連 載 
顔写真 地盤工学古書独白 第8回
戦前期(1940年以前)編(その7)
小松田 精吉※
(工学博士、技術士 建設部門)


A-17 地質工学・試験法及び計算法
   渡辺 貫・当山道三 共著

昭和12年9月30日 発行
古今書院 4円50銭


「地質工学」の続編
 A-14に著者の一人渡辺貫による大著「地質工学」をご紹介した。この本の続編または姉妹編のように受け取られる本であるが、著者たちの序文によれば、「地質工学」の付録として寄稿したとある。付録にしては、大層立派な著書である。
 著者たちのねらいは、「日本大学土木科及び早稲田大学建築科学生の地質工学実験用に当てるを目的とした」ものである。この本で学んだ学生たちは、当時我が国の新進の学問を直にふれるチャンスを得て、大変恵まれていたと思わざるを得ない。

試験法とその応用を意識した構成
 本の構成は、土質試験の方法(第1章、2章、3章)を記述した後、それを応用する問題の理論的な解説、つまり、土圧論(第4章)、斜面の安定(第5章)について詳細に書かれている。そして、基礎調査法(第6章)を述べた後に、基礎支持力計算法(第7章)の理論的な解説が行われている。本の後半は、第8章光弾性実験法、第9章土質物理学実験法、第10章地盤振動測定法となっており、土や地盤の模型実験に使用される手法を丁寧に説明している。
 最近の著書でこのような啓蒙的な本があまりにも少ないような気がする。地盤工学の草創期だったという背景もあるが、地盤工学は今でも常に新しく生まれ変わっている中で、その度に、新しい啓蒙書があってよいはずである。
今日の土質試験法の骨組みを構築している
 記述されている土質試験法の内容を一覧すると、すぐ気づくことは、今日、少なくとも戦後、日本工業規格に規定された土質試験法の骨組みは、この本によって構築されていることである。試料採取法、粒度分析、液性・塑性限界試験、剪断試験法、圧縮試験法、圧密透水試験法、透水試験法などが、用語の違いこそあれほとんど今日の方法と変わらない。さすが、三軸圧縮試験と突き固め試験は、ここには登場していない。

圧密先行荷重(圧密降伏応力)
 この本の圧密試験とその応用について記述されている内容に、「圧密先行荷重」の概念がとりあげられていない。圧密先行荷重の求め方は、1936年ハーバード大学で行われた第1回土質基礎国際会議にCasagrandeが提出した"The Determination of The Preconsolidation Load and its Practical Significance"という「討論文書」によって明らかにされた。「地質工学・土質試験法」を書いたこの本は、国際会議の翌年であるので、おそらくこの概念をよく理解して紹介するにはあまりにも時間がなかったのであろう。
 もう一つ、圧密沈下時間を計算する方法が未だ未熟である。確かに、時間の関数として圧密沈下量を計算する式は、紹介されているが、これもかなり煩雑な式となっている。これも学問の発展過程の制約としてやむを得ないことであろう。だからといって、この本の先駆的な役割はいささかも過小評価されるものではない。

A-18 トンネルの話
   アーチバルド・ブラック著/平山復二郎訳

昭和14年6月22日 発行
岩波書店 2円60銭


著者と訳者のこと
 著者のブラックは、専門技術者ではないらしい。今風に言えばルポライターのような人ではあるまいか。しかし、この本の中身は、厳密な事実関係の掘り起こしと、充実したデータによって物語風に書かれており、読者は一般の人を対象にしている。訳者の平山が、自分もこういう類の本を書いてみたかったと告白しているように、この本を見つけたときにすぐ訳してみようと決心したという。
 物語風の本とはいえ、著者がいかに事実を重んじたかは、日本の丹那トンネル工事について再三平山に問い合わせがあったことの一事を見ても分かる。また、著者のお兄さんがトンネル技術者であることも、本の中身を充実させる一助になったことは間違いないであろう。
訳者の平山復二郎は、明治21年、東京に生まれ、府立一中、一高、東大の秀才コースを進んだ。当時の鉄道院に就職し、米、英、スイスに留学し、関東大震災後の帝都復興院の道路課長、その後、丹那トンネル工事に従事した。満鉄の理事、満州電業の理事長を歴任した。昭和27年ピー・エス・コンクリート株式会社社長、29年パシフイック・コンサルタンツ社長、日本技術士会会長、土木学会第44代会長に就任し、昭和37年1月、74歳の生涯を閉じた。ただの一度も大学の教壇に立たなかった不思議な人である。

