福島県の湧水シリーズ(その15)
“昭和村の湧水―源兵衛清水”
三星美知江・谷藤允彦・阿部恵美

写真
所在地
 大沼郡昭和村大字大芦(矢の原湿原)地内

はじめに
 今回は、からむし織注1の里で有名な昭和村の銘水10選の一つである「源兵衛清水」を訪ねました。
 この源兵衛清水は、むかし、姥石山付近に源兵衛が姥を捨て、その悲しみが涙となって、清水が湧き出したと言い伝えられています。
 木々の緑を水面に映したこの湧水は、吸い込まれてしまいそうなほど神秘的な色合いを呈しており、源兵衛の涙と言われているように、深い悲しみが込み上げて出来たような雰囲気を醸し出していました。

位置
地図  国道400号線を田島町方面から昭和村に向かい、昭和村佐倉にある喰丸郵便局の手前を左折して国道401号線に入ります。4.5kmほど行った所に、大芦バス停が有りますので、バス停を過ぎて直ぐに右折し、矢の原湿原への道を進んで行きます。湿原に入って直ぐ左側に源兵衛清水の案内板が有り、案内板から50m歩いて下った所に源兵衛清水が有ります。
 源兵衛清水は、福島県自然環境保全地域に指定されている矢の原湿原の中に有り、湿原を涵養する水源の一つで、矢の原湿原の案内板に従って行くと容易に訪ねることができます。
 また、上記ルート以外に、下中津川にある昭和郵便局と昭和小学校の間から入り、矢の原湿原を目指して源兵衛清水に行くこともできます。



湧出機構
【矢の原湿原】
 矢の原高原は野尻川とその支流玉川に挟まれた、すり鉢を伏せたような高原であり、その高原の凹地にいくつかの湿原が形成され、矢の原湿原と呼ばれています。湿原の中心は矢の原沼と呼ばれる浅い沼沢地になっています。湿原の周囲は標高720m〜740mの頂高のそろった山地で、湿原はそれらに囲まれた標高670m程度の平坦地となっています。源兵衛清水もそれに隣接する代官清水も山地が矢の原沼とそれに続く湿原の平坦地に変る境目に湧出しています。

写真 矢の原湿原
 春は水芭蕉、秋は紅葉が美しい湿原には、280種もの植物が群生し、珍しいハッチョウトンボが生息している。
 一周約30分の遊歩道がある。




写真 代官清水
 徳川十二代将軍家慶の命で当地に入り野尻に一泊した幕府巡見使の一行は途中この地で休憩し、この清水で喉を潤すがあまりにも滑らかな清水に感嘆し、代官にこれを保護し永く領民の憩いの水とするよう申し入れたと言われている。




【駒止峠層】
 矢の原高原は石英安山岩質溶結凝灰岩を主体とする地層で構成されています。この地層は、田島町と昭和村の境界に広く分布する駒止峠層の北方延長に当るものです。
 駒止峠層は、柱状節理の発達する灰色多孔質の石英安山岩質溶結凝灰岩を主に、下部に非溶結部を伴う数枚のフローユニットからなり、大規模な火砕流をもたらした陸上の火山活動の産物です。K−Ar法(カリウムアルゴン法)注2による年代測定の結果、火山活動は今から約650万年前頃(新第三紀中新世後期末)にあったことが判っています。
 石英安山岩質溶結凝灰岩は比較的風化しにくく、侵食にも抵抗力があるので削り残されて高原状に残ったものと考えられます。

【柱状節理と地下水】
 柱状節理は溶結凝灰岩が冷却し固まるときに収縮するために発達するもので、開口した割れ目になり、降雨や融雪水はこの節理に浸透して地下水になります。一方溶結凝灰岩下部の非溶結部は割れ目が無く、地下水を通さない不透水層になっています。このため、溶結凝灰岩の割れ目に浸透した地下水は非溶結部の上面地形の傾斜に沿って流動することになります。溶結凝灰岩が風化や侵食を受けて非溶結部が地表に露出するとそこに地下水が湧出し湧水が形成されます。源兵衛清水はこのようにして形成されたものと考えられます。

【湧水と湿原】
 矢の原沼や他の湿原はこのような湧水が地形上の凹地に集まって浅い沼地を形成し、そこに生えた水生植物の遺骸が積もって湿原になったものです。
 駒止峠層分布地域には同じような成因で形成されたいくつかの湿原が、山頂部高原の中に見られます。駒止湿原(田島町・昭和村)・転石峠(田島町・昭和村)・舟鼻山(昭和村)・黒岩湿原(田島町)・沼の平(田島町・舘岩村)などです。

