連 載 
地盤工学古書独白 第4回
戦前期(1940年以前)編(その3)
小松田 精吉※
(工学博士、技術士 建設部門)


A-5 橋梁工学・基礎の設計及施工:佐藤廉平 著
昭和4年(1929) 2月25日発行
淀屋書店 3円30銭


本の特色と著者
 著者がどのような経歴の持ち主か、良くわからない。現代の著書は、著者の略歴を記しているが、一般に当時の本には肩書き程度はあるが略歴は記されていない。この本に至っては、著者の肩書きすらない。しかし、著書の中身を見ると、諸外国の文献をよく調べていることもさることながら、著者自身かなり経験豊富な方であることが、本の端はしににじみ出ている。これがこの本の特色でもある。
 その意味で、基礎工学なるものが体系化されていなかった時期に、「基礎工学」の先駆的な役割を果たした本ではあるまいかと思う。敬意を表したい。

地盤調査から始まる
 第二章の「地盤の調査」から書き出されている事も、極めて実践的である。とはいえ、上総掘りによる地質調査がまだ主流であった時代の中で、ロッドによる衝撃式(パーカッション)ボーリングを説明している。同時に、この本が出版される6年前の大正12年(1923)に開発された西尾式サンプラーが、サンプラーの詳細図と共に記述されている。西尾式サンプラーとそれによる調査方法は、標準貫入試験と酷似しているが、標準貫入試験が開発される4年前に考案されたものである。

優れていた杭工法
 最近、新しい杭工法として売り出しているものの中に、この本の中ですでに紹介されているものが幾つか目に止まる。たとえば、杭体の途中に鍔を付けた杭で軟らかく浅い地層で支持させるように工夫された杭とか、スクリューパイル、先端を拡張して支持力を増大させるペデスタル杭などである。
 木杭が最も多く使用されていた時代であり、木杭の害虫による被害防止にかなり苦労されている状況が記述されているのも時代の反映であろう。
 鉄筋コンクリート杭の工事例として、「東京万世橋間市街高架線建設工事」を詳しく紹介している。

鋼矢板の腐食実験
 鋼矢板については、「土木建築雑誌」に掲載された久永工学博士の記事を転載している。書かれている内容は全て外国の例である。それだけ我が国において、この当時鋼矢板の工事事例が乏しかったものと思われる。しかし、施工されてから10ヶ年経過した鋼矢板の海水による腐蝕量を調べている。最も多いところで0.5mmであったと報告されている。このように当時から欧米では長期実験が行われていた事に、痛く感心させられる。

井筒工(ウエル)の耐震設計
 柳生工学士が、土木学会誌に書かれたという関西線木曽川橋梁の設計例を紹介し、その中で地震時に受ける水平荷重を考慮した井筒の設計法が記載されている。
 また、ケーソン工法の項では、すでにケーソン病について触れ、その対策について示唆している。

A-6 土と杭の工学:原口忠次郎・米田正文 著
昭和6年(1931) 9月25日発行
岩波書店 定価3円


雑 感
 この本は昭和42年(1967)に神田の古本屋で買い求めたものであるが、手に取ってみて驚いた事は、表紙がハードな布地装飾の金文字仕上りで洋書に匹敵する立派さであること、紙質と印刷の良さである。昭和6年と云えば、日本軍国主義が世界戦争を準備している最中かであり、一億国民が倹約を強要された時代である。このような世情にあってこのような立派な専門書が発行された裏には、当時の出版界の並々ならぬ心意気とご苦労があったものと推察される。
 著者の一人原口忠次郎は、戦後、神戸市長を務められたと記憶する。しかし、行政官としての業績について論評できる資料は持ち合わせていない。

参考文献の著者達
 当時の本では、参考文献を著者の序文に挙げておくのが常識だったのであろうか。序文に挙げている主な文献は、外国文献10編、国内文献4編である。外国文献のすべてがドイツ語で書かれている。しかし、文献の発行年月日が記されていないのが残念である。
 第1番目に挙げられているのが、Terzaghiの「土質力学」である。2番目にKreyの「土圧論」、3番目がFelleuiusの「粘着力のある土の力学」である。4番から7番までの著者は、M殕ler-Breslau, R.Peterson, M.S.Ketchum, O.Sternであるが、私はよく知らない。8 番目にH.D嗷rの「杭の工学」で、第二次世界大戦後しばらく、杭の支持力公式として使っていた。9番目はK.Zimmermann, 最後にF.Hayashiの文献となっている。
 最後の文献は、林桂一の著書で「弾性地盤上の梁」問題を扱った本である。私はこの復刻版を持っている。当時日本ではあまり注目されていなかったようであるが、諸外国では大変高く評価されていたと聞く。また、林が作成した数表があるが、アインシュタインがこの数表をこよなく愛用していたというエピソードがあるくらい有名である。私は、林の「初等数学」を今でも使っている。
 参考文献にR市alの「土圧論」が無いのはどうしたことか。
 我が国の文献では、柴田畦作の「工業力学」、物部長穂の「耐震設計」に関する論文、平野正雄の「円式力学」、吉田徳次郎の「土圧及擁壁設計法」を挙げている。柴田については、第2回の記事で述べてある。物部については、彼の著書を紹介するところで詳しく述べたいと思う。吉田は、我が国における鉄筋コンクリート工学の発展に決定的な存在であった。戦後、土木学会は彼の業績をたたえて「吉田賞」を設け、現在に至ってもその権威は燦然と輝いている。古本屋で、「土圧及擁壁設計法」を偶然見つけたが、持ち合わせの金が無く手に入れることが出来なかった、かえすがえす残念でならない。