シールドと沈埋式トンネル
 シールド工法は、日本においては都市土木の花形として知られているが、本のなかで紹介されているその発祥の歴史は、1818年ブルーネルによって考案され特許になったことから始まる。2002年の今日から184年前の出来事である。
 私が沈埋式トンネルを知ったのは、羽田国際空港の海底トンネルを建設する際に使われたときで、まさに最新工法の一つだと思い込んでいた。しかし、この本は沈埋式トンネルを絵を添えて紹介している。こうしたトンネルの歴史を知る上でも貴重な本である。

丹那トンネル(事故の点ではチャンピオン)
 このタイトルは、本の「第17章日本の二つと伊太利のもの」に書かれたはじめの話のタイトルである。丹那トンネルの未曾有の難工事をどのように紹介されているかは、書かれている文章を引用したほうがリアルである。  「完成するのに16年もかかろうとは少しも考えていなかったのです。この長い工事期間を通じて、トンネル工事上、およそ想像できるあらゆる種類の事故と、想像もできない多くの事故とに出会っています。緩んだ地盤が崩壊して、労働者を生き埋めにしたり、あるいは毎平方吋275封度に達する高圧多量な湧水の噴出があったり、あるいは掘った当時は岩位堅い粘土が空気に曝され急激に膨れだして、丈夫な支保工を破壊したり、あるいは水を含むとすぐ流れ出して来る砂層に出会ったりする等、数々の支障に苦しめられました。そしてこれに打ち勝つためにはセメント注入、圧搾空気、排水トンネルの利用等、トンネル技術上のあらゆる助けを借りたのです。犠牲者の数も多数で70人位に達しました。」
 そして、著者は、次のような言葉を伝えているのが印象的である。「日本人は決意の強い民族です。国有鉄道をバックとして、技術者はこのトンネルの掘削に掛かったのですが、一度着手したからには、どんな困難にぶつかろうが、最後まで、仕上げる決心を固めたのでした。そして終わりに不屈の精神は勝利を得たのです。しかしこれがため、70人からの人命と、莫大な工費とを犠牲にするの己むなきにいたりました。」

凍結と薬液注入工法を用いたモスクア地下鉄
 当時モスクア地下鉄は豪華さでも有名であったが、工事が短期間で完成したことでも知られている。地下鉄工事はロシヤ革命後に行われているが、その組織だった工事が他の国より条件が悪いにも関わらず、短期間でできたと紹介している。なかでも注目されたのは、化学者と技術者が共同して、悪い流砂を固化するため「水ガラスと塩化ナトリウム」による薬液注入を行って成功したことである。ロシヤ独特のシールド工法も開発されたらしい。このとき凍結工法が用いられたのかも知れない。凍結工法については、タイトルに「凍結」とあるが、本文に説明がないのが残念である。

未完のイギリス海峡トンネル
 フランスとイギリスを結ぶイギリス海峡トンネルは、1882年に着工された。しかし、1930年に最後の報告書が出され、誰もがこの実現を疑問視していた。たとえば、タイムス新聞は、「トンネルに好意をもって報告書を作る委員会の辞が、恐らくこのトンネルにとっての最後のものではなかろうか」と報じた。
 しかし、著者のブラックは、こう確信を述べて本の最後を締めくくっている。「過去70有余年の歴史を考えて見ますと、イギリス海峡トンネルを最早死んだものと認めるのは、いささか早計ではないでしょうか。・・・・東方からのシンプロン-東洋急行列車が、フランスの海岸カレーの連絡ドック止まりでなく、ここから少し向きをかえて、この英仏海峡のトンネルを通り抜け、ロンドンの中心にまでのり込むような日が、果たして来ないと云えるでしょうか。・・・要するに海峡トンネルは、なお『出来掛りの仕事』として、懸案に残っているものなのです。」
 これから60数年後、日本の技術も関わって海峡トンネルが完成した。つい最近の出来事である。

