福島県の湧水シリーズ(その14)
“湖南町の湧水―黒森強清水”
山口 將※1・阿部恵美※2

所在地
 郡山市湖南町赤津地内

はじめに
 郡山市湖南町赤津地内で、国道294号線の黒森峠を貫くトンネル工事が行われています。黒森トンネル工事現場より湖南町側へ400mほど下った道路の側溝に、南側の山地から沢水が流れ込んでいます。地元の人たちは黒森強清水と呼んでおり、湖南町史談会が昭和62年に「黒森強清水」と書いた史柱を建てているので、気をつけて見ると場所がすぐわかります。
 現在では生活用水としては使われず、もっぱら農業用水として使われていますが、ポリタンクを携えて水を汲みに来る人が最近増えているとのことです。

位置
地図  黒森強清水のある湖南町は福島県の中央やや南寄り(郡山市の西部)にあり、猪苗代湖南東縁部を占めています。
 黒森強清水へは国道49号線上戸から県道9号線で湖南町方面へ入ります。この間約23km,35分程度かかります。途中、三代で県道9号から国道294号線へ入り、山王トンネルを抜けると湖南町の中心である福良部落です。福良にある大坂屋食堂の前を通って、赤津を過ぎると折れ曲がった道になりますが、ほぼ直線の上り坂になるとトンネル工事の現場が見えてきます。徐行して左側を見ていきますと強清水の標柱があります。三代から黒森トンネル入口までは、約6km,10分の道程です。
 白河方面よりは国道294号線勢至堂峠を越えて湖南町へ入ります。白河からは約45km,1時間10分程度で三代の集落です。突き当たりの信号を左折しますと、福良方面行きとなります。
 会津方面からは国道49号線強清水(河東町)より国道294号線へ入ります。湊町を通り黒森峠を下りたところにトンネルの工事現場があります。この間、約18km,25分程度です。現場前の道路はほぼ直線になっており、少し下っていくと左側に待避所があり、向側が強清水です。


歴 史
写真  49号線沿いにある強清水から白河に至る国道294号線は、江戸時代、参勤交代の道として使われていた白河街道をもとにつくられたものです。
 慶長10年(1605)会津藩主蒲生秀行が白河街道となし赤井・原・赤津・福良・三代などを宿駅として、一里塚が築かれました。現在残っている一里塚は三代だけになってしまいました。また、宿駅に準ずる所として、金堀・唐沢・三代峠茶屋などがあげられています。白河街道は、会津強清水から白河に至る道路で、物資の輸送、藩の廻米路として重要でした。
 天正18年(1590)に豊臣秀吉が会津入りをした時も勢至堂・三代・福良・原・背炙峠を越えて、若松に入っています。その後上杉・加藤・保科各代で完備し宿駅として発達し、昔から会津と中通りを結ぶ重要な道路となりました。黒森強清水の由来は定かではありませんが、涸れることが無くこんこんと沢に流れ出る湧水は、白河街道と呼ばれていた時代、旅人たちの喉を潤していたと思われます。


地形及び地質
 猪苗代湖の南部は、会津布引山(標高1082m)を頂点に南流して猪苗代湖に注ぐ幾筋かの谷が発達し、谷は幅が非常に狭く、ほぼ直線的に平行して流れているのが特徴です。山地はこの谷によって区切られており、南→北に平行して伸びる狭い尾根となって猪苗代湖岸に達しています。尾根の頂部は会津布引山を頂点に南に向かって次第に高度を下げながらも高さのそろった地形を示す。このことは、かつてそれほど古くない時代に会津布引山を中心にした高原状の平坦地が形成されたこと、それが河川によって侵食されつつあるという幼年期の地形であることを示しています。
 このような特徴的な地形をもたらした原因は、地質の成り立ちにあります。これまでに明らかにされたところによると、この地域の地史は次のようにまとめることが出来ます。
 火砕流堆積物を中心としたこの地層に対して、中通り地区では「白河層」、会津地区では「背中炙山層」という名前が付けられています。

湧水機構
 「白河層」、「背中炙山層」の分布地域ではかなり規模の大きい湧水をあちらこちらに見ることが出来ます。火砕流の中心部は溶結凝灰岩になっていますが、溶結凝灰岩は冷却して固まる時に縦方向に割れ目が発達します。この割れ目は地下水が流動しやすい条件になるので、溶結凝灰岩の多くは透水層です。一方火砕流の上部や下部は十分な熱を持たないため、熔け固まることのない非溶結部になり、細粒の火山灰が多ければ、地下水を通さない不透水層になります。不透水層の凹所に溶結凝灰岩が形成され、その境目が地表に現れると、そこで地下水が地表にあふれ、湧出します。黒森強清水はそのような機構の代表的なものの一つで、湧水機構を模式的に図2に示します。
地図
図2 黒森強清水の湧水機構模式図