水質について
 ここでは、源兵衛清水の水質について調べてみました。表1は源兵衛清水の水質分析(イオン分析)の結果をまとめたものです。


表1 源兵衛清水の水質(イオン分析)
採水場所昭和村 源兵衛清水
採水日2002年6月21日
pH5.9
電気伝導度30(μS/cm)
陰イオン陽イオン
硝酸(NO3- 0.2mg/l(0.003) ナトリウム(Na+ 3.6mg/l(0.157)
塩素(Cl- 1.9mg/l(0.054) カリウム(K+ 2.4mg/l(0.061)
流酸(SO42- 0.7mg/l(0.015) カルシウム(Ca2+ 0.5mg/l(0.025)
炭酸水素(HCO3- 17mg/l(0.279) マグネシウム(Mg2+ 0.5mg/l(0.041)
イオン総量 19.8mg/l(0.351) イオン総量 7.0mg/l(0.284)
※( )内の数値はイオン当量(イオン濃度を分子量で除したもの)を表す。単位はme/l



 表1の結果を基に各成分のバランスを視覚化したグラフが図2のヘキサダイヤグラムです。

ヘキサグラム
図2 ヘキサダイヤグラム

 図2から、イオンの溶存量が極端に少なく、天水の形に近いものであることが分かります。
 図3はイオンの溶存している割合によって、地下水を数種のタイプに分けるトリリニアダイヤグラムです。源兵衛清水の場合、中間型(河川水や伏流水がこのタイプ)に近い重炭酸ナトリウム型(NaHCO3型)に当てはまります。重炭酸ナトリウム型の地下水は停滞型即ち地表から深いところの地下水と考えられます。
 しかし、源兵衛清水のある矢の原湿原の湧水機構から、帯水層と考えられる溶結部と不透水層である非溶結部の高度差は最大60m程度なので、深い場所の地下水とは言い難いところがあります。
 このことから、源兵衛清水の湧水はトリリニアダイヤグラム上では停滞型地下水になりますが、むしろ中間型に近い循環性地下水に近いものと思われます。
 また、イオン成分の溶存量が非常に少ないのは、湧水の帯水場所である溶結凝灰岩の性質に由来していると思われます。溶結凝灰岩は構成成分の安定性が非常に高く、風化や侵食に強い特徴があります。このため、地表から浸透した降雨や融雪水が、溶結凝灰岩中でイオン成分の交換があまりされないまま、地表に湧出しているのではないかと思います。

ダイヤグラム
図3 トリリニアダイヤグラム

表2 トリリニアダイヤグラム 水質区分
領域 組成による分類 水の種類
I 重炭酸カルシウム型
Ca(HCO3)2
Ca(HCO3)2 Mg(HCO3)2型の水質組成で、わが国の循環性地下水の大半がこの型に属する。石灰岩地域の地下水は典型的にこの型を示す。
II 重炭酸ナトリウム型
NaHCO3
NaHCO2型の水質組成で、停滞的な環境にある地下水がこの型に属する。したがって、地表から比較的深い地下水の型といえる。
III 非重炭酸カルシウム型
CaSO4又はCaCl2
CaCl2又はCaSO4型の水質組成で温泉水・鉱泉水および化石塩水等がこの型に属し、一般の河川水・地下水では特殊なものであり、温泉水や工業排水等の混入が考えられる。
IV 非重炭酸ナトリウム型
Na2SO4又はNaCl型
Na2SO4又はNaCl型の水質組成で、海水および海水が混入した地下水・温泉水等がこの型に属する。
V 中間型 I〜IVの中間的な型で、河川水・伏流水および循環性地下水の多くがこの型に属する。



参考文献
  1. 南会津地区火山地質図 説明書 1987年 新エネルギー総合開発機構
  2. 国土分類基本調査 針生 1980年 福島県
  3. 日本の地下水(農業用地下水研究グループ 「日本の地下水」編集委員会)1986年 地球社
  4. 地下水資源・環境論−その理論と実践− 1993年 共立出版

*** 昭和村のご案内 ***
交通(車)
会津坂下I.C→国道252号→金山町→国道400号→昭和村(52km)
会津若松→国道401号(冬期閉鎖)→昭和村(50km)
田島町→国道400号(冬期閉鎖)→昭和村(23km)

銘  水
昭和村銘水10選・・寺の下清水、高姫清水、二階の清水、白森清水、天狗の冷泉、ブナ清水、代官清水、冷湖の霊泉、源兵衛清水、矢の原清水

特産品
かすみ草、じゅんさい
からむし織・・・・からむし織の里(織姫交流館・からむし工芸博物館)では、コースターやテーブルセンターなどのからむし織や糸づくりの体験ができます。

その他
奥会津昭和の森キャンプ場、下平運動公園、権現山スキー場が有ります。

注1:本州で昭和村だけに残った日本伝統文化で、県の無形文化財に指定されている。栽培から織に至るまで全てを手作業で行い、通気性、吸湿性、速乾性に優れ、高温多湿の日本の夏に適した織物。


注2:放射性壊変を利用した年代決定法。



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