連 載
地盤工学古書独白 第5回
戦前期(1940年以前)編(その4)
小松田 精吉※
(工学博士、技術士 建設部門)
A-9 隧道 「土木工学」編集者柴田耕作
昭和7年(1932)10月 第1巻第1号発行
昭和13年(1938)5月 第7巻第5号まで
本の表題について
標記した「隧道」という単行本はない。これは、昭和7年(1932)から昭和13年(1938)迄に発行された「土木工学」という技術専門雑誌に掲載された隧道(トンネル)に関する記事、報告、論文等を手作りで編集・製本したものである。硬紙の表紙に毛筆の太字で「隧道」と記されている。これを古本屋で買い求めた。製本した人は誰であるかは分からないが、ずいぶんと研究熱心で、几帳面な人柄が目に浮かぶ。
地盤工学の古き時代を探索するとき、何時となくこの雑誌綴りを手にすることが多い。
Procterの「土の突き固め」に関する論文の紹介
かつて最上武雄先生が、土質工学における二大発見の一つにProcterの「土の最大乾燥密度と最適含水量」を挙げた。その原論文となるProcter:Fundamental Principles of Soil Compaction, Enginnering News Record.Vol.111,No.9 Aug.31.1933.が抄訳されて、第2巻、第11号(1933年)にかなり詳しく紹介している。この紹介論文をいま読んでみてもとても新鮮であり、再び何かを発見したような気になるから不思議である。
こうした論文の紹介は、当時の技術者にどんなに刺激を与えたか計り知れない。
安蔵の論説「土圧の作用点に関するKrey氏の理論」
第3巻第12号(1934)に九州帝国大学助教授、安蔵善之輔がKrey著:Erddruck Erdwi derstandにある土圧の作用点について論評している。論評の意図を次のように述べている。「Krey氏土圧理論中、擁壁に及ぼす土圧分布に関する理論は必ずしも妥当ならざる所以を論じ、併せて同問題に対する卑見を述べるものである。」
原著の第1版は1912年、第2版は1918年、第3版は1926年と版を重ね、内容が相当豊富になった。著者の死後、J.Ehrenbergの手によって、1932年に第4版が出版された。これを鶴岡鶴吉と滝山養が昭和12年1月(1937)に共訳し、「土及び地盤の支持力」としてコロナ社から出版している。この翻訳本を持っているが、安蔵の論文中に鶴岡らによって訳されていると記述しているところがあり、鶴岡らはすでに、第3版以前の本を訳されている可能性がある。しかしその訳本については、不案内である。
Kreyの土圧理論のなかで安蔵が評価している点は、Coulomb,Rankineの砂における土圧理論に仮定された平面崩壊面を示さないという点にある。安蔵は「之に依って啓発された」と述べている。問題点は、擁壁に作用する土圧分布に関してのKreyの推論は、一歩進み出た観はあるが未完成であり、納得しがたい点があるとし、これを検討した結果、一つの結論に達したということでこの論文を書いたとされている。
安蔵の論点の中心は、地表面がβの傾斜角を持っている場合、ある微少の土柱に作用する土圧の作用角βと反力の作用角δの関係において、土圧の作用点が擁壁の高さの1/3より上か、または下になるというKreyの推論に対し、力平衡の設定に問題があると、指摘していることである。しかし、最後に安蔵は、「強いて壁付近の土だけでも平衡状態にしようとするならば、壁を少し移動させなければならない。ところが壁を移動させると、砂の粒子が、MeenやJenkin等が考えているような“arch action”が働き、Reynoldのいわゆる“dilatancy”なる砂の特性を考慮しなければならない。これらを静力学的土圧論で取り扱うには、少し無理ではあるまいかと思う。」と自問している点、誠に土圧理論に対する造詣の深さを感じさせる。
鶴岡鶴吉の論文「仮摩擦角選定に関する一提案」
南満州鉄道株式会社技師・工学士鶴岡鶴吉が、第4巻、第1号(1935)に書かれた論文である。φ=0、粘着力(凝集力といっている)を持つ土に、CoulombやRankineの土圧公式を適用することに疑問を持った鶴岡が、@計算を簡便にする A計算結果を安全側にする事を目的に、粘着力を含んだ土圧係数を導入した。この土圧係数で、Rankine公式が適用できるようにした。この方法は、戦後の「土木ポケットブック」に掲載されていたと記憶する。
筆者もこれと似たような発想から、「土の仮想安息角理論と斜面の安定について」をまとめ、工学研究、Vol.11,No.3とNo.4(1962)に発表したことがある。
トピックス
第5巻、第2号(1936)に、東京帝国大学地震研究所技師、理学士宮部直巳の「江東地域の地盤沈下近況」、同じ号に、白石基礎工業合資会社社長、工学士白石多士良の「大阪市営地下鉄工事における圧気潜函工の概要」と題する新技術の紹介、第6号に、川西農業水利改良出張所長大淵貞栄の「土堰堤締め固め標準について」が掲載されており、地盤に対する新しい技術が多く記載されている。
