福島県の湧水シリーズ(その13)
“岩代町の湧水―御膳清水”

文: 藤沼伸幸※1 阿部恵美※2 / 取材:山口將※3


所在地
 安達郡岩代町小浜殿原地内

はじめに
 安達郡岩代町小浜の宮森城跡の近くに今でも涌き出ている湧水があります。地元の人たちに御膳清水と呼ばれています。現在では生活用水としては使われていませんが、農作業などが終わった後に、この湧水を飲み一息入れています。今回はこの湧水を訪ねました。

位置
 御膳清水のある岩代町は福島県の中通り地方にあり、二本松市の東側に位置し、東西に長い形をしています。御膳清水へは県道本宮・岩代線を本宮町、白沢村を通って岩代町に入り、車で約15分ほど行きます。家並みが点々と見え始め、ゆるい下り坂が終わって主要地方道飯野三春石川線となり、左にカーブしたところで右折します。(宮森城跡の案内があります)すぐに小さな橋(小浜川が流れている宮森橋)があります。道なりに300mくらい行くと、さらに宮森城跡の案内があり、案内に従い田んぼ沿いに右折すると、すぐに左手に見えてきます。

歴 史
 御膳清水の御膳と宮森城という言葉が何度もでましたので、歴史に詳しい人ですとお分かりかと思いますが、この御膳清水は宮森城に伊達政宗の父、伊達輝宗がいた時代、城主御用の井戸として使われていました。以前NHKの大河ドラマで放映されましたが、輝宗が天正13年(1585年)に畠山義継に拉致された「栗の巣の変」は輝宗がこの城にいたときに起こっています。この湧水が何百年前から使われていたか正確には分かりませんが少なくとも四百年以上前ということになります。現在では静まりかえっているこの地で昔、歴史的事件が起こったとはとても想像することができません。この湧水はその当時から現在に至るまで、わずかの量ですが片時も休むことなく涌き出ています。

地形と地質
 御膳清水のある岩代町は阿武隈山地の西端に当り、阿武隈川を中心とする中通り低地帯との境界部に位置しています。
 御膳清水付近の山地は、ほぼ東西方向に伸びる尾根とそこから派生する小規模な尾根から形成されています。谷底は海抜250m〜300m、山頂及び尾根部は350m〜400m付近にあり、起伏は小さいものの数多くの斜面―高低差が小さく比較的急な斜面−が山間の景観を呈しています。
 岩代町を含む阿武隈山地は、大部分が古生代ないし中生代後期に貫入したと推定される古期貫入岩類(古期塩基性岩類,古期花崗閃緑岩類)および、中生代白亜紀に貫入したと推定される新期貫入岩類(新期塩基性岩類,新期花崗閃緑岩類,新期花崗岩類,ひん岩類)から成っており、御膳清水周辺の山地は古期花崗閃緑岩類により形成されています。


図1 御膳清水への案内図
(国土地理院発行1:25,000地形図「岩代小浜」より抜粋)


御膳清水


水質について
 今回採水した御膳清水の水質はどのようなものなのかをみるためにイオン分析を行ったところ、表1のようになりました。

表1 水質分析結果表 2001年10月16日採水

採水場所

岩代町御膳清水

水温

12.4℃

pH

6.48

電気伝導度

204.5μs/cm

検査項目

mg/リットル

mg/リットル

カルシウム(Ca

18.0

0.898

52

マグネシウム(Mg

3.9

0.321

18

ナトリウム(Na

11.0

0.478

30

カリウム(K

1.1

0.028

陽イオン総量

34.0

1.725

100

塩素イオン(Cl

10.0

0.294

19

硫酸イオン(SO4

12.0

0.250

16

炭酸水素イオン(HCO3

62.0

1.016

65

硝酸イオン(NO3

5.5

(0.089)

陰イオン総量

89.5

1.560

100


 このイオン分析をもとに、トリリニアダイヤグラムにプロットすることで、御膳清水がどのような性質に由来するがかわかります。この図は、両端の三角図は、陰イオンおよび陽イオンそれぞれのイオンがどのくらいの割合で溶存しているかを表すようになっています。
 今回採水した御膳清水は表1のような結果になったのでそれぞれのプロットすると、図2のようになります。
ここで、読者の皆様はお気づきとは思いますが、陽イオンのナトリウムとカリウムの和、陰イオンの炭酸水素イオンの辺は三角形とひし形の辺に共通しています。この2つのイオンからプロットすると、ひし形のキーダイヤグラムは図2のようになります。


図2 トリリニアダイヤグラム


キーダイヤグラムはイオンの溶存量によって、領域が区分されています。ローマ数字で分けられた領域は表2のように区分されています。

表2 トリリニアダイヤグラムの水質区分
領域 組成による分類 水の種類
I 重炭酸カルシウム型
Ca(HCO3)2
Ca(HCO3)2 Mg(HCO3)2型の水質組成で、わが国の循環性地下水の大半がこの型に属する。石灰岩地域の地下水は典型的にこの型を示す。
II 重炭酸ナトリウム型
NaHCO3
NaHCO3型の水質組成で、停滞的な環境にある地下水がこの型に属する。したがって、地表から比較的深い地下水の型といえる。
III 非重炭酸カルシウム型
CaSO4又はCaCl2
CaCl2又はCaSO4型の水質組成で温泉水・鉱泉水および化石塩水等がこの型に属し、一般の河川水・地下水では特殊なものであり、温泉水や工業排水等の混入が考えられる。
IV 非重炭酸ナトリウム型
Na2SO4又はNaCl型
Na2SO4又はNaCl型の水質組成で、海水および海水が混入した地下水・温泉水等がこの型に属する。
V 中間型 I〜IVの中間的な型で、河川水・伏流水および循環性地下水の多くがこの型に属する。

 御膳清水はこの表ではT型の重炭酸カルシウム型に属し、陰イオンと陽イオンはイオン当量(me/リットル)ではほぼ同量に存在していますが、イオン濃度(mg/リットル)では、陰イオン総量と陽イオン総量では2倍以上の差があります。
 また、水質組成とイオンの溶存量を表す方法として、ヘキサダイヤグラムがあります。これは、各イオンの等量値を左右の等量水平軸にプロットし、各点を結んでできあがった六角形の形で水質を評価できるものです。御膳清水の場合は図3のようになります。


図3 ヘキサダイヤグラム


 このヘキサダイヤグラムでは、炭酸水素イオンとカルシウムイオンの割合が大きいことがわかります。これは、地層を流動した地下水が有機物の分解や地中の溶存成分の影響をうけているためだと思われます。

参考文献
  1. 土地分類図(福島県)          (財)日本地図センター発行
  2. 地下水資源・環境論 ―その理論と実践―  共立出版(株)発行


※1 新協地水(株) 技術部地盤調査課
※2 新協地水(株) 技術部地質環境課
※3 新協地水(株) 役員室


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