本の構成
 第一編 総説:用語の定義、土圧論の歴史などが書かれている。
 第二編 粉体力学:クーロンとランキンの土圧論が詳細に記述されている。前後にこれほどまでに詳しく土圧論を展開した著書はないと思われる。さらにここで、物部理論による地震時の土圧論を紹介している。
 第三編 粘性力学:粘性土についての研究がそれほど進んでいない状況下で、粘性土の力学を取り扱うことは、かなり勇気がいる事だったに違いない。17頁をとって平面すべり、円弧すべり、土の切取り高さの安定問題を紹介している。
 第四編 支持力の理論:ここでは地盤の支持力と杭の支持力を扱っている。地盤支持力の最後にTerzaghi の支持力論を述べているが、現在教科書にあるような形の支持力公式が現れる以前の内容となっている。
 第五編 応用:矢板、擁壁、樋管の問題を扱っている。
 このように本の構成を概観すると、「土と杭の工学」というよりは、「地盤力学」といった方がよりぴったりするような感じのする本である。

粘着力と土圧について
 この本では、従前「凝集力」といってきた用語を「粘着力(Cohesion)」という用語に替えて使われている。これだけでもかなり近代的な感覚が伝わってくる。そして、Terzaghiが提起した真の粘着力と見かけの粘着力について概説している。
 土圧には、能土圧力と受動土圧力の二種類があると述べている。ここで云う能土圧力は、主動土圧力のことである。いずれにしても、静止土圧についての概念が確立されていない時代であることを伺い知ることができる。

土圧論の発展歴史
 この本の特徴の一つは、Coulomb系とRankine系土圧論の仮定条件、理論の発展歴史、そしてそれぞれの土圧論に対する批判を展開していることである。この中でも土圧理論の発展歴史について述べられた項は、大いに参考となる。
 例えば、Coulomb(1776)がいわゆる「土楔理論」を発表する前に、Couplet(1726-28)が始めて土圧理論を科学的に取り扱った人であると指摘されている。Coulombの後Woltmann(1794-99)が摩擦係数を自然傾斜角の正切とし、当時これが土圧理論の公理とされていたこと、さらに、Rebhann(1871)が、土圧が壁面の垂直線となす角は壁と砂との間の全摩擦角に等しい、という仮定を提唱した事などが述べられている。こうして、150年間もかけてCoulombの土圧論が完成されたのであって、一人Coulombだけの力によるものではないことを教えている。

A-7 高等土木工学第一巻
    応用地質学 平林 武 著
    応用地震学 物部長穂 著
    土性力学  山口 昇 著

昭和7年(1932)1月28日発行
常磐書房 非売品・不許複製
本の体裁
 標記したように、独立した三氏の著書が1冊にまとめられた形となっている。なぜか、本は非売品となっている。大学の教科書用に発行されたのか、推察する術もない。本全体についての序文もなく、通しで頁も無く、3編それぞれが完全に独立して頁が付されている。したがって、3編相互に何ら関連性が無い。

物部長穂について
 この本で主に記述したいのは、山口昇著:「土性力学」についてであるが、はじめに物部長穂について書き添えておきたい。
 物部長穂が私と同じ秋田県の出身者という訳ではないが、土木工学者の中で、私が最も尊敬する学者の一人である。
 彼は明治21年(1888)に、秋田県協和町の物部家の次男に生まれた。東京帝国大学を出て内務省に勤務した。東京帝国大学教授として旺盛な研究活動と教育に携わる傍ら第三代の土木試験所(現、土木研究所)の所長を務められた。彼には「物部水理学」という大著がある。関東大震災に遭遇し、土木構造物の耐震設計法を確立し、今日の「震度法」の基礎を築きあげた。
 秋田の物部氏は、古代朝廷において蘇我氏と宗教論争で敗退したため蘇我氏に追われる身となり、辺境の地、出羽・秋田に落ち延びたという伝説を持ち、代々「唐松神社」の神事を司る家柄である。最近、秘蔵の「物部文書」が解読された。戦国時代、江戸時代をとおし諸藩の大名や名家に、物部家から女が嫁いでいる。こういう家から近代科学者が輩出した事に、不思議な時代の流れを感じる。
 数年前、彼の誕生の地に「物部長穂記念館」が建てられたが、残念ながら今だ拝観する機会がない。