A-19 応用地質学   
当山道三 著

昭和15年12月1日 初版発行
共立出版 (昭和36年初版16刷 360円)


地盤工学の草分け、当山道三と土木地質学
 著者の当山道三は、日本大学の先生である。国鉄の嘱託委員として目覚しい活躍をされ、わが国の地盤工学の草分けの一人である。1949年に国際土質基礎工学会の日本支部にあたる「日本土質基礎工学委員会」が発足した。この委員会の会長を1952年から1954年まで就任し、1954年「土質工学会」が設立されたあと、1957年から1958年まで会長の重責を努められた。
 当山は土木工学を専門とする学者であるが、地質学に対する造詣は、卓越していたと思われる。このことは、この著書の序文の一端を読むだけで肯ける。
 「設計施工に当たって地質学的方法が用いられたのは最近のことであって、地質学と土木学との関係が次第に密接になってきた。事前の地質調査がいかに工費を節約せしめたか、また事故を未然に防いだか、あるいは偶発した事故の解決、処理方法を教えたかは、その実例を甚としないのである。我が国の如く地形、地質の複雑なる所では特にその効果が大きい。」

応用地質の体系
 本そのものは、224ページのどちらかといえば小冊子である。しかし、内容は、地質学の原理から解き、地質現象、気象、地形、地質調査法、土質試験法、軟弱地盤、土木工事にいたるまで系統的に記述されている。当時、「応用地質」という言葉が一般に普及していない時代において、応用地質または土木地質の一つの体系をなしている。土木工学者らしく、渡辺貫の「地質工学」とは異なり、工事と地質学の関係を取り扱っている点はさすがである。

戦後に重版されたベストセラー
 私がこの本を購入したのは、1962年(昭和37年)1月で、昭和36年3月の16刷版である。戦前に発行され、そのまま戦中、戦後の25年間発行され続けられてきた本は珍しい。そういう意味ではベストセラーではないかと思われる。ここに、この本の先駆的な役割と斬新さがあるといってよい。

A-20 土質試験法
   渡辺貫・当山道三 共著

昭和15年12月5日 発行
工業雑誌社 定価2円


太平洋戦争1年前
 この本は、新書版の大きさの本文184ページ、付録27ページの小型の本である。表紙は仮製本のようなお粗末な装丁である。戦争の足音が次第に大きく響いてくる最中、太平洋戦争勃発1ヶ年前に発行された本である。良くぞ誕生したものだと、感慨深い。
 著者の二人は、このシリーズに頻繁に出で来る渡辺貫と当山道三の両氏である。今まで紹介してきた「地質工学」などに書かれた「土質試験」を1冊にまとめたものである。1327部発行されたようである。

本の構成
 内容を取り立てて紹介することもないが、3部構成になっている点が、特徴的である。前編・土の試験法、後編・土質試験法、そして付録から構成されている。
 前編・土の試験法は、最近の用語で言えば、粒度分析、コンシステンシー試験、土の乱さない試料採取、せん断試験(二面せん断)、圧縮試験、圧密試験、透水試験の各方法が説明されている。
 後編・土質試験法では、粒度組成と土の物理的性質の関係、透水係数の決め方、斜面の安定計算、基礎地盤の支持力と沈下量の計算方法、などが取り扱われ、付録では、地盤の凍上問題を紹介している。凍上は最新の問題として導入されたのであろう。

 今回で戦前編が終わりである。はじめに、22冊の古書を所有していると、述べたが、紹介したのは、20冊である。割愛した本は、次の2冊である。  牧野雅楽之丞著:道路工学、常盤書房、昭和7年11月22日発行  山口昇・最上武雄:材料力学(岩波講座:物理学)、昭和14年4月27日発行  「道路工学」は、地盤に関係する記述がほとんどない。「材料力学」は、若干「土圧論」を取り上げているに過ぎない。このような理由で2冊は、割愛した。(以上)
◆◇◆次回は戦中編(1941〜1945年)です◆◇◆



※ 新協地水(株) 代表取締役会長
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