内藤多仲「建築基礎の重要性」
第5巻、第8号(1936)に、早稲田大学教授、工学博士内藤多仲の論文が、論説として掲載されている。たった6頁の論文であるが、写真を9枚、図を10点使ったわかりやすく、読みやすい文章にまとめ上げている。いかに地盤工学の啓蒙に心を傾けておられたか、この一件でも伺い知れる。
この中で、基礎の設計上の問題として、「これはいうまでもなく地質調査が一番大切な問題である。ところが実際施工に当たって往々これを軽く見て、また簡単な調査にとどめ・・・・そのために大きな失敗を招くということがある。・・・」と強調し、いくつかの具体的な例を示して説明している。
私が、学校を卒業し就職した年の5月から行った、東京タワーの基礎地盤調査結果の報告書の提出先が、内藤多仲先生であった。その後、先生からは東芝川崎工場の地盤調査を担当した際、現場で直接ご指導を受けた思い出がある。若輩(むしろ若僧といった方が良い)者の私の説明を丁寧に聞いて下さった印象が強烈に残っている。
山口昇の「A.Cuquot氏新土圧論の評釈」
この論文は、同雑誌の付録として、昭和10年(1935)4月から12月まで9回にわたって連載されたものである。
当時、A.Cuquotはフランスにおける応用力学の最大権威であり、チャンピオンであった。国際土質基礎工学会で活躍されたKeriselは、娘婿に当たり、戦後「カコーの土質力学」を共著された。私はこの翻訳本を持っている。
山口論文は章立てをご紹介する程度にとどめておく事にする。第1章:土圧研究の必要性 第2章:内部摩擦角を有する塊体の釣り合い条件 第3章:粉体の摩擦力 第4章:粉体内に於ける一般応力 第5章:ある特別の釣り合い 第6章:擁壁、基礎並びに隧道 第7章:粘性のある土の傾斜面である。
渡辺貫・当山道三の「テルツアーギ土質力学の紹介」
鉄道省土質調査会、理学士渡辺貫と、日本大学地質工学実験室・工学士当山道三の共同執筆で、昭和11年(1936)8月から昭和12年(1937)8月までテルツアーギ「土質力学」を紹介している。これが完結したものかどうかは、製本に綴じ込んだ雑誌の最後が昭和12年8月号で終わっているので良くわからない。しかし、紹介している内容は、Terzaghiの1925年の教科書に添った形となっているので、おそらく未完であろうと思われる。その原因が戦争のため雑誌そのものが廃刊となったのか、連載が中止になったか、あるいは雑誌が入手できなかったか、詮索する事もできない。
A-10 基礎工 ブレンネック・ローマイヤー原著
工学士 太田尾広治
服部 彰雄
傍島 湊 共訳
昭和8年(1933)〜昭和11年(1936)
コロナ社
原著について
訳された本の原著は、第4版に当たる。初版は1895年、L.Brenneckeの単独の執筆によるものである。1926年第4版を出版するに当たり、ドイツ海軍省顧問・工学博士L.Brenneckeは84才の高齢であったため、Erick Lohmeyerに共著の申し出があって、二人の共著となった。
「序」によると、基礎地盤の項については、Terzaghi博士の著書(1925)を参考にしたが、参考以上の何ものでもないと、わざわざ断っているのもおもしろい。
この本の特徴は、最新の理論を駆使していることと、一貫して施工例を挙げて実務者向けに説明されていることである。当時、基礎工の分野においても、ドイツが世界のトップ技術を誇っていた様子が随所にかいま見られる。
第一巻 昭和8年(1933)11月25日発行
第一編 基礎地盤
第二編 構造材料
第二巻 昭和9年(1934)4月15日発行
第三編 杭と矢板
さや管を利用した場所打ちコンクリート杭がかなり詳しく説明されている。
杭の支持力公式として、Dörrの式が最も良い結果を示すとして推奨している。Dörrの式の特徴として、安全率を考慮していないこと、先端断面はすべて円筒形にして扱っていること、Kreyの土圧論やEngesserの土圧式が取り入れられていることなどが挙げられている。
第三巻 昭和9年(1934)9月20日発行
第四編 基礎溝
第五編 矢板工
今、基礎溝という用語は聞き慣れない。どうやら「根掘り」とか「根切り」の事らしい。それで、掘削のり面、掘削土留め、締め切り工などが対象に扱われている。
地下水沈下工法というものがあるが、これは現代でいう「地下水位低下工法」である。ここで注目されるのは、ちゃんと、群井理論式が適用されている事である。Muskatが群井問題をn個の連立方程式で解く方法を提案したのは1946年であるから、これよりも20年早い。
矢板の安定計算には、Rankine系の土圧論を巧みに適用されていて、控え矢板やアンカー、鋼矢板の安定計算がこともなく容易に行われている。
