連 載
地盤工学古書独白 第21回
戦後期(1946〜1960年)編(その9)

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小松田 精吉
(工学博士、技術士 建設部門)


C-29 基礎工学と土質調査
   最上武雄・森 博 共著
昭和29年 9月 2日 発行
昭和32年 7月 1日 第2版発行
丸善 750円


著者、主として森博氏について
 著者は当時東大教授の最上武雄と株式会社土質基礎調査所所長の森博である。二人の年齢がおよそ10歳ほど違うと思うが、二人は師弟関係で東大土木工学科の先輩後輩である。

 森博氏は、中央開発株式会社に就職され、昭和28年頃に株式会社土質基礎調査所を設立し、わが国における土質調査の専門企業を確立した先達の一人である。森博氏がこの本を書いたとき、30歳前後の若さであったと思う。この本の原稿を書き上げ、しかも株式会社を設立した直後にカリフォルニア大学に留学された。

 十数年前、土質工学研究発表会の各セッションで、会場の前の席で若い人たちの研究発表を熱心に聞き入っている姿を見かける機会が多かった。研究熱心な方である。自分も、将来年をとってもかくありたいと、感じ入ったものである。

 当時、「物理探査」の日本物探、「地下水処理」の中央開発、「土質」の土質基礎調査所、「地質」の応用地質といわれるぐらい、それぞれの専門調査企業が設立した時期であった。「土質基礎調査所」はその後社名を変更し、現在、「基礎地盤コンサルタント」として業界のリーダーの役割を果たしている。


著書の時代的な位置付け
 初版が発行されたのは昭和29年である。標準貫入試験がわが国に導入されたのは、昭和27年頃だといわれ、標準貫入試験がJIS規格となったのは昭和36年である。従ってこの本が出た頃はいまだ標準貫入試験が普及していなかった時期である。私が就職した昭和32年頃でも、ボーリング調査で標準貫入試験を行うことの意義を施主に説得するのが一苦労だった。しかし、その後標準貫入試験は飛躍的に普及した。そのため「東京地盤図」の発行をきっかけに、大都市の地盤図が地方で次々に発行された。この著書は、これら「地盤図」の原型をつくった画期的な著書であると、評価してもよいと考える。


貴重な全国ボーリング柱状図の整理
 本は、第1章 ボーリング及びサンプリング、第2章現場土質調査、第3章基礎設計に必要な土性、第4章 基礎設計のための土質力学、第5章 基礎の設計、第6章主要都市の土性、の6章からなる。この構成を概観しても分かるが、「地盤と基礎設計」に傾注した内容である。中でも土質工学の新しい知見を取り入れて組みたてている。しかし、何と言っても注目されるのは第6章である。ここには、東北から九州に至る全国222本のボーリング柱状図を整理し、土質試験結果をグラフ化して添付している。著者はいかに土質調査の計画、実施、データを正しく利用して基礎の設計に役立てるかを、専門技術の初心者に伝えたかったか、その情熱と意図が伝わってくる。

 222本のボーリングの中で数本のボーリングで貫入試験を行っているが、いずれも標準貫入試験の規格以外で行われている。例えば、ハンマーの重量が188kg、落下高さ20cmのものが多い。標準貫入試験規格に近い方法が2本あるが、それでもハンマーの重量が60kg、落下高さ70cmである。いかに苦労して貫入試験を行ったかが伺える。だからこそ、わが国の土質調査の先駆的輝きが失われていないのである。


C-30 土質試験法解説 (第1集)
   土質試験法解説編集委員会編
昭和31年 2月 2日 発行
土質工学会 会員実費頒布  

貴重な小冊子
 土質工学会が誕生して間もない昭和30年12月に出された小さな本である。発行は昭和31年2月2日とあるが、本の表紙には昭和30年12月と明記されている。その表紙の端がぼろぼろになっていて、セロテープで修繕したところも乾燥してぼろぼろである。手に取ってみるのが痛々しいくらいである。就職して約3年間は土質試験室勤務であったから、この本と首ったけの毎日だった。

