連 載
地盤工学古書独白 第20回
戦後期(1946〜1960年)編(その8)

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小松田 精吉
(工学博士、技術士 建設部門)


C-25 土木工学ハンドブック 土木学会
昭和29年10月25日 初版発行

昭和30年 2月10日 再版発行

技報堂 3,200円


土木工学ハンドブックの購入
 購入したのは昭和30年5月である。大学3年生の時であるが、大枚3200円を叩いて購入する時は、清水寺の舞台から飛び降りる決心が必要だった。当時の私の生活費は、大学の月謝を含めて月3,000円だったからである。(但し、食費は長兄から援助を受けていた)私のアルバイトは、各先生が講義するテキストをガリ版刷りで作成することだった。このアルバイトでかなりの本が買えた。
 ハンドブックの第3編が「土性および土性力学」である。全39編の一つである。


執筆者と構成
 執筆主査最上武雄、執筆委員石井靖丸(運輸省)、河上房義(東北大学)、谷藤正三(建設省)、福岡正巳(建設省)、星埜和(東京大学)、最上武雄(東京大学)の6人、当代を代表する研究者たちである。
 構成は、第1章序説、第2章土の圧縮に関する性質、第3章強度、第4章土の毛管透水並びに凍上、第5章土質調査及び試験方法、第6章土圧、第7章法面の安定、第8章基礎地盤の力学、となっている。だれがどの章を担当して執筆されたか、およそ見当はつくが詮索すること自体無礼であろう。体系だった土質力学の本が今だ出現していないこの段階で、各権威によってハンドブックの形を借りてまとめられたことは、土質力学を普及する上で大きな意味をもつものだったと思われる。

我が国における近代土質力学教科書の幕開け
 記述されている内容で、過去にあまり取り扱っていないもので、近代に道を開いたと思われる事項を拾ってみることにする。
 粒度特性と、コンシステンシーによる土の分類が説明されている。これは道路に関係する土の研究成果が反映されたものと思う。
 第2章の圧縮性に関しては、明確に圧密理論を取り上げて説明している。圧密沈下量とそれに要する時間計算式を示している。土の強度の説明では、三軸圧縮試験やベーン試験などを取り上げている。また、土質試験方法がかなり多くのページを割いて具体的に記述されている。当時土質試験方法のJIS規格化が進められていた時代的な反映もあったと思われる。
 土圧論は、古典的な土圧論に加え、チェボタリオフの実験的研究成果が多く紹介されている。これはおそらくチェボタリオフの下で学んだ石井靖丸氏の功績であろうと想像する。法面の安定のうち、円弧すべりに関しては摩擦円法が主流であリ、その後の研究が大きく前進したことを認識させられる。
 地盤支持力については、支持力を計算する一般式を提示して、その中でテルツアーギ式の条件が説明されている。
 現在私どもが見なれている土質力学の教科書に移り変わる過渡の幕開けを感じさせられる。


C-26 地耐力調査法 池田俊雄・室町忠彦 著
昭和29年12月30日 発行
  
昭和30年 2月 5日 再版発行
        
鉄道現業社 140円

真正面から取り組んだ現場人のための「地盤調査法」
 著者の二人は、当時、鉄道技術研究所の若き主任研究員だった。私が昭和31年に、大学の卒業論文のため「杭の負の周面摩擦力」の実験を池田先生からご指導を受けた。その時の土質試験室の責任者が室町先生だった。学生の私から見てもお二人は若若しい青年研究者の印象が強い。この本はこの約1年数ヶ月前に書かれたものである。
 この本との出逢いは、財団法人深田地質研究所に就職が決まって、卒業式を迎えるまでアルバイトさせてもらった深田研の書棚においてである。「すばらしい本」だと、先輩たちに薦められた。昭和32年1月10日に、丸善書店で購入した。
 土質地盤調査法の専門書としては、わが国で最初の本だと思う。鉄道技術研究所次長大槻勝雄氏が巻頭に序文を書いているが、この中で「新しい土の力学の上に立ち然も現場人が直ちに実用しうる平明簡素な指導的著書が殆ど発刊されていない」と、当時の事情を述べられている。この中にあって、この著書が果たした役割と影響は多大なものであると実感している。


小冊子であるが中身は重厚
 本は、調査の順序から書き始められ、資料による予備調査、現地調査、オーガー・ボーリング・試掘などの現場調査方法へと記述が進められる。続いて「土質と地耐力」では、現場で土をどのように鑑定・識別するか、初心者に分かり易い表現で説明されている。そして標準貫入試験などの現位置試験とその結果を利用して地耐力を求める手法を、著者たちの独自の計算図表を示して説明する。
 特に、計算による支持力や圧密沈下量と時間の計算方法は、Terzaghi, Peck, Hannson, Thornburn等の著書から得た内容を基にして紹介している。
 そして載荷試験と杭打ち込み試験(動的支持力試験)を紹介して終わる。参考文献のリストを含めて104頁の、お世辞にも表紙の装丁が立派とはいえない本であるが、内容が重厚である。現在、我々が行っている土質地盤調査方法と支持力及び沈下計算の手順、手法、方法がこの本に書かれた内容がそのまま基本的な骨格になっている。自分たちの進歩の無さを痛感せざるを得ないという一面は否めないとしても、この著書の先駆的価値の大きさには驚くばかりである。