水質について
図3  今回採取した黒森強清水の水質をイオン分析によって、どのような水なのかをここで述べてみたいと思います。イオン分析の結果は表1をご覧ください。
 この分析結果をもとに、各イオン成分が水中に溶存している割合をヘキサダイヤグラムで表したのが図3です。

採水場所 黒森強清水
水  温 8.6℃
pH 7.1
電気伝導度 52.5μs/cm
分析項目 イオン濃度
(mg/リットル)
イオン当量
(me/リットル)
比 率
(%)
カルシウム(Ca2+ 3.1 0.155 29.4
マグネシウム(Mg+ 1.3 0.107 20.3
ナトリウム(Na+ 5.3 0.230 44.0
カリウム(K+ 1.3 0.033 6.3
陽イオン総量 11.0 0.525 100.0
. . . .
塩素イオン(Cl- 2.7 0.076 14.4
硫酸イオン(SO42- 1.2 0.025 4.7
炭酸水素イオン(HCO3- 25.0 0.410 78.0
硝酸イオン(NO3- 0.93 0.015 2.9
陰イオン総量 29.83 0.526 100.0



図  図4は、黒森強清水に含まれる各イオン成分をトリリニアダイヤグラム上にプロットしたものです。この図では、本湧水はI型とV型の境界線上に位置します。
 このことは、黒森強清水が降雨がすぐ湧出したものでなく、かなりの期間地中に貯留されたものであることを示し、帯水層となる溶結凝灰岩が会津布引山付近に起源があると整合します。



トリリニアダイヤグラム 水質区分
領域 組成による分類 水の種類
I 重炭酸カルシウム型
Ca(HCO3)2
Ca(HCO3)2 Mg(HCO3)2型の水質組成で、わが国の循環性地下水の大半がこの型に属する。石灰岩地域の地下水は典型的にこの型を示す。
II 重炭酸ナトリウム型
NaHCO3
NaHCO2型の水質組成で、停滞的な環境にある地下水がこの型に属する。したがって、地表から比較的深い地下水の型といえる。
III 非重炭酸カルシウム型
CaSO4又はCaCl2
CaCl2又はCaSO4型の水質組成で温泉水・鉱泉水および化石塩水等がこの型に属し、一般の河川水・地下水では特殊なものであり、温泉水や工業排水等の混入が考えられる。
IV 非重炭酸ナトリウム型
Na2SO4又はNaCl型
Na2SO4又はNaCl型の水質組成で、海水および海水が混入した地下水・温泉水等がこの型に属する。
V 中間型 I〜IVの中間的な型で、河川水・伏流水および循環性地下水の多くがこの型に属する。


 今回は水質の他に、猪苗代湖に流入する河川について調べてみました。
 猪苗代湖に流入する河川は数多くあり、湖北側には裏磐梯高原から流下する長瀬川や酸川があります。酸川は安達太良山の西側から猪苗代湖に向かって流れている川で、pH3前後の強酸性の川であることが研究報告されています。酸川付近には沼尻温泉、中の沢温泉などの強酸性の温泉や硫黄鉱山からの坑内水といった酸性水源が流入していることが要因と知られています。また、SO42-、Cl-、Al2+といった物質が多く含有しています。その酸川が合流するのが、長瀬川です。長瀬川は裏磐梯高原から猪苗代湖に向かって流入する河川で、水質はpH7前後の中性河川ですが、塩分濃度がやや高い川といった特徴があります。
 ところが、物質を多く含む湖北側の河川に対して、湖南及び湖西側にある舟津川、原川、常夏川などは、中性で塩分濃度もそれほど高くない山地性河川であることがわかっています。
 もう一度、今回取材した黒森強清水を地図で確認すると、原川の付近に位置しています。表3は原川と黒森強清水のpHと電気伝導度の値を表わしたものです。

  原川 黒森強清水
pH 6.9 7.1
電気伝導度 41(mS/m) 52.5(mS/m)


 比較してみると、原川と黒森強清水のpH及び電気伝導度はほぼ似たような値であるという結果になりました。
 イオン分析結果やpH、電気伝導度から、黒森強清水も湖南側の河川と類似した水質であると考えられますが、比較項目が少ないことと、湖南側の河川の水質に関する資料が少ないので、もっと調べてみると新たな発見があるかも知れません。もし、新たなことが分かった時は再び土と水の「湧水シリーズ特別編」として発表できたらと思います。

参考文献
  1. 「福島大学特定研究 猪苗代湖の自然」研究報告 No.1〜3
  2. 「地下水資源・環境論 −その理論と実践−」共立出版(株)発行

※1  新協地水(株) 技術部工事課
※2  新協地水(株) 技術部地質環境課
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