山口の「土性力学」観
 ここで云う土性力学は、今日の「土質力学」と同義語であると思われる。山口は土質力学をどのように認識していたかを垣間見る文面が、この著書の緒論にある。この部分を引用する。材料強弱学について述べた後、「我々の大地を構成する土壌に於いての知識は、未だ到底斯くの如き域に達していない。従って土性力学も今日の所では未だ充分に数量的に、信頼し得る公式を作り上げ得ないことは残念至極の次第である。」・・・「今日の土性力学は截然として二様に区別することができよう。一言にして表せば一つは土塊崩壊の力学であり、他の一つは基礎沈下の力学である。」
 私は、土の性質における根本問題は応力とヒズミの時間的、空間的挙動にある、と考えてきた。このことをすでに70年も前に示唆していたのかと思うと、先達の偉大さに畏敬の念で向かい合う必要を感じる。

古典土性力学と亜弾性土性論
 山口は、Coulomb,Rankine,Rebhann,Boussinesq,Real,Koter,Reissner,Kamanらによる一連の土圧論を仮に「古典土性力学」と称した。これに対し、第一次世界大戦後、Terzaghiによる「土壌を一箇の亜弾性体と考え、弾性力学を土性力学に準用する説」が、しきりに提唱されるようになったとしている。前者は、「土地の安定の問題であり」、後者(亜弾性土性論と称している)は「土地の平衡状態についての力学的の変形の問題、即ち充分に安全に建てられたる建物の実際の沈下量の決定とか、極めて固き土地即ち寧ろ岩石地盤の強度の問題を目標としたのである。」と述べている。  さらに、山口は亜弾性土性論について、「主唱者はテルツアーギ(Terzaghi)と目されているが、然し乍らこれも殊更新たにテルツアーギによって創始せられたるものではなく、古くより弾性力学者間に常に唱えられつつあった説である。」といい、Lame,Boussinesq,Lamb,Love等の弾性力学者の名前を列挙している。山口はTerzaghiをあまり好きではなかったのかも知れない。7年前(1925)に出版されたTerzaghiの本に書かれている「圧密理論」には一言も触れず、あえて弾性力学者の名を引き合いに出している事には、何らかの意図的なものを感じるからである。

レザルとブースネスクの評価
 この本は3編構成となっており、第一編:「土質科学」、第二編:「土壌崩壊の力学(土圧論)、第三編:基礎圧力の分布と弾性沈下(土壌弾性論)である。
 土圧論においては、KreyとR市alの著書を参考文献にしてかなり詳しく紹介している。中でもBoussinesqとR市alについて、要旨次のように評価している。CoulombとRankineの土圧論の欠点をはじめに克服しようとした人は、Boussinesqである。擁壁から充分に離れた領域においてはRankine土圧が働き、擁壁付近に一種の過渡領域を作った。R市alは、Boussinesqのこの考え方を基に土圧係数を近似値的に求められるように式で表した。過渡領域の問題を土圧力線で定義した。
 基礎圧力の分布と弾性沈下については、Boussinesqの理論を紹介しつつも、「参考書としては未だ一冊のまとまった教科書はない。」と言い切っている。

「実験の統一」と「組織の統一」の重要性
 山口昇のこの著書だけからは、すでに紹介した昭和6年(1931)から出版された鉄道省「土質調査委員会報告」以上の近代土質力学の感触が感じられない。しかも山口は、調査委員会の委嘱委員の一人であった。しかし、次の指摘には、現在においても傾聴に値する。「土性力学が今日の所、未だ充分に実用化されていないのは、それ等の実験なり実地の設計なりが、完全に統一せられた組織の下に統括せられて行われていないためである。従って是等の実験の統一ということは上記理論的研究にも増して現下の土性力学上重大なる問題であると信ずる次第である。」
 統一された組織とは、「土質工学会」や「地盤工学会」のような組織を想像していたのであろうか。もしそうだとするならば、今日の学会設立の提唱者は山口昇先生だったとも言えよう。

