連 載 
顔写真 地盤工学古書独白 第11回
戦中期(1941年〜1945年)編(その3)
小松田 精吉
(工学博士、技術士 建設部門)


B-4 粘土層の沈下
   テルツアーギ・フレリッヒ 著
   堀 武男 訳

昭和18年1月15日 発行
コロナ社 3円60銭


本との出会い
 古本屋で買い求めたのは、1957年7月、大学を卒業し、就職して間もなくだった。
 何回か繰り返し述べて来たように、卒業論文のために、当時国鉄の鉄道技術研究所に通って、「杭の負の周面摩擦力」の模型実験を行った。先生は斎藤迪孝土質研究室室長、直接指導して下さったのは池田俊雄主任研究員(後に、長岡技術科学大学教授)、実験室室長は室町忠彦氏だった。ある日、室町さんが実験室で「この本をマスターしたら、圧密についての権威者になれる。」というような意味のことを話されたことがあった。そして、その本を3日ほどお借りして目を通した覚えがある。その本こそが、「粘土層の沈下」であったのだ。
 この本を手に入れたくてたまらなかったが、つい神田神保町の古本屋で見つけた。それ以来大事にしている。

原著について
 原著は、1935年TerzaghiとFrohlichの共著である。面白いのは、前回ご紹介したB-2「構造土圧論」の著者でTerzaghiの助手だったはずのRendulic が校閲したとあることである。そして著者の二人は、彼に謝辞をも述べている。師弟の関係に関わらず、お互いが研究者として尊敬しあっている様子が伺い知れる。
 また、はじめから終わりまで、純粋に理論書であるが、1章、1節ごとに、それを執筆した著者の署名があることも珍しい。前段の土質力学的概念については、殆どテルツアーギが担当し、後段の近似解法および厳密解法についてはフレリッヒが執筆している。それぞれに執筆者が署名する案は、テルツアーギによるものではないかと想像される。テルツアーギという人は、相手を自殺に追い込むほど厳しい論争を行う人であったと聞くが、その厳しさ故に他人の研究成果に対しては敬意と尊敬の念を表すことを惜しまなかったのではないか。

記述した内容について
 本の内容を説明するのは、至難である。
 フレリッヒの独創的な解法は、圧密過程において時間的に変化する粘土層内の過剰間隙水圧分布を放物線であると仮定して近似解を求めたことにある。この解法によって、さまざまな条件における圧密問題を解くことに成功した。たとえば、圧密中に粘土層に載荷した場合、漸増荷重の圧密沈下、性質の異なる圧密層の沈下、自重による沈下など理論では解けない複雑な条件の圧密について、相当の部分まで解析することができることを示した。コンピューターのない時代において、この貢献度は極めて大きい。

さらに、思い出を
 2000年暮れに地下水技術協会の会誌「地下水技術」に「地下水工学の模索」という一文を掲載した。この中で、かつて若かりしころ「日本横断運河」の非定常解析で悩んだ体験話を書いた。解決のヒントは、フレリッヒの放物線解法であった。この解法を地下水位の時間的変化に応用した訳である。
 漸増荷重条件における圧密沈下については、20数年前に計算図表を作成し、1997年に地盤工学研究発表会で発表した。しかし、これは放物線解法とはまったく関係なく、独自に解いたものであるが、フレリッヒの方法をもっと合理化しようとしたことに動機があったので、まったく無関係だとも言えない。



B-5 締切工論
   L.ホワイト・E.A.プレンテイス 著
   後藤 憲一 訳

昭和18年8月20日 発行
常磐書房 4円50銭


原著者と訳者
 著者たちは、合衆国政府から1932年来、1億5千万ドルでセント・ルイスからセント・ポールまでミシシッピ河における水路開削工事を請け負い、工事を実施した。著者たちは言う。「技術者の関心はどこに行っても永久構造物の設計に向けられていること、締切の科学的な設計ということには殆ど何ら研究の業績がないことを発見した。」
 そこで、ミネソタ大学、コロンビア大学、アイオイ大学の協力でいろいろな実験を行った。そして「技術的職業及び著者達が誇りを持って所属する請負業者に対する責務の支払いの一部として、本書を出版したものである。」
 訳者の後藤憲一氏は、東大工学部を卒業した後、内務省技師、満州国国道局、水力電気局を経て、この本を訳したときは内務省大阪土木出張所に勤務されていた人である。
 昭和18年8月といえば、アメリカを相手にした太平洋戦争の最中で、この年を転機に敗戦の色が次第に濃くなった。こういう時代背景を背負ったころに、アメリカ人が書いた専門書を訳して出版されたのである。

訳者の序言から
 原著者序文の次に、訳者が4ページに亘って「序文」を書いている。この意図はよくわからないが、本書の内容をよく捉えており、そして批評を加えている。これを掻い摘んでご紹介すれば、自ずとこの本の内容が理解できよう。要約すると次のようなことである。
 土と水を現実の相手として闘う土木建設の分野において、締切工の重要性はみな知るところである。ある場合は工事の成否、その全工費の殆どが締切工に掛かっている。そして、構築しようとする永久構造物を左右する。
 訳者は、過去に、締切工論として纏められた本があることを知らない。本書は、原著者の現場人的経験及び勘を生かして整理し、これだけの成書に仕上げた訳であるから、その努力を多とせねばならない。
 著者以外は誰も利用することのないような方程式を並べることが、技術の研究だというような流行は、土木技術の分野で果たして好ましいであろうか。現場人の体験−失敗も含めて−を体系づけることが、土木技術的性格の特徴ある研究方法ではないか。この締切工技術は現場人の責任感と体験からにじみ出る”勘”によるところが大部分である。現場人の多くは多忙であり、文章にも馴れていないので、学問になりがたく、印刷して出版することも困難である。しかしながら、自然条件下でこのような目的のためには、この方法こそ採用されてしかるべき”科学”が、必ずこの分野にもあることを訳者は確信するものである。
 締切工は実行そのものであるから、理論や数字のほかに、これをやり抜く強靭不退転の意志と気迫が不可欠である。この実行は方法論ばかりでなく、恐れることを知らない精神力と頑健な肉体を必要とすることを強調しておきたい。
 本書に上げている事例はいずれもアメリカ流の大袈裟な、資材消耗を何とも思わずにやっている。我々だったら、もっとこの点について一段の工夫考案を加える余地があると思われる。単に工費の節減という意味だけからでなく。
 洗掘の脅威のもと、所定の工期内に莫大な工事量を処理して行く旺盛なる敢闘精神は、敵ながら学んでよいであろう。

雑感
 この本を読んで、幾つかの感想が沸いてくる。  この当時からアメリカという国は、実用主義的な潮流が主流をなしていたと思わせることが随所にある。それは、土木建設分野においても例外ではなかったということをこの本で確認した感じがする。また、最近のわが国で言う「産学協同」が、アメリカでは既にこの時代から始まっていたことを知る。
 そして、驚きは、敵国アメリカの本を訳して、軍国主義日本が出版を許したことである。当時、外来語として日常に使われてきた英語すら禁止された時代にである。訳者の序文の最後に、こんなことが書かれている。「我々の土木技術の前には大東亜全域の水と土が広がっている。真の大東亜文化建設の基礎均しに、その水と土の征服が先行すべきは絶対不可欠である。この小訳書が幾分のお役に立つならば、「因糧於敵」とでも称すべきか、幸甚之に過ぎない。昭和18年4月3日 東京に於て 訳者」
 訳者の長い序文は、この最後の一文で軍部を納得させようとした意図があったのではなかろうか。

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※アートスペース工学(株)代表取締役
 新協地水(株)技術顧問




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