C-27 新制土木施工法 星埜和・斎藤義治・磯崎伝作 著
昭和30年4月30日 発行
オーム社 280円


大学の教科書に使われた本
 大学の1〜2年は教養科目で、3年生から本格的な専門教科の講義が始まるが、その時に使用された教科書の一つである。だから発行されたばかりの新しい本であった。これをテキストにして講義された先生は、当時建設省土木研究所砂防研究室室長の福岡正巳先生だった。
 この教科書は、第3編からなり、それぞれ3人の著者が分担して執筆されたようである。おそらく、第1編「基礎工」は東京大学の星埜和、第2編「土工、土工機械」は建設省の斎藤義治、第3編「トンネル」は芝浦工業大学の磯崎伝作の各先生だと思う。3人はそれぞれの分野での権威である。

新しい土木技術の時代を感じる内容
 本の見開きに、「東京および横浜付近地質」と「東京における沖積層分布とその厚さ」の図が掲載されている。講義を受けた学生時代は、このような図があることすら見過ごしていた。それから50年経ってこの本を手にしてこれを発見したとき、土木に地質(学)を導入する必要性とその意欲がいかに強まっていたかを感じ、一種の衝撃を受けた。
 本の「はしがき」には、「最近における土質力学のめざましい発展と工事施工の機械化の趨勢とにかんがみて、要点をわかりやすく記述するように務めたつもりであって、新しい技術の正しい理解を促し、高度な技術に達するためのしっかりした足場を築く上の助けとなることを願っている。」と学生たちを激励している。
 第1編基礎工の内容だけをかいつまんで言えば、構造物基礎と基礎地盤、基礎地盤の調査と試験、地盤の力学など、8章から構成されている。この中で特に注目を引く事項を挙げると、標準貫入試験とサンプラーのほか、固定ピストンサンプラー、ベーンシヤ試験、間隙水圧計(ピエゾメーター)、粘土地盤における掘削底盤の盤ぶくれ、ウエルポイントによる排水、等である。これまでの教科書には殆ど記述されていない項目である。
 講義で福岡先生が「ベーンシヤ試験」といわれたことが、「ベンシャ試験」としか聞こえないで、困ったことを覚えている。
 第2編、第3編の記述も最新技術を分かり易く記述されている点は共通しており、新しい土木技術時代がやって来たという感じを受ける。


C-28 土質力学 基礎編・応用編
     テルツアーギ・ペック共著
     小野薫・星埜和・加藤渉・三木五三郎 共訳
昭和30年7月1日
丸善 2巻 各巻550円


48年型土質力学の教科書
 この本は、1948年にNew York・JOHN WILEY & SONS, Inc.から出版された、Karl Terzaghi and Ralph B. Peckによる「Soil Mechanics in Engineering Practice」を翻訳し、2巻に分けて発刊されたものである。「土質力学」というタイトルをつけているが、原著のタイトルは「実際の土木工事における土質力学」という意味に近いと思う。
 1948年には有名な土質工学者、Donald W. Taylorの「Fundamentals of Soil Mechamics」が出版された年でもあった。


この本をどのように読むか
 この本を「どのように読むか」ということが大変重要なことだと思う。教科書を読むとき、変な習慣に支配されがちである。それは、自分が抱えている仕事や問題に都合よく適用できる材料を探すことだけに無我夢中になる習慣である。つまり自分の言い分を都合よく弁護してくれる根拠を探すクセである。
 この本は、決してこのような読み方をしてはいけないことを教えている。この本は、A編、B編、C編から成っている。A編は土の物理的性質、B編は理論的な土質力学、C編は設計と施工に関する諸問題である。原著者の序文にこのようなことが書かれている。「近似的な予想をすることが不可能であれば、その土の状態を工事中に観察しなければならない。そしてそれから、その設計を観察によって得た結果に従って修正しなければならない。これらの観察によって得た事実を無視することは、土質力学の目的を無視することである。これらの観察によって得た事実が、この本の主題の取り扱い方を決定している。」そして、「この本の中心は、C編である」と強調する。
 C編の扱いについてさらに注意を促している。「C編で述べてある実際問題を処置する詳細な方法は経験が増すに従って変わるかも知れない。そしてそのうちの幾つかは二、三年経てばすたるかも知れない。というのはそれらの方法は一時的な便法であるに過ぎないからである。しかしC編で述べた半経験的な取り扱い方の長所は時に無関係であると確信する。」と。訳本の応用編がこのC 編に当たる。
 土の物理的性質と土質力学の理論はしっかりと習得することは当然のことであるが、土の問題は、試験結果のほかに現場で観測した事実から答えを引き出すことの重要性を強調しているわけである。原著者たちは、その答えの引き出し方をどのような方法で行ったかを、C編で学習することの大切さを教えているのである。この本の読み方は正にこの事を実行し、自ら土の問題を一つ一つ解決すべき方法を会得することであろう。


C編の内容
 上述したような思想でC 編を読もうとすると、一つ一つ正確に吟味して学習しなければならない。従って、本の内容を要約すること自体、原著者の意に反する事になる。ここでは扱っている項目だけをご紹介する。
 1)土質調査、2)土圧と斜面安定、3)基礎、4)特殊な原因による沈下、5)設計と施工の諸問題、である。これらの課題における詳細な事実や現象、関わる要素を取り上げて詳細な検討と洞察力を駆使して問題の本質を究明している。
 問題解決のため理論的な公式を当てはめるのではなく、土の性質や挙動から問題解決の手法を発見するように務めたいものである。



---次号へ続く---

※アートスペース工学(株)代表取締役
 新協地水(株)技術顧問




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