであり、温泉水や工業排水等の混入が考えられる。
IV 非重炭酸ナトリウム型
Na2SO4又はNaCl型
Na2SO4又はNaCl型の水質組成で、海水および海水が混入した地下水・温泉水等がこの型に属する。
V 中間型 I〜IVの中間的な型で、河川水・伏流水および循環性地下水の多くがこの型に属する。


図01 図02
(図3)ヘキサダイヤグラム (図4)トリリニアダイヤグラム


引用文献
  1. M.Hunahashi, J.Watanabe(1979):THE ABEAN OROGENY, Tectonics,metamorphism and plutonism in the subsequent stage of the Abean orogenic movements, p326-327
  2. 日本地下水学会編(1999):「続名水を科学する」、福島県の名水、p44-52, p241





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