第四巻 昭和9年(1934)12月20日発行
第五編 矢板工の続き
第六編 杭床の計算
第七編 基礎杭を有する構造物
杭床とは聞き慣れないが、「杭躯体」の事のようである。
杭の水平力に対する支持力計算方法は示されていない。この時代には未だ杭の水平力問題の理論が確立していないと見られる。それに代わって、水平力を斜杭を効果的に使って対応している事例が、数多く紹介されている。
第五巻 昭和10年(1935)3月18日発行
第七編の続き
第八編 独立杭上の構造物
(杭床の位置高きもの)
第六巻 昭和10年(1935)6月25日発行
第八編の続き
第九編 地上基礎
第十編 水中基礎
地上基礎の研究結果が紹介されている中で、粒状体地盤上の剛性構造体及び弾性構造体における基礎の圧力分布について、実験的に研究したKülerとScheidigの成果を高く評価している。この研究成果はあまりにも有名で、現在でも教科書に引用されている圧力分布図であるので、下図のとおり転載した。
圧力分布図(「基礎工」第六巻より転載)
帯状基礎について、弾性床と仮定した計算方法を次のように紹介している。「計算のWinkler, Schwedler,Zimmermannの研究により、鉄道の路盤計算に使われる。Müler,Breslauはこの方法を彼らの有名な教科書に入れている。後に至ってFrohlichは徹底的に研究し、Fueundは双曲線関数を用いて簡単ならしめた。今までの中で最も総括的な方法はHayashiが作った。」
ここで最後に出てくるHayshiは、林桂一が著した1921年のドイツ語で書かれた本の事である。
第七巻 昭和10年(1935)7月15日発行
大半、第十編の続き
第十一編 井筒基礎工
沈井の用語があるが、オープンケーソンの事のようである。
第八巻 昭和11年(1936)1月5日発行
第十一編の続き
圧気潜函基礎のことが書かれている。この工法は1841年フランスの技師Trigerの発明に端を発していることを紹介し、工法の発展史を述べている。
また、一方、この工法を選定するに当たっては、労働者に危険が及ぶこと、工費が高価であることを十分に考慮しなければならないと注意を促している。
A-11 岩波全書 地震 松澤武雄著
昭和8年(1933)12月20日第一刷発行
岩波書店 八拾銭
著者松澤武雄のこと
私が昭和32年(1957)から昭和51年(1976)まで在職した応用地質株式会社の浦和研究所に、松澤先生が顧問としてお見えになったのは、確か昭和30年代の後半だったと思う。昭和39年に発生した新潟地震の調査団の一人として参加されていることが、応用地質の記録に残されている。
松澤先生は、わが国だけでなく国際的に知られた地震学の権威である。私は分野も勤務している場所も異なることもあって、直接お話する機会はなかった。遠くから拝顔するだけだったが、温厚な風貌を持ち、密かに尊敬と畏敬の念を抱いていた。
地震学に対する思想
著者の「地震学観」ともいうべき思想が非常におもしろい。緒言に次のような言葉がある。「総じて、素人や専門に入って日尚浅い人達は、所謂原因なるものを聞きたがるものである。どんな気休めの諸説でも、原因とさえ云えば、現象については一言も聞かなくも、その事柄がわかったような幻覚にさえ陥るらしい。これは本末転倒の尤なるものである。実は現象を明確に認めて、それを支配する法則が発見されれば、それで充分な筈である。」
ここで一つの例をだし、「何故に物質が万有引力の如き現象を現すかと云うような哲学的詮索は科学には全く無用である。物質が何故存在するかと云う疑いを起こした所でそれはも早科学ではないのである。」
この思想が良いかどうかは別として、地震学にとどまらず科学一般における松澤の方法論として捕らえるべきかも知れない。
「地震現象学」と生活
この本の最大の特徴は、「地震現象学」と云って良いほど現象の追求に徹底していることである。それに加えて、「人間」を中心に論じられている点である。
例えば、第一章地面の働き測ること、第一節感震器の部分で「吾人の身体は、余り鋭敏ではないがそれ自身一つの感震器である。」といったところである。
第三章地震動のなかの震度階の所では、「地震の震動要素は地震計によれば最も主観を去った普遍的なものが得られること論をまたぬ。しかし乍ら地球上のあらゆる場所に極めて密に測定機器を設備することは今日の政治形式の下に於いては殆ど不可能に近い」と、嘆いている。言葉の裏には、暗に当時の政治体制を批判しているようにも感じる。
著者は、人と社会に貢献する「地震学」を目指したのではないだろうか。かつて機会があったのに、これを直接聞き出す術の無い今が残念でならない。
◆◇◆ 次号に続く ◇◆◇
※ 新協地水(株) 代表取締役会長
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