連 載
地盤工学古書独白 第19回
戦後期(1946〜1960年)編(その7)

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小松田 精吉
(工学博士、技術士 建設部門)


C-21 基礎工 AEカミング 訳         松尾新一郎 著
昭和29年5月1日 初版発行
昭和32年 8月1日 4版発行
共立全書503 280円

著者カミングの紹介
 原著は、「Lectuers on Foundation Engineerinng」であり、この本の序文をイリノイ大学建設工学教室主任のW.C.ハンテイントンが書いている。ごく短い文章であるが、著書の性格やその著者カンミングをよく伝えている。全文を転載して参考にする。
 「本書はイリノイ大学の建設工学科の学生に対して行われた講義を収録するものである。この講義は非常に歓迎されたので、カミング氏にご依頼して、広く一般に役立つように出版することにした。この講義の最も感銘の深い特色の一つは、難解な問題を明解に説明されていることある。
 カミング氏は、現在研究部長であるレイモンド・コンクリート杭会社における基礎の設計、施工に関する多年の経験と、土質力学とそれを基礎の問題に適用する該博な知識を持っておられるので、本書に収められた講義は特に意味深長なものである。」


数式がたった2式しかない記述
 序文にも紹介されているように、「難解な問題を明解に説明されている」証拠の一つとして、135頁の本の中で数式がたった2式しか使われていないことである。極めて希な工学書である。
 2式のうち、一つはアメリカで最も普通に使われている杭打ち公式、エンジニヤーリング・ニユース公式であり、もう一つは、増加荷重によって生じる間隙比の差と地層の厚さで計算する圧密沈下量の計算式である。この二つの式は、だれにでも理解できる簡単な実用式である。
 数式を使わない「基礎工学」の記述の特徴は、「工法」を丁寧に説明していること、構造物に対する外力の影響を注意深く解明していること、土の性質によって決まる問題を取り扱っていること、工事の経済性についても工事費用の算出を示して説明していることなどに見られる。

著書と「建築基礎構造設計規準(案)」
 訳者の松尾新一郎氏は、付録として、昭和27年11月に日本建築学会から出された「建築基礎構造設計規準(案)」を添付した。「規準案」が「基礎工」の影響を受けているかどうかは分からないが、「基礎工」に記述された内容が「基準案」に要領よくまとめられていることに興味をひく。規準案は何回か改訂され、現在「建築基礎構造設計指針」となっており、その解説は我が国における研究成果を盛り込んだものとなっている。ここに大きな時代の流れを感じる。


C-22 応用土質試験とその解説  谷藤正三 著
昭和29年 6月25日 発行
理工図書 550円


本を書いた時の略歴
 著者については、すでに何回かご紹介している。この著書の裏書にある「著者略歴」をそのまま転載し、改めて著者のご紹介にあてる。
昭和11年京都大学工学部卒業、東京府土木部道路課、技手を経て昭和14年内務省土木試験所内務技師、昭和24年工学博士、現在建設省土木研究所道路研究室長
著者はアメリカの道路工事を視察し、我が国の工事が土質力学の理論的裏付けに欠けていることを痛感したと、この本の序文で述べられている。


序文から学ぶ
 序文に書かれた鋭い洞察力にあふれる言葉に圧倒される。感じいった部分を断片的であるがご紹介する。
 冒頭の書き出しが、「若い世代の人は常に大望を持たねばならぬ。」である。そして、「我々の先輩は80年の間に近代日本の豪華版をくりひろげた。しかしそれはあまりにも多忙を極めた。多くの問題を残したまま突進してきている。私達はその間隙を一つ一つ埋めてゆく責任がある。それは単に経験の蓄積であってはならない。」と、述べられている。
 さらに経験の力とその限界について論及する。「もちろん経験は貴い。しかしそれは限られた条件の下に成功した一つの体験知識である。自分の経験を尊重するのあまり、他人の失敗を笑ってはいけないと思う。いかなる工事も完全に同一条件の下では施工はされないし、自己の経験をもってしても或いは失敗に終わったかも知れない。むしろ自分の経験が次ぎの世代の人々に十分踏み台として利用される程の記録も残さず、指導力も与えていなかったことを悲しむべきである。」技術における経験主義の誤りを鋭く突いた一文である。
著書の目的について次ぎのように述べられている。「この書は現場監督者の監督用として、或いは設計を行うとき、予備調査を行うものの手引き用として、できるだけ簡単に理解し、現場で利用できるようにするため先ず第一に土質試験法とその持つ意味について大綱をまとめ、試験法もできるだけ素人が容易に取り組めるように考えて述べてある。」「この書も立ち遅れの日本の現段階が一歩でも前進できるように希う著者の願望が含まれている。・・・・著者は、これが一日も早く古典的存在となって消えざるを得なくなる程、日本が跳躍してくれれば満足する。」