 その後、土質工学会は急速に発展を告げ、この本が「土質試験法」(赤本)と「土質調査法」(青本)に変わり、10年ごとに改訂されるようになった。現在地盤工学会となって、「土質試験の方法と解説」と「地盤調査の方法と解説」に変わった。この原型がこの「土質試験法解説」である。


会長藤井松太郎の序文
 当時の土質工学会会長は藤井松太郎氏で後に国鉄総裁となった超大物だった。本の序文を書かれているが、幾つか紹介してみよう。

 「日本における土質の工学的研究は山口昇、渡辺貫両博士等による鉄道省の土質調査委員会の設立が端緒であると考えます。」戦後「日本においても土を利用する技術分野において土木、建築、農業、鉱業等業種の如何をとわず共通のものとして、一般的に使用できる土の工学的性質の判定方法がJISとして定められるに至りました。」「解説の執筆者はそれぞれ専門の研究者で実地に自ら試験を行い、また試験結果により工作物の設計施工に関係された方々でありまして、現在日本においてはこの方々以上の適任者はないと言っても過言でないと思われる方々であります。」


日本の土質工学の発展に情熱を傾けた若きリーダー達
 藤井会長が述べられているとおり、解説者の面々を紹介するだけで土質工学に傾けた意気込みがそのまま伝わってくる。メンバーを紹介するだけで十分である。

編集委員長・・・・・福岡正巳
試料調整方法・・・・電力中央研究所 神谷貞吉
比重試験方法・・・・東京大学 星埜和
含水比試験方法・・・早稲田大学 後藤正司
粒度試験・・・・・・鉄道技術研究所 斎藤迪孝
液性限界試験・・・・早稲田大学 南和夫
塑性限界試験・・・・早稲田大学 後藤田喜久雄
遠心含水当量・現場含水当量・収縮常数
現場乾燥単位体積重量・道路平板載荷試験方法
       ・・・建設省土木研究所 谷藤正三
突き固め試験方法・・東京大学 最上武雄
       ・・・建設省土木研究所 久野悟郎
路床土支持力比試験方法
       ・・・建設省土木研究所 竹下春見
道路の土質調査ならびに試料採取方法
       ・・・建設省土木研究所 福岡正巳
アースダムの土質調査のための試料採取方法
       ・・・東北大学 河上房義


C-31 ー傾斜心壁形ー
   フイルタイプダムの浸潤腺・透水量に関する研究
   福田 秀夫 著
昭和31年 2月 5日 発行
鹿島建設技術研究所出版部 280円

本を買った動機
 私がこの本を見つけて購入したのは、1958年(昭和33年)2月23日、「日本にこういう研究文献が少ない。そういう点で興味深い著書である。」と、若僧がもっともらしく裏書している。就職してからまだ1年も経っていない時期であるので、いささか興奮したのであろう。

 著者は、昭和9年に東京帝国大学工学部土木工学科を卒業されて、昭和24年鹿島建設技術研究所の創立以来、土木部長を勤められた方である。この期間の研究成果をまとめた著書である。

本の概要
 アースダムを初めとするフイルタイプダムがわが国においても本格的に建造される時代となった。その透水性(漏水)対策として心壁型ゾーン式ダムが多い。この研究では、心壁ゾーンをダムの上流側の法面に近い位置に傾斜をつけて設ける方法の科学的優位性を明らかにしたものである。

 このため、多くの室内模型実験を行い浸潤腺の解析理論を確立し、それによる透水量を求めた。この研究はフイルダムの経済設計に大きく貢献したと考える。

 この研究書がどれだけ売れたかは知る術もないが、一民間研究所がこうした研究成果を本にして世に出版した勇気と心意気にはただただ敬服する。現代では考えられないことである。


---次号へ続く---

※アートスペース工学(株)代表取締役
 新協地水(株)技術顧問



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