A-8 レザル土圧論 前編 山口 昇 校閲
        渡辺 貫 訳

昭和7年(1932) 9月5日発行
工業雑誌社 定価5円
校閲者の序文から
訳者の渡辺貫は、当時鉄道技師であり、今日の日本物理探鉱株式会社の創立者である。校閲者の山口昇は、すでに述べたように東京大学教授工学博士である。この本はR市alの「Poussee des Terres」(1903,1910)のうち、「凝集力なき土の擁壁の安定」部分を前編として翻訳したものである。後編は「凝集力のある土」のようであるが、翻訳されたかどうか分からない。いずれにしても後編は持っていない。
 山口の序文によると、この本の位置付けや我が国の事情との関係がよく分かる。「・・・土圧論については其の発生より完成に至るまで殆どフランス人の手によって組み立てられたと云って過言ではない。(注:英国のRankineだけは例外だと云っている)此のフランス流土圧論の伝統を一まとめにして実際化したのが実にレザルの土圧論である。斯くの如き意味に於いてレザルの土圧論は旧くより広く欧米の土木学界に愛読せられたる名著である。我が国の斯界に於いては語学の関係上此の名著が未だ一般に広く読まれなかった・・・」

緻密な理論の展開
 本は第1章から第5章までとなっている。此の中で第1章から第3章までは、R市al土圧論のバックボーンである「圧力線の理論」の展開に費やしている。こうして自らの理論を構築して、第4章で擁壁の安定性問題を論述し、第5章で「圧力係数」等の数表を添付して解説している。
 いかにも、応用力学の権威である山口昇先生好みの緻密な理論書であると言える。
◆◇◆ 次号に続く ◇◆◇



 
Report
『社外研修より学び得たこと』
現場見学会(福島県耶麻郡西会津町他)
日本応用地質学会東北支部主催


 日本応用地質学会東北支部主催により行われた現場見学会(9月8日〜9日)に参加致しました。大規模な落石・岩石崩壊現場の防災対策工事や水力発電所の建設現場などを見学し、その独特の雰囲気を肌で感じ取ってきました。
 見学会全体を通じて強く印象に残ったことは「多くの人が作業に関わる現場ほど、綿密に計画・管理されている」ということです。作業内容別の細かい作業工程作成と、作業現場における看板・防護策の設置などの安全管理より、円滑・安全な作業が実施されておりました。
 本見学会が工程作成・安全管理の重要性を再認識する良い機会になったかと思います。今後の業務においても、より綿密な工程作成・安全管理を実行していきたいと考えております。
【技術部地質環境課 藤沼伸幸】


写真
現地見学会:新宮川ダム(大沼郡会津高田町地内)
●写真提供(日本工営株式会社仙台支店 林篤 様)
技術フォーラム2000(兵庫県神戸市)
全国地質調査業協会連合会主催


技術フォーラム(9月21日〜22日)は、全国の地質調査業者が一同に会して、現場事例、地盤工学、地下水問題、地盤環境等について発表し、討論する場です。本年は神戸で行なわれ、143編の発表がありました。今回、私は「水源調査、地下水影響調査、物理探査、環境調査等についてさまざまな事例を学び業務に生かす」ことを目的に参加させて頂きました。実際に、当社で扱っている案件とよく似た事例があり、失敗談等も聞け、たいへん参考になりました。
 発表を聞くなかで、普段、当社で行なっている調査・工事のなかでも、発表題材がたくさんあると感じました。現場で発生する様々な現象に問題意識をもって取り組めば、地盤や地下水について新しい知見を得ることができると考えます。技術フォーラムは、このようにして得られた新しい知見を交流しあう場として、今後も参加して行きたいと思います。
【技術部地質環境課 石井六夢】
サウンディング基本技術研修
(静岡県富士宮市)
全国地質調査業協会連合会主催


 10月10日〜13日に静岡県富士宮市の富士教育訓練センターで行われた「サウンディング基本技術研修」に参加してきました。
 この研修の目的は、サウンディングの基本であるスウェーデン式サウンディングのほか、三成分コーン貫入試験やラムサウンディングなど新しいサウンディング技術についてその理論を学ぶことからはじまり、現場実習、データ整理までの一連の作業を行ってサウンディングに関する知識を深めることでした。対象者は、これからサウンディングを導入・活用する予定のある会社や管理を行おうとしている会社の社員ということでしたが、参加者はもう何年も現場作業や管理を行っているという人がほとんどでした。そのため、サウンディングに関してほとんど素人の私はいろいろとまわりの人に助けてもらいながらの4日間でしたが、サウンディングをきちんと勉強する良い機会だったと思います。
【技術部調査課 佐藤紀子】


※ 新協地水(株) 代表取締役会長
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