福島県の湧水シリーズ(その17)
本宮町の湧水―“岩井の清水”
技術部地質環境課 阿部恵美・大泉研一


所在地
 安達郡本宮町青田地内

1.はじめに
 今回は、安達郡本宮町にある「岩井の清水」を訪ねました。
 案内板によると、この清水は「一盃清水」という別名があり、「前九年・後三年の役」で知られる源義家軍の一行が水を求める兵士のために矢じりによって岩を掘ったところ清水が湧き出したと伝えられています。
 また、平安時代中期の歌人曽根好忠がこの清水について「美草生し あさかのいは井 夏くれば たふさをひちて 結びあぐるかも」と詠んでおり、清水の近くにはこの歌の歌碑があります。

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写真1 清水の全景


2.清水までのアクセス
 岩井の清水は、福島県のほぼ真ん中に位置する安達郡本宮町内にあります。国道4号線を本宮町から郡山方面に向い、東北自動車道本宮IC入り口をすぎ一つ目の信号を右折します。県道304号線(大橋五百川停車場線)を蛇の鼻遊楽園方向(本宮方面)に約3.6km進むと左側に“岩井の清水“の看板が見えます。そこを左折し、約1.0km直進した右側に「岩井の清水」の看板があります。
 また、「おくのほそ道自然歩道」にも岩井の清水を案内する木の看板があるので、散策やウォーキングがてら気軽に立ち寄ることができます。

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写真2 自然歩道内の看板


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写真3 湧水状況(中央の暗い部分が湧水)




3.周辺地形と地質
 福島県発行の「土地分類基本調査 二本松(5万分の1)」によると、清水がある本宮町西部の地形は五百川左岸の3支流(石筵川・七瀬川・矢沢川)によって分けられた4つの中起伏山地と中位・下位砂礫段丘が主体となって構成されています。
 中起伏山地は標高500m〜800m程で、傾斜30度前後はある急斜面の発達した山地です。
 また、砂礫段丘は山地間と山地の北東に分布しており、局地的に洪積台地があるのも大きな特徴です。
 表層地質は、山地では新第三紀中新世に形成された流紋岩質岩石の岩根流紋岩が大部分を占めていますが、大名倉山には同じ新第三紀でも鮮新世に形成された安山岩質岩石の大名倉山安山岩が分布します。
 岩井の清水は、4つの山地の東端である大名倉山のふもとに広がる下位砂礫段丘にあり、清水は礫層に帯水している地下水が湧出しているものと考えられます。

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図1 岩井の清水の周辺地形図
(国土地理院発行 1:25000地形図「岩代本宮」「三春」「磐梯熱海」「玉井」より抜粋)


表1 水質分析結果(2003年3月3日採水)
測定場所 岩井の清水
水温 13.0℃
pH 6.06
電気伝導度 60〜70(μS/cm)
陰イオン イオン濃度(mg/L) イオン当量(me/L) イオン当量での溶存比率(%) 陽イオン イオン濃度(mg/L) イオン当量(me/L) イオン当量での溶存比率(%)
硝酸(NO3-2.0 0.032 --- ナトリウム(Na+8.9 0.387 55.2
塩素(Cl-4.2 0.118 18.3 カリウム(K+3.0 0.077 10.9
硝酸(SO42-2.5 0.052 8.1 マグネシウム(Mg2+0.7 0.058 8.2
炭素水素(HCO3-29 0.475 73.6 カルシウム(Ca2+3.6 0.180 25.6
陰イオン総量 37.7 0.677 100.0 陽イオン総量 16.2 0.702 100.0
※水温・pH・電気伝導度は現地での簡易分析
※イオン当量はイオン濃度を原子量で除したもの


4.水質分析
 岩井の清水の水質分析(イオン分析)結果を表1にまとめました。
 また、イオン分析結果を基に、陰イオン成分と陽イオン成分のバランスを表した「ヘキサダイヤグラム」は図2のようになりました。

 硝酸イオンを除く各イオン当量の溶存比率によって湧水や地下水の性質をタイプ別に分類する「トリリニアダイヤグラム」は図3のようになります。
 また、トリリニアダイアグラムよる水質区分は表2のとおりです。

 表1及び図2より、陰イオン当量と陽イオン当量の総量を比べると若干陽イオンの方が多く、各イオン成分別ではナトリウムと炭酸水素を多く含有しています。

 また、図3より岩井の清水はU型とX型の境界付近にプロットされ、水質区分上は停滞性地下水となります。
 しかし、清水が湧出するのは礫層で、本来ならばT型やX型の循環型地下水の傾向を示すのに、なぜ停滞性地下水の性質を示すのかという疑問が出てきますが、これは、清水の背後にある山地が関係していると考えられます。
 火山性堆積物の岩根粒紋岩や大名倉山安山岩に停滞した地下水はイオン交換によりNa+イオンが増加している可能性が考えられます。
 このことから、深部の停滞性地下水が岩の割れ目などから段丘の礫層に湧出し、循環性地下水と混合した状態でさらに地表に湧出したものが岩井の清水なのではと考えられます。

図2 ヘキサダイヤグラム
図形


表−2 トリリニアダイヤグラムの水質区分
図形
領域 組成による分類 水の種類
I 重炭酸カルシウム型
Ca(HCO3)2
Ca(HCO3)2 Mg(HCO3)2型の水質組成で、わが国の循環性地下水の大半がこの型に属する。石灰岩地域の地下水は典型的にこの型を示す。
II 重炭酸ナトリウム型
NaHCO3
NaHCO2型の水質組成で、停滞的な環境にある地下水がこの型に属する。したがって、地表から比較的深い地下水の型といえる。
III 非重炭酸カルシウム型
CaSO4又はCaCl2
CaCl2又はCaSO4型の水質組成で温泉水・鉱泉水および化石塩水等がこの型に属し、一般の河川水・地下水では特殊なものであり、温泉水や工業排水等の混入が考えられる。
IV 非重炭酸ナトリウム型
Na2SO4又はNaCl型
Na2SO4又はNaCl型の水質組成で、海水および海水が混入した地下水・温泉水等がこの型に属する。
V 中間型 I〜IVの中間的な型で、河川水・伏流水および循環性地下水の多くがこの型に属する。



)小倉百人一首の歌人の一人。形式にとらわれない表現で恋愛についての歌を多く残している。
  「美草生し〜」の大意は「岩井の清水は夏になると髪を濡らして結べるくらい多くの水草に囲まれるのだろう」と思われる。
【参考文献】
  1. 福島県「土地分類基本調査 二本松(5万分の1)」1983年
  2. 技報堂出版「続・名水を科学する」日本地下水学会編1999年
  3. 文化書房博文社「やさしい陸水学-地下水・河川・湖沼の環境-」(改訂版)飯田貞夫著 1997年


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