多大なる影響
 序文を抜粋して断片的に要旨を述べたが、私はこの本から受けた影響はきわめて大きい。本を手に入れた日を、「1956年(昭和31年)4月17日、東京堂にて」と裏書している。この時、大学3年生になったばかりの春である。卒論を「土質力学」にしようと決心がついたときに購入したように記憶している。「素人にも分かるような」本に出会ったときの感激は、今でも忘れられない。
最も注意深く読んだのは、「2 土の基本的性質と土質試験法の意義」の章であった。一頁を開くごとに土質の世界が広がって行くことの実感に、心が躍ったものである。私の「土質力学」はこの第2章から始まった。昭和59年に鹿島出版会から出した私の拙著「土質調査の基礎知識」には、この第2章の影響が色濃く反映していると自覚している。この本は私の一つの記念品である。そして、地盤工学会から「土質試験の方法と解説」という大著が発行されている事実は、谷藤正三著「応用土質試験とその解説」の脈絡が50年の長い間引き継がれてきた証のように思えてならない。


C-23 地震力を考えた構造物設計法  岡本舜三 著
昭和29年8月10日 初版発行
昭和35年 7月15日 第5版発行
OHM文庫(308)オーム社 290円


著者の略歴
 著者は著名な「応用力学」の権威である。分野が異なることもあって著者をご紹介する立場にはない。昭和46年9月30日に、同じオーム社から発行された大著「耐震工学」に記された略歴を再録して、ご紹介とする。
昭和 7年  東京帝国大学工学部土木工学科卒
      大分県土木技手兼道路技手
昭和12年  愛媛県土木技師件道路技師
昭和17年  東京帝国大学助教授 
昭和22年  工学博士の学位を授与される
      東京大学教授
昭和39年  東京大学生産技術研究所所長 
現在(昭和46年時点)東京大学名誉教授
      埼玉大学教授

地盤の固有周期の理論
 この本は「構造物設計法」となっているが、「地震工学」または「構造物設計のための地震工学」と言ってもよいような内容である。著者の「はしがき」の次ぎの一文からもこのことが読み取れる。
 「私の頭の中に地震を作り上げて型にはまった設計法を確立することを避け、まず地震動や震害の実態をつかんで、設計者自から考え、判断して構造物の耐震をはかるのでなければ合理的な設計はできないと思う。」
 章立ては第9章からなり、文庫本とは言え、242頁に及ぶ労作である。第1章地震動、第2章地震の強さ、第3章本邦の地震、第4章大地震と被害状況、第5章地盤と震害、第6章構造物の地震時応力、第7章構造物の振動、第8章地震時土圧論、第9章被害と対策、となっている。
 各章とも豊富なデータで濃密な記述を展開しているが、中でも興味深いのは第5章地盤と震害である。この中の「5-1棒状体にそって進む弾性波」について、理論的な検討を行い、振動周期を求める式を導いている。つまり、我々が見なれている記号を使って、振動周期T、棒の長さL、振動速度Vとした場合、T=4L/Vで表される。そして、著者は、沖積地と硬い地盤の振動について考察する。例えば沖積層の厚さをH、S波速度をVsとすると、沖積地盤の固有周期はT=4H/Vsで表せることは常識になっている。不勉強で間違っているのかも知れないが、この理論は、著者独特の理論展開ではないかと思う。
 何れにせよ、この著書によって物部の「耐震工学」を一枚脱皮したという観が強い。


C-24 アースダムー土質工学的設計及び施工法  河上房義 著
昭和29年10月20日 発行
鹿島建設技術研究所出版部 220円


著書の背景
 前にC-16で紹介した著書「土堰堤の設計」で、著者について幾つかのことがらを書いたが、ここに紹介する著書の序文を鹿島建設株式会社の社長鹿島守之助氏、推薦の辞を鹿島技術研究所の所長内海清温氏が書いているが、その中から幾つかの事実が浮かんでくる。
 序文によると、「昭和24年4月鹿島技術研究所を創立し、財団法人建設技術研究所より多数の優れた研究員を迎えたが、河上博士もその一人であった。」と記されている。これで二つの事が明らかにされた。一つは、鹿島技術研究所の創立年月、もう一つは、著者が建設技術研究所から移籍(引き抜き)されたことである。
 推薦の辞によれば、昭和28年に著者は「アースダム築造に関する土質工学的研究」で学位を授与されたこと、昭和29年の時点で東北大学に移られている事実が述べられている。そして、「学位論文の主要部たる本書が刊行され」(序文)たのである。


研究論文のエキス
 学位論文を直接手にして拝読していないが、この本は「論文の心臓部」をまとめたものであることは、序文でも明らかである。したがって、各章のタイトルも次のようになっており、先の「土堰堤の設計」とは大分趣が異なる。
 第1編 序論(我が国におけるアースダム築造に関する環境の解明)、第2編アースダム用材料の選択に関する研究、第3編堤体の施工,特に転圧に関する研究、第4編転圧アースダムの断面構造に関する研究、第5編 結論という構成になっている。
 内海氏が推薦の辞で述べられているが、タンピングローラは著者の考案による転圧方法で、他の著書では記述されていない項目であると言われている。




---次号へ続く---

※アートスペース工学(株)代表取締役
 新協地水(株)技術顧問




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