福島県の湧水シリーズ(その16)
“あぶくま洞周辺の水を訪ねて”
技術部地質環境課 石井六夢・阿部恵美


所在地
 福島県田村郡滝根町神俣地内

1.はじめに
地図  あぶくま洞は日本でも有数の鍾乳洞であり、読者の中でも訪れた方は多いと思います。洞内で見られる美しい鍾乳石群は、カルシウムがとけ込んだ地下水が、洞内に水滴として落ち、カルシウムを含む鉱物として結晶して形成されたものです。
 洞内を歩いてゆくと、「探検コース」というオプションコースがあります。200円を払って「探検コース」に入ると、水が流れており、地中に川が形成されているように見えます。  あぶくま洞の北側には入水鍾乳洞があり、中は狭いですが、あぶくま洞に比べ水が勢い良く流れているようです。
 鍾乳洞は、石灰岩体の内部を流れる水の浸食作用によって形成されたもので、鍾乳洞と地下水とは密接な関連を持っています。今回の「湧水シリーズ」は、あぶくま洞周辺の水を調べてみました。



2.あぶくま洞周辺の地形と地質
写真  図−1に南側から見たあぶくま洞周辺の鳥瞰図を示します。  台形の山が2つ並んでいますが、手前側が仙台平(標高870m)、奥が中平(標高854m)です。あぶくま洞は仙台平の手前にあります。
 「石灰岩」からなる台形の山は、「風化花崗岩」からなる、なだらかな山裾にとりついており、花崗岩の上に石灰岩の山(仙台平・中平)が乗っているように見えます。
 台形の山の傾斜と山裾の傾斜を比べると、明らかに台形の山の傾斜が急になっています。この傾斜の違いは、地質を反映しており、石灰岩と花崗岩の物性の違いが地形に表れているといえます。石灰岩は水によって浸食されますが、軟らかくなることはありません。一方、花崗岩の場合は、水が鉱物の粒子の中に侵入して鉱物間の結合を弱め、軟らかくなってゆきます。なお、あぶくま洞の駐車場に切り立っている白くて硬い岩石が石灰岩です。(写真−1)



3.鬼穴とその周辺
写真  あぶくま洞や仙台平の東側は、谷が深く入り組んだ地形となっており、鳥瞰図では明瞭ではありませんが、「鬼穴」という窪地が見られます。(写真−2)
 鬼穴に行ってみると、10mを超える深い窪地となっています。縁を迂回して底に降りてみると、毎分数十リットル程度の水が流れており、窪地に水が吸い込まれています。
 また、鬼穴から北側に100m程度の地点でも、毎分数百リットルの水が地中に吸い込まれている様子が見られます。(写真−3)
 この地点では、石灰岩が柱状に立ち上がっており、縦方向に隙間が生じています。
 これらの地点では、石灰岩中に沢水が吸い込まれており、吸い込まれた水は石灰岩体中を通ってあぶくま洞や入水洞の中を通過し、再び地表に出てくるものと考えられます。
 ところで、「鬼穴」の北方、常葉町早稲川地区には「鬼五郎」という地名があります。「鬼」とは、平安時代初期(西暦800年頃)、付近一帯を支配していた大滝丸と共に、坂上田村麻呂に滅ぼされた、怪力の持ち主鬼五郎であるようです(「鬼穴」に消えかかった説明看板があります)。


4.鍾乳洞の洞内水
写真  今回は、「あぶくま洞の水(探検コース奥付近)」「入水鍾乳洞の水(行者の滝付近)」「鬼穴の北で地中に吸い込まれている沢水」の3つを採取しました。(写真−4)
 水質試験の結果を表−1に示します。また、キーダイヤグラムを図−2に、トリリニアダイヤグラムを図−3に示します。
 あぶくま洞と入水洞の洞内水は、図−2では「分類T」となり、石灰岩地帯の地下水に分類され、キーダイヤグラムの形も類似しており、非常に良く似た水質を示します。一方、地中に吸い込まれている沢水は、洞内水同様に「分類T」となりますが、イオン溶存量が非常に少なく、洞内水に比べ小さなキーダイヤグラムとなります。
 仮に、沢水があぶくま洞または入水洞に達しているとすると、沢水が地下水となって石灰岩中(主に方解石CaCo4からなる)を流動するうちに、かなりのカルシウム(Ca)がとけ込んでいるものと考えられます。また、同時に炭酸水素(HCO3)も沢水に比べ洞内水で増えており、石灰岩の成分(CaCo4)の影響を受けていることがわかります。
 ところが、地中に吸い込まれている沢水も、あぶくま洞・入水洞内を流れる水も、川のように勢いよく流れています。さほど時間のかからないうちに、沢水があぶくま洞や入水洞に達してしまうのではないでしょうか。
 もしかしたら、吸い込まれた沢水は、あぶくま洞・入水洞内に直線的に達するのではなく、石灰岩中の亀裂を、迷路を通るように移動し、カルシウムや炭酸水素をとけ込ませているのかもしれません。鬼穴などからあぶくま洞や入水洞まで、どの位の時間をかけて地下水が移動しているかを調べるためには、地中に吸い込まれている沢水とあぶくま洞・入水洞の水量や水質の変化を長期間調べる必要があるでしょう。




表−1 水質試験結果表
名 称 所在地 採水年月日 水温(℃) pH Ec
(μS/cm)
陽イオン 陰イオン
Na+ K+ Ca2+ Mg+ HCO3- Cl- SO42- NO3-
mg/L mg/L mg/L mg/L mg/L mg/L mg/L mg/L
あぶくま洞
洞内水
滝根町 14/11/11 10.0 8.0 18 2.6 1未満 34 1.1 110 2.4 2.4 2.7
入水鍾乳洞
洞内水
滝根町 14/11/11 9.8 8.1 18 2.7 1未満 34 1.1 110 2.5 2.4 1.6
地中に吸い
込まれる沢水
常葉町 14/11/11 3.8 7.5 5.5 0.65 1未満 1.8 1未満 26 1.8 1.7 1未満



図

表−2 トリリニアダイヤグラムの水質区分
領域 組成による分類 水の種類
I 重炭酸カルシウム型
Ca(HCO3)2
Ca(HCO3)2 Mg(HCO3)2型の水質組成で、わが国の循環性地下水の大半がこの型に属する。石灰岩地域の地下水は典型的にこの型を示す。
II 重炭酸ナトリウム型
NaHCO3
NaHCO2型の水質組成で、停滞的な環境にある地下水がこの型に属する。したがって、地表から比較的深い地下水の型といえる。
III 非重炭酸カルシウム型
CaSO4又はCaCl2
CaCl2又はCaSO4型の水質組成で温泉水・鉱泉水および化石塩水等がこの型に属し、一般の河川水・地下水では特殊なものであり、温泉水や工業排水等の混入が考えられる。
IV 非重炭酸ナトリウム型
Na2SO4又はNaCl型
Na2SO4又はNaCl型の水質組成で、海水および海水が混入した地下水・温泉水等がこの型に属する。
V 中間型 I〜IVの中間的な型で、河川水・伏流水および循環性地下水の多くがこの型に属する。



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